インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録 作:魔法科学は浪漫極振り
福音の暴走により被害を受けた箇所の応急処置が完了したアメリカ艦隊は追撃者二名の後を追う形で日本方面への航路を進んでいる。その最中、艦隊司令は大型空母に備え付けられた司令官用の執務室にて無人ISの要となるアンドロイド製造に携わったイスラエルの技術者を呼び出していた。
「旗艦には大穴、実験機は暴走して同盟国である日本へと向かってしまった。君達の怠慢で私の面子はボロボロだよ。……どう責任を取るつもりだね」
「お言葉ですが閣下。ご存知の通り、アレの調整はまだ完全ではありませんでした。閣下のご都合で福音への搭載実験を早める為に人目を避けられる海上試験へと急遽切り替えた事で、安全を考慮した事前検証をいくらかスキップせざるを得なかった点はご配慮いただきたいものです」
「私に責任があると? はっきりと物を言う。気に入らんな」
「どれだけ糊塗しようとも、事実は一つです。不幸中の幸いは今回の暴走時に得られたデータから改善点が見つかった事で今後は外部干渉により強く、洗練されたパーツの精製が可能となります。閣下の悲願である女を排したIS部隊の完成は早まるかと」
「そうでなくては困る。ISの出現で著しく低下したアメリカの軍事的影響力の復権とそれを成した私の功績をもって、政財界で幅を利かせ始めた女権団体の蛆虫共を可及的速やかにアメリカの中枢から叩き出さねばならんのだ」
アメリカでは女にしか使えないISという武力を背景として勢力を伸ばしてきた女権団体が各州自治体、そして政府中枢にも手を伸ばせる程の拡大化を遂げていた。おそらく次の大統領選挙が始まればアメリカの旗は女権団体の物となる。このまま何もせずに座していれば艦隊司令の地位も女共に追われる事になるかもしれない。そう考えた男は無人ISの実用化を急がせていた。
「アメリカ合衆国を再び偉大な国に、ですか」
「うむ」
その時、デスクに仕舞われていた一つの端末が音を奏でる。それが何かを理解している司令は眉を顰めるが、一方的に無視をする訳にもいかず技術者に退室を命じて人払いを済ませると通話先の相手に弱みを見せない為に心を落ち着かせてから回線を繋げた。
『お元気かしら?』
予想通りの相手──亡国機業のスコール・ミューゼルからの実に暢気な挨拶は癇に障った。アメリカの元特殊部隊所属である彼女が現在所属する亡国機業には無人機の素材確保の仲介を任せているが、あくまで都合良く利用しているだけ。研究にある程度の目途が立った段階で駆逐する腹積もりである薄汚い死の商人連中が、救国の英雄となる予定の自分へ気安く連絡を入れてくるという行為そのものが彼にとっては不愉快な事であった。
「何用だ、スコール。貴様等が我が艦隊のスケジュールを把握していないとは言わせんぞ」
公務の最中に連絡を入れるなと暗に文句を告げているのだが、電話先のスコールは男の嫌味を無視した。
『随分と大変な事態になっているみたいね。……追撃に出したアメリカ代表とも連絡が取れなくなっているんでしょう?』
日本領海に近付いた辺りで通信が途絶したIS操縦者達の事を電話の相手から告げられ、平静を装っていた男に動揺が走る。
「貴様、どこからそれを……!」
『私の新しい協力者はとっても優秀なの。現場から報告まで入れてくれてるのよ』
「現場だと!? まさかゴスペルの暴走は貴様等の差し金なのか!!」
『まさか、とんでもない。こちらとしても想定外の状況よ。彼には別の仕事をお願いしていたんだけど、そちらにも足を延ばして対応してくれるらしいわ』
「む、そうか……。確かに、貴様等としても無人ISの技術は欲しているのだから当然か」
亡国機業は無人ISの成果を欲しがっている。武器商人が組織の前身である、かの組織からすればISもまた商品の一つでしかないという事だろう。それ故にこの無人IS計画へ下働きと資金援助の協力を申し出てきたのだろうから。しかし事態は男の想定を超えた方向に転がっていく。
『ああ、その事なのだけれど』
「ん?」
『無人IS、もういらないわ』
「な、んだと……?」
『外部干渉で簡単に暴走するような欠陥機へこれ以上の投資はしない。亡国機業は損切を決めたわ。私自身、どうにもあの無人ISは好きじゃなかったから助かるわ』
「ば、馬鹿な! 今更手を引こうというのか!?」
言葉を失った男の耳にスコールの無慈悲な声が追い打ちをかけた。
『それにタイムリミットが迫っているからと事を焦り過ぎたわね。イスラエルから技術者まで引き寄せて研究を促進させた挙句に手駒の艦隊で囲ったせいであちこちの諜報機関が貴方と裏の繋がりに勘付き始めた。これじゃあ叩けばいくらでも埃が出る貴方は逮捕も時間の問題。そして追い詰められた貴方にあれこれ喋られると
女性主体の世界情勢が続く中、艦隊司令にまで昇り詰めて維持し続けた男は無能では無い。スコールの発言から自分の状況とこれから訪れるであろう結末を悟った。
「ま、待て! ならば先程の仕事というのはまさか!?」
『ふふ、そんな高くてご立派な棺桶に既に入ってるんだもの。お供もたくさんで寂しくはないでしょ?』
その発言から間を置かず、計八発の中型ミサイルが艦隊輪形陣の内側の海面下より発射された。海面付近を飛翔してくるミサイル群に
そして直撃したミサイルに積載されていたのは──地球上には殆ど存在しないヘリウム3を用いた宇宙世紀規格の小型戦術核弾頭であった。
一般的な核ミサイルと比較すれば小さい部類とはいえ核は核。立て続けに炸裂した八発の悪魔の兵器は強烈な閃光と膨大な熱量を生み、大爆発を引き起こす。それにより発生した大量の水蒸気と上昇気流、衝撃波は巨大なキノコ雲と荒れ狂う海を作り出した。没していく目標の残骸を確認した攻撃者──ビットISのパラス・アテネは旗艦を一瞬で失った事実と核ミサイルによる奇襲攻撃に対する混乱で身動きが取れない艦隊の包囲網を抜けて姿を消した。
ジ・Oのビームソードと紅椿の雨月・空裂が幾度となく交錯する。大きく動かずにビームライフルでの牽制とビームソードによる迎撃に専念するジ・Oの巨体に対して、既存のISを凌駕する運動性能で飛び回りながら紅椿が斬りかかり、弾かれては再び挑むという流れが続いている。紅椿の二刀には遠距離攻撃が出来る武装が備わっているが一夏の身体に傷を付けてしまう事を躊躇った箒は加減の利く接近戦に拘っていた。
「一夏ッ! 目を覚ませ!」
鍔迫り合いが発生する程に接近する度、シロッコの中にいるであろう一夏へと呼びかけ続けていたが未だに反応は見られない。もしも一夏に何らかの異変があればすぐに撤退するように言っていた千冬からの忠告は彼女の頭にも残っていたが、どうしても箒は一夏を諦め切れないでいた。
「いくら呼び掛けたところで無駄だというのが分からんか!」
パワーアシストの膂力はジ・Oの方が上であり、紅椿は再び押し返される。制御を失って自動操縦によって立て直されては再び直線的にジ・Oへと挑みかかっていく。機体の速度や装備、持ち前の剣術を活かした巧みな剣捌きにこそ見るべきところはあるが、IS戦での引き出しの少なさ故に愚直に攻め続けるしかできない箒の攻撃は、彼女の狙いを先に読み取るシロッコには届かない。
「黙れッ! この卑怯者め! 一夏! 一夏ぁ!!」
「不愉快な……! ヤザンが戦場の女子供を嫌った理由がわかろうというものだな!」
当初は素人である箒の攻撃を軽くいなしながら紅椿のデータを集積、周辺に身を潜めた何者かに対する索敵と警戒、遠隔操縦でボリノーク・サマーンとパラス・アテネを操り、今後必要となる人材の確保と亡国機業のスコールから依頼された仕事を同時にこなすというマルチタスクを行っていたシロッコからすれば彼女の声はただ耳障りなだけのノイズでしか無かった。
ところが戦闘が長引くにつれて、シロッコは違和感を覚えてきた。
(反応速度が上がっている……?)
牽制として放つビームライフルへの対応速度が戦闘開始時と比べれば明らかに違う。対応の遅さから束の支援システムに頼り切りだった回避運動や機動がいつの間にか文字通りに箒の行動をサポートする働きに切り替わっているのだ。紅椿の操縦やシロッコの手を抜いた攻撃に慣れ始めたという事もあるだろうが、それ以上に錆び付いていた技量が実戦を経た事で蘇ったかのような、箒の急速な変化をシロッコは感じた。
(
ボリノーク・サマーンとパラス・アテネが各々の役目を完遂し、負担のかかるタスクから解放されたシロッコがついに箒に対して攻勢に出る。
「カトンボめ! いい加減に目障りだッ!!」
「なっ!?」
紅椿の突撃に合わせてジ・Oも急速前進。想定以上の速さで距離が縮まってしまった箒は後手に回る。唸りをあげて上段から振り下ろされる左手のビームソードを右手の雨月で防ぐ。防戦一方であった相手の動きの変化に箒は一時後退を選択しようとするが、素人考えを許す程シロッコは甘くはない。
「逃がしはせんッ!!」
「しま……ッ!」
退こうとした紅椿を睨むジ・Oのモノアイが一際輝く。シロッコがラウラのレーゲンから学び奪った
「まだだッ!!」
辛うじて拘束を逃れている背部の展開装甲が独立稼動して二機のビットとなり、ジ・Oを襲う。
「見え見えなんだよ!」
一方をビームライフルが撃ち抜き、もう片方に至っては隠し腕から投擲されたビームソードを投げつけられて破損させられた。これによって紅椿は反撃の手段を完全に喪失してしまう。もはやシロッコの沙汰を待つしかない箒へとジ・Oが近付く。彼女が無言で睨み付けていたのも僅かな間。ジ・Oが構えたビームソードの光が黄から青へと変化した事で自分が置かれている立場を嫌でも思い知らされた。零落白夜の特性を知る者からすらば、その輝きは死神の鎌といっても良い。
「機体はそのまま、パイロットは死んでもらう!」
身動きが取れない箒に零落白夜の光が迫る。一夏の解放せんと意気込んで挑んでいた箒も、取り返しのつかない段階になって己の浅はかさに気付いた。一夏の明確な異変に関する情報を千冬達へ伝えられたのは自分だけだったというのに、この場で彼を助ける事に拘ってその機を逃がしたと悟ったのだ。
そこへ第三者が介入した。
「む!?」
桃色の光が立て続けにジ・Oへ向かって飛翔する。その輝きに危険を感じ取ったシロッコは箒への止めよりも回避を優先した。
「これは……メガ粒子砲のデッドコピーか!」
亡国機業との取引の為に篠ノ之束へ流す事になったメガ粒子砲の情報。それを基にミノフスキー粒子無しで再現した重金属粒子砲が光の正体であった。隠れ潜んでいたクロエが篠ノ之束の願いを叶えるべく、動き出したのだ。
クロエの黒鍵には一般的なISのような装甲もパワーアシストも付いていないが、PICとの合わせ技により両手で自分の身長と同等程度の大型砲を保持してシロッコへ突撃しながら撃ち続けている。そして模造品とはいえ、篠ノ之束の手掛けた逸品である。その性能はジ・Oのビームライフルに劣らぬ威力で完成していた。あれが直撃すれば重装甲のジ・Oといえでもただでは済まない。
シロッコの意識が突っ込んでくるクロエへ向いた事で紅椿を拘束していたAICが緩む。
「……逃げて!」
そう、クロエは箒の安全と情報の持ち帰りを成功させる為に自らを囮にする気であった。束の命令を遵守して自身の価値を守るべく、そして拾われた恩を返す為に彼女はシロッコへ立ち向かう恐怖を押し殺して命を賭けたのだ。
「すまん!」
見ず知らずの相手の決死の覚悟を感じ取れたのか、九死に一生を得た箒は離脱を優先した。
それらの動きが面白くないのはシロッコだ。隠れて情報を入手していたであろうクロエの炙り出しが出来ても箒を逃がしては意味が無い。先程の急成長の情報も不明なままだ。このまま逃がしては今後の活動に差し支える可能性があった。
「ええい、篠ノ之の人形風情が小癪な真似をする!」
クロエの砲撃を潜り抜けながらビームライフルを逃げ出した箒の紅椿へと向ける。
「奥の手として隠しておく予定だったが、仕方があるまい……! サイコフレームと私のニュータイプとしての力、とくと味わってもらおう!」
通常であればフルチャージでメガランチャー級の一撃が放てるビームライフルが唸りをあげる。シロッコの思念をサイコフレームが増幅させて上限を遥かに超えたメガ粒子を集束させているのだ。
物理法則を無視したエネルギーの縮退はメガ粒子砲を越え、コロニーレーザーの20%程度の出力とまで言われたZZガンダムのハイメガキャノンの域に到達したところで解き放たれた。
「落ちろおおおおおおおおおお!!!」
携帯武装であるビームライフルにあるまじき光の奔流が逃げる紅椿へと迫る。紅椿の加速性能であればビームライフルの弾速でも十分に逃げられる筈だが、シロッコの箒を逃がさないという強い思念が上乗せされた事によってハイメガ粒子はその速度にも影響を受けていた。
(まだ死ねない! ここで死ぬ訳にはいかない!)
背後から光の壁が迫る中で、箒はそれだけを考えていた。箒を心配しながらも送り出してくれた千冬や鈴、先程命懸けで自分を逃がしてくれた少女の事を想えば、ここで自分が死ぬ事は許されない。何よりも恋心が敗れたとはいえ、一夏に、もう一度会いたい。だから。
「紅椿ィィィ!!」
直後、紅椿と箒は、追い付いたハイメガ粒子の光に飲み込まれた。