インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録   作:魔法科学は浪漫極振り

32 / 33
No.2 織斑千冬&アリーシャ・ジョセスターフ

 イタリアに来て幾度目かのアリーシャとの近接格闘の模擬戦を終え、流れ出る汗をタオルで拭ってはぬるいスポーツ飲料を口にする。何も考えずにいられるこの疲労感が今は心地良い。

 

 クールダウンが終わり、汗を流す為に二人揃ってトレーニングルームに備え付けられた複数人向けの更衣室兼シャワー室へと向かう。更衣室に入ると茜色の髪を鈴音同様にツインテールで纏めていたアリーシャが髪留めを解いていく。左腕だけで器用に衣服を脱ぐ姿を傍目に私も早々に準備を整えて、シャワーを浴び始めた。

 

 これまでであれば流水で洗い流す瞬間は気持ちが晴れやかになるところだが、どうしても行方が知れない二人の安否が気にかかってしまう。日本を中心に世界各地にいる知人に情報提供を依頼したが、有力な情報はまだ見つからない。

 

 気持ちが焦ると二人の死亡説が浮かぶが、その可能性だけは断固として否定したかった。特に一夏は……私にとって生きる理由そのものと言っても過言では無い。自分の目で死体を確認しない限りは、諦めるつもりは微塵も無かった。

 

 決意を新たにした折、簡素な敷居で分かたれた左側のシャワーを使っていたアリーシャから声をかけられた。正面を向いたままでこちらを向いてはいない。

 

 

「なあ千冬。鈴を私に預けてみる気は無いかな? 私の手数重視の戦闘スタイルは小柄なあの子には向いてると思うのサ」

 

「なんだ藪から棒に」

 

 

 アリーシャの急な申し出に訝しんでしまうのは無理からぬ事だろう。確かに小柄な鈴音には一撃の鋭さに賭ける私の技法よりもアリーシャの素早い手数で押し切る戦術の方が確かに向いてはいる。

 

 しかし、だからと言って私を頼ってきた鈴音を他人に任せるというのはどうにも憚られる思いだった。

 

 

「今のアンタ、中途半端だって自覚はあるだろう? 織斑一夏と篠ノ之箒の捜索、もしもの実戦に備えたトレーニング、そして鈴の指導。学園の仕事が無くなって身軽になったとは言っても、明らかに集中できる余裕が無いのは明らかサ」

 

「それは……」

 

 

 確かにアリーシャの言う通り、今の私は万全とは言い難い。持ち前のフィジカル頼りで鈴音には気付かれない範囲で睡眠時間を削って捜索活動を続けている。それが実を結ぶ事はこれまで無く、そして、いつまで続くか分からない。

 

 答えに窮した私にアリーシャが正面を見ていた顔をこちらへ向ける。その瞳には、国家代表を退いた後の数年間で私が見失った、ギラギラとした輝き──勝利への渇望で漲っていた。

 

 

「今の状態のアンタは面白くないんだよ。私が全力で戦いたいのはただ勝つ事だけに邁進する、振るう刀のように真っ直ぐ芯の入った初代ブリュンヒルデだ。全部一人で抱えて自罰的に生きようとする臆病者はお呼びじゃないのサ。これは今後、私とイタリアがアンタ達に協力する為の要請だ。普段は鈴の指導は私が見てやる。情報分析だってアマチュアのアンタがやるより信頼できる情報屋に任せておけばいいサ。取り敢えずアンタは昔の実力を取り戻す事だけ考えなよ」

 

 

 溜息を吐いてシャワーを止める。どうやら長年のブランクは自分の想像以上だったようだ。私以上にアリーシャは私の精神的な衰えを見抜いていた。家族を失う事を恐れて情勢に流され、IS学園という揺り籠で安穏と過ごしていた結果が今の情けない織斑千冬なのだ。……戦う事を忘れた私に何の価値があるというのか。自らの頬を叩いて活を入れ直す。

 

 

「まったく、お前の言う通りだよ。私は気付かない間に随分と弱くなっていたようだ」

 

「ここまで発破を掛けたんだ、期待しているよ」

 

「敵に塩を送って、負けた後の言い訳の準備じゃないだろうな?」

 

「美味しい料理を食べる為なら手間暇を惜しまないのがコツだろう。 私が送った塩でよく揉み解しておくといいサ」

 

「言ってろ」

 

 

 ニヤニヤ笑うアリーシャを置き去りにしてシャワー室を出る。鈴音には、私からアリーシャの師事を受けるように言っておかねばならんだろうからな。

 

 

 

 

 

 本当の意味で戦う姿勢と意志を取り戻した千冬が早々に去っていた後、私もまた身支度を整えていく。片手で着替えられるようになってはいるが、どうしても時間がかかるのは仕方が無い。テンペスタⅡの暴走事故で右腕と右目を失った後は義手や義眼を奨められたが、生身と機械を繋ぐ際に僅かながら生まれる反応速度のラグを懸念して断った。千冬と全力で決着を付けたいIS戦では本物の腕や目の有無はさして重要では無いのだから、余計な付属品は鍛え上げた感覚を鈍らせる。

 

 着替えが完了したタイミングで、荷物の中からプリペイド式の無骨な携帯端末の着信音が鳴り響いた。連絡してきた相手は分かり切っている。私は特に気負う事も無く、耳にあて、端末通信を繋げた。

 

 

『お前の主導でイタリアが織斑と協調路線を取り始めた事は把握している。裏切るつもりか』

 

 

 電話を掛けてきた人物は、街外れを気儘にぶらついていた私へ接触を試みた亡国機業の工作員であり、今使っているプリペイド式の携帯端末の提供者だ。しかし、挨拶も無しに要件から入る辺り、随分と御冠のようだが……筋違いにも程がある。

 

 

「勘違いして欲しくないサね。裏切るも何も、私はまだ参入してないだろう? お前達に協力する条件は織斑千冬と戦える場を用意する事。そちらが約定を果たす前に向こうから接触してきたんだ。私にあれこれと恨み事を言う前に、自分達の仕事の遅さと運の無さを恥じるがいいサ」

 

 

 千冬との戦闘の機会を用意すると言う条件で亡国機業から勧誘を受けていたが、その答えを出す前に千冬本人から申し出があった以上、テロリスト風情に付き合ってやる義理は無くなった。それだけの話だ。

 

 

『……いずれ後悔するぞ』

 

「これは忠告だけどね。私を脅す前に自分の身の安全を確保した方がいいんじゃないかい? 取り込みに失敗したとなれば、私に素性を知られているアンタは蜥蜴のしっぽ切りにあっても可笑しくないサね」

 

 

 その言葉に思うところがあったのか、通信は即座に切れた。私は必要が無くなったプリペイド端末を握り潰して近場のゴミ箱に放り込み、今後について話し合っているだろう二人のもとへと歩き出した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。