インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録 作:魔法科学は浪漫極振り
千冬と鈴がIS学園を去った頃、シロッコは光も届かない深い海底にその身を置いていた。無論、ISで潜っている訳ではない。彼が乗っているのは巨大な人参。否、巨大潜水艦であった。形状は人参モチーフという常識を逸した形状だが、高いステルス性能と機動性、サイズ、居住性は世界に現存するあらゆる原子力潜水艦を凌駕していた。
これは篠ノ之束の秘密ラボを備えた移動拠点であった。クロエのIS黒鍵から抜き出した情報で束が常日頃世間の目から隠れる為に使っていた化け物潜水艦の所在とパスコードを入手したシロッコは亡国機業との合流を前に、この場所を訪れたのだ。随分と
ただし、全てが上手くいった訳ではない。黒鍵から入手できたパスコードで行えたのは艦への搭乗と居住区画、その他一部のエリアへのアクセスだけだった。艦の制御と束の研究ラボ、その他エンジンルームなどの重要区画などは更に上位のパス、つまり束の認証が必要であった為、シロッコは居住区に滞在し、ロックの解除に掛かりきりになっていた。天才を称するパプテマス・シロッコといえど、束の仕掛けた電子障壁のロジック解除は容易くは無かったのである。
制御室内でシロッコはジ・OのPICによって無重力状態を発生させて漂いながら端末に流れる文字の羅列を読み取り、立ち塞がるプロテクトを解析、玉葱の皮を一枚一枚剥ぎ取るように時間をかけて解除していく。手間のかかる作業ではあったが、着実に潜水艦の機能を掌握していく。
そこに一杯のインスタントコーヒーが差し入れられた。シロッコが端末から顔を上げれば、そこにはISスーツを脱いでタンクトップにハーフパンツだけという、ラフとは言い難い程に着崩しをしたナターシャの姿があった。
シロッコと合流した彼女は共にこの潜水艦へと侵入し、追跡の目を逃れていた。最初は束の衣装を借用しようとしていたが、あまりにも少女趣味が過ぎた為、あれらを普段着として着る羞恥プレイをするくらいなら、今の格好の方がマシだと判断したようだ。ともあれ、ナターシャはシロッコと織斑一夏の関係性や篠ノ之束の最期など、ある程度の事情を聞かされた上で、この潜水艦内で一時の共同生活を送っていた。
「進捗状況はどうかしら」
「重要区画と制御系は抑えた。あとは研究ラボへの出入りだけだな」
PICを解除し、全身にかかる重力の重みに辟易しながらもコーヒーを受け取った。ナターシャのファング・クエイクの量子格納に入っていたサバイバルキットの非常用品として入っていた水溶性の安っぽいコーヒーの香りだが、木星船団に属していた頃は天然物を嗜む機会は一度とて無かったシロッコにはこちらの方が馴染み深い品だった。
「……ねぇ、シロッコ。この潜水艦も亡国機業への手土産にでもするの?」
畑違いである彼女ですら数日を過ごしただけでもこの艦が従来の潜水艦を超える技術の塊である事は理解できる程だった。そんなモノをわざわざ時間をかけて掌握しようとしているのだから、有効活用する気なのだろうとナターシャが考える事は至極当然であった。しかし、シロッコはその疑問をあっさりと否定する。
「キャロットは私が求めるモノを回収後、マリアナ海溝で自沈させる。私の目が届かない場所で利用される可能性は潰しておかねばな」
「どういう事? ここは篠ノ之博士のラボ、探せば未発表の研究成果が……いいえ、もしかしたらコアの製造方法だって見つかるかもしれない。亡国機業からすれば垂涎ものでしょうに」
福音の暴走や白騎士事件が篠ノ之束の差し金だった事やISのエネルギー源がどのようなモノなのかをシロッコに伝えられた為、ナターシャはISの生みの親である篠ノ之束に対する尊敬心は著しく落ちたが、彼女が持つ価値まではまだ見失っていないからこその意見だ。
少し考える素振りをしてシロッコはナターシャに向き直った。
「ふむ。私の予想ではあるが、ここに……いや、世界の何処を探してもISコアの製造方法は存在しないだろう」
「それは彼女の頭の中にしかISコアの設計図が無いという事?」
重要な研究を行っている研究者が情報の徹底的な秘匿の為に他人が探れないようにあえてデータに残さないという話は古今東西問わずにある。その類かとナターシャは考えた。その予測に対するシロッコの答えは更に斜め上を行っていた。
「違う。そもそも
無音。シロッコがコーヒーに口を付けて喉を潤す。
「…………ごめんなさい。貴方が言っている意味が分からないわ」
ナターシャの混乱は当然だ。ISコアの製造方法は束だけが知っているからこそ世界は彼女を求めた。それに応じて、彼女は公式上では467個のISコアをこの世界に生み出した。それなのにシロッコは、その束がISコアを作っていないと言う。世に知られている事実と大いに矛盾している。
口元からコーヒーカップを離し、近場の台におくとシロッコは持論を語り出した。
「私もエンジニアの端くれだ。様々な技術を学び、独自に発展させてきたからこそ分かるが、技術というモノは一から十に伸ばす事は己が才覚と創意工夫によってある程度までは可能でも、零から一を生み出す事は奇跡にも等しい閃きや切っ掛けが必要となる。それは君も知るところだろう」
ナターシャも福音のテストパイロットだった女性だ。技術開発がトライ&エラーの繰り返しだという事は承知している為、同意の証として頷いた。
「篠ノ之束が世に出した論文の多くは確認させてもらった。確かにあの女は様々な分野に高いレベルで精通して、その知性は本物だったのだろうが……ISに関してだけは様々な不自然さが際立っている」
シロッコは指を一本立てる。
「一つ目は過程の欠落。ISコアの材料となる希少鉱物を研究開発の為に独自に入手し、現在の万人が扱える片手サイズのISコアの完成に至るまでの流れがゴッソリと抜け落ちている。学会でも発表における各情報の不揃いが問題となって、認められなかった」
続けて二本目を立てる。
「二つ目はコアの持つ性能だ。世界へ散らばった467個のISコアはその全てが均一、完全な同一規格となっている事。最初のISコア、つまりは白騎士のコアとそれ以降のコアに違いが無いという点は実に不自然だ。最初に作ったプロトタイプの性能が満足いく形で完成したとしても、技術者という存在は自分の手掛ける技術の発展には貪欲なものだ。何かしらの性能向上などの改良や簡易化は行われて然るべきところを、奴は用途に応じた出力抑制機能を付けるだけに留めた。篠ノ之束にとってISコアは、これ以上も以下も無いモノだと決まっていたように思える」
指の三本目を伸ばす。
「三つ目は白騎士事件。言うまでもなく、ISの軍事利用への先駆けになった。奴を認めなかった学会への示威行為だとしても、やり方が根本的にズレている。本気で宇宙開発に使いたいのであれば何処かの宇宙開発部門とでも協力して実例を見せ付けてやればよかったのだ。故に、この事件は最初から軍事利用へ……いや、IS依存社会へと仕向ける予定だったとしか思えん」
四本目の指が立つ。
「最後は名前だ。ISコアを核とするパワードスーツを『インフィニット・ストラトス』と名付けた事。日本語直訳で『無限の成層圏』とされており、これは宇宙をも自由自在に飛び回る事を願ってという触れ込みだが……深読みすれば、その名はどれだけ宇宙を目指そうが人は地球の持つ重力の井戸から抜け出せない、いや、
伸ばした指を戻して手を下す。
「故に私はこう予想した。篠ノ之束は『人類を超越した何者か』からISコアの完成品または製造方法を授けられたが、それを広める事は禁じられた為に情報を秘匿せざるを得なかった。宇宙開発は副次的もしくはそれより優先順位を上に置くべき何らかの理由が発生し、別の目的をもって世界がISそのものを欲するように仕向けさせたのだとな」
「……仮に、貴方の今の話が正しかったとして。ISコアを篠ノ之博士に提供した『何者か』の正体は予想が付いているのかしら?」
突飛なシロッコの持論には第三者の存在が必要だ。その点をナターシャが指摘する。
「地球に固執し、無知蒙昧たる人類に新たな英知を授ける上位存在、それすなわち『神』。つまり神職の系譜であった篠ノ之束は神の言葉を聞き取り、力を授かった稀代の巫女なのだよ」
「………………冗談、よね?」
オカルト的な理論の飛躍にはナターシャも食いつきが悪かった。しかし、忘れてはならない。
「君の目の前にいる男は異なる世界から渡ってきたISコアに憑りついたゴーストだ。目の前の幽霊の存在を認められるならば、本物の神がいてもそう違和感のある話ではないと思わないかな」
「それは……」
「フッ、宗教がまだ生きているこの世界では鵜呑みは難しいか。だが、そう思い悩む必要は無い。私が並び立てた理屈は全て私の推察でしかなく、当事者たる篠ノ之束が死んだ以上、その答えは完全なる闇の中となったのだから」
答えの出ない話よりも、今後について話すべきだと説いてシロッコはこの話題を打ち切った。話はこれから合流予定の亡国機業に移る。
「君には伝えておこう。亡国機業は私の目的のひとつであるインフィニット・ストラトスをこの世界から一掃を成す為に利用するが、テロ屋風情に天下を取らせる気は欠片も無い」
「……そんな大事な話を会ったばかりの私に明け透けに伝えても良いのかしら。自分や福音の為に、いずれ貴方を亡国機業へ売るかもしれないわよ」
「それが君にとっての最善だと感じたならば好きにすれば良い。私の眼が曇っていただけの話だよ」
随分と狡い言い方をする。整った眉を僅かに顰めて、ナターシャは話題を戻した。
「それじゃあ貴方が世界を纏めるの?」
「私は人類をより良く導く主導者は女こそが相応しいと思っている」
「矛盾してないかしら? ISがあるから女性主体の社会になっている。貴方はそれを消すと言ったばかりよ」
「君のような聡明な女性ばかりであればそれも良かろうが、実情はISの威を借る俗物共が傍若無人な振る舞いを行っている情けない社会だ。頂点は気高く意志に満ちた女が相応しいが、それ以外の者は老若男女皆が対等であるのが理想的な構図だ。違うかね?」
「そうかもしれない。だけど、トップは貴方が見初めた女を据えるんでしょう? つまり貴方の考える理想社会は実質的に貴方の傀儡政権となる」
「フ……確かにそのような構図に見えるだろう。しかし私は歴史の立会人であるからして、結果を見届ければ素直に身を引き、宇宙開発に専念して余生を過ごすさ。なにより私は宇宙生まれの宇宙育ち、スペースノイドだ。いつまでも地球の重力の井戸の底にいては宇宙の飛び方を忘れてしまう」
嘘か真か、ニュータイプでないナターシャには分からない。だが、シロッコが宇宙を懐かしんでいる事だけは真実だと感じた。
「まあ、そこはいいわ。……貴方の言う主導者候補は見つけているのよね」
「ああ。今はIS学園に学生として在籍している。最終的には君にもいずれ彼女の補佐を頼みたいところだが、しばらくは私と共に裏方に回って欲しい。人類が彼女を指導者として認める道筋を作らねばならんのでな」
他の女を祭り上げる為に力を貸せというのは少しばかり納得がいかないが、ナターシャを勧誘したのはシロッコだ。話を聞いてからでも遅くは無い。
「私が欲しいと言ったシロッコは何をさせたいの?」
「亡国機業に開発させている新兵器『モビルスーツ』の内の一機、大気圏内での制空権確保の為に再設計を行った『メッサーラ』のテスターを任せたい。君ほどの空戦適性を持ったテストパイロットあがりは亡国機業にもいないだろうからな」
「モビルスーツ……メッサーラ?」
聞きなれない単語を反復する。
「パイロットと状況次第だが一対一でも世界でメジャーな第二世代から第三世代型ISまで十分に渡り合える人型機動兵器の総称だ」
「そんなモノまで作っているなんて……亡国機業は戦争でもする気?」
「奴等は最初からそのつもりだ。確かに私の与えたモビルスーツとミノフスキー粒子の情報が連中の計画を加速させた事は確かだが、いずれ戦争そのものは起こっていただろう」
戦争と聞けば、先程の主導者候補をどのように持ち上げるのか、理解が及んだ。
「つまり、貴方の選んだ子は戦争で英雄になるのね……」
「亡国機業が動き出せばどの道、IS乗りである彼女も否が応でも引き出される。ならばこちらで線路を敷いてタイミングと方向性を誘導する方が確実だ」
「でもそれは、本当に必要な事なの?」
軍属であるナターシャは子供を前線に立たせる事に難色を示す。戦争になれば増えるであろう数多の犠牲者の事も含んで嫌悪感を抱く。
「ナターシャ。君のその慈愛は戦後にとっておくべきものだ。たとえ戦争が無くても今の混迷した世界情勢の中では犠牲を生み出していく。ドイツの遺伝子強化試験体や福音の部品にされた少女のように。ならば戦争をコントロールして腐敗した現行の社会体制を破壊し、正しく再生する事こそが犠牲になった者達への最高の供養になり、新たな悲劇を繰り返さずに済むのだと私は確信している」
言葉巧みに戦争の正当性を述べるシロッコの話はとても耳に馴染んだ。それは真っ直ぐだった友人を引き返せない道に引きずり込み、凶行に走らせた現社会に対し、ナターシャが心の奥底で怒りを抱いていた為に他ならない。
「…………分かった。真っ当な手段では国家の代表でさえ、今の世の中の都合に抗えないのは体験したばかり。私も、世界を変える為に付き合うわ」
「感謝する。では、そろそろ艦を動かすか」
中身の無くなったマグカップを量子格納、モニターを操作して目標地点を指定した。これによって海底で静まっていたキャロットはゆっくりと海底から浮上、自動航行に移行した。
「何処へ?」
「まずは中東方面へ。福音と一体化していた少女を故郷へ返す事が先だな」
長らく作業をしていたシロッコが今はこの艦の一室に寝かされている福音と少女の残滓に気を割いていてくれた事に驚く。このような女の気掛かりを拾ってみせる繊細な心配りと、戦争すら利用して目的を果たさんとする苛烈な意思を持ち合わせたシロッコは、目を背けたくなる辛い現実に直面して弱ったナターシャの心を強く擽った。
その後、福音の犠牲となった少女の残滓を故郷の土に埋葬した二人は、篠ノ之束のラボから
(これで私が求めていたピースは揃った。残る問題は篠ノ之束という存在の裏に隠れているイレギュラー。ナターシャには気にするなと伝えたが…‥キャロットに残っていた情報から分析するに
イレギュラーの所在は不明だが、一つだけ分かっている事がある。それは表舞台に立つ篠ノ之を排除した以上、ISとISに依存する世界の破壊を狙う私の前にソレはいずれ現れ、直接相争う宿命だという事だ。
その時に私が切れる手札がISのジ・Oとサイコフレーム、モビルスーツだけでは些か心許ない。亡国機業に入った後は起こり得る戦いに備えた決戦兵器を開発する必要があるな。
……ククク、難敵である篠ノ之束を消したとはいえ、未だに予断を許さぬ状況ではある。――が、存外に私はこの緊迫感が嫌いでは無い。やはり私という存在は己が力を存分に振るえる乱世の舞台を求めているのだろう。戦争を遊びにしているとは、実に正鵠を射た言葉だったぞ、カミーユ・ビダン)