オノゴロ島におけるオーブと連合との死闘は、むろんザフトも重大な関心を持って見ている。
なぜならオーブを連合が取ってしまえばその意義は計り知れない。特にマス・ドライバーが戦略上の焦点だ。
ザフトは今、地球表面をやみくもに侵攻することはなくなった。既にそれが無理だと悟り、途中から連合のマス・ドライバーを奪う戦略に切り替えている。連合の物量をもってしても輸送ができなければどうしようもないからだ。
しかしここでオーブのマス・ドライバーを奪ってしまえば……ザフトの方は必然的に戦略の修正を余儀なくされてしまう。
だから戦いの様子を宇宙からしっかり監視しているのだ。
その映像を今、ラウ・ル・クルーゼがアスランに見せている。
「分かるかな、アスラン。足付きが連合の艦隊と戦うのも実に興味深い。どうしてそうなったのかは分からないが不思議なものだ。ただし見てほしいところは別にある。戦場にブリッツ、バスター、デュエルの姿があるだろう」
「こ、これは!? ディアッカもイザークも、ニコルまで! ニコルが生きていた……」
「しかしアスラン、喜ぶのは早い。言っておくが彼らはザフトとして戦っているのではない。もはやザフトと関係なく勝手にやっているのだから、脱走兵の扱いになる。言い方を変えれば裏切り者ということになるな」
裏切り者という言葉はしかしアスランには刺さらない。
なぜならあの三人が生きていてくれたことで充分嬉しいのだ! 特に……ニコルが生きているとは何より嬉しい!! クルーゼがいなければ泣いていたくらいだ。
それを見透かした上で、クルーゼがアスランに残酷な言葉を告げる。
「どうしたアスラン。彼らと戦って討ち果たしてもらえるだろうか。脱走兵をこのままにしておけばクルーゼ隊としてもたいそう見栄えが悪い」
「えっ、彼らを……討つ!?」
「別にニコルでも誰でも、脱走兵の処罰に逡巡してはいけないね。アスラン、君がザフトの軍人である限りは当然ではないか。君たちが常に唱えているザフトのために、という言葉は何の意味か、もう一度思い起こしてもらいたいな」
「で、ですがニコルは……」
こうしてクルーゼはアスランを追い詰めていく!
実はクルーゼはアスランがキラ・ヤマトと親友であることを熟知している。そのためにアスランはキラと本気で戦えないことも。そしてザフトの軍人であることの義務感と板挟みになり、深く悩んでいることも。
「ともあれ、先ずはアスラン、カーペンタリア基地で補充兵と顔合わせをしておいてほしい。シホ・ハーネンフースとアイザック・マウの二人だ。どちらもまだ若いが腕はいい。特にハーネンフースはエリートの赤服だ」
「了解しました」
「その後、プラントへ上がって新型MSを受領してくれ。既に二機が出来上がっているが、君はフリーダム、ハーネンフースはジャスティスがいいかもしれない」
「え? 隊長が新型を使わないと? なら隊長は先行配備のゲイツでしょうか」
「私はそれらではなく、間もなく出来上がるプロヴィデンスの方を気に入っているのでね」
こうしてアスランは送り出される。
緊張するシホ・ハーネンフースとアイザック・マウに挨拶を交わし、まとまってプラントへと向かう。
「こらこら、グリーンちゃんはいけない子ですねえ。ピンクちゃんを見習ってほしいものですわ」
アスランがプラントに着くと、軍務の他にもやることがある。
婚約者であるラクス・クラインと過ごすのもその一つだ。
ラクス・クラインのいる離宮はプラントの中でも緑が多く、まるで理想郷のように美しい。穏やかな水面となだらかな草原、蝶さえ舞っている。
そんなところでラクスはハロ型ロボット数台と共に遊んでいる。今もロボット同士で鬼ごっこをさせているらしい。一人っ子であるラクスは昔からこういう愛玩ロボットが好きだったが、近頃はその数を増やしているようだ。
絵になるような光景に、戦争のことなど忘れてしまえる……はずだった。いつものアスランならば。
だが、今のアスランには心の負荷があまりに大きい。
親友のキラとは未だ隔たりがあり、同じコーディネイターの陣営にいることは叶わない。そこへ更に追い打ちがかけられている。なぜかザフトを脱走したニコルたちを……もしかすると自分が討たねばならないとは。とてもそんなことはできそうにない。
「悩み事ですか? アスラン様?」
ラクス・クラインはその雰囲気もしゃべり方も能天気なお嬢様に見える。しかしそこには洞察力と決断力が隠し持たれている。そうでなければプラント随一の歌姫をやれるはずはない。
ついついアスランはラクスに自分の悩み事を話してしまう。婚約者にまで負担をかけたくないが、悩みを聞いてもらえることが今は嬉しい。
「どうしたらいいんだ…… キラも、ニコルも、討てない」
「友達を思うのは大事なことですわ。討ちたくないという心も。では、そうならないようにお祈りいたします」
そんな二人の会話をはるか遠くから予測している者がいる。
未だカーペンタリア基地にいるのだが、ラウ・ル・クルーゼにはそれくらい充分に予想できることだ。
「うまくいくと思ったことが仇となり、うまくいかないことが益になる。面白いものだ」
その上で呟きを漏らす。
うまくいったことというのは、プラントのスピット・ブレイク作戦の情報を連合のサザーランド大佐に伝えたことだ。これにより連合は痛みを受けたが、それ以上にザフトに大打撃を与えた。
結果としてこれがターニングポイントになり、地表ではザフトが劣勢に追い込まれ、ますます水を開けられつつある。いずれ拠点を守るだけしかできなくなるだろう。何よりも連合のMSストライクダガーの量産を邪魔できず、物量の戦いにされていくのが痛い。
ここまではラウ・ル・クルーゼの筋書き通りだ。ザフトの一方的勝利にはさせない。
しかし、プラントにおける強硬派パトリック・ザラの権威を失墜させたのが誤算だった。パトリック・ザラは、自分が強行させたスピット・ブレイクが失敗に終わったことの責任を問われている。
それに代わり、いったん抑え込まれていたシーゲル・クラインの穏健派たちが再び台頭しつつある。
ラウ・ル・クルーゼとしてはプラントと連合が憎み合い、とめどなく戦争を続けるのが望ましい。
全てを巻き込み人類を破滅させるためには。
ここは是非パトリック・ザラがプラントの政権を握り続け、暴走してもらいたい。
そして今、意外なところから使えそうな芽が育ってきた。
偶然にもニコルを脱走兵にしてしまったことだ。これが実に都合がいいピースに変わった。
更にアスランを追い込むことができる。やがてアスランもザフトから離反するだろうが、それにはおそらくシーゲル・クライン、あるいはラクス・クラインが手を貸すだろう。
それを理由にしてパトリック・ザラはクラインたち穏健派を一気に排除する。これは確信だ。
「ロミオとジュリエットでは、二人の子供が死んだことで両家が和解するハッピーエンドだったな。しかし現実ではそうならない。パトリック・ザラは必ず息子アスランを切り捨て、政敵シーゲル・クラインを倒す」
今のラウ・ル・クルーゼにとって自分のクルーゼ隊などもはやどうでもいい。
戦果を挙げ、出世をして、影響力を持った今、役割を終えた。そして既に最終段階への道を考えている。
「最後には連合に核を使わせて、プラントを消し去ってもらう。それには早いところニュートロンジャマーキャンセラーの情報を手に入れなくてはな。新型MSは核動力なのだから、その筋から手に入れようか。そして情報を流す相手は…… サザーランドが死んだ今、適当な者をまた見つけねばなるまい。コーディネイターを憎んでいるブルーコスモスの中で誰がいいだろう」
ブルーコスモスの理事、ムルタ・アズラエルの名をちらりと考える。
なぜならブルーコスモスの幹部は決して表に出てこないものだが、アズラエルはオーブを攻める連合の艦隊に随伴していたところからすると、自分が出ることを厭わない性格らしい。それもまた面白いことではないか。
だがクルーゼにとってそれだけではいけない。プラントを破滅させるだけではなく、地球を破滅させる手も必要になる。
「プラントの秘密戦略兵器ジェネシス、この完成度の情報も必須だ。これが最大の鍵となる。きっちりタイミングを合わせて連合の核とプラントのジェネシスをどちらも撃たせることができれば、戦略兵器同士の相討ちになり、そこで人類は終わる。最高の結末になるじゃないか」
人類の歴史はあまりにも多くの人々の考えが絡み合っているが、たった一人が変えてしまうこともありえるのだ。
今、ラウ・ル・クルーゼという最悪の天才が人類を憎むあまり、その破滅へと舵を切らせていく。
壮大な謀略が形をなし、それに使うピースも着々と揃いつつある。
これを阻止することのできる者はいないのだろうか!
人類に巣食った憎しみと嫌悪、侮蔑と嫉妬、それらを全て打ち消し、未来を創る。そんな明けの明星はいないのだろうか。
ラウ・ル・クルーゼはせっかくオーブでの戦いを見ておきながら、予想外の結果に驚きはしたものの、そこに非凡な戦術家が存在していることまで思い至らなかった。せいぜいオーブも考えたな、というくらいだ。
希望は残されている!
マリュー・ラミアス、ナタル・バジルール、キラ・ヤマト、アスラン・ザラ、他にもカガリやニコル、イザークなどが不滅の名将コンスコンと出会うことになる。
後の世に「奇跡の五隻同盟」と呼ばれる戦力が生まれるまで、あとわずか。