「サイ、貴男とのことはパパの決めたことだけど、そのパパももういないわ」
「は? な、何? ここはいったい……」
俺はたまげてしまった!
あれ? 俺は確かに死んだはずだ。
土星圏の最初のコロニー、コンスコン・シティの病院で。
周りにはフォウやジュドー、キャラ・スーン、ギュネイ、ケリィなどがいて、皆涙目になっていた。
俺が病死していくのを悼んでくれている。
ただし俺としてはあまり思い残すことはない。フォウにだけは、先に逝くのは申し訳ないと思う。しかしながら成すべき仕事はもう終わっている。
人類社会に並び立った三つの勢力は、もう戦争には至らない。
地球表面や月の勢力、サイド1と2を中心とした勢力、サイド3と土星圏の連合勢力、この三つの政治ブロックは健全な競い合いをしているだけであり、軍事的緊張はない。
それよりも、人類社会は新しい拡大期に入ったのだ。政治的な区別がもはやあまり意味を持たないくらいに。
木星圏コロニーも土星圏コロニーも発展し、コロニー数においてサイドと言う言い方が相応しいくらいに多くなった。
おまけに天王星圏までも開拓の射程に入っている。
そして何よりも惑星に依存しない独立宙域コロニーたちが存在感を増しつつあるのだ。
それらは既存の惑星を周回するのでなく、太陽系内で独自の軌道で浮いていて、通商の中継基地になるものである。むろん惑星から資源を得られないので工業や農業はできないが、逆に交易の中継地として適切な位置に置かれている。それにより、まるで太陽系内をネットワークのように繋ぎ、全ての交易をスムースなものにしている。
つまり今や太陽系内全体が等しく発展を始めているのだ。地球圏にこだわることはなくなり、もちろんアースノイドとスペースノイドの差なんて誰も気にしない。どこの出身の人間だとか、どこの勢力に属しているかなんて大した意味はない。
俺はそれに至る道筋をつけてから死んだのだ。
……ところが俺は生きている? しかも立っている?
そして目の前には赤い髪をした女がいる。目が大きく、可愛らしいといえばそうだ。
しかしながら言ってることが全く分からない。
「ちょっと待ってほしい。意味が分からない。パパとはどういうことだ? 何を決めたと…… 大体にして君は誰なのか」
「サ、サイ? 何を決めたか分からないなんて、とぼけるのもいい加減にして! こっちはあなたに気を遣って話してるのよ! 急に言うのも悪いと思って。でも、状況が変わったんだから、仕方ないでしょう!」
「だから何の話なのか」
「はっきり言ってほしいなら言うけど、婚約のことよ! 本当に悪いとは思ってるのだけど…… もう解消したいの」
「婚約だと!?」
髪の赤い女が何を言っているのかと思えば、婚約なんかの話をしているのか!
「いや余計に意味が分からない。婚約なんて覚えはない」
「サイ、あなたらしくもないわ。本当はわたしのことが好きで好きでどうしようもないくせに!」
「何だそれは。会ったばかりでそんなことを思うわけがない」
「え……そんな…………」
女はかなりのショックを覚えた様子だ。
表情を面白いほどくるくる変え、最後は顔を伏せてこの場を走り去る。
「結局君の名前は……」
女は問いかけにも答えてくれず、俺がここにいるヒントをもらうことはできなかった。
だが俺は自分で気付いた。
声が若い?
しかも体が軽い?
視界に腹が入ってくることもなく、足元が見えるじゃないか。
うわっ、体が別人だ!
眼鏡をかけている。服も黄色で、これはジオンの制服ではないし、連邦のものでもない。
ただし分かることもある。ここが軍艦の内部であることは間違いない。この造りから俺は簡単に判断できる。
おまけに大気圏を航行中であることも分かる。俺の経験によれば、ひっきりなしに感じる微振動は艦外壁を流れる気流による揺れだろう。
俺はこの異常事態に直面し、慎重に行動せざるを得ない。そして何人かに会って話をすれば少しずつ入ってくる情報がある。
この体の名前はサイ・アーガイルという。
年は若く、元の体とは真逆で痩せ気味だ。なぜかこの体に俺が成り代わっている。どんな現象でこうなったのかは分からない。
そして乗っている艦の名前はアーク・エンジェルというものらしい。その名前はともかく……小窓から見える艦外形には本当に驚いた!
何だこれは! 連邦の木馬か? と思って怯んでしまった。
俺の木馬とガンダムに対するトラウマはとっても深いんだ。しかし驚いたのは一瞬だ。よくよく見ると細かいところは木馬に似ておらず、俺の知らない武装がてんこ盛りで、逆にメガ粒子砲が見当たらないではないか。
ともあれもっと情報が欲しい、そう思って俺は苦労して艦橋に辿り着く。そこのコンピューターにアクセスすれば何がしかの情報があるはずだ。
そうして中に入ったはいいのだが……
「サイ・アーガイル。今は非番のはずだが?」
艦橋には航海士や通信士とおぼしき人間がいたが、その他に黒髪を妙な方向に流した女がいて、俺にそう聞いてきたのだ。
小柄ではあるがしっかりした口調で、言い方からするとこの体の上官に当たる者なのだろうか。
「い、いえちょっと確認したいことがありまして……」
「なるほど、いい心がけだな。職務に熱心なのは自覚が出てきたせいか」
「は、はあ……」
「ん? どうした」
「端末は、どこでしょう?」
「…… 本当にどうした。お前の席は艦長席の右側だ」
そして俺は軽い体に感謝しながら席によじ登り、さっそく情報を検索する。このおかしな世界でも文字が一緒なのは助かる。
「はあっ!!! こんなことが!!」
俺は何を見ても表情に出さず、声も上げないつもりだった。
だが、端末から得られた情報は予想のはるか上を行くもので、思わず大声を上げてしまったのだ。
「何だこれは…… この戦争はいったい…… 目的が、まるで気違いじみている!」
俺がそんな声を出すのと同時に艦橋へ一人の人間が入ってきた。
それはともかく、先ほど俺に声をかけてきた女が銃を抜いている!
そしてピタリと銃口を俺に向けて動かず、所作はいかにも訓練された軍人のそれだ。
「サイ・アーガイル二等兵。さっきから様子がおかしい! 薬でもやっているのか」
俺としては咄嗟にどう言ったらいいのか分からない。まさか俺はコンスコン大将です、自分でもよく分からないんです、とでも言ったらいいのか?
それでは間違いなく病室から出られない。といっても言い訳をすぐには思いつかない。
しかし、今しがた艦橋に入ってきた人間に救われた。
「サイ君、あなたは疲れているんでしょう。ヘリオポリスでやむを得ずあなたたちを連れ出して…… 特にあなたにはまとめ役をお願いしたから申し訳ないと思っているわ」
「艦長、しかし」
「ナタル・バジルール中尉、サイ君を定刻まで休ませなさい」
この黒髪の女はナタル中尉というのか。
正直俺は嫌いではない。職務に忠実で、規律を重視するのは悪いことじゃない。
それよりも艦橋に入ってきた茶色髪の女が艦長とは。
これは意外だ。ジオンでは女の艦長というのはとても珍しいし、連邦だってそうだろう。しかも若いからにはよほど能力が高いのだろうか。
しかしまあ口添えしてくれてありがたいな。性格は優しいのだろう。