その後アーク・エンジェルは補給を急いでいる。
物資はまだ枯渇しているわけではないが、この先どうなるか分からないからだ。特に洋上に出てしまうと補給のしようがない。洋上戦力でいえば連合の方が圧倒的に勝るのだが、それに対抗するためザフトは逆に潜水艦隊の方を充実させている。そのため物資の輸送船が確実に航行できるとは限らない。そのため補給はできる時になるべくやっておかなくてはならないのだ。
そして軍事物資はともかく、食糧は大きな街なら手に入れることができる。
偵察のためアーク・エンジェルのキラ君とレジスタンスのカガリ君が街の市場に潜入したはいいのだが……
かなり時間が経ってからキラ君が帰ってきた。
しかし何か様子がおかしい。
くるくる目を泳がせ、おまけに何かぶつぶつ言っているではないか。出迎えた俺はそれを耳にしてしまったが、よく意味が分からない。
「カガリが…… 女の子……」
「ん? 何だそれは」
「あのカガリが女の子だったんだ! 全然分からなかった」
「…………」
正直どうでもいいな!
そんなことは。聞いて損した。
しかしキラ君の様子が変なのには、別に大きな理由があったのだ。
「サイ、僕は敵の隊長と話をしたんだ。その隊長は『戦争はどこで終わりにすればいい? 敵であるものを全て滅ぼしてか』と言ってた。僕はそれに言い返すことができなかった。そこまで考えたこともなく、答えを持ってなかったからだよ。そして隊長は……僕らをそのまま帰してくれた。アーク・エンジェルの兵士と知っていたのに!」
「なるほどな。敵の隊長は大した奴だ」
そういうことだったのか!
つまりキラ君は敵の隊長の器があまりに大きくて、それに圧倒されてしまい、完全敗北したらしい。
しかしキラ君は若いのだから、その答えをゆっくり探しながら成長すればいいと思うんだが。
「迷うのはいい。迷いは成長する土壌だ。ただしキラ君、大事なことをしっかり握っておくことだ。君はこの艦を守りたいと思って戦っているのだから、その正しいことを忘れてはいけない」
「サイ……」
「なに、戦争を終わらせるとかいう難しいことはとりあえず大人に任せておけ。キラ君、俺が何とかしてやる。俺は決してMSに乗れることはないが、ジオンのコンスコン大将である限り、戦術で引けを取ることはない」
「…………」
思わず大見得を切ってしまったが、それもまあいいだろう。
このキラ君の悩みを軽減させて上げるのが優先だ。
そう、今のように純粋に、瞳をキラキラさせているのがこの少年には似合う。
だいたいの補給が済んだ頃、俺はマリュー・ラミアス艦長から知らされる。
「サイ君、検討した結果、あなたの案で行くことにしたわ。アーク・エンジェルは砂漠を行かず、南下して緑地帯に紛れ込む。ただし……」
「ただし? なんだろう」
「これからレジスタンスを説得しないといけないわね。移動の支援で納得してくれるかしら」
確かに難問かもしれない。
レジスタンスは砂漠の街を守ることに固執している。
だからザフトの砂漠の虎と戦うことばかり考えている。
そしてやはり…… 艦長の説得は失敗してしまったのだ。
結果は一目瞭然である。
レジスタンスはせっせと地雷を埋設している。つまり決戦をする準備なのだ。
おそらく地雷原で罠を作り、そこへ敵を誘導して動きを止め、囲んで叩くというつもりらしいな。
決して悪い作戦ではない。
作った側は地雷の位置を知っているわけだから、機動力で格段に優位に立てるだろう。
だがそれでも…… 作戦が成功するためにはどうしても二つの条件がある。一つは地雷を破壊する兵器を敵が持っていないこと、もう一つはレジスタンスのあまりに貧弱な兵器でも撃破できることだ。
地雷原を全て敷設し終わらないうちに、その結果が出た。
砂漠の虎から多弾頭弾が発射され、地雷原を一掃していく。どのみち人の手で敷設されるような軽量地雷では砂を巻き上げられれば無力化される。
「緊急出動! 本艦はこれよりレジスタンスを保護し、撤退の支援をする」
マリュー・ラミアス艦長がそう命じる。
やっぱりいい艦長じゃないか!
非情な人間なら、レジスタンスの犠牲をこれ幸いと目くらましに使い、とっとと逃げ出すところだ。
「スカイグラスパー、発進して」
そんな艦長だからこそ、俺も補助のしがいがある。
「艦長、それではお互いに戦力をつぎ込み、泥沼の総力戦になるぞ。撤退支援なら他に方法がある」
「それは何? サイ君」
「対ミサイル用のフレア弾とチャフ弾があるだろう。それを目の前にぶちまけてやれ。敵も深くは追ってこないはずだ」
この会話を聞き、次にナタル中尉が口を挟んできた。しかし以前と違うところは問答無用で口を閉じさせるわけではなく理由を聞いてくるところだ。ナタル中尉も少し軟化してきているのだろうか。
「フレア弾をそんなことに使うというのか! しかもサイ二等兵、敵が深追いしてこないという理由は」
「あれを見るんだナタル中尉」
「あれとは……」
砂漠の虎には犬型のMSだけではなく、普通タイプのMSが二機いるのだ!
ただしその二機は砂漠に足を取られ、そこに立っているだけで悪戦苦闘している様子である。
最近砂漠に来たのだろうか。
ともあれ戦力的に何の足しにもならず、むしろ足を引っ張るだけになっている。まともな指揮官なら、これを知れば新規巻き返しを選ぶだろう。
「な、何! デュエルとバスターだと!? あれは、ザフトのクルーゼ隊だ! やはり宇宙からアーク・エンジェルを追ってきたのか! 第八艦隊を叩いたことに飽き足らずに……」
俺には意味が分からないのだが馴染みの敵らしく、ナタル中尉が驚いている。
ともあれアーク・エンジェルとレジスタンスは大きく後退し、その場を逃れることができた。
アーク・エンジェルに被害はないが、レジスタンスには若干の被害がある。
地雷の誘爆に巻き込まれたせいだ。
その死者を哀悼する場で声を上げている者たちがいた。
見れば、キラ君と明るい髪のレジスタンスの少年、いや少女だ。何と二人は激しく言い争っている。
「キラ・ヤマト、何が無駄だ! もう一度言ってみろ! みんな必死で戦った! 大事な人や大事なものを守る為に、必死で」
「必死だからどうだっていうんだ。気持ちだけで、一体何が守れるっていうんだ!!」
キラ君が少女に向かい、感情のままに言い返している。
これはまずい。
キラ君は本来そういうことを言う人間じゃない。
戦いを続け、疑問を抱き、心を壊してきているんだ。その言葉は自分に言い聞かせているのだろうか。
俺は思わず介入せざるを得ない。
「それは違うな、キラ君。少し早いがここで答え合わせをしてあげよう。むろん、どこが戦いの終末かという話についてだ。戦いの終末は心にある。確かに力がなければ何も守れない。無謀な戦いなど馬鹿のすることだろう。だが力と心、どちらが大事かと言われれば、もちろん心だ。心を失えば敵を殺すだけになって止まらない。しかし守るために戦うという心を忘れなければ、
「サ、サイ……」
「その時だ。きっと戦争は終わる」
「戦争が、終わる……」
「今はゆっくり考えればいい。心を忘れるな、キラ君」
そして俺は側にいたレジスタンスの隊長に向き直る。
「サイーブ隊長とお見受けする。俺はジオンのコンスコンだ」
「む……」
「この馬鹿者が!! 若者を悩ませ、傷つけてどういうつもりだ!」