「あの坊主は行ったのか?」
「世話になったな、おっさん。あれに乗ってクロトは出て行った。そして……もう戻ってこない」
「そんな覚悟で…… 好い奴からそうなるもんだが…… せめてお前さんは違う道を歩けよ」
アーク・エンジェルのMS発着場でそんな会話がされている。
クロトを見送った後、いつまでも視線を動かさないオルガ・サブナックと年配整備兵との間で交わされたものだ。
MSをオルガが組み上げようとしても、一人でできるはずもないし、またそんな大がかりな作業を整備兵に見つからずに済むわけがない。人の足りないアーク・エンジェルとはいえMS発着場は艦の最重要部である。こそこそ始めても、早い段階でその動きはバレたのだが、しかしクロトとオルガの強い意志が逆に整備兵の側を動かした。その崇高な願いは理解されたのだ。
熟練の年配整備兵の手伝いにより、かろうじてパーツのつなぎ合わせは上手くいった。
本来クロトの乗っていたレイダー、その大破した部分をカラミティのパーツで最低限埋め、更に外側にフォビドゥンの特殊兵装パーツを取り付けている。エネルギー系だけは繋いだやっつけ仕事だ。
この結果、カラミティとフォビドゥンは完全にスクラップとなったが一機の動けるMSは出来上がった。格好は妙だが仕方がない。
「整備兵として言うが、若い奴らを死なせるのは決して楽しくないぜ」
「クロトは自分らしく生きるために行ったのさ。せめて最後ぐらいは。そしてあいつのやることは無駄には終わらない」
MS戦が続き、その間アーク・エンジェルらは足止めを余儀なくされる。せいぜい微速でしか進めない。なぜならMSの補給と収容を考えたら艦だけで行くことはできないからである。
これではラウ・ル・クルーゼの目論見通り、時間稼ぎをされたことになる。
すると悪夢は二度ばかりか三度も繰り返されたのだ!
「ジェネシス、第三射シークエンス終了。最終目標、連合パナマ基地。発射!」
超強力兵器ジェネシスが再び放たれてしまった! しかも今度は地球表面に向かって。
宇宙から見るとジェネシスのガンマ線レーザーがまるで地球に吸い込まれるように見える。近くで見たら恐ろしく巨大なレーザーでも、地球の大きさからすればわずかなものである。
特に白い雲があれば猶更だ。レーザー線が最後に細く消える。
しかし、圧倒的破壊は次に来る。
レーザーが落ちたのは中米にある連合パナマ基地だが、そこを中心にしてオレンジ色の点が生じ、輝きを増していく。点は直ぐに円になり、周囲へと広がっていくのだ。
オペレーターがそれを客観的な言い方に変えて伝えてくる。
「大気分子の超高熱プラズマを観測、着弾点から時速千五百Kmで拡大中!」
輝くオレンジはどこまで周囲を呑み込むのかと思われたが、やがては消えた。
宇宙から見ればたったそれだけのことだ。
いやそれは違う。宇宙からでも見えるということがどれほど凄いことなのか。
実際の地表は地獄絵図だろうことは容易に想像できる。高熱と暴風が荒れ狂い、そこに何も残されるものはない。
「破壊半径……約二千Km。コンピューターシミュレーションの予測値からやや下方」
一撃で地表を全滅させるとはいかず、ジェネシスはそこまでとんでもないエネルギー量ではなかった。しかし今まで存在したどんな兵器より桁違いの破壊を成し遂げている。既存の核兵器など児戯のようなものだ。
パナマ基地は塵のごとく消滅し、連合は唯一のマス・ドライバーを失った。
もちろんそればかりではなく軍需工業の集積も、完成させた核ミサイルもきれいに無くなった。ついでにいえば、新しく造られつつあった生体CPUの秘密実験施設も丸ごと消えた。
もはや連合は継戦能力をほぼ失ったといえる。
これが単純な戦争ならいったん勝負はついたと言えるだろう。互いを異生物とみなすような戦争でなければ。
また大西洋と太平洋が広くつながれ、おまけに南米アマゾンの密林まで多く焼かれたことに関して、やがて気候の変動と食糧生産に影響がでてくるかもしれない。
この恐るべき巨大破壊を知り、誰もが青褪める。命じたレイもルナマリアさえ言葉を失う。
しかしただ一人、ラウ・ル・クルーゼは平然と受け止めたばかりか別の感想を持つ。そして……更なる指示を出しているのだ。
「ふむ、思ったより威力が小さかったな。まあいい。ジェネシスのフロントミラーの在庫はまだまだある。次からは軍事基地ではなく人口稠密地域から順に潰していこうか。レイ、第四射の狙いは北米ニューヨークだ。準備が終わり次第発射して構わない」
「え…… 隊長、人口稠密地域とは、まさか連合軍ではなく一般市民を狙うということでしょうか」
「むろんそうなる。戦争で犠牲が生まれるのは悲しいことだよ。しかし戦略兵器とはそうやって使うためのものなのだ。古今東西、戦略兵器は全てそうではないかな」
「……了解」
クルーゼにはそんな会話ができるだけの余裕がある。
MS戦の真っ最中でも危険はない。
ミラージュコロイドという高度なステルス性を持ち、唯一脅威になりえたはずのブリッツを早くに戦線離脱させている。
デュエルとバスターは戦意を失わず、尚もクルーゼのプロヴィデンスを付け狙ってくるが、ドラグーンシステムはそれらをあっさり退け、逆に損傷を与えていく。
勝ちを確信し、いよいよ殲滅に入ろうとしたクルーゼに一機のMSが見えてきた。
恐れも知らずドラグーンシステムの空間に踏み込もうとしているではないか。
「自殺志願なのだろうか。意気込みだけは大したものだが、それだけでは何も為せないだろうに」
その少し前、クロト・ブエルの乗るレイダーは持ち前の高推力を活かし、一直線に進んでいた。
レイダーは元々強攻用の実験機だ。火力ではカラミティに劣り、防御ではフォビドゥンに劣る。しかしこの速さが武器である。この戦場にプロヴィデンス以外にもクルーゼ隊MSがいるのだが、全て置き去りにして進む。それらがレイダーの後を追おうとしても無理である。
しかし、ここからはプロヴィデンスが誇るドラグーンシステムの間合いなのだ。
たちまち濃密なビーム網に捉えられる。
数十の火線から逃げ場はないはずである。だがしかし……損傷はない! 四方から浴びせられたビームは全て偏向され、レイダー本体に命中することがない。
天敵だったのだ。
空間を支配し、どんなものも多数のビームで破壊できるはずのドラグーンシステムがまるで役に立っていない。
「妙なことだが……なるほどそういうことか。あのMSはビームを捻じ曲げる防御を持っていたのだな。ならば近接戦闘で片付けるまでのことだ。ビームと物理を両方防御できるはずはなく、プロヴィデンスの刃で消してやるのも一興だろう」
クルーゼが元々フォビドゥンのものであった対ビーム用特殊兵装のことを知っているはずはないが、その能力をあっさり看破した。
だが、それでも自分の優位が揺るがないことを確信している。
プロヴィデンスは強大なパワーを持ち、近接戦闘能力でも隔絶しているからだ。
プロヴィデンスは一気に接近し、クロトのレイダーと交錯する。
結果、レイダーは大きく斬り払われ、逆にプロヴィデンスは無傷だ。レイダーで接近戦を戦っても相手にならない。プロヴィデンスの機体性能もさることながらクルーゼの技量は確かである。
もはや損壊の限度を超えたレイダー、何とか立て直し、無駄な斬り合いを繰り返すかに見えたが……クロトはそこまで愚かではなかった。
今のクロトはかつての狂戦士ではない。
冷静なエンジニアだった頃の性格に戻っている。その証拠に戦いながら各種パーツの微調整を行っている。異種のパーツをただ繋いだだけでまともに動作するわけがなく、優秀なエンジニアだったクロトがほんのかすかな記憶を活かし、動かしていた。
「残念。あのMSには到底勝てない。でもやれることはあるんだ。自爆コードを入力、これでよし。僕は自分の自由のままに死に、脳内麻薬で狂って死ぬんじゃない。ああ……爽快だなあ」
ガンダムタイプMSは手元のキーに自爆コードを打ち込むことによって自爆できる仕様になっている。クロト・ブエルは実力を考えれば通常に戦ってもダメだと悟り、自爆を選択した。それが一矢を報いる方法と信じて。
もちろん、事前に脱出など考えてもいない。止めを刺すために接近してくるプロヴィデンスへタイミングを合わせるためである。
バッテリーを完全ショートし、全てのエネルギーを開放して散る。
宇宙に閃光が閃いた。
「後は任せた、ストライク」
こうしてクロトは死んだ。
元々繊細で心優しいクロト・ブエル。だが決して幸せな人生ではなく、脳内麻薬の実験材料にされるというとんでもない目に遭った。
しかし、最後の最後だけは自分らしくできた。それが救いになっただろうか。
クロトの死を知ったオルガが「俺は寿命までやるべきことをやるから、待っていろ。どうせ長いことじゃない。でも……寂しいな、クロト」と呟いた。
そして一雫を落としてくれたことが手向けになっただろうか。
「チィ、自爆したか。それが最善手なのだろうが、このプロヴィデンスに小破すら与えられないとは悲しい現実だな」
レイダーであった爆散の塵からプロヴィデンスが抜け出す。クロトの行った自爆は、何も意味がなかった……ことはない!
今、プロヴィデンスの目の前にはキラ・ヤマトのストライクが立っている。
キラはストライクでクルーゼ隊のゲイツをあらかた無力化した後、プロヴィデンスと戦うために来ていた。ドラグーンシステムの攻略を考えていたが、ここでクロトのレイダーがそれを強行突破するのを見た。
ならばその後を行けばいい。
クルーゼがそう言った通り、クロトの自爆による損傷など無きに等しいプロヴィデンスだが、少なくとも観測装置にリセットを余儀なくされている。
その一瞬の隙にストライクはここまで接近できた。
後はビームサーベルを迷いなく振るだけだ。今のキラ・ヤマトにはそれができる。幾多の助言と戦術で精神的支柱となったサイ・アーガイルがいる限り、キラは戦いに迷いがない。迷う必要もない。サイと共に未来を拓くと分かっている。
「お前はここで倒すッ! 倒さなくちゃいけないッ!」