だがしかし、快勝の陰でわずかな懸念があった。
「なあイザーク、少し意外だったな」
「ああ、ディアッカが言いたいのはあのことか。まさかジンが既に主力じゃなかったとはな。シグーの方が多い」
「それだけじゃない。変わった機体が何機か交ざってた…… そいつらはちょっとばかり、いやかなりすばしっこい」
「それは噂のゲイツかもしれん。もう量産化されてるとは、いくらなんでも早過ぎる」
そう、その通り、ザフトのMS開発は加速している。
これまでザフトの快進撃を支えてきた傑作機ジンが旧式扱いされつつある。その後継機であるシグーが主役になろうとしていた。
それだけではない。更にその次のゲイツまでもが実戦投入されているとは。
つまり連合がストライクダガーを大量に製造し、いずれは地表のみならず宇宙でも物量で圧倒しようと図っている。連合の考えとしてはMSは簡易で、性能はほどほどでいい。量産性と整備性にとにかく注力する。つまり数と稼働率によって問答無用の戦力を作り上げればいいのだ。
ザフトがそれと同じような真似ができようはずもない。
そこで数の競争ではなく、質のリードを広げることで対抗しようとしている。
「だが何であろうと、俺はデュエルで戦うだけだ」
「おいおい、何かの騎士のつもりかよ。ま、イザーク、そういうの嫌いじゃないぜ。俺たちはザフトを抜けても赤服の誇りは捨てちゃいない」
やっとオーブからの輸送船団がプトレマイオス基地宙域に入った。直ちに降下し、救援物資を降ろしていく。
今、地球表面は全般的に飢餓状態にある。そしてオーブはお世辞にも国土が広いとはいえない島国だ。しかし幸いなことに気候的には亜熱帯に属し、気温も雨量も一年を通して農業に申し分ない。そのためオーブに限って言えば飢饉に無縁で、余剰すらあった。だからこうして支援ができる。
一方の連合プトレマイオス基地は表向き平穏に見えた。
その意味で言えば、ウズミ・ナラ・アスハが食料不足による暴動や混乱を心配していたのに、その予想が外れたことになる。
だがしかし、内容は…… 悪い方向で外れていたのだ。
食料不足が明らかなのに不穏にならないはずがない。逃げ場がないのに暴発しないはずはない。
それを何と軍事力という力で抑え込んでいたのだ。
やはり軍事力を握っている者が強く、階級の高い軍人には潤沢に、末端兵士でも飢えない程度には食料が与えられている。
だが民間人には既に滞っていた。しかしそれらの者が不満を口にすれば問答無用で治安維持という名の処罰が待っている。いや、口減らしのため、積極的にそこへ追い込んでいるといっても過言ではない。声も上げられない地獄だったのである。
最初はアーク・エンジェルのクルーにそういう事情は分からなかった。
プトレマイオス基地はオーブからの支援を大歓迎し、式典まで開いてくれたからだ。
高官たちがカガリ少女やラミアス艦長とにこやかに握手を交わす。
つい先日オーブと連合が戦火を交えたことなどまるっと無視されている。おまけにアーク・エンジェルが脱走艦であることに触れることもない。不自然なほどにへりくだられている、
艦を出て基地内を歩くことについて当初渋られていたのだが、ようやく許可を得て歩き回ったおかげで本当の実態が分かったのだ。生気のない民間人の群れがそこにはあった。
「胸糞悪い! 軍人が偉そうにして、市民を圧迫してるなんてな!」
フラガ少佐がそう吐き捨てる。実態が知れた今、改めて連合軍の矛盾を突き付けられた思いがした。
そしてもちろん、カガリ少女はもっと苦い顔をしている。
だがなかなか面白いことを言ったのだ。
「ひどい状況だ…… でもこれが『現実』なんだ。しっかり受け止めなきゃいけない。そしてどうすればいい。政治で何とかできるのか?」
カガリ少女も成長している!
答えを自分で見出せるところまではいかないが、かつて砂漠において思いだけ先走っていた頃とは違う。
だったら俺もまた何とかせねばならない。思いつく方法をカガリ少女に口添えする。
「ふむ、ここは民間人を基地から連れ出すのが最善だ。幸いなことに船はある。輸送船は物資を降ろして空になったのだから、少し改造すれば避難船にできるだろう。武装がないのもこの場合都合が良く、非武装避難船ということでオーブへ行ける。今ならザフトも途中襲撃してくる余裕はなかろう」
「そうか! サイ君、そういう方法があった! オーブに連れて行けばいい!」
ただし、この場合にも問題がある。
それは軍事や技術のことではなく、政治的なことだ。
「難しいのはここの連合軍高官どもを宥めすかすことだ。簡単には認めず、必ず自分たちを優先して避難させろと言ってくるだろうからな。そこで輸送船の国籍とオーブの主導権を強く主張し、向こうが何だかんだ言っても丸め込まれないように頑張るんだ。そうすれば、少なくとも口減らしができることだから、高官どもも最後は折れざるを得ない。できるか?」
「もちろんだ! 任せてくれ!」
カガリ少女は快諾する。
オーブにプトレマイオス基地の民間人を救う義理はない。だが、ここまできて哀れな民間人を見過ごしにはできない性分なのだろう。
頑張ってくれ。
プトレマイオス基地への提案と折衝はカガリ・ユラ・アスハにしかできない。
ここでは彼女だけがオーブ主権を担っているからだ。
そしてこれが彼女の政治家としてのスタートになる。一歩一歩、偉大な政治家に成長していってほしい。
その一方、俺はこっそりラミアス艦長に重大な懸念を伝えなくてはならない。
「避難を実行する前に、基地の軍部が輸送船を強奪に動く可能性がある。艦長、警備を厳重に」
「分かったわ、サイ君。強奪なんてさせない。アーク・エンジェルを第二種戦闘配備のままにしておき、そんな事態になればゴッドフリートで軽く注意してあげればいいのね」
「…………」
うわ、なんだその危ない発想は!!
ラミアス艦長は口にこそ出さなかったが、ここの民間人圧迫について深く怒っていたらしい。普段穏やかな人はそうなると怖いんだよな……
その気迫のせいか、基地の軍部が輸送船を強奪しようとすることはなかった。
そしてカガリ少女も折衝をやりきった。最初は高官たちに侮られたが、きっちり主張を通し、民間人だけ避難する話を通した。
こうしてお膳立ては整ったのだ。
輸送船の改造が終わり次第、続々と民間人が避難民として乗り込んでいく。
そうした中、避難民の一人に幼い少女がいた。しばらく続いた食料不足のために痩せている。
あどけない顔だが、そこに笑顔はない。
ただでさえ疲れきっているのに、住んでいたところを離れて船に乗り、新天地へ向かうのだから不安がないわけがない。
「大丈夫なの……?」
そんなかすかな呟きを、側にいたカガリ少女が聞いた。
もちろん直ぐに答えている。
「大丈夫さ! オーブはいいところだぞ! きっと楽しいことがいっぱいだ」
それは彼女ならいかにも言いそうなことで、ある意味予想の範囲内だ。
しかし意外なことにもう一人、赤服で銀髪の少年、イザーク君までが口を出してきたとは。
「絶対に大丈夫だ! 途中のことなら心配するな。何があろうと俺が守ってやる。守ってやるぞ」
実は、ザフトの襲撃はないと思われるものの、それでも護衛は必要である。
その任にはどのみちドックでの修理が必要になっているイズモがつくこととなった。
しかし避難民のことを聞きつけると、イザーク君が護衛を買って出ていたのだ。わざわざそのためにデュエルガンダムごとクサナギからイズモに乗り換える。
「お兄ちゃん、どうして泣いてるの……」
「……」
イザーク君が自分でも意識していないのだろうが、泣いている。
過去との決別の涙なのかもしれない。
かつて自分が民間避難船を撃ち、子供さえ含めた大勢の命を奪ってしまったことへの贖罪ではなく、清算でもない。
ただひたすら前を向き、明日を作る。そのための涙だ。
その様子を離れたところからキラ君も見ている。
限りなく、優しい笑顔で。