インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録 作:魔法科学は浪漫極振り
通信障害の影響で消息を断った織斑一夏と篠ノ之箒の行方、そして日本に侵攻している筈の銀の福音の姿はIS学園の教師陣と合流した自衛隊によって捜索が行われたが、発見には至らず、夕刻に日本近海の太平洋上で発生した原因不明の大爆発によって、捜索活動はなし崩し的に中断となった。この爆発現象は日本の太平洋沿岸部全域に津波をもたらしたものの、過去の災害からの教訓と各自治体の奮闘、福音に対応すべく動いていた自衛隊とIS学園のIS部隊による六面八臂の活躍もあって、被害範囲に反して損害そのものは至極軽微なモノで済んでいる。
この日、もっとも被害を受けたのはアメリカであった。福音の出撃元であった機動艦隊は推定ISによる核攻撃による旗艦の轟沈と艦隊司令の死亡、艦隊の立て直しと救命活動の最中に、爆発現象による衝撃まで受けてしまう。遮蔽の無い海上で諸に影響を受けた事もあり、ハワイ基地に帰港した艦艇から降りてきた人員は皆、一様に疲れ果てていた。
更には
その結果、アメリカ国内のあらゆる分野から少しずつ排除され始めた男性の多くが、現社会体制に恨みを持って原因となった亡国機業を含む反社会的勢力へと流入していくのは、まさに皮肉としか言いようが無かった。
そして臨海学校の中断と二名の行方不明者を出す事となったIS学園でも、大きな変化が始まろうとしていた。
学園長室で轡木十蔵は一人の教師による直筆の辞表を眺めていた。急な話ではあったが、臨海学校での経緯を聞いた時点である程度の予測はできていた事であった為、彼に然程の動揺は無い。視線を正面に立つ女教師に向けた。
「最後の確認です。この書類を通して……本当によろしいんですね? 織斑先生」
「はい。織斑一夏と篠ノ之箒の失踪の責任を取り、IS学園の教員を辞職させていただきます」
世界唯一の男性IS操縦者の織斑一夏、篠ノ之束の実妹である篠ノ之箒、そして彼等が使っていたIS二機の損失。これまでのように内々に処理する訳にはいかず、IS学園へあらゆる国家や組織が警備体制の甘さを非難し始めている。それらの責任を千冬は丸ごと背負って去ると決めたのだ。そも二人とも彼女の関係者であるし、箒に関しては目前で戦場へ送り出しもした。間違いなく責任の一端はある。
この一手には騒がしかった外野も静かにならざるを得なかった。初代ブリュンヒルデである千冬の民間人気は未だ高い。叩き過ぎれば自分達にも返ってくる可能性がある。それに、ここで追及を控えれば、あわよくばフリーになった千冬を自分達の下へ引き込めるかもしれないという欲も見え隠れしていたが、ともかく学園への非難や干渉の大半は抑え込む事に成功したのだ。
「轡木学園長には手を差し伸べていただいた身でこのような無理を申し訳ありません」
「当時の貴女を奪い合おうと画策するドイツと日本の時勢を考えれば、中立のIS学園で確保するのが、国際情勢としては角が立たずに済んだというだけです。お気になさらず」
第二回モンド・グロッソの裏で行われた取引の結果、日本代表を辞してドイツの指導教官として一年を過ごした後、双方からの圧力や第三者による勧誘などを受けて身の置き場に悩まされていた千冬をIS学園のトップである轡木が拾い上げてもらった。その時に礼を述べた時にも似たような言葉をもらったなと思い出していた。
「山田先生はなんと?」
「泣きつかれましたが、なんとか説得しました。意気消沈している一組を放り出し、彼女に任せてしまう事に対して後ろめたさが無い訳ではありませんが、生徒の事を親身に考えられる山田先生なら私のようなIS操縦とフィジカル以外に大した取り柄の無い女よりも立派な教師になれると確信していますよ」
一年一組はクラスメイト二名を一日で失う事になった。死亡こそ確認されていないものの、行方不明である事は流石に隠し通す事も出来ず、良心的な生徒が多数在籍していた事もあって嘆き悲しむ者さえいる。メンタル面でダメージを負っていないのは事情を完全に把握しているセシリアくらいだろう。千冬が学園を去る事は二学期になってから通達される予定だが、彼女に代わって一組の担任となる真耶は普段こそ頼りなさげではあるが、土壇場では必ず成し遂げられる女だと千冬は知っていた。
その言葉に満足した轡木は一つの小箱を取り出して、千冬に手渡した。
「織斑先生。いえ、織斑さん、これは私……いえ、IS学園教師陣からの餞別です。貴女がこれから進む道には、おそらく必要になるでしょう」
「……ッ!?」
訝しげに箱を開いてみた千冬の眼に入ってきたモノ。それは、かつてクラス対抗戦で襲撃してきた無人IS──ゴーレムIに使用されていたISコアであった。現在世界が確認している467個のISコアのどれでもない未登録品。世界情勢に影響を及ぼす可能性を考慮して、IS委員会にすら破壊されたと偽りの報告を上げて秘密裏に学園内で保管していた代物だ。これを千冬個人に託すという事は、学園にとって非常にリスキーな行為である。
「なあに、元々それは未登録のコア。つまり、この世に存在しないモノなのですから、この学園にあろうが個人が持っていようが然程変わりますまい。問題になりそうでしたら、退職祝いに篠ノ之束博士が貴女個人に贈った品だと言っておけば、世間も黙りますよ」
「……感謝します」
ISコアを受け取った千冬は深々と頭を下げた。
既に同僚の教師達には挨拶を澄ませている千冬は学園を去る為に昇降口に向かっていたが、途中で待っていた更識楯無を見かけると足を止めた。
「織斑先生」
「更識か、お前にも迷惑をかけた。……化粧で疲労を誤魔化しているようだが、大丈夫か?」
「バレてしまいましたか? ま、大丈夫です。こちらの不手際が招いた事ですから、気にしないでください」
一夏の警護に出した更識の人員が全く役立たなかった事は日本政府の更識に対する評価を下げた。しばらくの間は楯無が学園業務や妹へのストーキング行為を放り出して事後処理の為に連日連夜、完全な仕事漬けになっており、その疲労が顔に出ていた為に化粧で誤魔化していたようだ。普段なら広げている扇子を出さない辺り、割と重症にも思える。
「私の事は置いておいて……二人を探しに行かれるんですね」
「ああ、篠ノ之は分からないが、少なくとも一夏は自分の意思で出ていった。ならば生きていると考えた方が正しい見方だろう。私は世間の目や立場を意識し過ぎて、動くべき時に動けなかった愚か者だが、素直に泣き寝入りして諦める程我慢強くは無いのさ」
決意を固める千冬に、楯無は一枚の紙片を渡す。
「私のプライベートアドレスです。何か調べたい情報があれば、いつでも連絡を入れてください」
「助かる。IS学園はお前達に任せるぞ」
「はい、更識の名にかけて。必ず」
言葉を交わした後、千冬の姿が消えたところで楯無は端末で連絡を入れた。
「今、正面玄関に向かったわ。説得は頑張ってね」
楯無と別れた後、千冬は今年に入って急増した束との通信を試みたが、応答は無かった。
(今日も出ない、か。少なくとも篠ノ之は束のところにいるかと思ったが……違うのか?)
考え事をしながら動いていた為か、門の前に一人の生徒が立ち塞がっている事に気付くのが遅れた。
「なんのつもりだ、凰」
そこには学園に来た時と同様にボストンバッグ一つで荷を纏めた凰鈴音の姿があった。
「アタシも行きます」
「馬鹿を言うな。お前は中国の代表候補生──」
「辞めました。甲龍も楊管理官に連絡して国へ返却しましたし、IS学園にも退学届を提出してます」
目の前の少女が何を言っているのか、千冬は咄嗟に認識できなかった。ようやく理解が及んだ後は、叫ぶように叱りつけていた。
「馬鹿者! お前は何を考えている!?」
「アタシがISを求めて、この学園に来たのは一夏に会う為でした。一夏がいないなら代表候補生である事もIS学園に通う事も、アタシには意味が無いんです」
鈴の自分の人生を投げ捨てるような蛮行に怒る千冬は恐ろしい形相だ。しかし、それに臆せずに鈴は自分の願いを込めて訴える。
「重要でない楔のせいで、アタシは大好きな一夏と友達になった箒をただ見送って、後悔しました。だから、アタシも千冬さんと一緒に連れていってください! そして、今度こそ大事なモノを自分の力で守りたいんです! お願いします!」
それだけ言い放つと荷物を放ってその場に土下座し始めた鈴の姿を千冬はじっと上から見つめる。一分にも満たない時間が流れ、千冬は溜息を吐き出した。
「
「…………はえ?」
千冬から言われた覚えの無い呼び方だった為、僅かに反応が遅れてしまった。顔を上げると先程までの怒りが嘘のように笑みを浮かべていた。
「なんだ、将来一夏に嫁入りするつもりなら名字呼びを続ける訳にもいかんでは無いか。今から慣れておけ」
「え? えっと、その……アタシも義姉さん呼びに変えた方が良いですか?」
「ん!?そ、そっちは変えんで良い!しかし私の個人指導は厳しいぞ。覚悟しておくんだな!」
「あ、はい。 ――って、待ってくださいよ! 千冬さん!」
僅かに顔を赤らめた千冬がスタスタと門を出ていった為、急いで荷物を拾い上げて鈴は後を追いかけた。そのまま二人はモノレールに乗り込み、日本本土へと向かう。夏季休暇に入っている事もあり、二人以外の客はいなかった。
「えっと、勢いで出てきましたけど、行き先なんかは決まってるんですか?」
「まずは倉持技研で私用のIS開発を依頼する。束に対抗心を燃やしてる奴が一人いるから、束が第四世代型を作った事をネタに煽ればどうにかなるだろう」
そんな馬鹿なと鈴は思ったがその後、水着に白衣という出で立ちで遭遇した倉持技研第二研究所所長の篝火ヒカルノに対する千冬の類稀なる
流石に作業自体は白式が消えた事で再開発が決まった更識簪の打鉄弐式が完成した後という事にはなったが、国内の安全保障の関係上、IS管理に一際厳しかった中国との差を感じてしまう。
「テロリストがISを使うような時代だ、深く考えるだけ無駄だな」
「千冬さんのISが完成するまでは日本を中心に動くんですか?」
「いいや」
一夏に任せていた自宅の清掃管理などの、諸々の手続きを終えた千冬が向かった先はイタリアの在日領事館であった。
「私の錆落としのついでに、長年のラブコールに答えてやるのも悪くはないだろう?」
「おはよう、シャイニィ。やれやれ、早朝から電話とはマナーのなってない相手だ。せめて吉報だと良いんだけどサ」