「核を失ったことはもう仕方がない。それにしてもこっちの先発艦隊十四隻がたった五隻の相手に敗退寸前とは、おそらく先手を取られて翻弄された結果なんだろうね」
「おそらくそうでしょう、理事」
「よし、ではダーレス少将、ここにある三十二隻を使い、あの五隻を逃さず叩く」
ムルタ・アズラエルは苛立ちはするものの、思考を停止することはない。
先発させた連合艦十四隻がこの体たらくなのは罠に誘導されたせいだろう。そして多方向から攻められた結果、数の優位を活かせる暇もないまま一方的にやられたのだ。
最後は核の応酬をしたと信じ込みまされ、すっかり怯え、十二分に戦える戦力が残っているのに反撃もできなくなっている。
それを見て取ったアズラエルの洞察力も驚くべきことだが、逆に自分が同じことをやってやろうとする。
「ダーレス少将、直行をしないで回り込むんだ。その間の時間を使って何列かの単縦陣を作り上げ、最後はそれらで大きく取り囲む形にする」
アズラエルは単純に攻めず、ダイナミックな包囲網を形成する戦術を選択した。この三十二隻という圧倒的な数の優位を活かしての包囲である。
つまり、当てにならない先発艦隊ともどもアーク・エンジェルら五隻を取り囲む。
それは完成すれば必勝の策になるだろう。
あらゆる方向から濃密な砲撃を浴びせかければあの五隻に抵抗する術はない。軽く消し飛ばすだけのことだ。優秀なMSを持っていようが母艦を失えばお終いなのは、アズラエル自身がかつてオーブ攻防戦でやられたことであり、しっかり学習している。失敗を糧とするのがアズラエルの美点でもあるのだ。
俺の方でもその三十二隻の本隊を見ている。やはり素直に帰してくれる気はなさそうだ。
「さて核を片付けてしまえば、撤退したいところだが……」
「そうもいかないようよ、サイ君。連合の本隊が到着して、こっちの退路を上手いこと封じにかかっているわ」
「確かにな。最初にそれを行っておいて、包囲を形成する。ナタル少佐の話ではムルタ・アズラエルなる者がいるそうだが、これはなかなかの戦術家だ」
ラミアス艦長が緊張を隠せない。まあ、それはそうだろう。これまでに戦ったことのない程の圧倒的大戦力が迫り、こっちを吞み込もうとしているのだから。
「サイ君。早く、完全包囲の前に食い破って逃げないと」
「それもそうだが、別にそれを我々が行うこともないだろうな」
「え? どういうことなの?」
「アズラエルはたいそう優秀だが、残念なことに場数を踏んでいない。まだ二十代と聞いているがやはり若過ぎるようだ」
「…………」
ラミアス艦長が呆れた目をしている。アズラエルが若いのは確かでも、それを俺が言ったからな。
とにかく、早いところ手を打つ。ラミアス艦長に指示し、向こうの半壊した先発艦隊に再び接近させた。
そしてわずかばかり砲撃を加えてみる。まるで突っつくかのように。
思った通り先発艦隊はあっさり逃げ散る。既に戦意を喪失しているからだ。必然的にそれらは助けを求め、包囲網を作りつつある味方の方へ殺到していく。
これが狙いである。
すると包囲網がかき乱され、うまく機能せず、机上の空論となる。これが場数を踏んでいない者のよくある失敗例なのだ。
「なんなんだあいつらは! 役に立たないなら立たないで、縮こまって防御に徹すればいいだけなのに。それをじっとしていることもできないのか! ダーレス少将、アーク・エンジェルの閃光弾は核じゃないともう一度伝えるんだ! このままでは包囲しても撃てやしない」
「これはちょっとまずいですな、理事。せっかくの作戦を味方に邪魔されるとは。こうなれば打開策は一つくらいしかないかと」
「打開策が一つ? 邪魔な先発艦隊を…… はは、まさかダーレス少将、僕にあれをやれと言うんじゃないだろうね」
「さすがアズラエル理事、直ぐにお分かりとは」
ダーレス少将は明言しないが、指し示すことは明らかだ。
しかし、それが分かっていてもムルタ・アズラエルは躊躇している。
「それは味方殺しのことかな? 敵であるコーディネイターはいくら殺してもいいが、味方を殺しちゃダメだろう」
「正論に聞こえますが、この戦争では今更というものでしょう、理事」
ダーレス少将は不思議そうな顔をする。
しかし意外なことではあるが、アズラエルは自分なりの倫理観を持っている。
自軍の損失は少なく、敵の損害を大きくすることで勝利するのが戦争のやり方であり、それはアズラエルの慣れ親しんだビジネスにも一脈通じるものである。
実はアラスカ基地自爆にもアズラエルは一枚嚙んでいた。味方の犠牲はあるが圧倒的に多くの敵を倒せる機会と見ていたからだ。しかしそれで全く平気かと言われたらそうではない。今、五隻を葬るのにそれ以上の味方艦を塵と化すのは間尺にも合わず、信念にも合わない。
結果、包囲網の中に猛撃を加え、先発艦隊の残存ごとアーク・エンジェルを始末することは考えなかったのだ。
仕方なくアズラエルは困難な道を取った。
自ら細かい指示を出しながら、それでも包囲網を効果的なものにする努力を続ける。そして驚くべきことにアズラエルの優秀な頭脳と執念はそれなりの形にすることに成功した……いや、成功する一歩手前まで行った。
その時のことだ。
思わぬことが起きた。
指示を出しても応じない艦が出てきたのだ。
「こちら戦艦クルック、これ以上の戦闘参加は致しかねる。アーク・エンジェルやドミニオンの言葉を信じたわけではないが、少なくとも連合が核を持っていることはこの目で見た! 核の存在はプラント側の憎しみを増し、戦争は終わらなくなる。もはや際限のない戦いになるのは自明であり、当艦がその道具になるのは御免蒙る」
「戦艦ハイライン、司令部に申し上げたい。核爆発を起こしたミサイルと同型のミサイルが数十もあった理由は何か。ボアズ要塞ではなく、プラントへ使うつもりではなかったのか。そういう戦いになるのなら、ハイラインは決して同行しない。歴史に残るような罪の共犯になりたくないからだ」
他にもいくつもの連合艦が疑念を呈する。
核の存在は、核ミサイルを持たされた艦にはもちろん教えられていたが、それ以外の艦へ知らされていなかった。
今、全艦隊が驚愕と共にその事実を知ると、その意味について考えざるを得ない。
核で戦争は一変する。戦争の勝ち負けではなく、遠い未来まで残る禍根を思えば慄然としてしまう。それを理解する艦は積極的な造反はしないまでもわざと動きを鈍らせる。
ダーレス少将はそんな連合艦の様相に対し、アズラエルが激発するものと予想した。常に部下が自分の命令に従うことを当然視しているアズラエルのことだから。そして子供っぽく、短気な性格でもあると分かっている。
しかし意外なことにアズラエルはかえって落ち着きを取り戻しているようだ。
「ああ、ダーレス少将、とてもつまらないことになった…… ひとまず退くとしようか。もう一度自軍を引き締める必要がありそうだしね。包囲網は無理、というかあの五隻はすばしこくてもう脱出している。追っても無駄、僕は無駄は嫌いなんだよ」
その内心はどういうものだろうか。ダーレス少将には推測もできない。
思わぬことが続いて放心状態なのか、錯乱しているのか。
あるいは少しばかり成長しているのか。
ともあれアズラエルの指示により撤退だ。損傷のある艦については護衛を付けて月面プトレマイオス基地のドックに向かわせ、残りはいったんアルテミス基地にいるだろうユーラシア連邦との合流を図る。先ほどの通信を送ってきた戦艦クルックやハイラインのことはひとまず不問にして同行させた。
…… だがその頃、宇宙の片隅では決定的なことが起こっていたのだ!
「とんでもないわ! 本当に連合が核を使えてるなんて…… クルーゼ隊長、今からその画像を送ります!」
「よくやってくれた。ルナマリア、レイも。その画像を撮れたのは君たちが地味な監視に耐えてくれたおかげだ。もはや連合の大罪は暴かれた」
連合の艦隊をひっそりと追尾し、監視していた者たちがいた。
むろん、それはザフトのクルーゼ隊である。
最も大きい連合の艦隊を追っていたため、先発艦隊がアーク・エンジェルやエターナルと戦うところは見ていない。ザフトではない妙な相手と戦っただろうことと、先発艦隊が敗けたという事実を知っただけだ。
だがしかし、最重要のものを見るのには間に合っている。先発艦隊から放たれたミサイルが核爆発を起こしたところを。
それをしっかり撮影し、急ぎラウ・ル・クルーゼに伝えている。
クルーゼは平易な声で報告を受け取り、そして通信を切る。
しかしその後、喜びのあまり笑みがこぼれ出し、最後は高笑いに近いものになる。
「やっとだ。やっと念願が叶う! 運命はまたしても私に味方してくれた。これはもはや天意としか言いようがないな。ともあれ監視させていた甲斐があったというものだ。連合が核を使えるという証拠が手に入り、これこそ最後のピースとなる。パトリック・ザラにそのまま渡すだけでいい。奴は大手を振ってジェネシスを起動させるだろう」
ジェネシス、それは未だミラージュコロイドによって隠されている究極の兵器だ。
人口も生産力も劣るプラントは、リソースをそこに傾け、一撃の破壊力に特化したものを作り出した。
その安易な使用についてプラントの穏健派が抵抗していたが、もはや事情は一変する。連合が核を持っているならば考える余地も余裕もなく、先制攻撃しかあり得ない。元々プラントの市民を守るための兵器なのだから。
「ジェネシスの力によって連合軍どころかナチュラル全てが終わる。パトリック・ザラの願いはそうなのだから、必ずやる。本当なら連合からプラントへ核攻撃をさせて、同時にコーディネイターも滅ぼせれば良かったのだが…… そこまで欲張ることもないな。なぜならパトリック・ザラの近視眼では見えていないのだろうが、コーディネイターだけになれば自然と出生減で滅ぶのだ。どのみち人類はこれでいなくなる。未来が絶たれるという未来こそ最高だ」
超強力兵器ジェネシスが目覚める。
世界を破滅させる、そのクルーゼの願いが空想ではなく確定的に近い未来へと変わった。