編入生が、来た 前編
布団の中で身動きをし意識を起こす。それを後押しする様に、枕元でセットされた目覚まし時計が音を立てる。
『おはようございます、カータ。』
机の上においた相棒の声、寝ぼけた意識が徐々に鮮明になって、ゆっくりと体を起こした。
「おはよ、ゲイト。」
時計は6:30を示している。もう、ハヤテは起きているのかな。
『先ほど、部屋の外で物音がしました。はやてはもう朝食の支度に入ってるかと』
相変わらず早起きさんだ。それなら私もお手伝いしてやらないと。
未だ少しだけ朝は冷える、上着を羽織ってリビングへと向かった。
「おはよう、ハヤテ。」
「おはよう、カータ。ご飯、もうちょっと待ってな?」
キッチンでは小さな影が朝食の支度をしていた。いつ見ても私より年下とは思えない手際の良さだ。二人分のお味噌汁を用意するのを見て、棚から食器を構えておく。
何度も聞き慣れた家主のお礼に、笑顔で返して配膳を終わらせる。
食卓を囲んでハシを掴む、ココに来たばっかりの時は全然だったけど、大分扱い方もサマになってきたと思う。心なしかハヤテの様子は浮足立っている。もっと言うのなら、緊張しているように見える。
「ハヤテ。箸、止まってる。」
「ふぇ?…あはは、ちょっと考えごとしててなぁ。」
柄にもない、いつもの様にマイペースに卒なくこなせばいいのに。やっぱり久しぶりの同年代の子相手だと、そうはいかなくなるのかな。
「萎縮してたら、相手も萎縮しちゃうよ。だからいつものハヤテで居れば大丈夫。」
(経験者は語る、ですね。)
煩い、今いい事言ったんだから黙ってなさい。
「……そやね、じゃあご飯食べて支度しよか。」
大きく深呼吸をしてそれでリラックスできるハヤテは流石だと思う。頭で理解しても中々そうはならない。しかも彼女はまだ8歳だ、一体どう言う精神構造をしてるんだろう。
「「ご馳走さまでした、」」
二人で合わせて重ねて、洗面所にむかう。鏡に映った私の頭はそれはそれは盛大に乱れていた。頭に、ぴょこんとアンテナの様に毛が逆立っており、大変見苦しい。
「今日もカータの髪は大暴れやなぁ、おいで。」
楽しそうに笑う家主殿は後ろから優しくブラッシングを始めた。…弁解の為に言わせてもらうと、私の意思じゃない。ある日ハヤテが突然「私がしてあげる」などと言い出してから、いつの間にか恒例になってしまったし、私も特別疑問に感じなくなってしまった。
この娘に権力を与えてはいけない。そう感じる一件である。閑話休題。
お互いに身支度を整えあって、着替えていく。私は中等部の、ハヤテは初等部の制服を、初等部の制服はなんだかドレスみたいで可愛らしい。それに比べて、中等部はなんとなく堅苦しさを覚える。ブラウスにベージュのブレザー…なんとなく本局の隊服を思い出すからかもしれない。
採寸は何度も行ったのでサイズは当然ピッタリだ。机に置いた相棒が微かに光った気がした。
「ゲイト、画像に残すならもう少し堂々とやってよ。」
『飾らぬ姿を撮影するよう姉上殿から依頼をされてますので、どうかご容赦ください。』
…お姉様達の意図が時々わからない、監視の一環…とは思うのだけど。
『家族の晴れ姿が見たいのは一般的な感情かと。』
「そっか。」
体裁を維持するのには必要な行為ということかな。私は養子としてお父様に迎えられている。私たちの間ではそうでなくとも、世間様から見れば不自然の無い態度を取らなければならない。
そう考えると納得がいく。
『何かひどい勘違いをされていませんか?』
「ううん、家族だものね。」
ならば私も、そういう姿勢は見せないといけない。月に一度くらいは向こうに帰った方がいいのかも。無駄話はこれでお終い、相棒を首にかけて、ブラウスの中へとしまって、玄関で待つハヤテを迎えに行く。
「ほんまにカータは何着ても似合うなぁ。」
「ハヤテも凄く可愛いよ。いいなぁその制服、私も初等部に入ればよかったかも。」
「そんな立派な物ついてる小学生なんて居らんて。」
「お客様〜お触りは厳禁でございますよ?」
上着越しに胸を突く家主に容赦なく鉄槌を下す。女の子の胸にいきなり触る物じゃありません。
「痛っ、ドコで覚えたん?そんな言葉。」
さぁどこでしょう。敢えて答えてあげずに、私は無言で車椅子を押してやるのだった。
ハヤテの家から学校まではそこそこの距離がある。バス通学で最寄りの駅まで行く…のだけど。妙に視線が刺さる。車椅子が珍しいのか、それとも異国の女が珍しいのか。15分程度の事、別にどうとでもないけど、あまりいい気分でないのは間違いない。
「明日から、歩いて登校しよか。」
迂闊にも顔に出てらしい、失敗した。どうもハヤテと一緒にいるとペースが乱れていけない。努めて自然に笑いながら頭を撫でてあげた。
「だめ、石川先生との約束事は守らないと。私より、ハヤテの身体第一だよ。それに、これでもハヤテの4つ上なんだから、大丈夫。」
「…ありがとう。」
「あ、見えて来たよ。」
そんな暗い会話をしてると、聖祥学園が見えて来た。下見の時から思ったけど、やっぱり大きい。あそこに何百人も生徒がいるのだから当然だけど。
「大きいなぁ、流石私立の学校やねぇ。」
沈んだ家主の顔はすっかり明るくなったことに胸を撫で下ろす。これからはじめましてのヒトに、あんな顔はよろしくない。お父様のためにも、ハヤテには幸せな日常を送って貰わなきゃ、困る。
「さぁ、八神選手…友達100人チャレンジ、達成できるでしょうか…?」
「それ、クラスの人たち全員でも足りへんから、難しそうやなぁ。」
ハヤテならいつの間にか凄まじい人脈を作りそうだから困る。
初等部全員と顔見知りになっても驚かない。
私は…………候補生時代と同じ失敗は、しないように努力する。
「カータ?どうかした?」
「ううん、なんでもない。」
つい先ほど年上ですと啖呵を切った手前、
友人ができるか不安です、なんて4歳年下の女の子に相談してもカッコ悪い。出たとこ勝負。なる様になれ。
その少年は、初等部から…いやもっと言うのなら幼い頃からの腐れ縁とも言える少女の雑談に中等部初日から延々と付き合う羽目となった。
名前を
そして、今まさにペラペラと机の前で喋り倒している赤毛の少女、名前を
彼からして、贔屓目に見るならアイドル、第三者的に見ても愛らしいという表現が似合う程、顔立ちは整っているのだが口を開けば品位を落とし続けるという、残念な少女である。
「がいきん!聞いてるのかね!ここに!件の編入生が座るというのだよ!!」
机を勢い良く叩き、顔を寄せる友人。その手痛くないのか、そして顔が近い。さまざまな思惑て顔をしかめながら、概貴は理恵を押し返す。
「聞いてるよ、あと、そのがいきんってやめて。僕らもう中学生なんだから。せめて概貴にして。」
「謹んでお断りいたします。」
「これクレームだからね?その断り方おかしいからね?」
「照れるな照れるな、アタシとがいきんの仲じゃないかぁ。」
そんな二人の雑談、中等部一年の間で編入生の名前は一躍話題をさらっている。
編入という大イベントに外国人という要素が化学反応を起こし、誰もがその存在に注目している上に、自分たちのクラスに所属する。
これで浮足立つな、と言う方が無理な話である。
「……その編入生さん、どんな子なの?」
「なぁんだ。やっぱり気になってんじゃーん。…名前の通りガチガチの外国人さん。お人形さんみたいに綺麗だったらしいぜぇ?」
一体どこで情報を仕入れてきたのか、そんなふうに概貴は冷めた視線を送るが少女は全く気にしていない。
「しかも、車椅子の女の子と揃って編入。これは裏があると思いやせんかー?兄弟。」
「詮索屋は嫌われるよ、兄弟。」
編入生に同情する、そんな意で彼はため息をついた。彼にとって理恵は良き友人だが…誰しもそう思う訳ではない。彼女のあけすけで、奔放な性格は良い意味でも悪い意味でも目立つ。なんとかこの暴走列車が編入生に接触事故を起こす前にブレーキ役になってあげよう。
そんな風に思ってるなか、教室のざわめきが止まる。
編入生が、来た。
肩まで伸びた銀の髪。
雪のように白い肌。
臆した様子のない青い瞳。
迷う事なく、彼女は自分の席に、概貴の隣に座った。
その場にいる誰もが、近寄り難いと感じる空気…拒絶はされていない、きっと声を掛ければ、その顔はゆるりと微笑む、でも誰だって1人目にはなりたくはない。
だが、そんな地雷原を意気揚々と歩く者が1人だけいた。
「やぁ、そこの綺麗なお嬢さん!アナタのお名前を、ハイ、どうぞ!」
真っ正面からパーソナルスペースを度外視した距離感、満面の笑みで関谷 理恵は高嶺に目掛けて躊躇なく梯子をかけた。
後に概貴はこう語る、「空気が凍るというのは正にあの事」だと。
ブレーキが効かないのだから暴走列車なのだ、もはや触れるどころか轢き殺してすら居る親友の狼藉をどうフォローすべきかと、知恵を絞り始めた頃、それは杞憂に終わる。
「カタリーナ、カタリーナ・ウィリアムス・グレアム…家族には、カータって呼ばれてるよ、アナタは?」
編入生の嬉しそうな微笑みに、理恵以外の全員が安堵のため息を溢し、編入生の寛大さに感謝をした。
「アタシは理恵、関谷 理恵!こっちは相棒のがいきん!お隣さんだから仲良くしてやってくれたまえ!」
「ガイキン?変わった名前だね。」
唐突に、会話の中に連行されて概貴は我に帰った。このままでは、知り合ったばかりの子に不名誉なあだ名が定着してしまう。そんな焦りから、少しだけ早回しに、口を開く。
「…理恵、紹介する時くらい真面目にやってよ、鳥宮 概貴。…がいきんはこのお調子者が勝手に呼んでるだけ。宜しく、カタリーナさん。」
「リエに、ガイキだね、よろしく。」
カタリーナが緩やかに微笑む。浮世離れした雰囲気も彼女の容貌がそうさせているのかもしれない。日本人離れしており、何よりスタイルが良い。…それは幸運であり、不幸なのかもしれない。
「カータはちーっと固いねぇ、もっとリラックスしなよ、そんなんじゃ、お友達はできないぜぇ?兄弟。」
「じゃあお友達第一号になってくれる?兄弟?」
「それは素敵な提案だ。今ならそこのお兄さんもセットでお得だぜ?」
突拍子も無いノリに、打てば返すと言った具合。2人はトントンと話を進めていく。安っぽい海外ドラマなノリで理恵に親指を向けられる。
2人の少女と教室中から出方を伺われる。
「えーっと、お隣さんということで、よろしく。」
つまらない回答だと、引き笑いで誤魔化す中、教師が現れたことで概貴は救われた。
なお、理恵によって保証された社交性を利用して、クラスメイトは休憩時間の殆どを使って質問責めにされ、一号、二号との交流は暫しお預けとなったのはいうまでもない。
初等部側も必要だと思ったら5000オーバーしそうだったので今回はここまで。
とりあえず筆(指)が乗り始めたので近日中には排出されるかと思います。