そのアーク・エンジェルは既に沈み、思い出の中にしか存在しない。
しかし、クルーたちはしっかりとそれぞれの明日を生きている。
単純で陽気なオペレーター、ミリアリア・ハウはこれまた裏表のないトール・ケーニヒと賑やかなカップルのままだ。喧嘩もするが直ぐに仲直りもする。この二人なら結婚まで行くことを誰もが疑わない。
だが、注目を集めるのはやはりサイ・アーガイルだ!
サイは脱出シャトルと共にクサナギに収容されたのだが、そこからたっぷり一週間も意識不明が続いていた。
その後ようやく目覚めている。
しかし、奇妙な後遺症が残っていたのだ。
何とここ数か月間の記憶がきれいさっぱり失われていた!
それにはマリュー・ラミアスを始め誰もが驚いたが、むろん本人が一番混乱している。記憶がないということは、いきなり時間をすっ飛ばしたのと同じことである。本人はアーク・エンジェルで地球に降下した頃までしか分からない。
しかし、あの激闘の日々を覚えていないとは……
それでいい、いやその方がずっといいのかもしれない。
もう連合とプラントは武力を行使することはなく、ならばサイ・アーガイルの戦術能力が必要とされる機会は訪れない。
もちろん惜しむ声は多々ある。
それでも軍人ではなく、エンジニアとして生きるのもいい。そしてサイはとびっきり優秀なエンジニアなのだ。要するに本来に立ち返ったというだけのことである。
話にはオマケがある。今までを大いに反省したのか、人が変わったように献身的に看護を続けていたフレイ・アルスターとサイは再び仲良くなった。フレイは長く誰にも相手にされず、艦では孤独が続き、たっぷりと後悔する時間があったのだろう。それに法的にいえばフレイとサイはまだ婚約者なのだ。
そういった和やかな事例とは別に戸惑いと驚嘆を経験するカップルがいた。それも三組もいる。
ディアッカ・エルスマンとアサギ・コードウェルがカップルとなっている。
ところが…… アサギがプラントにあるディアッカの家に行って驚いた! 良い言い方をすればさばけている、悪い言い方をすればおちゃらけているディアッカなのだ。アサギは勝手に庶民的なイメージを持っていた。
ところが、ディアッカの家は庶民とは程遠い上流階級だった!
少し考えれば分かることだった。ザフトのエリート中のエリートなのだから、ディアッカもそれなりの教育を施せる、格式のある家の出身なのだ。アサギは戸惑いながらも順応するしかない。
しかし、それはまだ序の口である。
ニコル・アマルフィとマユラ・ラバッツの場合は段違いに戸惑いが大きい。
なにせニコルの家はグランドピアノが置物程度にしか見えないほど広く、立派である。調度品もそれなりの値打ち物ばかり、しばらくマユラは紅茶を飲んでも、ティーカップを壊しやしないかと味も分からない程だったという。
だがアサギとマユラの場合はまだいい。ジュリの立場に比べれば。
ジュリ・ウー・ニェンはイザーク・ジュールの家に挨拶に行くと、もちろん母エザリア・ジュールの出迎えを受ける。
上品で穏やかな態度のエザリア・ジュールだが、目は決して笑っていない。
ジュリは内心怯えつつも、怜悧な政治家として高名なエザリア・ジュールなのだからある意味当然だと思った。それから何回会談しても表面上は打ち解けたように見えるが、やはりちっとも距離が縮まる気配がない。
最後にジュリは気付いた。
エザリア・ジュールが特に冷たい人柄なのではなく、ジュリのことを蔑んでいるのでもない。エザリアは息子イザークを取ろうとするジュリだからこそ、どうしてもそういう態度になってしまうのだ。
つまりエザリアはその点、どこにでもいる普通の母親だったのである。
ここで物語は終わる。
最後は見事なまでにハッピーエンドになった。
コーディネイターとナチュラルの戦いは止み、両者の共存によって人類は発展する。
平和がもたらされた経緯を語っていくと、どうしてもサイ・アーガイルの用いた数々の戦術についての記述が多くなってしまう。それらは驚くべき神算鬼謀ばかりであり、伝説級なのだから。
しかし言うまでもないが、そればかりが平和をもたらした要因ではない。
アーク・エンジェルという奇跡の艦、奇跡のクルーたち、奇跡の五隻同盟が活躍したおかげである。
人類はこのことを決して忘れてはならない。
もう分かっただろう。願いと意志がどんなに大事かを。
状況が悪くても、諦めず、歩みを続ければ未来が拓けるのだ!
アーク・エンジェルは現実に存在した手本なのである。
将来、人類に再び争いと悲劇が起こるかもしれない。今回のナチュラルとコーディネイターの区別ではなく、もっと別の形で分断が生じる可能性がある。戦争の火種が永遠にないとは言い切れない。
だがしかし、その時こそアーク・エンジェルのことを思えばいい。
きっとそれに倣い、勇気を持って同じことをする者が出てくるはずだ。心からそう願う。
正直に言えば戦争終結から二年後という中途半端ではなく、もっと長く状況を確認してから、物語を終わらせるべきかもしれない。
いや、できればそうしたかった。
ただしもう限界だ。
この戦記を書き上げた著者、つまり自分はそろそろ寿命が尽きてしまう。
脳内麻薬の過剰で壊された脳は間もなく破綻の時を迎える。加速度的に意識の飛ぶ時間が増え、自分でも死期が間近だと分かっているのだ。
そういえばラウ・ル・クルーゼも先日逝っている。
寿命を無理やり引き延ばす薬の服用を止め、やがて自然死した。彼の苛烈な人生に似合わない穏やかな最期だった。
薬を飲むのを止めたのは、彼の言うところの人生唯一の善行を成功させ、思い残すことが無くなったためらしい。それは親友ギルバート・デュランダルとタリア・グラディスを半ば強引に説得して、別れるに至った行き違いを修復し、二人を結婚させたことである。結果、ギルバート・デュランダルは再建されたメンデル研究所の主任として忙しくも楽しく仕事をしている。
なぜラウ・ル・クルーゼの話を最後に出したのか。
この戦記を書くのに当たり、敵の側からの視点を提供してくれた貴重な助言者だったからだ。彼なくして戦記の完成はなかった。
そして彼はこの戦記の最初の読者でもあるのだが、終始苦笑し、最後は満足そうだった。
「はは、私が後世の人間にどう思われるのか気になるのはおかしなことだな。その後世を消そうとした私だから、矛盾というものになる」とても彼らしいコメントを残したものだ。
さあ、次は自分の番になるだろう。
クロト、お前はMSに乗って逝ったが、間もなく会いに逝くからな。
そして必ず伝えたい。
俺たちの人生は途中良くないものだったかもしれないが、最後にはちゃんと意味があったんだよ。それは、プロヴィデンスが倒されたという事実と、この戦記とで証明された。
二年も待たせてしまって悪かった。
だが褒めてくれ、クロト。
俺は約束を守ったぜ。
______ ん、どういうことだ?
俺は目を開けると、全く予期しない事態に面食らった。
ここは……医務室のベッドではない!
それはおかしいだろう。俺はアーク・エンジェルが直撃弾を食らった余波で重傷を負ったはずだ。あの艦橋でそのまま死んだのでなければ医務室か病院にいてしかるべきだ。
しかし現実、俺はベッドに寝ていることはない。
それどころか自分の足で立っている。
おまけに……この場所は戦闘艦の艦橋らしい。およそ見たこともない艦だが、俺の習い性というべきもので戦闘艦だということくらい直ぐ分かる。
だが、そんなことがどうでもよくなるくらいに衝撃的なものが見えている!
艦橋の正面窓を通し、大きく見えているのは……
ガンダムだ!!
「あれは!? キラ君のストライクか? いいや違う。アスラン君のフリーダムともまた……細かいところで違いが多過ぎる」
何なんだろうか、あのガンダムは。正直ビビる。
俺が一番怖いのはガンダムなんだよ!
そして気付いたが、自分で出した声がサイ・アーガイルのものではなかった!
とすればまさか…… 妙な予感がする。
二度目になるので驚きはない、ということはない! こんなことに慣れてたまるものか。
うわっ、俺が、また違う体で生きている!
意識はジオンのコンスコンである俺のままで、再び別人になってしまった!?
そしてガンダムが見えているということは…… ここは少なくともガンダムのいる世界に間違いない。
ジオンや連邦の世界ではなく、ザフトや連合の世界でもない。
見たことのないガンダムのいる別の世界なのである。
どうして俺が突然こんなところへ来てしまったのか。
答えはおぼろげながら分かる気がする。
おそらく、ここでも果てしなく戦いが続いている。
そんな状況を何とかするために俺が来た。逆に言うとキラ君たちの世界はもう俺が必要ないくらい上手くいったということだろう。
次はこの世界で、この体で俺の取り柄である戦術能力を振るうのか。
よし、それもいい。
ガンダムのいる世界がいったい幾つあるのか知らないが、再び俺は俺のできることをするだけだ。
俺の名はコンスコン!
やってやろうじゃないか。
助けを必要とする世界であるなら、俺は必ず助け、平和へと導こう。
全ての人の幸せのために。
― 完 ―
これで「コズミック・イラのコンスコン!」、完結します。
いかがでしたでしょうか。
不滅の名将コンスコンを中心に、マリュー・ラミアス、ナタル・バジルール……多くのクルーたちの生き様を描いたつもりです
SEED世界の幸せを願いつつ、筆を置きます