ラウ・ル・クルーゼはジェネシス司令室に向かっていない。
そちらはレイやルナマリアに任せ、自分はヴェサリウスの艦橋にとどまっていた。
そしてヤキン・ドゥーエ要塞内の混乱した通信を傍受しながら情勢を見ていたのだが、そこで妙なことを聞いた。
アーク・エンジェルらがヤキン・ドゥーエに接近しているのだ! むろんヤキン・ドゥーエの側も駐留艦隊を送って迎撃を試みているが決してうまくいっていない。結果、アーク・エンジェルを押し止めるに至らない。
「なるほど、足付きがここに来ているのか。おそらく狙いはジェネシスを止めることにあるのだろう。連合を脱したという足付きは戦争を止めようと足掻いているようだから、それも自然かもしれない。連合と戦った次にザフトとも戦うとは、大した働きぶりだと褒めてもいい。だがしかし、私と真逆のことを考えている足付きに下手なことをされては堪らないな」
今まで戦った経験からクルーゼはアーク・エンジェルの強さを知っている。このままいけばジェネシスに手を出され、クルーゼの悲願を邪魔される可能性がある。ジェネシスは巨大だが、同時に繊細な兵器であり、わずかな攻撃を受けても稼働できない代物である。
「足付きの実力からするとヤキン・ドゥーエの艦隊に任せておくべきではなく、私が決着をつけてやるのも一興だ。よし、私がプロヴィデンスで出迎えてあげよう。足付きを沈めればよし、時間を稼ぐだけでも私の勝ちとなる。造作もないことだ」
ここでクルーゼはプロヴィデンスに乗り込み、出撃する。
ジェネシス指令室へ出向かせた以外のクルーゼ隊も一緒だ。
「む、あれは敵のガンダム…… 多くの子機を背負っているタイプは以前にも見たことがある。かなり強いぞ。だがあれを抑えないと突破はできない」
俺はヤキン・ドゥーエ要塞からMSの一隊が出てきたのを認めた。
そこには一機、明らかな強者がいたのだ!
その名がプロヴィデンスであることを俺は聞いて知っている。
パワーもスピードもあるが、何より多くの子機を操って網目のようなビーム攻撃を仕掛けてくる。その空間内は死地そのものだ。
そんな特異なMS、キラ君やカガリ少女で勝てるだろうか……
以前とは違い、ここには今エターナルのフリーダムもジャスティスもいない。
「戦ってくるよ、サイ。あれは僕が何とかするから」
ストライクに乗り込んだキラ君がそんな頼もしい言葉を言ってくる。
しかしここで他からも一斉に声が上がった。
「ふん、引っ込んでろストライク。あのプロヴィデンスはクルーゼ隊長だろうが。ならばクルーゼ隊の俺が戦うのが筋だ」
「おいイザーク、口は達者だが、お前だけで敵うのか? 俺がお守りしてやろう。どうせなら腐れ縁は最後まで続けようぜ」
イザーク・ジュールとディアッカ・エルスマンが闘志を掻き立て、自分がプロヴィデンスと戦うと主張する。
「二人とも、戦い方を考えてるの? おそらくプロヴィデンスを捉えることもできないよ。射撃でも接近戦でもプロヴィデンスは本当に強いから。だけど僕のブリッツだけはミラージュコロイドで近付けるはず。二人は援護して」
「え……」「ニコル……」
不意にそんな声を聞いてしまい、イザークとディアッカも黙り込む。
意外だったのだ。
いつもあまり意見を言わず、穏やかな表情を崩すことのないニコル・アマルフィがそんな強い言い方で割り込んできたからである。
ニコルもこの一戦で隊長と決着を付ける気でいる。
長きに渡って尊敬してきた上司。自分を引き上げてくれた恩師。しかし今、そのクルーゼ隊長を戦って打ち破らねばならない。秘めた闘志を表に出し、全力で戦う時だ。
アーク・エンジェルなどからMS隊が出ていく。数としては十機ほどだ。
奇しくも敵のクルーゼ隊もまた総数十機であり、数の上では互角である。
MSは出撃するとスピードを上げながら展開し、やがてクルーゼ隊のMSと交錯する。
敵味方どちらも勇気は充分、スピードを落とさず一撃を加えて離脱、そこから格闘戦に移る。MS特有の運動性を使って回り込みながら、互いに仕掛け、防御するのだ。
一帯の宙域はMSたちの戦場と化した。
「接近し過ぎるなよ。そして死角を作らないようまとまるんだ」
カガリ少女がストライクルージュを駆りながら、アストレイたちに注意深く指示を出している。
オーブからここまで戦い抜いたアストレイたち、マユラ、ジュリ、アサギも経験を積み、立派に成長している。だがしかし…… 今の相手はザフトの誇りと象徴たるクルーゼ隊なのだ。養成学校の成績上位者から更に選抜された精鋭しかいない。
油断していたらやられてしまう。
MSもクルーゼ隊にはゲイツという最新の高運動MSが与えられ、軽量高機動を旨とするアストレイよりも速いくらいだ。
それでカガリ少女がまとめ上げていたのだが…… 相手からすればそういう指揮官機こそ狙い目になる。
もちろんラウ・ル・クルーゼもそう見た。
「ふむ、先ずはあれを叩いておこうか。戦いが楽になる」
そう言うや否やプロヴィデンスが一気に加速し、ストライクルージュに迫る。
気付いたストライクルージュがビームを放つも当たらない。プロヴィデンスの加速が常識外なのだ。
逆にプロヴィデンスの撃ったビームがストライクルージュに当たり、あっさり中破させる。
だがとどめは刺せない。
「カガリを墜とさせやしないぞ!」
キラ君のストライクがビームを連射しながら割って入り、最後はビームサーベルを手にして庇う姿勢を見せる。
それに対し、プロヴィデンスは余裕をもって後退した。先ずは一当てしただけの話であり、指揮官機を潰すという目的は既に達成している。
その時だ。
ずっとプロヴィデンスを狙っていたデュエルとバスターが撃ち掛けた。しかし……全て外されてしまう。核動力の強力なパワーを持つプロヴィデンスを捉えられるものではない。
「そろそろ遊びも終わりにしようか。残念だよイザーク、ディアッカ。なに、人類が滅びる時なのだ。わずかばかり早く死ぬだけと思えば大したことではない」
そんなことを言いながら、クルーゼはついにプロヴィデンスのドラグーンシステムを稼働する。
これこそがプロヴィデンスの真骨頂である。ドラグーンシステム、それは多くの子機を射出し、同時にあらゆる角度からの攻撃を可能にする。
合計すれば四十門にもなるビーム砲台が、今こそ空間に解き放たれた。
「先ずはそこかな」
クルーゼは軽く十門ほどを稼働し、空間の一点に浴びせかける。
そこには何もないはずだった。
ただの試し撃ちだったのか……
だが驚くべきことに、ビームが過ぎた後、一機のMSが見えてきた。しかも大破した姿で。
「なぜ、隊長は……」
ブリッツガンダムだ。
もう少し、あともう少しで確実にプロヴィデンスを撃破できる位置についていた。高運動のプロヴィデンスにそこまで詰めていたのは素晴らしいが、最後にそれは届かない。
大雑把なビーム攻撃でもミラージュコロイドとフェイズシフト装甲を同時に使えない以上、ブリッツの防御は弱く、一発でも当てられれば大破となってしまう。
ブリッツのニコル・アマルフィは驚きを禁じ得ない。この結果は有り得ない!
「どうして! 僕のブリッツはミラージュコロイドで見えなかったはずなのに!」
「ふふ、経験と勘だよ。別に難しいことじゃない。君が狙ってくるタイミングも方向も私には読めてしまうのだ。素直なニコル・アマルフィ。次にデュエルとバスターが助けに来ることも予想の範囲内だな」
何とラウ・ル・クルーゼはブリッツの姿も見えないのに、その襲撃を予測し、完全に位置を読んでいた。
これでは撃破されるのも当たり前だ。
そして慌てて接近しようとするデュエルとバスターもドラグーンシステムで迎え撃ち、何もさせないまま退ける。
圧倒的に強い! 機体も、パイロットのクルーゼも。
ここに核動力のMSはプロヴィデンスしかいない。しかもラウ・ル・クルーゼの卓越した空間把握能力を活かしたドラグーンシステムを稼働させている以上、余りにも一方的だ。クルーゼがその気になった時、邪魔なMSは全て殺戮されるだろう。
だが、この戦いにおいて結果的にクルーゼは勝者になれなかった。
その一つの原因となるMSが今、アーク・エンジェルを発進しようとしている。
「それでも行くのか、クロト。確実に死ぬぞ」
「承知だよオルガ。それでいいんだ。僕は今、自分で行くと決め、自分で戦うと決めた。それが僕の自由だ。今、やっと自由になれたんだ」
アーク・エンジェルのMS発着場でオルガ・サブナックがおぼつかない足取りながら一機のMSを宇宙に出そうとしている。
オルガが車椅子を使っていたのは、実はフェイクだった。健全とは言えないながらある程度は動くことができていたのだ。
そしてMSに乗るのはクロト・ブエル。
一時期は酷い状態だったが、ある程度回復している。加えて今、自分の意志で脳内麻薬を少量打っている。脳の破壊が急速に進行し、間もなく狂死することが分かっていても。
それはMSに乗って戦いに出るためだ。
クロト・ブエルは知った。
長く敵であったアーク・エンジェルは悪ではなく、正義のために戦っていたのだ。今も戦争を止めたいと願っていること、それで連合と戦い、ザフトとも戦っていることも。ならばどうせ短い寿命、自分もMSで出ることを決意した。せめてもの贖罪だ。
「オルガ、ありがとう。このMS、大切に使わせてもらうよ」
「不格好だけどな」
「いいや、シャニの形見みたいで本当に嬉しい」
本当なら彼らは三人の仲間だった。三人は特に親しいというわけではなかったが、同じ境遇の戦友であったことも確かである。そのうちの一人、シャニ・アンドラスは脳内麻薬を最も強く与えられ、そのせいで既に死んでいる。
そして三人の乗っていたMS、カラミティ、レイダー、フォビドゥンはいずれも連合の技術をこらしたプロトタイプ機であり、性能は高かった。戦いで三機とも大破してしまったが、捨てられることなくアーク・エンジェルに収容され、片隅に積まれていた。
誰も手を付けないガラクタ、しかしオルガがなんとか一機だけでも動けるようにしたのだ!
むろん継ぎはぎの応急しかできない。元々クロトの乗っていたレイダーに無理矢理シャニのフォビドゥンのパーツがつなぎ合わされている。
レイダーを修理するためそうしたという意味もある。しかし同じく大破しているとはいえフォビドゥンには優れたパーツが残されていた! フォビドゥンの最大の特徴、ビームを受けても全て偏向し、無効化する特殊兵装パーツである。まさしく取ってつけたような不格好でも、肉体的に限界であるクロトのためにせめて防御だけでも強くしようとオルガが考えたためである。
「頼みがあるんだ、オルガ」
「何だクロト。俺にできることか」
「そう、オルガにしかできないことだよ。この戦いが終わったら本を書いてほしい。僕たちがどう生きたのか、その記録を残して……皆に知ってほしいんだ。また僕たちのような不幸が生まれないために」
「分かった。俺は小説家の端くれだったらしいから、書いてやる。いや、必ず書く」
最後にクロト・ブエルは微笑んだ。
そして自由なる意志で戦場に飛び込む。