マリュー・ラミアス艦長に対し、そんな謎かけで終われば不親切だろう。
今は尋常ではない危機にあるのだ。
俺はラミアス艦長に向き、その理由を具体的に説明する。
「艦長、敵の三隻は絶妙な隊形をとっている。戦術家というものはたったそれだけでレベルを推し量れるものなんだ。優れた音楽家は一秒の演奏で分かるというが、同じことだろう。今の敵は並の相手ではないぞ」
「で、でもサイ君、クルーゼ隊は脅威ではあったけれど、今までそんなに難しい戦術を仕掛けてきたことはなかったし、いつもMSを繰り出すくらいしか……」
「以前の戦いを俺は知らない。ただ、
「そうだとしてもサイ君、今はいったい何が問題なの? 分からないわ」
ラミアス艦長はいっそう不思議そうな顔をしている。
それはそうだろう。今まで幾度も逃げ切った相手、今度もそうなると思うのは自然だ。
「サイ君、隊形はともかく向こうは三隻のナスカ級、こちらは二隻だから確かに不利になるわね。火力に直結するから、単純な砲撃戦を行えば負けるでしょう。でも、こちらにはキラ君がいるし、エターナルには新型MSが二機もあるそうよ。MS戦で押し込めば、逃げる隙くらい作れるに違いないわ」
「敵をMS戦で押す? 艦長、それはとんでもない!」
「え……」
「見れば敵はMS戦で引けを取らないことを確信している隊形にある。だったら何かあると思わなければならない。仮に敵がMSを警戒するなら対空砲火が重ならない距離まで三隻が離れているはずがないだろう」
「…… それは確かにおかしいけど……」
そう、俺は今回はMSに頼れず、艦隊戦になると予想する。キラ君が頑張ってもそうなる。
「つまりだ。敵はMS戦で少なくとも負ける気はなく、その上で艦同士の砲撃戦を仕掛け、こっちを仕留める気でいる」
「それなら、厳しいかもしれないわね」
「いやラミアス艦長、厳しいどころか確実に敗けてしまう。敵は戦術の上でも三隻である利点を活かし、凹形陣をとっている。むろん内部に取り込んで多方向から集中砲火をかけるのを意図したものだ。それは分かるな? そして三隻の距離はギリギリまで広くしてあるが、もしあれ以上広げれば急進されて一隻ずつ各個撃破されてしまう。それを防ぐ絶妙な距離に置いてあるんだ。だからこそ敵の指揮官は上手い」
俺の言葉により、ラミアス艦長は頭に戦いの図形を思い描いている。敵の上手い戦術も。
「で、でもサイ君、それが分かっているのなら、わざわざ三隻の包囲の中に飛び込むことはないわ。脇から逃げればいいだけよ」
「それこそが敵の思うつぼなのだ。こちらが迂回するコースを辿ろうとする瞬間、敵艦隊はまとめて回転運動をしてくるだろう。するとどうなる。向こうからすれば絶対有利な横撃の態勢に持ち込める。ついでにいえばこの艦の最大火力ローエングリンは前にしか撃てない。残りの砲ではどうあがいても火力不足、撃ち負けて沈められる」
つまりこういうことなのだ。
敵の三隻の包囲陣に立ち向かうとすると、砲火を集中され、確実にこっちの二隻のうち一隻は沈められる。たぶんその標的はアーク・エンジェルなのだろうと想像できる。
かといって最初から逃げを図っても無駄なのだ。
敵の艦隊運動により余計不利になってしまう。おそらく敵はアーク・エンジェルの足がナスカ級に劣るのを知っている。
エターナルはともかく、アーク・エンジェルは圧倒的に不利な砲撃戦から逃れられない。
敵の指揮官は大した戦術家で、しかも非情らしい。
なぜなら、こちらが最初から腹を決めてかかれば、アーク・エンジェルは失われてもナスカ級を一隻、あるいは二隻葬ることはできるだろう。逆にいえば敵の指揮官は最大で味方の二隻を犠牲にしても構わない、それでもお釣りがくると踏んでいる。
そして憎らしいことにその判断は戦略的に正しい。
宇宙をちょろちょろするアーク・エンジェルを片付け、ザフトが完全に制宙権を確保するのは重要なことだろうな。そのために必要な犠牲を割り切って考えている。
俺の言葉が続くにつれ、ラミアス艦長は現状を理解し、顔色がだんだん悪くなっていく。
最後は蒼白だ。
「じゃあサイ君、アーク・エンジェルはもう絶体絶命ということ…… 沈められるしかない……」
会話を聞いていたブリッジクルーもみな同じ、声も出せずに震えている。
苦しくともここまで旅路を重ねてきたのに、その甲斐もなく、宇宙に散るのが目前に迫っているのだから。
「キラ・ヤマト、ストライク出ます!」
準備が整い、キラ君がストライクガンダムで出る。先ほどの俺と艦長の会話は聞こえていない。
だから普通通りに敵を叩く気だ。
むしろ念願だった親友のアスランとの共闘ができるのだから心は弾み、声も明るい。
「キラ君に、いつも以上に気をつけるように言ってちょうだい……」
そう艦長がMS担当CICのミリアリア君に命じている。
アーク・エンジェルはそんなキラ君に望みを託すしかない。MS戦でなんとかできなかったらお終いだ。
「さあ因縁の決着といこうか。足付きとは長いこと戦ってきたが、悲しいことにここでお別れとなる」
ナスカ級ヴェサリウスの艦橋でラウ・ル・クルーゼが独り言をいう。
「正直言えば今回の作戦行動にヘルダーリン、ホイジンガーを付けられたことは不快だったが、足付きを仕留めるために役に立ってくれるとはな。つくづく私は強運のもとにいるようだ」
ヘルダーリンとホイジンガーというのは今いるナスカ級の僚艦二隻のことだ。
実は、クルーゼからザフト上層部に戦力増強のため要望して付けられたのではない。
ザフト上層部はいかにも恩着せがましく付けて同行させてきたが、本音は違う。さすがに立て続けに脱走兵を出したクルーゼ隊に対して疑念があり、その警戒と監視のための艦なのだ。そこをクルーゼは見透かしている。
だが今、その二隻と自分のヴェサリウスを併せて三隻で襲えば、間違いなくアーク・エンジェルを仕留められる。
クルーゼはこれまで長きに渡ってアーク・エンジェルを追撃してきた。もちろんわざと見逃してきたのではなく、いつも墜とす気でいたことは確かかもしれない。
しかし本当の死闘にすることは避けていたのだ。
なぜならクルーゼの意識の片隅には、アーク・エンジェル追撃という名目があるからこそ自分が自由に動けるという事実を認識していた。アーク・エンジェルはその意味で最大限役に立っていたのだ。その自由を利用して、密かに連合と渡りをつけ、陰謀を巡らすことができた。
しかし、もう遠慮は要らない。
なぜならエターナルという別の脱走艦がいる以上、自分はその追討ということで自由に動くことが許される。アーク・エンジェルよりエターナルの方がよほどザフトにとって重要な問題だ。
とすると、アーク・エンジェルは今こそどんな意味でも不要になった。
ならばこの機会に因縁を清算するべきだろう。
「クルーゼ隊MS、全機発進。一気に行く。私もまたプロヴィデンスで出るとしよう。アデス、しばらく艦隊運動と砲撃戦は任せる。先に伝えた通りにすればいい」
ヴェサリウスの実直な艦長アデスにそう言い残すと、クルーゼは自ら最高性能MSプロヴィデンスに乗って出撃する。
「ドラグーンシステムOS起動、砲台分離射出よし、か。さて因縁のストライクを片付けるとしよう。いや、フリーダムの方が先になるか」