インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録 作:魔法科学は浪漫極振り
夏季休暇に入り、イギリスへと帰国したわたくしを待っていたのはオルコット家当主として裁量が求められる書類とイギリス社交界への誘いの数々。昼夜を問わずに職務を果たす忙しい日々を過ごす中で、イギリス政府からブルー・ティアーズ四号機として登録される予定であるパプティマス様が設計されたタイタニアの開発が始まった事を告げられました。
どうやらわたくしの帰国直前にブルー・ティアーズ二号機サイレント・ゼフィルスがテロリストに強奪された為、手の空いた二号機の技術スタッフ達が外出も常に管理・制限されるような厳重な警備体制の中で急遽開発する事が決まったとか。
捜査が未完了であり、スタッフ内にテロリストへ情報を流出させた者が紛れている可能性がある以上は仕方が無い事ですが、些か不憫ではあります。タイタニアの完成度を高める為にも、オルコット家として彼等には多少の便宜は図るべきでしょう。
三号機のダイヴ・トゥ・ブルーはブルー・ティアーズから反映したデータでBT兵器の操作性と安定性が高まった事で、奪われた二号機の代わりに現国家代表の専用機として調整を施す事に決まったようです。……タイタニアの予測される潜在スペックからそちらを国家代表用の機体にすべきではとの声も一部あがりましたが、タイタニアは白式──ジ・Oと似て、第一世代に先祖返りしたかのような全身装甲の重量級のISとなっています。軽装甲かつ顔出しを是とする昨今のIS事情とは逆行している為、性能が良くとも国際社会での面子を気にする者達からは敬遠されて、国家の顔となるISは三号機と決まり、パプティマス様から託されたタイタニアの横取りはなんとか防げました。
タイタニア受領後の事を考えながら、オルコット家本邸の書斎で書類の整理をしていると幼馴染であり、わたくしの専属メイドであるチェルシー・ブランケットが入室許可を求めてきましたので、許可を出します。
チェルシーはオルコット家に代々仕えているブランケット家の末裔であり、血は繋がっていないが実の姉のように内心で慕い、
「お嬢様、日本への資産移動の指示書のご確認ですが……これだとイギリス国内のオルコット家の総資産は七割程となります。本当にこの配分でよろしいのでしょうか」
本当は今後に起こり得る事態を考えると半分は送っておきたいのだけれど、不必要にイギリス本国から疑われても困ります。故に三割で妥協するしかありませんでした。
「ええ。この留学で日本を気に入りました。それにわたくしはあと二年半近くは日本で過ごす事になります。イギリスを介さずに緊急で資金が必要となる場合に備えて、ある程度は日本でプールしておこうかと」
その言葉に一応の納得をしたチェルシーは頷いて下がろうとする。その背中に向けて、わたくしは不意に声を掛けました。
「チェルシー」
「はい……?」
振り返った彼女の顔を見て、私人としての笑顔を浮かべてみせる。
「わたくしが不在の間、大切なオルコット家を支えてくれて本当にありがとう。これからも我が家の留守をよろしく頼みますわ」
「恐れ入ります」
短い返答と頭を垂れる裏に滲み出るチェルシーのオルコットへの想いを感じ取る。それを確認するとわたくしは彼女に退室を促した。
「ふぅ」
溜息が漏れる。ああ、本当に。本当に残念ですわ、チェルシー。
長きを共にし、心から信頼していた、姉のように慕っていた忠臣が──我が家に反意を抱いているなんて、わたくしは知りたくはなかった。
パプティマス様の指導により得た、人の内にある意志を感じられる能力というモノは社交界での立ち回りやIS戦闘に有益でしたが、全てが好ましい方向に転がった訳では無かった点はまことに残念ではあります。
背信者チェルシーをどのように処断するのが最善か。わたくしには分かりません。裏切りの証拠を見つけて公的かつ直接的に弾劾すべきか、秘密裏に排除するか。どちらにせよ、彼女との縁はそこで終わる。終わって、しまう。
「……どうかわたくしを導いてくださいまし、パプティマス様」
胸元のクルスを握りながら、今は遠い彼方に感じられる敬愛すべき宣教者に縋る。身内への情が決断を邪魔するような軟弱なわたくしに、あの方が望まれる大役が務まるのか。少しばかりの不安が過ぎりました。