なんだかややこしそうな話になってきたな、と俺は思う。
多感な時期の若者たちらしいといえばそうだが、感情のもつれは厄介なことだ。
俺はそっと立ち去ろうとする……
しかし、その前に皆から気付かれてしまった。
「あっ! そこに居たんだサイ。今まで話さなくてごめん。フレイとのこと、言い辛くて……」
「ん? キラ君、何か勘違いしてないか。俺にはどうでもいいことだぞ」
「で、でも、別になんでもなかったから……」
するとやはり赤髪の女がいきり立っている。
「キラ…… とにかくいっぱい戦って! あんたはコーディネイターが相手だから、手を抜いてるでしょ。いっぱいコーディネイターを殺して!」
「フレイ……」
「そしてサイ、ほんとに私のことどうでもいいの? 婚約者だったのに、吹っ切っている訳がないわ! やせ我慢のくせに!」
「いや本当に婚約なんか知らんのだから仕方がない」
「くう…… 二人とも……」
赤髪の女は悔しそうに震えている。
すると興味なさげにこの様子を見ていた明るい髪の少年が止めを刺してしまった。おそらくそういう方面のことが嫌いな、潔癖な性分なのだろう。
「どう見ても、嫌がる二人を追っかけてるようにしか見えないね」
そんな騒動の翌日、俺はまた艦橋でCICを扱おうと奮闘していた。
だがどうにもこのパネルスイッチの多さが覚えられず、俺はもうげんなりとする。正直ダメかもしれないな。
この艦は航行管制無しで飛んでくれ。
「何してるのサイ。カレッジではあんなに優秀だったでしょ。出来が良すぎてムカつくくらいだったわ」
俺と背中合わせのシートにいて、同じようにCICを取り扱っている少女がそう言ってくる。
名前はミリアリア・ハウという者だ。彼女は口ではそう言いながら、俺の分のデータ処理までやってくれている。彼女はCICとはいってもMS管制が主な仕事で、俺の分まで肩代わりするのは大変な仕事だろうに…… つまり根はかなり優しい少女なのだ。
しかしながら仕事は不意に中断される。
艦橋に入ってきたナタル中尉が俺を呼び出したからである。
「サイ・アーガイル二等兵、ちょっと艦長が呼んでいる。済まないが作業を中断し、一緒に来てくれないか」
そして俺はナタル中尉に先導され、艦長室へ向かう。
「……お前はこの艦の学生上がりたちの中では落ち着きがあり、まとめ役ができる人間だと評価していた。学生上がりでは分からないかもしれないが軍人と民間人とは違う。軍人とは常に落ち着き、感情より任務を優先する人間のことだ。しかしサイ、先日以来お前はおかしい。軍の規律を驚くほど無視してくれるが……しかし言う事は軍人的な思考だ。私もどう考えたらいいか戸惑う」
「うむ、ナタル中尉、そう思うのは当然だ。俺が一番戸惑っているのだからな」
俺の口調でナタル中尉はわずかに表情を硬くしたが、何も言わなかった。軍の規律についてはやかましく言うも、ナタル中尉は自分に対する言葉使いについては比較的寛容らしい。つまり威張りたがりとは無縁で、自分の感情はしっかりコントロールする、とてもいい軍人なのだ。
俺とナタル中尉が艦長室に入ると、そこには艦長だけではなくもう一人の人間がいた。
「よう、サイ・アーガイル。なんだか色々凄いって噂だぜ。この会議に呼ぼうって艦長が言ったんだが、俺も賛成だ」
「それは光栄だ。よろしく頼む」
そいつは気安い感じの男だった。
自己紹介がなかったってことは、元からこのサイという者と親しかったのだろうか。
確かに面倒見の良さそうな男で、頼れる兄貴分風という感じである。
「さっそく会議を始めるわ。このアーク・エンジェルをどこに進ませるか、どうザフトの部隊を避けるかの話よ」
艦長マリュー・ラミアスが会議の本題に入る。
なるほどそれは最重要課題であり、この艦の命運を決めてしまう話だ。ここを間違えたら目も当てられない。
おや、と思ったのは、先日俺が交戦を避けるべきと言ってたことを、きちんと考慮してくれているではないか。
そして図表を投影しながらナタル中尉が説明している。
「ビクトリア基地が失われたとなれば、本艦はアラスカ基地に向かわざるを得ません。現在位置はリビア砂漠の西端、ここから東に向かって砂漠を突っ切り、インド洋方面に向かうのが基本方針です。戦いを避けるという艦長の方針には同意しますが、努力しても限定的にならざるを得ず、交戦と多少の犠牲は覚悟の上となります」
なるほどな。それが順当といえばそうなのだろう。誰しもそう考える。
ただし俺としては若干近視眼的に見えるのだ。
これは敵にとっても順当なことであり、ならば敵の待ち構える中に飛び込んでしまう。どうしても戦いは厳しくなるだろう。
説明を聞いて考え込む艦長と気安い男に対し、俺が言ってしまう。
「本当にそのコースで良いのか。それでは砂漠戦に慣れた敵の思う壺になる。完全にそのコースしかないのなら仕方がないが、別の考えもあるのではないか」
皆が不審な顔になった中で、俺が答え合わせをする。
「敵の予測を外し、引っ掛けることが必要なのだ。意見として言うから聞いて判断してくれ」
そして俺は投影された地図の上に手をかざす。
そこから、少しばかり右に動かした後…… いきなり真っすぐ下に下ろす!
「東に行くと見せかけて、実際はそこへ行かない! 行くのは南だ」
「南だと! し、しかしそれでどうしようと」
「都合がいいことに南には敵に陥とされたビクトリア基地があるのだろう? そこの攻略だ」
俺の言葉に皆が呆然とする。余りに予想外だったのだろう。
最初に反応してきたのはさっきと同じナタル中尉だ。
「馬鹿な…… 絶対に不可能だ。いかにビクトリア基地の守備隊が少数でも、このアーク・エンジェルの戦力で陥とせるものか!」
俺は若い三人に対し、講義をしているような気分になった。
「まあそうだな。実はそれも引っ掛けであり、つまり二度に渡って敵を引っ掛ける。ビクトリア基地に行くと見せかけたら、いきなり西に行くんだ。緑地帯ならば艦を隠すのも比較的簡単だろう。そのまま西に進んでいけば大西洋に出られる。そして最終目的地はここ、パナマ基地だ」
これには驚きのあまりナタル中尉も黙り込んでしまう。
最初に声を出してきたのはあの陽気そうな男だった。ちなみに後で知ったのだが名はムウ・ラ・フラガというらしい。
「俺は気に入ったぜ! サイ・アーガイル、大胆な作戦じゃないか! 敵を躍らせて常に先手を取るとは、どこでそんな戦法を学んだか、後で教えてくれ。俺にだけな」
男はそう言ってくれたが、あとの二人であるナタル中尉と艦長は黙ったままだ。
まだちょっと消化できていないのだろう。
「艦長として、まだ判断がつきません。この件は数日で決定します。サイ君、ご苦労でした」
いずれのコースを辿るにせよ、それに合わせて俺は細かな戦術を考えよう。
まさに乗りかかった船だからな!