ナノハが魔法少女になったその日。
私はクロノに
事務的なやりとりの末、はいさようなら、また今度ね。
それで終わりのはずだった。
「わかった、そのロストロギアについては上に報告しておく。」
「お願い、私は訳あって動けないから。クロノにしか頼れない。」
「突然休職した挙句、悠々自適な学生生活を始めたと聞いてるが?」
クロノは、そこで話を終わらせるつもりはないらしい。
「…どこまで知ってるの?」
「地球にいるグレアムさんの友人のところに、居候をしている。今はそこの一人娘と二人で暮らしている。それくらいだ。」
ほぼ全部だ。肝心なところがぼかされているけど、お姉様がうまく隠したんだろう。
「ごめん、何も言わずに出ていったのは謝る。」
「ちゃんと説明してくれるんだろうな。」
彼に話をしなかったのは、余計な心配をかけたくなかったからだ。
とにかくクロノは優秀で忙しい。
プライベートなノイズは、下手をすれば彼の命に関わる。
だから、敢えて黙って去ったのだけど、逆効果だったらしい。
「アレだけ執務官に拘っていた君が、その立場を手放したのはなぜだ。」
「メル友が困っていたから、お父様に駄々を捏ねたの。」
嘘はついてない。
だけど事実はぼかした。
ロストロギアを監視するために、間者として送り込まれた。
そんな事実をペラペラと語るつもりなんてない。
納得いかないのか、クロノの瞳が細く、私を射抜いた。
「…カタリーナ、何があった…?」
「詮索屋は嫌われるよ、ハラオウン執務官。」
「つまり、何かあったんだな?」
「兄弟子のよしみで教えてあげただけだよ。これ以上は何も言わない。」
クロノは何かを察している。だからこそ、答え合わせをした。
それが兄弟子に対する誠意だ。鋭い目つきは次第に緩んでいった。
一旦は、矛を納めてくれたらしい。
「…変わったな、キミは。」
「褒め言葉として受け取っておくね。」
「そういうところは変わらないな…わかった、もう何も聞かない。アリアやロッテ、キミのお父さんにも」
「ありがとう。」
嫌な沈黙が流れる。
クロノもそれを嫌ってか、静かに話題が切り替わった。
「キミにとって、よほど重要なんだな。」
「何が?」
「その友達さ。アレほど友達付き合いの少ないキミが、そこまで入れ込むなんて」
「それってどういう意味?」
「士官生のキミは有名人だったからね。…勿論悪い意味で。」
士官学校の話は嫌いだ。意味不明な恥ずかしい二つ名を与えられて、一人歩きした噂のせいで私はまともな交友関係を築けなかった。
そういうつもりなら、私にだってジョーカーを切らせてもらうよ。
「あー魔法を使うのが怖いよぉ…見知らぬ土地に突然転移しちゃうかも…あー怖い。いつまた暴発するかわからないよぉ…」
「なっ…それを出すのは、反則だろう!」
「人の黒歴史を掘り起こしたのはそっちでしょ。」
「わかった、わかったから、この話はやめよう。それより…」
ハヤテについて、クロノは痛く気にかけている様だ。
私の個人情報を掘り下げて、何がそんなに楽しいのか。
「とってもいい子だよ。それに、あの子の寂しさは、わかるような気がするから。」
「…すまない、嫌なことを思い出させたな。」
部屋の角の鏡に視線を移す。…確かに、ひどい顔だ。
こんなことで動揺するなんて、私はまだまだ未熟者である。
「いいよ、色々黙ってくれるみたいだし、おあいこ。」
「そうか。…カータ、改めて言っておく。」
勿体ぶった前置き、またお小言でも飛ぶのかと身構えた。
「僕は、君のことを家族だと思っている。だから、何かあるのなら相談してほしい、力になる。」
「だから今回のことは相談したんでしょ。」
「それは…そうだが…。」
「…黙って居なくなったのは本当に反省してる。次は、ちゃんと相談するから。
…ハヤテが呼んでるから切るね、また連絡する。」
居心地が悪くて、強引に通信を切った。
一瞬、迷ってしまった、私の在り方を彼に相談するべきか…
その気持ちこそお父様達への裏切り行為だと気づいて飲み込んだ。
ごめんクロノ、私は貴方のことを家族と思う資格は、ありません。
「ハヤテが呼んでるから切るね、また連絡する。」
待てカータ。その言葉は彼女に届くことなく虚しく部屋の中に響く。
カタリーナは変わった。
耳触りのいい言葉を選ぶなら、成長したと言える。
だけど、僕にはカータが必死にそうあろうと取り繕ってる様に見える。
それは成長じゃなく、強がりだ。
何かが、カータを縛り付けている。
その原因がわからない。
僕が違和感を覚えたのは、彼女が士官学校に入って少し経った頃だ。
『氷銀の魔女』なんてセンスのかけらもない渾名が僕の耳に入った。
なんでも、魔法で同級生の精神を破壊したとか。
そんな荒唐無稽な魔法は確かに
だけどカータは、カタリーナは無闇に人を傷つける様な子じゃないのはよく知っている。よほどの理由があるはずだ。
そう思って調べた。
事実だけなぞれば、実に単純。
カタリーナがいじめの被害に遭い、反撃と呼ぶには余りに過激な行動を取った。
先ず、彼女がいじめの被害にあっていたこともそうだが、
ついでに彼女が士官生の中で友人のいない孤立していることに驚いた。
彼女は明るい、直ぐに仲間ができるものだと勝手に思っていた。
それが最初の違和感。
そして、彼女の執務官に対する、異様な熱量。
僕の背中を追いかけてると思っていたが、そうではない。
『クロノに負けたくないからね。』
そう言う彼女の目に、もう僕は映って居ないと感じた。
何かの建前に、僕を利用している。そう感じた。
彼女は何を隠している?
自意識過剰かもしれないが、僕はカータにとって特別な存在だと思っている。
僕だってそうだ。
口は悪くて不器用で、でも魔法の才能豊かで努力を怠らない。
そんなカタリーナは大事な妹のような存在だ。
だからこそ、隠し事を…それも自分の将来を左右するような悩みを打ち明けられないコトが歯痒くて仕方ない。
余計なお世話だということは承知している。
だけど僕は情報を集めずにはいられず、彼女の父、ギル・グレアムを訪ねた。
…が、結果は芳しくなかった。
『人間、誰しもはそういう物を抱えている、私もそうだ。あの子が隠すのなら、然るべき時に話してくれるだろう。』
『お言葉ですが、それでは問題解決にはなりません。僕から話すより、貴方から話していただければ、カータもきっと…。』
『考えておこう。』
『そうですか…わかりました。』
確信した、あの親子はそれほど対話をしているわけではない。
少なくとも互いに本心を隠して、生活をしている。
結局、カタリーナは僕に何も告げないまま、姿を消した。
数年振りに連絡が来たと思えば、
数年振りに言葉を交わした彼女は…別人だった。
僕への態度や軽口はそのまま…でも何かが違う。まるで誰かが僕の知るカタリーナを演じているかのような違和感。
「あの子の寂しさは、わかるような気がするから。」
君はそんな風に笑う子じゃなかったはずだ。
それとも僕が知らなかっただけなのか?
君の抱えているモノは、一体なんだ。そんな風に変わってしまうほど重たい何かを背負っているのか。
肉親のいる僕には、理解できないモノなのか…?
…もう僕が心配をかける必要もないかもしれない。
状況だけ見れば、あの子は上手くやっている。
現地の魔導師の女の子も気になるが、それは向こうにつけばわかることだろう。
問題なのは、今すぐ動ける人員がない。
僕も母さんもすぐには動けない。事が事だ、半端な執務官を向かわせるわけにもいかない。それに…出来ることなら、僕が彼女を助けてあげたい。…公私混同とは、執務官失格かな。
「まずは、提督に報告しないと。」
答えの出ない問答はやめだ。沈黙する通信機の電源を落とし、席を立つ。
先ずは目の前の問題に注力しろ、クロノ・ハラオウン。
いつも通り、一つずつ片付けよう、いつか…答えは見えるはずだ。
クロノはゲイトの次に、ある意味ではゲイト以上にカータを理解者です。
カータにとって最重要ピースの一枚。