漸く迷路から出た結論がこちらになります。
危うくエタりそうになりましたが、やると決めた以上、最後まで駆け抜けてみせます。
『こうして並べると私物が少ないのですね。』
「…言わないで。…もう少し趣味とか持った方がいいかな。」
トランクの中に荷物を詰め終わって、一息入れていた所だった。
ウミナリへと旅立つ一週間前、荷物の大半が着替えで埋まってしまい、特段持ち込みたい物もなく、私自身驚いてる。
思えば、ここ数年は訓練や勉強漬けの日々だった、ニッポンは独特な文化の国だとお父様から聞いたから、私が夢中になれるものがあるかもしれない。
『しかし、良かったのですか?執務官の立場を手放して。』
準備を終えた時にゲイトがそんなことを聞いてきた。…別に固執はしていない、お父様のお役に立つのに最も近しい物がそれだっただけ。…なんて言うと、またお小言が始まるので言わないでおく。
「友達がたった一人で暮らしてるんだもん、放っておけないよ。…それに、休職だから、事が済んだらまた戻って来れるし。」
『貴女がそういうのなら、それでいいです。』
引っ掛かる言い方をする。別に建前ではない、ハヤテの身の上を聞いて思うところが無かったわけじゃない。たった一人の寂しさはわかって居るつもり、それを癒やせることならそうしたい。半分は本音だ、…半分は建前だけど。
『……お父上の考え、どう思われますか?マスター。』
ふと、相棒がそんなことを呟いた。ゲイトの言いたいことは分かる、私がお父様にいただいた指令の事だろう。
お父様から呼び出されたあの後、私はヤガミハヤテの所へホームステイするように指示を頂いた。
古い友人の忘れ形見が一人で暮らしていると知るが、そう簡単に呼び出す事もできなければ、自分が赴くのは難しい。だから娘をホームステイする形で、少しでも生活の支援をしたい。
と言うのがお父様の立てたシナリオだ。
その裏で、彼女を主人に選んだ闇の書を経過観察するのが私の役目。
…そして、恐らく彼女の未来は…お父様の計画の先に用意されてはいない。
ここで、ゲイトの質問に戻すと、
「私が口出し出来ることじゃないよ。お父様が、お決めになったことだもん。」
『…そうですか。貴女がそれで良いのなら。』
最近コイツは引っかかる言い方を良くする。言いたいことがあるのならはっきり言って欲しい。
『……では、僭越ながら。どうしてお父上にご意見なさらないのですか?カータも気付いているのでしょう?お父上の計画の結論が、
「10を生かす為に1を捨てる、管理局の思想に基づいてる合理的な考えだと思うよ。」
次元世界の平和を守る為なら、時に本局は少数を切り捨てる。首都クラナガンに対してリソースが割かれていないのも…本局の偉い人達からすれば必要な犠牲だ。…故にお父様の思想は管理局の重鎮として、最もな判断と言える。
『…自己矛盾している自覚はあるようなので質問を変えましょう、
心臓を掴まれるかの様な錯覚、ゲイトは私の心に気付いている。
『私の事が信頼に値しないと言うのなら、そのまま口を閉ざしてください。もう私は、何も言いません。』
「その言い方は、ズルいよゲイト。」
『はい、ですから、僭越ながら…と前置きを置かせていただきました。』
そうまで言われたら、キチンと応えなくてはならない。思念通話の専用回線を開く。相棒はそれだけで粗方を悟ったようだった。
『いつからそう思ってたの?』
『違和感を覚えたのは…士官候補生三年目の夏、…確信に至ったのは貴女が、執務官試験を合格した頃です。隠すのなら少しずつ態度を改めるべきですね。…お父上も姉上殿も、気付いて居られるかと。』
という事は、相棒に私の心は筒抜けだったという事になる。
私は、あの日の夜のことを打ち上げた。
お父様達が深夜に密談をしていたこと…その中で
だから私は、せめてお父様達の優秀な駒になることを決めたこと。
『…………。』
『コレで全部、だからお父様達は私の心を知りたがらない。駒に自我は必要無い、だから私はお父様の思うままに動くの。
『では…一つだけ具申します。…お父上、姉上殿と一度話をすべきかと。私は何かの間違いだと主張致します。』
コイツは何を言ってるのか、既に答えは出てるモノをリスクを払って確認する意味がわからない。
お父様はどうして、赤の他人である私にここまで良くしてくれるのか、小さい頃から少し疑問に思っていた。
無償の愛というモノは肉親から貰って初めて成立する、私はそう思っている。お父様にとって、カタリーナとは友人の忘れ形見でしか無い。
じゃあどうして私だけ特別視してくれたのか…それは私がグレアムにとって価値のある子供だったからだ。
お父様は理由無く他者に手を差し伸べる方ではない。
それはヤガミハヤテへの対応で証明されていることだ。
『意味を感じない、それで私が居場所を無くすのは絶対に嫌、そんなリスク、冒したくない。』
ゲイトはあの日の密談を盗み聞いた事を白状しろと言うのだ。
そんなことはしたくない。…仮にバレていたとしても、私からそれを話すのは明確な裏切り行為。その瞬間に私の価値はグレアムにとってゼロとなる。
『…承知しました。マスターのご意向のままに』
一方的に回線を閉じる、この話は終わりだ。
「そうだ、メアリにも一言伝えておかないと、連絡しておいてくれる?」
『承知しました、日程は私で調整しても?』
「ん、任せる。」
半ば強引に話を切り替えた。
もうゲイトからこの件で何かを言われる事は無い、…何かの弾みで小言が飛ぶかもしれないけど数は減る筈だ。宝石が小さく明滅する。…メアリと連絡をとってくれているらしい。
今、メアリはとても忙しい。修士課程の研究課題に追われているのだ。だから、もしかしたら私が向こうに行くまでに会えないかもしれない。少し悠長に構え過ぎたかもしれない。
そんな事を考えてるとメアリから『いますぐ行く!』と連絡が入ってしまい、慌てて準備をすることなった。
連絡が来てから1時間程度でメアリは家の呼び鈴を鳴らした。余りに早い到着に諸々間に合ってなかったのは言うまでもない。着替えは済んでいたけれど、心の準備やら話すことの段取りなど一切決められないまま、メアリを部屋に招いた結果。
「執務官やめちゃうの!?どうして!?」
「メアリ、近い、近いってば。」
「なんで!?どうして!?あんなに一生懸命頑張ってたじゃない!?そんな、部活動辞めますみたいなノリで!?」
管理局から少し離れるという言い方が大変良くなかった、何をどう勘違いさせてしまったか、メアリには
『カータ、今のは貴女の言い方が悪いです。…メアリ、少しばかりお休みを頂くことになりました。』
「待って、ゲイトその言い方「クビってこと!?何をやらかしたの!?」…いや違うの、これも言い方が悪いの。メアリ落ち着いて!」
肩を掴まれて前後に揺さぶられながら相棒に恨み節をぶつける、お前はもう喋るな。頭がシェイクされる程の衝撃で必死に当たり障りない言葉を並べて、漸くメアリは落ち着いてくれた。
「なぁんだ…別の世界に移住するんだね……ってちょっと待ったぁ!え!?え!?やっぱり追放されるの!?氷銀の魔女再来!?」
「違う!違うから!あとその名前は呼び方は辞めて、恥ずかしくて死ぬ。」
いや、全然落ち着かなかった。どう説明すればわかってくれるのか。さりげなく古傷を躊躇い無く抉ってくる友人に悶絶しながら懸命に説明をする。
「もう…親戚の家に引っ越すのならそう言ってよ〜。あ〜…びっくりした…。」
『そうです、カータ、反省してください。』
ゲイトの横槍は無視。これ以上は収拾がつかなくなる。
ハヤテとの関係を一から説明すると拗れそうだから、遠い親戚のもとでお世話になるということにしておいた。余計な文脈は拾うくせに、こういう話は素直に受け入れてくれるところがメアリの不思議なところ。
「どのくらい向こうにいるの?」
「ン〜、わかんない。直ぐに帰ってくるかもしれないし、もしかしたらあっちで永住するかもしれない。」
お父様は明確な期間を設けてはくれなかった。…という事はある程度の長丁場になると思っていい。
「そっか〜…向こうに行っても連絡してくれる?」
『ご安心を、連絡はつきますし、戻ろうと思えばいつでも会いに来れます。』
「そんなに気楽に戻ってこれるんだね〜。次元渡航ってもっと面倒くさいのかと思ってた。」
向こうにいる間は音信不通となるわけではない。管理外世界からすれば、ミッドチルダは未知の異世界だけど…こちらの人間からすれば、渡航が面倒な隣国の様な物だ。だからいつでも連絡は取れるし、必要であればすぐに戻ってこれる。
「でも、今みたく気軽に会えなくなるから、こうして連絡したの。」
「ありがとう。…ついでに一つ聞いてもいい?」
にっこりと笑ったメアリの顔から表情が消える。なんとなくその内容に想像はつく。
「執務官って、カータが成りたかったものだった?」
…またか。今日は厄日か何か…?昨日の今日どころか数時間前の再来に、私とゲイトは凍りついた。メアリからこんな話をされるのは初めてかもしれない。黙ってる私に彼女は続けた。
「私なら、友達のためにそこまでしてあげられないから、もしかしたらって思って。…先に謝っておくね?ゴメン、カタリーナ、今から酷いことを言います。」
お父さんの為にそういう事をするのなら、私は間違ってると思う。
友達からそんな言葉が出ると思わなくて、口は動くどころか乾くばかり、私の言葉を待たずに彼女は続けた。
「お父さんが言ってたんだ〜、自分の為に生きなさいって。誰かの為に何かするのなら、それはメアリが大きくなってからだって。」
いつも通りの調子、能天気とも取れるその表情を私はじっと見つめることしかできない。
「答えづらいならこれだけ教えて、執務官は
何を言ってるのかカケラも理解できなかった。私が成りたかったモノは執務官だ、今はその優先度が落ちただけ。でも、この回答でメアリが納得してくれないのは、なんとなく理解できる。
「ごめんメアリ、よくわかんない。」
「そっか、答えがわかったら教えてね。…お〜。このクッキー美味し〜。」
なんとなくバツが悪くなって視線を逸らす。
視線を戻した頃にはクッキーを美味しそうに頬張るいつものメアリがそこに居た。
執務官は、確かに私がなりたかったモノだ。でも、欲しかったモノかと考えれば、違う気もするし、でも違うとも言い切れない。
自分の気持ちを整理できない気持ち悪さを誤魔化す為にクッキーを齧る。カラカラに乾いた口の中でへばりつくばかりで、味なんか少しも感じられなかった。
メアリと名状し難い微妙な空気*1のまま別れの挨拶をしてから、一週間が経過しミッドチルダから旅立つ日の朝。つまりハヤテの家へ伺う当日。
お父様と一緒に向かう事となった。娘を預けるのに、親が顔を出さないのは不自然だから、そんな理由。
そんな訳で、お父様と一緒にお姉様のお見送りを受ける中
「忘れ物はない?大丈夫?向こうのお金はちゃんと持った?」
アリアお姉様は私をなかなか離してくださらなかった。
「大丈夫です、アリアお姉様、ほら…ニホンエン、入れてますよ。」
お財布の中身を見せるが、それでもお姉様は離してくれない。
そんなに私は頼り無いのか、少しばかりショックだ。
『姉上殿、お気持ちはわかりますが、そろそろ時間ですので…。』
「ゲイトの言う通りだよアリア、それに、余り過保護にするのは感心しないな、嫌われても知らないよ?」
嫌うだなんてとんでもない、寧ろ私の方がいつ切り捨てられるかヒヤヒヤしてるというのに。苦虫を噛み潰して青汁で流し込んだ様なすごい顔をしたアリアお姉様。…そんなお顔初めてみた。
「お姉様、行って参ります。向こうに着いたらまた連絡しますね。」
余りにいたたまれないので、お姉様の手を取って約束をさせてもらった。流石に演技とは思うけれど、そこに乗っからないのは不自然だ。
「!…、えぇ待ってる。」
ライトアップされたと言われても納得するくらいお姉様の表情は明るくなった。その切り替え、私も是非見習いたい。
「カータ、風邪引かんよーにね。」
「はい、ロッテお姉様もどうかお気をつけて。」
お二人に頭を下げ、お父様に手を引かれていく。色々思うところはあるけれど、不思議なことに私はちょっとワクワクしていた。
この使命が果たせれば…もしかしたら私は……そんな期待もあったのかもしれない。
行き先は第97管理外世界 惑星「チキュウ」の「ニホン」にある「ウミナリ」
そこでの出会い、別れが、後の人生に大きく影響するだなんて、この時の私は想像だにしていなかった。
これにてグレアム編はピリオドとなります。
次回より漸く本編開始…ではないです。その前にいくつか幕間を挟む予定です。ペースは上がるはずです。多分、きっと、メイビー、ワナビー。
本作における各キャラの紹介文的なのを活動報告に載せておきます。
気になる方はどうぞ