インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録   作:魔法科学は浪漫極振り

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第二十八話

 静寂を取り戻した海に役割を終えて帰還したボリノーク・サマーンの豊富なセンサー類を走らせるが、シロッコの望む反応は返っては来ない。

 

 

(あの小娘、確実に仕留めたと思いたいが……)

 

 

 クロエの横槍で逃げられそうになった段階で鹵獲を断念しサイコフレームの力で増幅されたハイメガ粒子砲は間違いなく紅椿を吞み込んだ。そこまでは良かった。問題はその後、紅椿の反応が途絶えてしまった点である。先の一撃が紅椿の耐久値を越えて完全に破壊したのであればそれで良いが、光に紛れて姿を隠した可能性もゼロでは無い。海域に残骸の一つすら見受けられない事態がシロッコに箒の生存を強く予感させていた。

 

 しかし箒の捜索は中断せざるを得ない。学園側にいるセシリアからの連絡でIS学園教師陣への出動要請が下り、教員達が慌ただしく出撃準備を整えている事を知らされたからだ。この事件のどさくさに紛れて行方を眩ます予定である以上、猶予は残されていない。なにより亡国機業行きを受け入れたナターシャに合流ポイントを指定し、破損した福音と共に先行離脱させたのは、誰にも知られずに成しておかねばならない仕事が一つ残っているからだった。

 

 ジ・Oのモノアイが動く。その視線はパラス・アテネに抱えられて意識を失っているクロエの姿を捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅い、遅い、遅い。クーちゃん、どうして帰ってこないの……」

 

 

 束はIS学園の面々とは離れた浜辺でクロエを待っていたが、帰還予定の時刻となっても未だに経過報告の連絡すら無い状況であった。仮に箒と一夏が福音に返り討ちとなっていたとしてもクロエの黒鍵であれば暴走させた福音の目を盗んで箒達の安全を確保する事など容易く、ワールド・パージによる幻覚を見抜く事はISの高性能センサーですら難しい。だからこそ、おつかい感覚で今回の裏方の仕事を任せたのだ。しかし、何事にも他人に対してドライな束にしては珍しく判断を悔いていた。

 

 篠ノ之束の世界は想像以上に狭い。妹の箒と自分にフィジカルで並び立てる千冬、そしてドイツの研究施設で束自らが拾い上げたクロエ。一夏のように名前を把握している者は少数いるが、束が本当の意味で大切に思っている存在はこの三名だけであった。その中でクロエは自分と同じ空間で生活する事を許可し、自分の娘として扱っている程度には愛している。能力においては千冬にも束にもまるで及ばない彼女をここまで信頼しているのはクロエは束が心底毛嫌いしている人間社会に馴染んでいない、そしてできない生命だからであろう。人の悪意から遠く、言ってしまえば自分が作った発明品達のように純粋無垢で、絶対に束を裏切らない存在だからだ。

 

 そんなクロエの帰りを心配するのは親代わりとして当然であり、少し前に陸からも観測できた謎の高エネルギー反応を考えれば、今すぐにでも自らが迎えに行くべきかを検討する最中、黒鍵に仕込んでいたクロエの生命危機を知らせるシグナルが束の端末に届いた。場所は──紅椿と福音が接触する予定地点よりも幾分か逸れた無人島の一つであった。それを束が認識した直後にシグナルの反応は途絶える。それは束でなくても分かる程に、露骨な誘い出しであった。

 

 

「……いいよ、束さんに用があるなら直接会ってやるさ」

 

 

 明らかに罠の類だと束の明晰な頭脳は理解していたが、量子格納から人参型の自作ジェットパックを呼び出して目標地点まで飛び立つまでに些かの躊躇いすら無かった。

 

 

 

 

 

 太陽が落ち始める夕暮れ時。ほどなくして表示された座標に到着した束を迎えたのはぐったりとしているクロエを抱えているパラス・アテネとジ・Oを展開しているシロッコだ。人質に近い扱いとなっているクロエを視認しても束は動揺を見せない。弱みを見せれば不利になると知っているからこそ、あえて、クロエをただの駒のように扱い、堂々たる態度で応じなければならないからだ。そうして二、三メートル程度の距離をとり、天才を称する二人の男女は向かい合った。

 

 

「クーちゃんを使って私を呼び寄せたのはお前かな。いっくんの中にいる誰かさん。それに箒ちゃんは何処だい?」

 

 

 対峙している相手が一夏であって一夏ではないという事を、束も遂に直に肌で感じる事ができた。その纏わり付くような気配の異質さは千冬が幾度となく対応を求めてきた理由として正しかったのだとようやく理解に至ったが、その結論を出すには遅すぎた。

 

 

「私に言える事は君にも観測できたであろう私の力を見せた後、彼女はその姿を消した。ただそれだけだ。悪魔の証明に時間を費やす無駄を好むとは思えんが、平行線で終わる話をいつまでも続けるのは実にナンセンスだが、君はどうするかな」

 

 

 シロッコは箒を殺して紅椿を奪おうとした事実を束に伏せて伝えた。この場でシロッコの後ろ暗い部分を知るクロエは気を失っている為、束にも判断が付かずに話を流す事にした。

 

 

「……ふん、納得はいかないけど、今はそれで良いさ。それで、白式から湧いて出てきたお前は何者で、一体何が目的なのかな?」

 

 

 シロッコの言い分に一応同調した束は、紅椿に乗った箒であれば無事であると確信しており、彼女の捜索手段を脳内で幾通りもシミュレートする。それと同時に自身の目の前に遂に現れた未知(シロッコ)に興味を移した。クロエが囚われてはいるが、この距離から彼女を観測する限りでは衰弱している程度で命に係わるような怪我や異常は起きていない。そして、警戒対象が乗っ取った織斑一夏程度の身体能力とこれまでに確認したジ・Oの特性だけであるならば、彼女を拘束するISモドキを破壊してそのまま逃走を図る事などいつでも出来ると踏んでいるからだ。束が思考を加速させる中、シロッコは彼女の質問に対し律儀に応じてみせる。

 

 

「改めて自己紹介をさせていただく。私はパプテマス・シロッコ。この世界とは異なる宇宙より遣わされた()()()だ」

 

「代行者。つまりお前をこちらの世界に送り出した何者かがいて、やらせたい事がある、と」

 

「その通りだ。私に与えられた役割は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その過程や手段は全て私に一任されている」

 

「……束さんの作ったISに何かケチがあるのかな?」

 

「それは当然だろう。ISは異なる宇宙からエネルギーを吸い出して世界そのものを崩壊に至るまで食い潰す、悪性の寄生虫のような存在だ。何も知らず開発者の言われるがままに積極的利用をする愚民共の気が知れんよ」

 

 

 自身の最高傑作であるISを寄生虫呼ばわりされた束の眼に殺気が乗せるが、すぐには手を出さない。目の前の織斑一夏の皮を被ったシロッコという存在はこの世界に関しては全知全能に近い束にとっても未知の塊である。彼女が知り得ない別世界の情報を握っているのであれば多少不愉快でも会話を続ける価値があった。

 

 

「確かにISはこの世界以外の場所からエネルギーを引っ張っている。でも、世界を食い潰す寄生虫呼ばわりだなんて大袈裟に過ぎないかな? それとも実例でもあるのかい」

 

「ここより極めて近く、限りなく遠い世界においてISが存在する地球は絶対天敵(イマージュ・オリジス)と呼ばれる地球外生命体に襲われている」

 

「地球外生命体……続けて」

 

 

 かつての志した宇宙での未知との遭遇を示唆する内容に少しばかり興奮しかけた束は根掘り葉掘り問い質したい欲求を抑え、口を挟まず聴きに徹する事にした。

 

 

「絶対天敵の現われた世界は俗に言う平行世界というモノだと思えばいい。襲撃の原因はその世界のISコアによって絶対天敵の存在する宇宙からエネルギーが吸い尽くされる事を防ぐ為。時間軸に関しては我々のいる、この世界とさほどの差は無い。そう、つまりはI()S()()()()()()()()()()()()()()()()()I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()寿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ISという存在が如何に一方的かつ非効率の塊で、危険な代物なのか。よく分かる話だろう」

 

「なるほど、なるほど。確かに引き出される側のエネルギー変換効率までは把握してなかったな。そっか、そんなに馬鹿食いしているのか」

 

 

 シロッコの話に明確な証拠は無い。しかし、嘘だと否定する要素も無かった。もっとも束にはISが原因で他の宇宙がどうなろうと知った事では無く、罪悪感など欠片も浮かび上がってはいない。むしろ、絶対天敵なる未知が現れたという平行世界にいるであろう自分の境遇を羨ましく思っていた。

 

 

「それじゃあお前は別宇宙の崩壊を止めに来たヒーローってところかな」

 

「…………私が、ヒーロー? ク、クク、ハハハ。なるほど、確かに背景だけを見ればそう見えん事も無い」

 

 

 堪え切れなくなり、シロッコは笑い出す。クロエを救えるチャンスに思えるが、シロッコは束を前にして油断していない。見せ札であるパラス・アテネと伏せ札のボリノーク・サマーン。もしも束に動きがあれば、見事に対応してみせるだろう。その油断無き警戒心を看破したのか、束は動きを見せなかった。

 

 

「失礼した。だが私は俗な凡人共が思い描くような善良な救世主では無い。この世界を訪れて問題に対処する役割に同意したのも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ただそれだけなのだよ。……さて、IS学園の連中がこの辺りを直接探りに来ないとも限らん。横道に逸れた話を戻そうか」

 

 

 シロッコの言葉に合わせるように、パラス・アテネが動き出してクロエをシロッコと束の間の砂浜に横たわせた。そのままパラス・アテネは量子格納され、シロッコはクロエから距離を取る。自ら有利な立場を捨てる行為に束は訝しむ。

 

 

「私の代行者としての要求はただ一つ。私はこれから亡国機業に入り、世界を動かす。その邪魔をしないでもらいたいと確約を貰いたい」

 

「これだけの事をしておいて言葉だけで本当に納得するのかな?」

 

「常に世の中を動かしてきたのは一握りの天才だというのが私の持論だ。そして君はその体現者であり、能力もまた疑う余地は無い。一エンジニアとしても君を高く評価しているのだ。今後の交流に必要なファーストアプローチだと思ってほしい。回答次第ではISも破壊せずに済むかもしれん」

 

「それは与えられた仕事の放棄じゃないのかな」

 

 

 ISの破壊か封印がシロッコに与えられた役割であるはずだ。背任行為では無いのかと指摘する。

 

 

「私の持つ技術とこちらの世界の技術を合わせれば、ISの改良もできよう。世界からエネルギーを奪わなくなればISを排除する必要も無くなるという事だ」

 

 

 束はジ・Oの能力と亡国機業経由で得たビームライフルのデータからシロッコの持つ技術の高さを知った。シロッコ自身も展開装甲などの技術を巧みに吸収し、利用している事から、優秀な存在だと分かっている。技術交流が出来れば、IS開発初期段階から何一つ変化していないISコアの改良も可能かもしれない。お互いにWin-Winの関係だ。もしも協力が出来ない事態になれば、その時には改めてシロッコを排除すればいい。天災科学者たる篠ノ之束に、欲が出た。

 

 

「…………分かった。どうせ今のISは兵器扱いさ。変化を求めて投げた波紋もこの十年間でまた停滞を始めつつある今、君が面白おかしく世界をかき乱してくれるっていうなら私は大人しく盤外から観察させてもらうよ」

 

「交渉成立だな」

 

 

 言質を得たシロッコはジ・Oをナターシャを待機させているエリアに向けて飛翔させた。砂浜に残された束はクロエの容態を改めて確認する。すると間を置かずにクロエの瞼が薄く開いて金色の瞳を束に向けた。

 

 

「た、ばねサ、マ……」

 

「クーちゃん、おはよう。あ、時間的にはおそようかな」

 

 

 クロエが手を伸ばしたので束はクロエをそっと抱き寄せた。

 

 

「もう大丈夫だからね。これから箒ちゃんを探すけど、クーちゃんは休んでていいよ」

 

 

 クロエも二本の腕を回して束と抱擁を交わす。耳元でクロエの弱々しい吐息と共に声が聞こえてくる。

 

 

ぃ、ぇ……ぇ(に、げ……て)

 

 

 束の胸に痛みが走った。

 

 

「……え?」

 

 

 視線を下げれば束の胸部から青白い光が伸びて、クロエにも突き刺さっている。

 

 束には見えていないが、クロエが束の背に回した手には()()O()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 不意の一撃で肺と主要な血管を大きく損傷した束はよろめき、抱き上げていたクロエを落としてしまう。弱っていたクロエは、既に事切れていた。

 

 まだ完全に倒れてはいないが、細胞単位でオーバースペックである篠ノ之束とはいえ人間である。重要な器官を損傷した状態では思うように身体が動けなかった。

 

 だが束は自身の重傷よりもクロエが死んでしまった事に深い絶望を感じていた。酸素の供給が止まり、悲鳴をあげる脳細胞がどうしてこうなったのかを計算しようとするが、上手く働かない。その束へ声をかけたのは、つい先程この場を去った筈の男の声だった。

 

 

『私が改良した零落白夜の味は如何かな、篠ノ之束』

 

 

 シロッコはIS黒鍵を仲介して声を届けていた。

 

 

「おま、え……どう、して……」

 

『そう不思議でも無いだろう。ゴーストである今の私は一種の電脳生命体でもある。そしてコアネットワークで全てのISは繋がり、情報をやり取りしている。私が白式で再度目覚めた際に残存するコア全てが、私に取り込まれないように切断したラインを直接繋いで利用しただけの事だよ。……ああ、動機を問うているのであればなお簡単だ。お前が私の知識を欲し、不要となればいずれ排除しようと考えたように、私はこの場で必ず貴様を消すと当初から決めていた。確かにお前は優秀な女だが、私の理想とする社会統治には邪魔な存在だ。だから──』

 

 

 クロエの死体から光が溢れる。それは彼女の持つ生体型コアが扱えるエネルギーの限界値を大きく超えて引き出された為に始まった臨界爆発の予兆であった。

 

 

「クー、ちゃん──」

 

 

 体内に埋め込まれたコアが放つエネルギーの流出に耐えられず、コアの周辺から徐々に消滅していくクロエの身体に、意識が混濁し始めた束は手を伸ばし、崩れかけのクロエの遺体の手を握る。

 

 

『もう貴様は消えていい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シロッコが束と接触を図っていた頃。紅椿が消失した海域に一隻の密漁船の姿があった。彼等は偶然にもシロッコが接触する前の、日本へ向けて飛翔する福音の姿を発見した為、底引き網を放り出して遠方の小島の影に逃げ潜んでいたのである。ISなど触れるどころか近くで見た事も無いような末端の荒くれ者達ではあったが故にISの限界を理解できず、必要以上に距離をとっていた為にシロッコの広げた意識野による索敵の外側へと運良く抜け出せていた。

 

 彼等は光の奔流──ハイメガ粒子の光が消えてからしばらく戦闘音が無い事を確認して、そろりそろりと島影から現れた。目的は商売道具である底引き網の回収である。仕掛けから時間が経ちすぎており、掛かっていた獲物は殆どが逃げてしまっただろう。儲けこそ無くなってしまったが、彼等は何事も命あっての物種だと十分に理解していた。

 

 

「も、もう戻ってはこないよな……」

 

「ISってのはあんな事まで出来んだな、おっかねぇ」

 

「おい、くっちゃべってないでサッサと網を引き上げろ! あんな戦闘があったんだ。自衛隊のIS部隊やらが出張ってくる前にずらかるぞ!」

 

 

 船長の指示に従って水夫達が大慌てで網の回収を行う。そこで問題が起こった。

 

 

「ああん? なんか引っかかってんぞ!」

 

「なんだこりゃ、重てぇ! おい! 手が空いてる奴は手伝ってくれ!」

 

 

 網に何か重量のあるモノが掛かっており、作業に当たっていた二人の水夫では持ち上がらなかったのだ。急いで追加の水夫が集い、力技で網を引いた。途中、密漁船の使い古された滑車が軋みを上げたが何とか引き上げに成功する。喜びもつかの間、掛かっていたモノが判明すると水夫達に困惑が広まった。

 

 大の大人が二人すっぽりと入れてしまえそうな巨大な卵形の物質。表面は薄い赤で艶があり、染み一つ無くとても生物的なモノだとは思えなかった。重量も見た目に相応しくかなりの重さであり、比較的小型であるこの漁船ではしっかりと固定しなければ転覆しかねない。

 

 

「これは卵、だよな?」

 

「阿呆、こんな馬鹿でかい卵が海のど真ん中に転がってるもんか。石っころかなんかだろ」

 

 

 興味本位で何人かが卵の表面を叩いてみるが金属のように硬く、中身が入っているのかどうかも分からない。この謎の拾い物をどうするかの判断は船長に委ねられた。

 

 

「なんだかよくわかんねぇが、珍しいのは確かだ。……今回は赤字働きになりそうだったが、コイツを好事家に売り払えば多少の金になるだろ」

 

 

 方針が決まってしまえば、水夫達の仕事は素早かった。IS学園から教員達の乗ったISが到着する前に密漁船はその場から早々と姿を消した事で、その後に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からも無事に逃れ切れたのである。

シナリオの都合上、鈴のISを甲龍から変更したいのですが、よろしいでしょうか?

  • よしなに(YES)
  • 甲龍じゃない鈴とか鈴じゃない!(NO)
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