インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録   作:魔法科学は浪漫極振り

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第九話

「……一人で食事をとる事にも、また慣れてしまったな」

 

 

 クラス対抗戦から早数日。食堂の片隅で夕食の焼き魚定食を摂りつつ、篠ノ之箒はそう独りごちた。IS学園入学からしばらくは同室の一夏と食事を共にする事が多かった彼女だが、彼が鈴と付き合いを始めた頃から、意識して距離を取っている。仲の良い二人の関係を見せ付けられる事が嫌だったのもあるが、何よりも隠れて二人の様子を伺っていた自分の内から溢れ出ようとする嫉妬の感情に吐き気を覚えてしまった。昔から感情の抑制が苦手である箒が自制を保つ為に物理的に距離をとったのは成長か、はたまた逃避か。

 

 

(今から、どこかのグループに入れるだろうか)

 

 

 入学から一月も経てば、様子見も終わり、自然と様々な仲良しグループが出来ている。重要人物保護プログラムによって各地を転々としていた、馴染むだけ無駄であった中学時代までならばともかく、IS学園には続けて三年間通う事になる。孤独には慣れつつあった箒と言えど、花の女子高生時代を剣道一筋、ボッチの未来は避けたいようだ。しかし本人は断じて認めないが、姉に似てコミュ力の乏しい箒には、どのグループなら自分が受け入れてもらえそうか検討も付かなかったし、自分から友達を作る為になんと声をかければいいか分からなかった。悩める箒に声がかけられたのはそんな時である。

 

 

「隣、いいかしら……?」

 

 

 唐突に横から声をかけられて振り向いた先には、自分の初恋をかっさらっていった女がトレイを持って立っていた。

 

 

「……何用だ、凰」

 

「そんなに警戒しないでよ」

 

「要件を先に言え」

 

「アンタに聞きたい事があるの。その、一夏の事で」

 

「はっ、一夏の事ならお前の方が詳しいだろう。……だってお前は」

 

 

 一夏の恋人なんだから。そう続けて話を打ち切ろうとした箒は鈴の様子がおかしい事に気が付いた。顔色が悪く、目元には隈。少し前まで鏡でよく見ていた症状だ。寝付けていない理由は分からないが、先程の要件からして一夏絡みで悩みがあると判断した箒は少し考えてから、話を聞く事に決めた。食後の予定も無く、身を持て余していた故の気まぐれ。そう、気まぐれである。決して友人作りに関する先の見えない模索を一時保留とする口実ではない。

 

 

「立ち続けられても周りの目が気になる。座れ」

 

「うん……」

 

 

 普段の活気が感じられない。普段はラーメンなどの高カロリー品ばかりを好んで食べている鈴が、今日は珍しく中華粥を注文している。それだけでも彼女を知る人間からすれば異常事態であろう。

 

 

「それで、一夏の何が聞きたいんだ」

 

「篠ノ之と一夏が再会したのは、IS学園入ってよね?」

 

「名前で呼べ。……ああ、そうだが」

 

 

 ならば自分も鈴でいいと返して本題に入る。

 

 

「じゃあ、その頃の一夏と今の一夏、箒から見て変わったところは無い?」

 

「……質問の意図が分からんぞ」

 

「もっと言うなら、一夏が専用機貰う前と後の変化が知りたい」

 

「どうしてだ」

 

「アタシにもよく分からないの。漠然と、白式を使う一夏に嫌な感じがするだけで、明確な証拠がある訳じゃないのよ」

 

 

 曖昧な疑念だが、鈴は重要な要素だと考えているようだ。取り敢えず、箒は思いつく限りは答える事にした。初心者にあるまじきIS操縦力の高さ、暗記力含む短期間での学力向上、先読みを含めた勘働きの良さ、頻繫に出歩くようになった、など。あくまで再会からの一週間と以後の差異だ。参考になるかは分からない。

 

 しかし、鈴から見ても違和感しかない。ISに関するノウハウは完全論外、中学時代の勉強は反復の繰り返しで、覚える速度は良くなかった。勘は先読みを除いても、告白の意図に気付けるはずが無いと断言できる。

 

 

「出歩く……何処に行ってるかは知らないの?」

 

「知らん。ただ、鈴と付き合い始めて以降もよく出かけていたぞ。行き先がお前のところだと思って聞く気も起きなかったが」

 

「行き先を伝えずに出かけた日は記憶している?」

 

「……ここと、ああ、この日もだな」

 

 

 鈴が端末で表示したカレンダーの日付を指差していく。

 

 

「……アタシのところには、来てない日があるわね」

 

「それは、一夏が浮気でもしていると?」

 

「そうは言わないわ。こっそり抜け出してるのはアタシが学園に来る前からでしょ? ただ……」

 

「ただ?」

 

「クラス対抗戦の事件から、一夏が遠くなった気がするの」

 

「疎遠になったと?」

 

「……表面上は普段の一夏よ。少し、雰囲気が変わった気がするだけ」

 

 

 その少し変わった気がする部分が原因で体調を崩しているではないか。箒は言おうと思ったがやめた。

 

 

「それで、どうする気だ。後でも後をつけるのか」

 

「何をやってるか知りたいけど、尾行はバレそうな予感がするわ」

 

「また勘か」

 

「アタシの勘は当たるの。……どうしよう」

 

「……千冬さんに相談したらどうだ」

 

「そうね、一夏の事だもの。そうしてみるわ。……その、ありがと」

 

 

 鈴が食事を終えて早々と去っていた後、箒は溜息を吐いて、温くなってしまった茶で一服した。なぜ恋敵の相談に乗ってしまったのか。自分でもよく分かっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂で箒と別れた鈴はその足で職員室を訪れていた。既に通常業務時間外だったが、職員室にはアリーナ管制などの所用で席を外している一部以外のほぼ全職員が詰めていた。

 

 無人機の乱入事件とその被害、クラス対抗戦の中断、織斑一夏のセカンドシフトに対する各種事後処理と通常業務で数日の超過労働が続き、ようやく果てが見え始めた頃合いだった。溜まる疲労を大多数の生徒に隠し通せているところから、教師陣のバイタリティの高さが伺える。そして今日も大量の仕事に忙殺されながらも皆、活力に満ちている。

 

 しかし入室した生徒が鈴だと判明した瞬間、職員室の空気がガラリと変わった。幾人かが視線を逸らし、また幾人かは鈴に対して憐みの目線を向ける。……普段の鈴であれば教師陣からそのような反応が出た事を訝しむだろうが、体調を含めて余裕が無かった為、目的の人物以外は彼女の視野へ入っていなかった。

 

 

「ちふ……織斑先生」

 

「……凰か。どうした」

 

「あの、少しお尋ねしたい事がありまして」

 

「それは今でなければ駄目な話か?」

 

「その、一夏に関してなんです」

 

「わかった。少し待て。……私もお前に話がある」

 

 

 隣席の挙動不審になっている山田真耶に後を任せて、学生との個人面談時によく使われる秘匿性の高い生徒指導室の鍵をキーボックスから取り出した千冬は鈴を連れて、廊下に出た。人より身体能力に優れた千冬の耳に職員室からすすり泣く声が聴こえたが、努めて無視をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近くの自販機にて二人分の飲料を購入した千冬は生徒指導室で箒との会話で得た情報と鈴自身が感じた違和感など、可能な限りの詳細込みで伝えられた。

 

 

「なるほど、それで織斑の足取りが知りたいと」

 

「はい」

 

「……残念ながらお前には教えられん。事件との繋がりも不明な以上、奴のプライベートに関する事だからな」

 

「そう、ですか」

 

「しかし、唯一の男子生徒の不審行動に関する懸念は解消すべきか。警備担当として調べておく。問題行動があるなら対処もこちらで行う。それでいいか」

 

「はい、お願いします」

 

 

 結果は知れずとも、一夏の変化に対する警戒が出来ると安心した鈴はもう一歩踏み込む事にした。

 

 

「あの、織斑先生」

 

「なんだ」

 

「一夏から、白式を取り上げる事は出来ないんですか。それか、別のISを用意するとか」

 

「何故だ」

 

「一夏と試合してた時、時間が経つ毎に嫌な感じが増してきて、白式があの巨体になった後の一夏は様子もおかしくて……。でもISを解除したらいつもの一夏で……。先生、本当にあのISは使っても安全な機体なんですか?」

 

「……分からん」

 

 

 一瞬の沈黙。あまりにも簡潔で、適当な回答に、鈴の元から極めて低い怒りの沸点を突破した。

 

 

「わ……分からんって! 一夏の問題なんですよ! 千冬さんは一夏が心配じゃ……」

 

 

 そして、千冬の眼を見て一気に冷めた。目は口程に物を言うというが、今の千冬の目を気の弱い人間が見たら、ショック死してしまうかもしれない。

 

 

「す、すみませんでした!」

 

「いや、こちらも大人気なかった。お前が真剣に織斑を、一夏を心配してくれている事は嬉しいよ。……私個人もアレは即刻廃棄すべきだとは考えている」

 

 

 試合後、一夏から待機状態を預かって丸一日かけて調査も行ったが、一切の解析を受け付けなかった。ならばISの展開中に機体の詳細を把握しようとしたが、一夏のコールにISは起動さえしなかった。その時の、一夏が本気で焦る様子から、IS側が明確な意図を持って情報の隠蔽を徹底している事が伺えた。どう考えても異常なISであり、観測した僅かな情報からもあの機体が軍用ISに匹敵する可能性、危険性を説いて学園上層部やIS委員会にコアのリセット、または封印を求めた。しかし、承認はされなかった。その理由は既に分かっている。

 

 

「凰、ここだけの話だがな。あのISは、篠ノ之束が一夏の為に誂えたモノだ」

 

「それは、つまり……」

 

「ああ、用意した事になっている倉持技研も、日本政府も、IS委員会も、学園上層部も。奴が言い出したならともかく、勝手に移し替えて、天災の勘気に触れたくはないんだよ」

 

 

 そもそも、本当に男性IS操縦者の実働データが欲しいのであれば、剣一本のピーキーな新型よりも、各種データが揃っている、安定した量産ISを与える事こそが常道だ。

 

 

「で、でも先生は、篠ノ之博士の友人だったんですよね。それなら……」

 

「奴の制御は私にも無理だ。それを例の今回の無人機で今更ながらに再確認した。そして、そこから得た結論をお前にどう伝えるべきか悩んでいたが……」

 

 

 そう言って千冬は手元の飲料を一気にあおった。勤務中という事もあって酒は控えたが、今ほど全てを忘れる程に強い酒を欲しいと思った日は無かった。

 

 

「凰。お前には一夏と別れてもらう」

 

「え……?」

 

 

 交際発覚後は付き合い方への注意こそすれど、関係を認めてくれた。もしかしたら、将来は姉と呼ぶ事になるかもしれない人物の急な掌返しに鈴は当惑した。

 

 

「な、なんで……」

 

「無人機は明らかにお前を狙っていた。絶対防御を無効化する装備を取り付けた機体で、だ」

 

 

 一夏に解体され、辛うじて残っていた無人機の胴体。そこには未登録のISコアと絶対防御の働きを阻害する装置が組み込まれていた。この世界でISコアを作り出せる人物は一人だけである。

 

 

「お前は篠ノ之束に命を狙われている。理由は、おそらく一夏だろう」

 

 

 鈴には意味が分からなかった。

 

 

「アイツの世界は極端に狭いんだ。自分、妹の箒、私、一夏。あとは片手で数える人数が人として認識されてるかどうかだ」

 

 

 なぜ赤の他人である篠ノ之博士が。

 

 

「そして奴は妹の、箒の幸せを、一夏と結ばれる事だと信じ込んでいる。アイツがお前を邪魔だと認識した以上、次にどんな手段を使うか想定もできん」

 

 

 人の恋路を邪魔をするのか。

 

 

「今回のように搦め手込みで仕掛けられたら、私ではお前を守り切れるか分からない。だから、手遅れになる前に」

 

 

 ふざけている。

 

 

「いや、です」

 

「凰」

 

「篠ノ之束なんて知るか! アタシは絶対に嫌です!」

 

 

 生徒指導室から飛び出した鈴を千冬は追う気は無かった。彼女から罵倒を受け、軽蔑される覚悟はとうに終えている。

 

 束の悪意を察し、この結論を持って教師陣と情報共有を図った際にも、二人の強制的な関係解消に対して反感を覚える者は少なからずいた。特に、男女の恋愛に理想を描いていた山田真耶はまるで自分の事のように落ち込み、目に涙を浮かべていた。

 

 しかし、悪い意味で常識の通じない束から、鈴や今後も巻き込まれるであろう生徒達を守る為の代案は出なかった。

 

 

「……ままならんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、千冬は鈴の情報を元に生徒会へ一夏の行動を調べさせた。とはいえ、聞いた日程と時間から防犯カメラの映像を確認、行動を特定するだけではあるのだが。その為、半日程度で調査は終わっていた。生徒会長の更識楯無は現在、欧州から受け入れ予定の新入生二名に関する情報収集に奔走しており、報告は一組に在席する布仏本音の姉、三年生の布仏虚が持ってきた。

 

 

「織斑がオルコットと密会……?」

 

「はい。寮室内部までは分かりませんでしたが、同室の如月キサラがおらず、彼女だけが在室中に訪れています。着衣の乱れなどはなく、会話だけだと思われます。あとは時折アリーナでISの実機トレーニングを一緒に行っていたようです」

 

「音声は拾えず、読唇術も無理か。他に情報は?」

 

「本音からの情報で、関係があるかは分かりませんが……。最近、セシリア・オルコットは変わった訓練を行っています」

 

「訓練?」

 

「ええ。PICで無重力状態になって浮かぶ、それだけです」

 

「……なんだそれは。イギリスが発案した独自の訓練課程か?」

 

 

 IS開発の最初期、宇宙活動訓練の一環としてPICでそういう事が出来るとは知っている。実際に試した事だってある。だが、それだけを続けるという事はあまり効率的な訓練とは経験上、言えなかった。

 

 

「いえ、二年生のイギリス代表候補生サラ・ウェルキンを含めてイギリス出身者達はそういった訓練はしていません。彼女だけが続けています。興味を持った人物には包み隠さずに訓練の意図を教えているみたいなのですが……」

 

「なにか問題が?」

 

「要約すると地球の重力から離れ、意識野の拡大や解脱に至る事でIS操作をより洗練するとか。どうにも話にはブッディスト的要素が混じっていて、話を聞いた者達でもその意味を正確に理解できる人は少ないようです」

 

「仏教だと? イギリスの国教はキリストだったとおも……」

 

「先生?」

 

「いや、何でもない」

 

 

 Theology、例の単語が浮かんだが外へ漏らす事はしなかった。そして虚から調査報告を聞き終えた千冬は、既にセシリアから話を聞くと決めていた。

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