クルーゼのプロヴィデンスがここにきてアーク・エンジェルを狙う。
そうなればむろん、配下のクルーゼ隊も慌てて付いてくる。
しかしこれに対してフリーダムやストライクが食い付く。思うようにはさせない。それだけならまだしも、接近すればアーク・エンジェルの持つ16基ものイーゲルシュテルンが熾烈な防空弾幕を張ってくる。おまけにやっとジャスティスに馴れてきたシホ・ハーネンフースも戦力になってきた。動力が動力だけに単に撃ちまくる火力だけでも脅威になるのだ。
プロヴィデンスといえどもそれらへの牽制にドラグーン砲台を使わざるを得ない以上、早急にアーク・エンジェルを沈めることはかなわない。
そうした中、ついにプロヴィデンスが被弾した。フリーダムがやったのではなく、イーゲルシュテルンの弾幕をたまたま側にいたゲイツが直前で回避してしまったため、とっさに対処できなかったからである。
むろんプロヴィデンスにとってかすり傷に過ぎない。
しかしクルーゼは戦闘の潮時であることを悟り、潔く作戦の中止を決め、全面撤退の指示を出す。
「各機、小破程度のヴェサリウスと、大破したが航行だけはできそうなホイジンガーに戻り、戦闘宙域を離脱だ。ぎりぎり収容は可能だろう。私のプロヴィデンスが入らなければな」
「えっ、隊長は!?」
「その声はレイ・ザ・バレルか。なに、心配は要らない。プロヴィデンスは核動力によって航続時間ははるかに長い。一度この辺りに隠れ、足付きをやり過ごしてから回収してくれればいい。そして隠れ場所なら心当たりがある」
こうして会戦は終了した。
難しい戦いだった。しかしながら結果としてザフト側はナスカ級ヘルダーリンを失い、ホイジンガーが大破、ヴェサリウスが小破という被害を被った。
それに対してエターナルもアーク・エンジェルも損傷は軽微、つまり快勝である。
「サイ君…… おかげで勝てたわ。戦術というのは凄いのね」
マリュー・ラミアス艦長の驚きは覚めやらない。他のブリッジクルーも同じような感じになって俺を見ている。
あの危機からまさかの大逆転、これが奇跡でなくて何だろう。
少し照れるな。
「艦長、一応言うが戦術は最後の段階に過ぎない。きちんと戦力を整える戦略の上に成り立つものであって、例えていえばケーキに乗っているクリームのようなものだ。それがないと完成しないが、それだけでは成り立たない」
とは言ってみたものの、照れ隠しであることは既にバレていて、温かい視線を投げられている。
「ま、まあ今回はやむを得ない状況であり、我ながらちょっと奇策に過ぎた。本当に敵が有能なら最初から持久戦に構えられたかもしれないな」
俺はここでちょっとばかり妄想を膨らませてしまった。
敵がグリーン・ワイアットだったらどう対処しただろうか……
アンチビーム爆雷を使った段階で意図を見抜き、こっちの恐れる持久戦に切り替えられたかもしれない。ザフトの側は付近に連絡して応援を頼めるのだからそれも確実な方法だ。
あるいはザフト艦隊もアンチビーム爆雷を使用し、超接近戦を試みた可能性もあるな。いずれにせよ考えても仕方のないことだが。
「フラガ少佐のアストレイ、帰投してきません!」
「何ですって!?」
そんな時、驚くべき事態が待ち受けていた。
「ま、まさか、フラガ少佐がロスト……」
マリュー・ラミアス艦長が思わずそう口に出す。
恐れの感情が溢れ、最後の声は震えている。
「い、いえそうではありません。アストレイの識別信号は健在です。あ、少佐から通信が入りました。切り替えます」
そしてフラガ少佐の声が艦橋に流れる。
フラガ少佐は、ここで自分の因縁を清算したかったようだ。
「アーク・エンジェルへ、聞こえてるか。ラウ・ル・クルーゼは自分のMSと共にこの辺りへ潜伏するつもりだ。なぜか俺にはそんな動きが分かる。これはチャンス、逃さず叩いた方がいい! いくらクルーゼが高性能MSに乗っていても稼働時間が切れたらお終いだ。これからじっくり追跡してその隙を狙い、勝負をかける」
何とクルーゼのプロヴィデンスを追っているらしい。
この時、フラガ少佐はプロヴィデンスが核動力を使っていることは知らず、これまでの戦いでそろそろ稼働時間が切れると思い込んでしまった。
「危険よ! 帰投を優先して!」
この艦長の声はしかし、電波妨害のために届かなかった。
「またここに来るとはな。まるで運命の力で引き寄せられたかのようだ」
ラウ・ル・クルーゼは眼下のプラントを見てそう言った。
そのプラントの名はメンデル!
かつて遺伝子研究の総本山と言われ、様々な実験が繰り返された場所だ。しかし重大な生物汚染事故が起こり、そのために放棄されてしまった。消毒は完了したものの二度と使われることはなく、誰もが恐れて近寄らず、無人のまま放置されている。このラグランジュポイントを虚しく漂うばかりだ。
物理的な損傷があるわけではないので水も空気もエネルギーもある。だからこそクルーゼはここが格好の隠れ場所と判断した。
しかしそこのゲートに接近した時、あるものに気付いた。
「なぜだ。なぜメンデルのゲートに小型旅客艇がある…… 軍事用ではなく民間の個人艇か。メンデルに近付く者などいるはずがないのに、いったい誰が」
そしてゲートにそっとプロヴィデンスを置き、そこからメンデルの中へ向かった。
クルーゼにとっては忌々しい施設ではあっても恐れるような研究施設ではない。
深くまで到達し、使われているらしい部屋に入ったが……そこで余りにも意外な人物に出会ってしまった!
「まさか、どうして君が!? メンデルに!」
それは黒い長髪で、痩身、いかにも研究者の趣をまとった者だった。
瞳には強い意志の光が宿っている。
そして重要なことは…… クルーゼにとって旧知だったということばかりではなく、ほぼ唯一の友人と呼べる人間だった。
「それはこっちの言うことだ。驚いたぞラウ。里帰りでもしたくなったか」
「冗談にもそんなことを言ってくれるなギルバート。本当なら私にとって見たくもないほど忌々しい施設だ。しかし、こんなところで君に会うとはな」
「不思議なことか? 研究者が研究をするのに一番いい場所を選ぶのは当たり前だろう。まあ、勝手に借りてるわけだが」
「そうか…… やっぱり君は研究者だ。それも肝が据わっている」
ここメンデルにいたのはギルバート・デュランダルなる者だった!
第一線級の遺伝子学者であり、同時にプラント評議員の一員でもある。
「ギルバート、プラントと連合が戦争をしているのだから私としては研究よりも政治活動をしているものと思っていた。ここで一人研究とは、意外としか言いようがない。差し出がましいようだがタリアとまだ結婚していないのか」
「タリアとは…… そうならなかった。だからこそ研究に没頭している」
「そうだったか。あれほど仲がよく見えたのに」
クルーゼはギルバート・デュランダルとその恋人タリア・グラディスが単純に別れたものだと思った。その勘違いをデュランダルも敢えて正さない。その別れの理由が原動力となってデュランダルは研究に走っているのだが。
「こっちのことはともかく、ラウはどうなんだ。相変わらず世界の破滅のために頑張っているのか」
「もちろんそうだ。私がザフトにいる理由はそれしかない」
「しかし上手くいってないようだな。プラントも連合もまだ存在しているぞ」
「……自分なりに策は練っているつもりだよ。きちんとね」
ギルバート・デュランダルはラウ・ル・クルーゼの秘密を知る数少ない者である。隠されている狂気じみた破滅願望を今もそうやって茶化す。
しかしそんな歓談の時間は長くない。
クルーゼは自分を追ってきているムウ・ラ・フラガの気配を察知した。クルーゼとフラガはかすかな気配を互いに認識できる。
「久しぶりに会えたんだ。もっと話をしていたいが、これで失礼するよギルバート。どうやら宿命という奴が離してくれないらしい」
そしてクルーゼはプロヴィデンスに急ぎ戻り、メンデルから発進しようとする。
驚いたのはフラガの方だ。
メンデルのゲートでプロヴィデンスを見つけた時には、てっきり稼働時間の限界を超えていたからだと思っていたのに、通常通りに発進していくのだから。
慌ててビームライフルを撃つ。しかしプロヴィデンスに難なく防御され、却って付近にあった旅客艇の方を壊してしまう。
プロヴィデンスの方はフラガのアストレイに構うことなく姿を消した。ただしその前にメンデルへ通信を入れている。
「ギルバート、済まない。こっちの戦闘に巻き込んでしまって旅客艇をダメにしてしまったようだ。しかし心配はいらない。我々が足付きと呼んでいる船が付近にいるはずだから救助してもらうといい。その船は以前ラクス・クラインさえプラントに返したくらいだから、きっと君も返してくれる」
フラガの方ではクルーゼに逃げられてしまった格好だが、それ以上は追えない。逆にアストレイの稼働時間が限界に近かったからだ。
そしてメンデルにおいてギルバート・デュランダルと出会い、共にアーク・エンジェルに収容される。