俺は既に考えていたことを伝える。
「アンチビーム爆雷、艦前面にどんどん投下するんだ。敵の砲撃を充分に防げるまで」
「サイ君、先ずは防御ということね。分かったわ」
「エターナルにも連絡してほしい。アーク・エンジェル同様、アンチビーム爆雷を惜しまず使えと」
アンチビーム爆雷が次々とアーク・エンジェルの艦尾部から前面に向けて投げられていく。それらは直ぐに爆発し、雲状の霧を発生させる。
単なる煙幕とは違う。
霧には重金属の粒子が含まれており、レーザーなら乱反射させる。ビームなら磁場を発生してビーム粒子を捻じ曲げ吸収する。そうやって砲撃から艦を守る働きをするのだ。
だがそれほど長くは保たない。
砲撃のエネルギーによって加熱されると拡散してしまうからである。
しかし今、通常よりはるかに分厚く使ったので、数発、いや十発程度の直撃までは対処できそうだ。
ただし、これには一つ弱点があり、砲弾や対艦ミサイルなどの実体弾には効果がない。
「対空防御ミサイル、ヘルダート1から8まで用意。それとラミアス艦長、キラ君たちに連絡してほしい。直ぐにMS戦から戻り、アーク・エンジェルへの砲弾やミサイルを迎撃させるんだ。なに、敵のMSが深追いしてくることはない。今から艦同士の砲撃戦となるのは向こうの方が百も承知だからな」
向こうが実体弾を使ってくれば、短距離ミサイルで対処し、それでも迎撃し損ねた分はキラ君たちのMSによって何とかしてもらう。それでひとまずは大丈夫だろう。
やがて砲撃戦が始まる。
といっても一方的なものだ。敵の三隻から放たれるビーム砲撃をアンチビームの霧が受け止める。
むろん、敵の方でもその様子は見えている。
ビームの効果が薄いのを見ると、やはり対艦ミサイルを織り交ぜて攻撃してくるが何とか迎撃する。
敵はこの持久戦のような恰好は予想していなかったらしい。
しかしながら、それならそれでゆっくり構えればいいと思ったようだ。どうせアーク・エンジェルとエターナルに援軍はない。沈めるのが早いか遅いかだけの差で、いずれ結果は同じことになると。
「…… サイ君、信用していないわけじゃないけれど……」
「ん、ラミアス艦長、言いたいことは分かるつもりだ」
ラミアス艦長がおずおずと言ってくる。ひたすら守りに徹している現状に疑問があるのだろう。
「これでは戦況が変わらない。いいえ、悪くなったのかもしれないわ。確かにアンチビーム爆雷は防御にいいものだけれど、こちらから撃つことはできなくなった。攻撃できなければいっそう距離を詰められて、益々逃げられない……」
そう、アンチビーム爆雷は諸刃の剣だ。
防御にはいいが、こちらからも攻撃できなくなってしまう。
アーク・エンジェルの主要な攻撃手段であるローエングリンもゴッドフリートも使えないのだ。どちらもビームの一種であり、それこそ目の前の霧に吸収されて終わる。
一応実体弾として副砲のバリアントという装備があるものの、威力はあまりに心もとない。撃ち合いにもならないだろう。
その上、アンチビーム爆雷の霧を有効に使うためには艦の速度を変えられない。今も微速程度だ。つまり機動力も失ったことになる。
「ひょっとしてサイ君、一気に加速して霧を突き破り、攻勢に転じる? いいえそれは無理だと思うわ。加速のためのエンジン噴射を気取られたら、霧を抜ける瞬間のタイミングで砲火を浴びせられてしまうだけよ」
「いや艦長、そんなことはしない」
「じゃあいったい…… 何のための時間稼ぎを」
「焦らなくていい。さっき艦長も言っていたろう。相手は距離を詰めてくると。一撃必中の距離になったところからが勝負だ」
こちらがアンチビーム爆雷の霧の中に身を潜め、動いてこないのを知った敵は当然近くに寄ってくる。確実に包囲に取り込み、アンチビーム爆雷で守れていない側方を狙うためだ。
ラミアス艦長はじわじわと追い込まれるのを感じ、汗を滲ませ、顔色を悪くしている。しかしそれ以上言葉を出さず、俺に希望を置いてくれている。
「よし、頃合いだ。対艦ミサイルスレッジハマー1から6まで装填!」
「え!? ミサイルで今から攻撃を? でもそれが有効になるとは……」
「艦長、そうじゃない。別にミサイルを攻撃に使うと決まってるわけではないだろう」
「どういうこと…… まさかサイ君、アンチビーム爆雷の霧へミサイルを!」
艦長は分かってくれたらしい。
そう、これが俺の戦術の核心だ!
大型ミサイルで艦前面の霧を吹き飛ばし、その瞬間にローエングリンを撃つ。
「いいえ無理だわサイ君。威力は充分でしょうけど、それゆえにミサイルは艦から距離がなければ起爆しないのよ。そういう自艦を守る安全装置は急にどうにかできるものじゃないわ」
「ああ、むろんその安全装置は知っている」
ミサイルは間違って自分の艦を追尾して攻撃してしまうことがないよう、艦と一定の距離以内に近付いていれば爆発しない仕組みになっている。
だが問題ではない!
「艦長、こちらには二隻あるじゃないか。アーク・エンジェルのミサイルはエターナルに撃つ。エターナルはこちらに撃つ。お互いに撃てばいい」
「つまり味方同士でミサイルを撃つ!?」
ラミアス艦長は驚きのあまり二の句が継げない。
味方艦へミサイルを撃ち、アンチビーム爆雷の霧を吹き飛ばす。そんなことは想像もしていなかったようだ。
「艦長、それだけではない。このやり方の要点は、ミサイルに不発弾を紛れこませることにある。いいや、不発弾の中に本物を混ぜ込むと言った方がいいか」
「それは……」
「つまりだ。そうすれば、敵の立場からするとどのミサイルがどのタイミングで霧を吹き飛ばすか分かりようがない。そしてミサイルが爆発したと思った瞬間、もう攻撃されているわけだ」
これは我ながら悪辣だ。こっちは盾に守られながら、好きなタイミングで攻撃を仕掛けられる。艦数で劣っていてもこれで勝てないはずがない。
「サイ君、本当に驚いたわ。そんな戦術……聞いたこともない」
「そうだろうな。実は俺も初めてだ。だが戦術家というものは常に新しいアイデアと実践を繰り返し、進化していかなくてはならない。でなければ直ぐに立ち遅れてしまう」
まあ、今回のは工夫という範疇で、艦隊行動による本来の戦術とは違うがな。
ともあれこの作戦はエターナルにも伝え、実行された。
やがてエターナルからミサイルが飛来してアーク・エンジェルの鼻先を掠めていく。そして示し合わせたタイミングで爆発する。
「ローエングリン、撃て!」
その瞬間、アーク・エンジェル最大火力のローエングリンを撃つ、しかしこれは惜しいところで外れてしまった。
撃ったと同時にまたアンチビーム爆雷をつぎ込んで霧を修復する。
しかしながらエターナルが放った主砲の方は見事ナスカ級に直撃した! 俺が知るはずもないが、かつて砂漠の虎の持つ地上空母レセップスの砲手をやっていたアイシャの腕は確かだった。
同じことを繰り返す前に敵の方もこの作戦を理解したようだ。エターナルとアーク・エンジェルでミサイルを撃ち合うのだからおかしいと思わないわけがない。
反撃が始まり、撃たれる密度が濃くなる。
チャンスはあとわずかだ。
二度目、今度こそローエングリンが敵艦を捉えた! さすがの威力でナスカ級といえども一瞬で大破させる。
ここで敵は退却に転じた。それもまた思い切った判断だ。
理由はよく分かる。
ナスカ級はMSの母艦でもある以上、全滅だけは避けなくてはいけないのだ。
刺し違えるような無理な戦いはせず、かといって慌てた艦回頭もしない。冷静に逆噴射で距離を取りにかかる。
なかなか敵の艦長もやるじゃないか。
こちらはアンチビーム爆雷の霧を利用するため、速度を上げることができないのだが、そういうことも見通しているらしい。
その時点ではナスカ級二隻に大破を与えていた。後退に転じてからもまたアーク・エンジェルとエターナルが攻撃を加え、その中の一隻を爆散に追い込んでいる。
ただしそこまでだ。
互いに射程外まで離れると砲火は止まり、睨み合いとなる。
「これはいったい…… 誰が考え付いた戦術なのか。まずいな。艦隊での戦力は大きく逆転され、このままでは負けるのは我々の方だ。仕方ない。MSで足付きをやるしかない」
ナスカ級がとんでもない方法で逆撃を食らった瞬間、ラウ・ル・クルーゼはそう判断した。
動ずることはない。しかし必要な決断はする。クルーゼもまたそれができる傑物なのだ。
多少の無茶は承知でアーク・エンジェルへ突進する。