私の家に住人が増えてから、私の生活は大きく様変わりした。
誰かと何かをする、そんな当たり前の楽しさを私は久しく忘れて居ることを思い知った。一緒に食卓を囲んで、買い物に行って、お風呂に入って、寝るのは…殆ど別々。*1
グレアムさんと石田先生の協力もあって、私は4月には近くの私立校にカータと一緒に編入することとなった。残された時間でこの恩をどう返して行こうか、というのは最近の悩みや。
さて、同居人さんが増えて1ヶ月…まだ寒さが残る二月の半ば、私はふと気付いた事がある。
初日から空き部屋をカータに使わせているのやけど、部屋の様相は殆ど変わらなかった。
それはもう…初めからそんな部屋やった?と私が思うくらいに微々たる変化。机に多少の参考書が置かれた程度の差。
最初は私に遠慮しているんかな、と思っていたけどそうではない。あの子は趣味という趣味が無い。強いて言うのなら、寒空の下震えながら星を眺める、なんて洒落た事をするくらい。
一度部屋に籠っていた事があって、何をしていたかと後で聞けば、ひたすら読み書きの練習をしていたとか、時々部屋から、声が聞こえるから…発音練習もしていたのだとわかる。
そんなカータだから、日本語が驚く速さで上達して行った。それは凄いし、尊敬できるけど…これではただの語学留学になってしまう。
「私の役目はハヤテと一緒に居ることだヨ。だから気にしないデ。」
こんな風に多少の荒削り感はあるものの、あの子の日本語は実に流暢となった。私も時々、カータが外国人のお姉さんと忘れてしまうくらい。
ただ、そんなことを言われて、はいそうですか。なんて納得するほど私は大人しくあらへん。
どうしても趣味を持たせてあげたくて、ショッピングモールへと付き合ってもらうことになった。
…カータの為なんて言いながら、本音を言えばカータの事をもっと知りたいだけやったりする。なんとなく、カータに距離を置かれている様に感じるからや。…ご飯を食べる速度も私に合わせてくれているし、お風呂のタイミングも私が一息着いた所で声をかけてくれる。
気を遣ってくれてるのは嬉しいんやけど、こんな生活で息苦しくはないんやろか、家主の私としては気が気でなかったりする。
「ねえ、ハヤテ、今日は何を買いに行くノ?」
道中で、カータが思い出したかのように聞いてきた。そういえば今日の表向きの目的を話していない。
「カータに服でも買ってあげようと思ってな〜。」
「嬉しい、じゃあ私もハヤテに服を買ってアゲル。」
背後から車椅子を引く銀髪のお姉さんが楽しそうに笑う。そんなカータは周囲のませんを集めていた。
何かのコスプレかと見間違うほどなんやけど、どうも本人そのつもりはないらしい。
流石に、その下は、と思いきや、あったかそうなセーターはもちろん、スカート迄、何もかも真っ白。アクセントが無いなんてそんなレベルやない。このまま写真を撮れば塗り絵の題材になるのでは?と思うほど。
だから、今日の切り口は服を買いにいく…そんな建前を用意した。
ああ、そうや…釘はさしておかんと。
「なぁ、カータ?」
「なに?」
「今日は、白…禁止やで?」
どうしよっかなぁ〜、反対とも了解とも取れる相槌をしながら、カータは楽しそうに笑った。
ハヤテが急にお買い物に行こうと言うので、私たちは今ショッピングモールに来ている。クラナガンと比べると、この街は片田舎だと思う。…だから到着した施設が思ったより大きくて、面食らった所をハヤテに笑われてしまった。
「そんなに田舎だと思ってたん?」
「ちょっとだけ。私の知ってる施設より大きかったかラ。」
そんな風に揶揄われながら、館内マップを眺める。この1ヶ月で読める文字は増えてきたけど、それでもお店を探すとなると苦労する。ひらがなとカタカナの二種類を読み分けて、おまけに漢字にアルファベット…そんなに並べられたら、私には暗号にしか感じない。
この国の人たちはそれを苦もなく読み上げるのだから、本当に凄いと思う。
上から順に店舗の写真を辿り名前を確認してようやく何店舗か服を扱ってるお店を見つけた。随分と時間をかけてしまったけど…ハヤテは未だ何かを探している。
「ハヤテ?2階に、服を売ってるお店、いくつかあるヨ?」
「ああ、うん、そやね。」
見つかっていないのならと、お店をいくつか示してみたけど…何となく反応が悪い。…好みの雰囲気じゃないとか?
「折角やし、服を探しながら色々見ていかへん?」
「うん、ハヤテがそう言うのなラ。」
そう言うことならマップを見る必要はあんまり無い。車椅子のハンドルを取って彼女の言うままに車輪を回す。
言われるがままに車椅子を押してテナントに顔を覗く。主に選ばられるのは雑貨店、私の視線の先のお店が選ばれることもあった。服に似合うアクセサリーでも探しているのかな?…そんな事を考えながら視界に入る小物雑貨をぼんやりと眺める。
『こうして並べると私物が少ないのですね。』
いつぞや、相棒に言われた言葉が頭をよぎる。そういえばハヤテからも同じような事を……そうか、だから突然お買い物に行こう、だなんて言い出したんだ。
思えば、ハヤテとは一緒に暮らしてはいるけど、ハヤテは私の事を深く知らないし、私もハヤテの事を良く知らない。…私はそれで良いと思っていたけれど…ハヤテはそうではないみたい。友人の考えを理解して思わず笑ってしまった。
《そんな回りくどい事、しなくてもいいのに。》
「……?、カータ、今なんて?」
伝わる筈の無い意地悪。ヒト出し抜こうとしたのだから、これくらいは許して欲しい。
「ううん、なんでもナイ。…ァ、見てこの湯呑み、凄く綺麗。」
友人の向こう側に見えた小さな器、黒とも青とも言える独特の色合い、落ち着いていて、それでいて重厚感のある不思議な色合いに思わず手に取ってしまった。向こうにも湯呑みは無いわけではない。でも、もう少し淡白な印象を受ける。こんな風に手に取ってみたくなる様な物はない気がする。
「ほんまやね、今日はちゃんと白は選ばすにいてくれてるん?」
ホントだ。この色はなんて呼べばいいのかわからないけど、少なくともお母さんが褒めてくれるような色ではない。でも、綺麗だとおもったのだから仕方ないか。
「ねェ、ハヤテ。お互いに贈り合いシナイ?」
この国の言葉で言うのなら…「コレもナニカのエン」。私も知らなかったコレをハヤテに贈るのも、良いかもしれない。
「それええなぁ。じゃあ私はこれをカータに贈ったげるな?」
そうやって言って手に取ったのは、真っ白な湯呑み、さっきのものと形は似ているけど、材質が違うのか作り方が異なるのか、凹凸が無くツルツルしている。ただ、気になるのは…。
「……今日は白、禁止なんでショ?」
「ダメって言うたのは、カータが選ぶ時やで〜?」
ぐぬぬ…!
まあ、白は好きだし、これはこれで綺麗だから、良いのだけれど…四つも下の子にやりくるめられて少し悔しい…。
私だって、ハヤテに合わせてあげたと言うのに、少しは手心というモノを加えて欲しい…でも、年下の子にムキになるのも……。
「さっきの意地悪のお返しや。…あれ、なんて言ってたん?」
「…回りくどいなぁ、って呟いたノ。」
そこまで気づかれてたなら、私の完敗だ。準最年少の執務官なのに、8歳の女の子にやりくるめられてしまった。
「ごめんな、一緒に出かける口実が無いと、カータは動いてくれなさそうやったから。」
「そんな事……」
ない、と言い切れない自分がいる。確かにハヤテとお出かけするのはこれが初めてかもしれない。1ヶ月も一緒に暮らしているのに、だ。
出かけるにしても、本を借りに図書館へ、買い物に商店街のスーパーへ、定期検診を受けに病院へ…。
「あったやろ?」
「うん。…寂しかっタ?」
「そういうつもりやないけど、折角一緒に住んでるならもっとカータの事知りたいなって思ってな。」
それはそういうつもりだった、という事ではないのかな。…なんて突くと思わぬカウンターが飛んで来そうなので言葉を飲み込んだ。そうだ、これは言葉にしてちゃんと言わないといけない。
「ハヤテ、ありがとう。私も、もう少しハヤテの事を見るかラ」
「どういたしまして、じゃあそろそろ服でも見に行こか?どんな服着て貰おか〜」
絵面にするなら音符でも飛び交ってそうな後ろ姿に、思わず私まで頬が緩む。今夜の星見はハヤテにも付き合って貰おうか。そんな事を考えながら、私は暫し隣人の着せ替え人形となるのだった。
いきなり無印突入でもよかったかなと思ったけど、せっかくオリ主と同居してんならこういうのも必要だと思いました(断言)