オーブによるプトレマイオス救援作戦が発動された。
それは幾つかの段階に分けられて順次行われる。
最も早い行動として、オーブの宇宙ステーションアメノミハシラから戦艦イズモとクサナギが進発している。
なぜなら地球から見れば、アメノミハシラは月と反対側に位置し、距離的に最も遠くなるため、今回の作戦に使う艦は早く出発させておく必要があるからだ。
それら二隻の艦はオーブの各首長家の中でも、特に宇宙軍事を担当しているサハク家の管轄下にある。しかし今回、ウズミ・ナラ・アスハの要請に対し素直に従っている。サハク家の当主であるロンド・ミナ・サハクはオーブ本国から距離を置いている不思議な人物だが、元々アスハ家との仲は悪くなく、人道的支援にも理解があった。
次に頃合いを見て地球表面からアーク・エンジェルが出発した。
二隻と予定宙域で合流し、この時点でカガリとキサカ一佐はアーク・エンジェルを離れ、その中の一隻、クサナギの方へ移動することになる。
「キラ、死ぬんじゃないぞ」
「カガリも……」
キラとカガリは最後にそういう挨拶を交わしている。
もちろんカガリの方がよほど無鉄砲で危なっかしいのだが、どうやら自分ではなくキラの方を心配しているらしい。
キラは、いつも自分のことを後回しにするカガリらしさに苦笑するしかない。
「やっぱり妹みたいだ。カガリは」
「ん? 何か言ったか。また妙なことを考えたんだろう、キラ」
最後にオーブのマス・ドライバーから輸送船団が続々と上げられてくる。
むろん積み荷は月面の連合プトレマイオス基地を救援するための食糧である。
しかしその他に、M1アストレイたちがざっと十機ほども載せられているのだが、先に上がったアーク・エンジェルに搭載し切れないのでそうなったのだ。アーク・エンジェルはMSを数機程度運用するように造られていて、最大収容でも全部を詰め込むことはできない。
むろん、それらのアストレイはイズモとクサナギに分けられ、収容される。
ちなみにアーク・エンジェルで運んできたブリッツ、デュエル、バスターも同様にクサナギに移動する。
各艦の戦力バランスを考えた結果であるが、それらのパイロットであるニコル、イザーク、ディアッカにとり、元々連合艦であるアーク・エンジェルよりも中立国オーブの艦の方が過ごしやすいだろうという配慮もある。
肝心の輸送船の数は合計十五隻だ。
宇宙で編隊を組み直し、護衛役であるアーク・エンジェル、クサナギ、イズモに囲まれながら月への航行を始める。
だがしかし、途中からアーク・エンジェルだけがぐんぐん増速し、編隊を離れて先行していくではないか!
これは護衛作戦を検討する会議の結果によるものだ。
その会議で、皆は自然とサイ・アーガイル、つまり俺の方を見ている。
プトレマイオス基地救援を決めたのは俺のせいだから当たり前なのだが。
「サイ君、それで輸送船団をどうやって護衛したらいいのかしら。ザフトは必ず途中で襲ってくるわ。さすがに十五隻の輸送船をたった三隻で守るのは……無理ね」
「まあそうだな、艦長」
マリュー・ラミアス艦長が嘆息している。
予め分かっていたことではあるが、改めて見るといかにも心もとない。たった三隻の護衛ではどこから見ても隙だらけで、襲撃されても守れるようには思えない。
「ラミアス艦長、なかなか難しいことだが、だからこそ戦術を駆使しなくてはいけない。今からアーク・エンジェルを一気に先行させてほしい」
「え!? ただでさえ護衛が三隻しかいないのに、一隻が抜けては……」
「艦長、なぜ護衛が難しい任務なのか分かるだろうか。それは襲撃側が好きなタイミングで好きな方向から攻められるだけではない。もっとも重要なことは、護衛の戦力を見て、それを翻弄するために必要充分な戦力を推測し、準備できるところにある。つまり絶対有利な後出しだ」
これは実に基礎的な戦術論である。
残念なことにこの世界ではあまり戦術を重視していないらしいので、俺はまずそこから話を始めなくてはならない。
「その上で狙いすました襲撃など受けたら守り切れるわけがない。だったら艦長、それを待つのではなく、積極作戦を行う。これしかない」
「積極作戦……」
「アーク・エンジェルは早いうちに離れ、隠れておき、ザフトが輸送船団を襲撃すると同時に背後から叩く。ザフトは予定にない戦力の出現に慌てるだろう」
「な!? サイ君、そのやり方って! まさか逆襲撃……」
これにはラミアス艦長もキラ君たちも驚いただろうな。
護衛が襲撃側を騙し、逆に襲うというものだから。
「ラミアス艦長、このまま囲んで守るのは下策だ。そこで罠をかけ、先手を取る」
「それが理想的に行けば…… ザフトの不意を突いて、しかも挟み撃ちの態勢にできるわね。しかしごめんなさいサイ君、うまくいくかしら。離れていったアーク・エンジェルが先にザフトに捕捉されたら、護衛どころか単艦で戦うことになってしまうわ」
しかしこれを行おうとした場合、当然存在する欠点にラミアス艦長が気付く。
ここまで黙っていたフラガ少佐も、それに補足してくる。
「その懸念がある。おそらく月に近付くほどザフトの哨戒は多くなるはずだ。輸送船団を叩きに行くザフト艦隊が出てくるタイミングが分からないのに、それまでアーク・エンジェルが見つからない保証はない」
お、よく考えたな。艦長も、フラガ少佐も。
その通り、ここが肝心のポイントだ!
「二人ともいいところに気付いた。このやり方は実のところ普通ならうまくいかない。しかし今回に限っては可能だ。月の手前に絶好の隠れ場所がある」
「隠れ場所が!? 月の手前のどこに!」
「ラグランジュポイントが存在する! そこに漂流してきたガラクタはもう月にも地球にも落ちることはなく、ラグランジュポイントの周辺を回り続けるだけだ。その場所を仮にルウムと名付けよう。アーク・エンジェルはルウムの漂流物に潜み、ザフトの襲撃艦隊の通過を確認し、一気に出る。まさか襲う方が追いかけられているとは思うまい」
細かいことを言えばラグランジュポイントというものは幾つもあるが、それぞれ安定性に差がある。プラントの存在するラグランジュポイントはこのルウムより安定的なのだ。だからこそこのルウムの場所はプラントに無視され、何にも使われていない。
まあ、俺の前の世界ではコロニーが増えてしまい、結局全部のラグランジュポイントを使うことになり、ここにサイド5ルウムが設置されたというだけなのだが。
しかしまあ、ルウムの場所を再び戦いに利用するとは、もしもグリーン・ワイアットが聞いたらどんな顔をするだろか。
そして俺の言う通りにアーク・エンジェルが行動する。
月に向かって先行し、ラグランジュポイントに入ると、果たして本当にガラクタの山があったのだ!
ザフトと連合が宇宙において幾度も激しく戦ったのだから、破壊された艦の残骸が大量に出たのは当然である。むろん艦もMSも建設資材も補給物資も、壊され、打ち捨てられたものが際限なくある。それらの中にはここに流れ着いたものも少なくない。
俺の見立て通りのことに、キラ君たちが感嘆してくれる。
「やっぱりサイは凄いや。どうしてそんなに戦術を考え付くんだろう」
「はは、そういう必要があったからかな」
かつてはジオンの存亡を担って戦ったんだよ。
それはともかく、今までで最大級に瞳を輝かせてキラ君がそう言ってくれる。
おまけに……
今ではフラガ少佐も、ミリアリアたちもそういう瞳になっているではないか!
だが戦いはこれからだ。
アーク・エンジェルは素早くガラクタに突入し、身を隠した。
ただ紛れたのではなく、比較的大きな塊を連結し籠のようにしてからその中に入ったのだ。
これならエンジンを止めて慣性航行をしている限り、決してザフトに気付かれることはない。
そして俺はキラ君に重大な任務を託す。
「ここが大事になる。プラントから襲撃のために発進し、この辺りを通過するはずのザフト艦隊を見つけてほしい。それはキラ君にしかできない」
「サイ、任せてよ!! サイの作戦だったらいくらでも頑張れるから!」
「それは光栄だ……」
ともあれキラ君にしかできない任務というのは本当だ。なぜなら、コーディネイターしかザフトのMSは操縦できない。
壊れたザフトMSジンがいくつも付近を漂っているが、そのうちの一つを適当に見繕い、推進部だけでも修理する。
それを使ってキラ君を索敵任務に就かせる。オーブの輸送船団を襲うために派遣されたザフト艦隊を見つけられなければ、その後を追うこともできず、作戦は破綻する。キラ君に是非とも見つけてもらいたい。
その任務には一目で敵と判ってしまうストライクを使ってはならず、たまたま漂うザフトMSに見えなくてはいけない。
そして…… しばらく我慢して待つ時間が続いた。
ついにキラ君がそれを発見した!
定期的に散布していった索敵ポッドに反応があり、そこに向かうと果たしてザフト艦隊がいた。割り出された進路から狙いは間違いなくオーブの輸送船団だ。
その情報を得て、アーク・エンジェルがゆっくり発進していく。