当面の危機は去った。
といっても純粋な戦闘ならば分かりやすく、目の前の困難を打開すれば済む話である。
しかしもっと厄介なことがあったんだ。
それは味方、である。
「これはいったい…… どうしたらいいのかしら。ナタル」
「原則としては最終命令を優先させるべきですが…… しかしながらこれほど真逆の命令をどう解釈すべきか、難しいところでしょう」
このアーク・エンジェルに連合軍上層部から命令が届いている。
むろん、最も重要なこの艦の行き先についてだ。
初めに受けた指令では必ずしもアラスカ本部行きにこだわる必要はないということだった。
アーク・エンジェルは一応第八艦隊所属であったが、その部隊が壊滅した以上、そうそう直ぐに再配備は決まらない。そして通常なら所属艦隊が決まってからその場所に移動する。今は仮の停泊地にするならどこでもよい、それが普通だ。
だからこそアーク・エンジェルは当初ビクトリア基地を目指したのだし、今もパナマ基地に向かって大西洋上を進んでいるところなのだ。
しかし、急に違う命令が届いた。
必ずアラスカ基地に来いというものだ。そこには補給や修理といった事情を一切考慮しないとある。つまり言い訳は一切聞かず、パナマ基地にも寄ることなしに何が何でもアラスカ基地に来いという命令だ。これほど強い軍令は滅多にない。
それだけでも混乱せざるを得ない。
だがそのすぐ後に、やはりパナマ基地でもいいという命令が来たではないか!
いったいどういうことだろう。
連合軍本部の言うことが二転三転、短期間でこれほど変わるとは……
「ナタル、これはザフトの謀略で、ニセ命令という可能性はないかしら」
「いえ、これは連合の秘匿回線を使った命令ですので、それはないでしょう」
「そう……」
ここでナタル中尉は一つの考えを口にする。
「難しいところですが…… 艦長、ここはサイ二等兵の意見も聞いてみるべきかと考慮します」
「え、サイ君の意見を? ふふ、あなたも少し柔軟になったわね、ナタル」
「本来は一般兵に聞くべきではない案件だと理解しており、むろん秘匿の確約を得てから行います。そして意見はあくまで参考としての扱いになりますが」
そしてこの俺が現状の説明を受けることになった。
なるほど、不思議なこともあるものだ。
「……というわけなのよ。サイ君」
「そうか。もちろん俺にだって理由が分かるはずはない。だがそれを聞いて、一つ思い出すことがある。今回当てはまるか分からないが一応聞いてほしい。俺はかつて敵艦隊の不思議な動きに直面し、意図が不明だった時があった。そこで忠告を受けたことがあるんだ。『軍略ではなく、政略で考えたら容易に紐解ける』と」
「政略……」
「思い当たる節があるのではないか。軍と言えども不合理なところはあり、派閥争いといった下らないことがあるものだ」
俺は今こそキシリア閣下に感謝しよう!
かつて連邦艦隊が妙にちぐはぐな動きをしていた際、キシリア閣下は優れた政治感覚で連邦内部の派閥争いを見抜いたんだ。
おそらくここでも同じなのだろう。連合軍とやらも一枚岩ではない。
「確かにそうかもしれないわ。アーク・エンジェルに同情的だったハルバートン提督はもういない。そして、今アラスカにいるサザーランド本部参謀は逆にアーク・エンジェルを疎んでいるような…… ましてやユーラシア連邦のガルシア少将は、快く思っていないでしょうね」
そういった軍内派閥のごちゃごちゃにより、命令がころころ変わるのだろうか。
いい迷惑だ。
アーク・エンジェルはひとまずスピードを緩め、パナマ基地に行く前に停泊地を求めた。様子見とエンジン調整を兼ねてカリブ諸島に数日留まるのだ。ここは連合の支配領域なので襲撃の心配は少ない。
すると確かに島で襲撃されることはなかった…… だが、敵がいないという意味ではなかった!
先客がいたのだ。
それもアーク・エンジェルの宿敵であるクルーゼ隊とやらのガンダム二機が!
だが彼らは何もできない。弾薬を使い尽くし、ビームのペレットもない。そして機体は連戦のためにあちこち疲労し、動きもままならない。
「くそッ! こんなところでッ!! ジブラルタル基地の連中が!」
「イザーク、俺も珍しくたしなめる気にならん。またあのクソ連中に会えば俺が必ずぶっとばしてくれる」
ジブラルタル基地はこの二人を都合よく戦力として加え、アーク・エンジェル討伐に同行させたのに、いざ戦いが始まって不利になるとさっさと自分たちだけで撤退してしまったのだ!
むろんこの二人が制止も聞かず、ストライクガンダムを深追いし過ぎたという要因もあったろう。
それでもMSを洋上に取り残せばどうなるかは明らかなことだ。
ジブラルタル基地はそのあり得るべからざることを行い、勝手なことに早々とMIA認定をしてしまっている。
そこで慌てた二人はとにかく陸地を目指して進む他はなく、連合の支配領域であると知りつつもこの島に降り立った。
そこへアーク・エンジェルが後から来てしまったのは何の因果だろう。
二人はさっさと島の奥にでも逃げてしまえばよかったのだが、自分たちのデュエルとバスターを捨てようとしなかった。
そのために制圧されてしまったのだ。
屈辱ではあるが仕方がない。立ち向かう術のないこの状況ではどうにもならない。
しかしその時、事件が起こった!
「お前がッ! デュエルのパイロットか!」
動けないガンダムから砂浜に降り立ったザフトのパイロットに向け、キラ君が猛然と駆け寄る。
キラ君はそのままザフト兵を殴り飛ばしてしまったのだ! その銀髪のパイロットは手を上げて無抵抗だったのにもかかわらず。
「お前が避難民を撃った! お前があの子を!」
その時、キラ君の足元の砂が弾けた!!
銃撃音がする。
これを見ていたナタル中尉が素早く銃を抜き、そしてきっちり足元を撃ち、キラ君を無理やり制止させたのだ。
「キラ・ヤマト少尉。感情的だな」
「で、でも、このパイロットがシャトルを!」
「問題が別だ。軍人なら理解しろ。これ以上やるなら捕虜に対する暴行で問題にさせてもらう」
それでこの場は収まった。
しかしさすがだ、ナタル中尉は。自分をしっかり抑えてるじゃないか。ザフトのパイロットに向けている目は、キラ君に勝るとも劣らない冷ややかなものなのに!
しかしながら、これで収まるものだろうか。
この戦争は憎しみが憎しみを生み、感情的にこじれている。
俺はかつて自分が捕虜にしたサウス・バニングやヘンケン・ベッケナーを思い出すが、彼らは立派な男たちであり、俺は友情に近いものを感じたものだ。
しかしこの世界ではそんな概念はない。敵は敵、それしか思わないのだろうか。
俺はキラ君のことが気になる。
同じようなことを考えたカガリ少女がキラ君のところに走り、後ろから抱きとめた。
えらく積極的だな! しかしキラ君はそれに反応することもなかった。
そしてやはり…… 収まることはなかったのだ!
夜半になり、そっとキラ君は抜け出した。むろんあのザフトのパイロットのところへ行くに決まっている。
そう予期したのは俺ばかりではなく、トール君やミリアリア君も同様だった。それで俺たちは協力してキラ君を見張っていたのだ。
キラ君の後を付けていくと、やはり捕虜のところだった。
しかし、そこには先客がいたのだ!
「死ね! このコーディネイター!」
あのフレイという赤髪の少女が捕虜にナイフを向け、追い詰めているではないか!
それに対するのはキラ君が殴ったパイロットではなく、金色の短髪にしているもう一人の方だった。
むろん、そのパイロットは襲ってきたフレイに対して敵愾心を露わにしている。
「こいつがナチュラルのやり方か! やはり野蛮人だ! お前たちは劣った人種、消し去るべき過去なんだよ!」
慌ててトールやミリアリアがそのフレイを取り押さえている。
「よくもよくもパパを! あんたたちコーディネイターがパパを殺した!」
「パパ!? 何だそりゃ……」
フレイは無理やり押さえつけられても顔を向け、言葉を投げつけていく。
短髪の捕虜はそれに対して当惑を隠せない。