会話中、ひときわ大きな声が上がった!
その理由はいったいどういうことか。
「博士、遺伝子を大きく入れ替え、コーディネイターを捨て去る…… それはまさかコーディネイターがナチュラルに戻れるということなのか! それが可能なのか!」
「そこに驚くのかな、サイ君。その通りだ。さっきも言った通り研究を進めて遺伝子の意味を突き止めた後の話になる。おまけに戻れるとしても、コーディネイターとなる前のナチュラルだった頃の遺伝子を保存していたことが前提となる。つまり未来の話であり、既にコーディネイターになっている者には何も意味がないのだが」
「いや、今のことじゃなくていい。コーディネイターがナチュラルに戻れるという事実が大事なんだ! 失礼ながら博士は科学者だからその意味を分かっていない。これは社会的に物凄いことであり、そして戦争を止める決定打になりえる」
科学が戦争を止めるとは…… ここにきてようやく鍵が見つかった! 未来を開く扉の鍵が。
「何だその社会的とは……」
「先ずは意識の話をしよう。博士、元々この件はナチュラルからコーディネイターへの一方向しかできないのが最大の問題なのだ。だからナチュラルは嫉妬し、コーディネイターは見下げる。両者の断絶は決してなくならない。しかし、ナチュラルが誰でもコーディネイターになれるようにすれば? そしてコーディネイターが次の世代でナチュラルに戻れるようにすれば? 一体どうなるだろう。その差は限りなく手軽なものになり、まるで衣服を着替えるような感覚になりはしないか」
「なるほど。そうなれば、同じ人間として差別もなくなる……」
「必然的にナチュラル至上主義はまるで意味をなくす。なぜならコーディネイターを別の生物と見ることはできなくなる。異種ではなく、せいぜい悪くても病人という認識しか許されない。またコーディネイター至上主義の方でも子孫存続のためにナチュラルに戻ったコーディネイターをまさか差別はするまい」
「すると……今の戦争の火種は確かに消えるな」
「それしかないのだ。この戦争は決して武力で終わることはない。戦力が枯渇し、停戦したとしても一時的なもので、何年か経てば必ず再戦だ。博士、是非ともその研究を進めてくれ。意識を変えた時にこそ本当の平和が来る」
二人の会話はそこで終わる。
内容は……間もなく実現可能な科学である。
その事実を聞いた人間は声を無くす。
ナチュラルとコーディネイターが自在に変えられる未来社会、そんな思いもよらない可能性をいきなり突きつけられたのだ。
しかもそれが人類の発展のために最適解になるとは。
理解が追いつかない。
たっぷりと考える時間を与えてから、ラクス・クラインが放送を締めくくった。
「これではっきりしました。結局のところコーディネイターとは怪物として見るべきものではなかったのです。逆に進化の発展形というわけでもありません。最初から大層なことを考える必要はなく、たかが一つの技術でした。同じ人類同士、もう戦争は止めましょう。これからの戦闘はただの人殺しになります。プラントと連合は話し合い、歩み寄り、平和のうちに過去を清算するのです」
「ふっ、やってくれたなサイ・アーガイル。まさか我々の思いもよらない方法で戦争の根を断つとは驚いた。これだから奴には飽きないんだ」
ドミニオン艦橋でナタル・バジルールがそう呟く。
実は全く余裕はなく、危ういところだったのだ。ナタルの操艦を以てしてもドミニオンは多く被弾し、大破という段階を通り過ぎようとしていた。
しかし戦闘は止まった。ザフト側は今の放送に戸惑い、戦意を無くしたからである。
一方、多くの者が光明を見出しても、そうではない者も存在する。
「詭弁だな。今はそれで治まっても、いずれ必ず争いは起き、人類はその限界を思い知らされる時がくる。人類の業というものは決して無くなったりはしない」
「クルーゼ、お前の境遇には確かに同情する。だからといって人類を破滅させるという考えは非難させてもらう。お前は単に生まれながらの……病人だった。たったそれだけというのは心苦しいが、そこに囚われ過ぎたのはお前自身の責任だ。冷酷な言い方と承知で俺はそう言う」
「ムウ・ラ・フラガ、下手な同情はよしてくれ。病人、確かにそうだな。老化というだけではなく、精神の面でもそうかもしれない」
今やラウ・ル・クルーゼは仮面を取り、長いこと隠してきた素顔を晒している。
それは年齢とは全く異なる老いた顔である。最初から過酷な運命を背負わされ、いくら願っても普通の人生など無縁だ。クルーゼの劣等感と恨みの源泉はそれであり、時が経つにつれ人類全体への復讐という思いに囚われていった。
自分がクローンの失敗作だという秘密をムウ・ラ・フラガに語っている時、あの放送を聞いている。
「クルーゼ、だったら今度は見届けたらいい。人類が本当にどうしようもないか、業とやらを越えられないものなのか、せめて寿命まで見ているんだ。俺はもちろん、軽々と乗り越えられると思っているがな。なぜならサイ・アーガイルのような奴がいるのだから」
彼らと同じくキラ・ヤマトはイズモに着艦しているが、放送を聞いて素直に感嘆している。
「やっぱりサイだ。本当に凄いな! 話はよく分からなかったけど、もうコーディネイターもナチュラルも大した差ではなくなるっていうことだろう? もう何て言ったらいいんだ……」
「何だ、男のくせに泣いてるのかキラ。お前、ナチュラルの中にたった一人のコーディネイター、ずっと苦労してきたんだな。でもシャキッとしろよ。戦争が終わっても政治は終わらないし、苦労はこれからなんだ」
「カガリは……少し強くなったね」
そしてキラもカガリもそういう新しい時代を切り拓いたサイ・アーガイルを思う。
今まで恐ろしく高い戦術能力を発揮していたサイだが、本当に戦争を止める算段まで付けていたとは驚くほかない。
そんなサイ・アーガイルやラミアス艦長のいるアーク・エンジェルは無事でいてくれてるだろうか。
「グレイト! やりやがったなあいつ。すっげえ」
ディアッカ・エルスマンも彼なりの軽い言葉で賛辞を贈る。
その横ではイザーク・ジュールが壁に体を凭れかけ、何も言わない。しかし心の中では同じことを思っている。
そして同じ時…… 多くの仲間たちに心配されているサイ・アーガイルは脱出シャトルにいる。
同じくアーク・エンジェルの艦橋にいたが軽傷で済んだマリュー・ラミアスが乗せたのだ。そして二人はアーク・エンジェルがヤキン・ドゥーエにぶつかる前にシャトルで出ている。
しかし、サイは傷が深いのか意識は戻らないままだ。
「サイ君、どうやら上手くいった…… まるで夢のようだわ。サイ君の智謀のおかげね。たった五隻で戦争を止める、本当にそうなったなんて信じられない」
マリュー・ラミアスは返事をすることもないサイに話しかける。
「あなたは英雄よ。戦いで強いだけじゃなく、先の先まで見ていたなんて、どうしてそんなことができるのかしら」
脱出シャトルはクサナギに向かっており、間もなく収容されるだろう。
クサナギはまさしく大破しているが今は安全だ。
先ほどまで執拗に攻撃していたMSは、クサナギの主砲副砲を潰して攻撃能力を奪ったことで満足したのか、もうヤキン・ドゥーエ要塞に帰還している。
そのMSに乗っていたレイ・ザ・バレルは要塞内のジェネシス指令室に踏み込む。
そこで見たのは放心状態のルナマリア・ホークだ。
「あの放送を聞けば……これ以上ジェネシスで虐殺はできないわ。でも今までは何だったの! 全部無駄だったの! ジェネシスは一体何のために」
「確かに余計だったかもしれない。でも俺たちは見たろう。連合が核を持っていたのは事実じゃないか。途中でアーク・エンジェルの連中が片付けてくれなかったら、プラントをやられる可能性があった。だからジェネシス自体は必要だったんだ。でも……もう要らない。地表のナチュラルはコーディネイターにとって母体であり、敵じゃない。それが分かった」
レイとルナマリアはジェネシスの動力を切らせ、その発射態勢を解く。こんな恐ろしい武器は必要ない。
永遠に使われないのが一番良いことなのだ。
一方で地団駄踏んで悔しがる人間がいる。
地表に降下しようという時にあの放送を聞いている。
「はは…… つまらないね。本当につまらない。ナチュラルに戻れるコーディネイターだったら許せって、そんなのできるわけないじゃないか! そもそもコーディネイター自身が不要なんだ! そして自分が優位に立つためにコーディネイターになろうという考え自体が汚らわしい!」
「アズラエル理事…… それでもコーディネイターによる宇宙開発を未来永劫やらないという選択は少々無理があるかと。それにコーディネイターになるのは親が決めたことで、本人ではありますまい」
「僕だって分かってるさダーレス少将、それぐらい。でもブルーコスモスの理念として認められないんだよ。くそッ、まさかこんなことに」
ムルタ・アズラエルは馬鹿ではない。
放送の内容を誰よりも早く理解し、新しい時代が来ることをしっかりと分かっている。
しかし感情と折り合いを付けられないのだ。
自分の矜持はコーディネイターを憎むことで成り立っていたのだから。
そして自分だけの問題ではない。ブルーコスモスという団体は今後大幅に修正を余儀なくされる。もちろん誰かがきちんと舵を取り、混乱を鎮めなければならない。
それは盟主である自分しかいないではないか。
苦労が待ち構えているのは当然だ。地表に着いたら気分を切り替えてそれに取り組むが、せめて今ぐらいは感情を出してもいいだろう。