「へぇ、シールエクステって、初めて見た……」
秋先のとある放課後。
都内のデパートのコスメコーナーで、ディスプレイを眺めていた円香が目を瞬かせる。
周囲を見渡せば、同世代の女子高生の姿が多く、色々なブランドの商品を見ては、テスターを手に歓声を上げていた。
「ん? 円香ちゃん、エクステとかに興味あるの?」
一緒に来ていた制服姿の甘奈が円香の隣に立ち、首を傾げる。
円香は淡々と答えた。
「別に。物珍しかっただけ。ラジオで有名な女優さんがいいって、言ってたから」
「あー、まあ、目立つ様になったのは最近ではあるよね、シール。金属チップとか、編み込みとかも、自分でできてラクかな~」
「……エクステって美容室で付けてもらうものだと思ってた」
甘奈は薄いピンクの唇に指先を当てて、少し考える。
仕事が前倒しで終わったらしく、メイクを完全に落としていないため、大人びて見えるが仕草は普段のままだな、と円香は思う。
とはいえ、仕事終わりの勢いをそのままに、たまたま事務所にいた自分を誘って街へ繰り出すのも、どうなのかと首を捻りたくなるが。
「ん~、甘奈はそういうのに時間と手間をかけるのが好きだからいいけど、めんどうな人もいるしね。……好き好きだよ、そこは」
「ふぅん……」
甘奈の意見を聞きながら、円香は仕事で話す機会のあった女性スタイリストとの会話を思い出す。
端的に言えば、エクステとは『つけ毛』で、ウィッグとは『かつら』のことを指すらしい。
多少乱暴な解釈であるが、全体を変えるのが、ウィッグ。
部位にアレンジを加えるのが、エクステだ。
円香はディスプレイのシールエクステを見ながら、呟く。
「……最近、アイドルだけじゃなくて、女優さんやミュージシャンが気分を変えたい時に使うって聞いた」
「そうだね~。髪とかばっさり切ると、ファンがびっくりするし、でもいじりたいし……って時かも。使うのは」
「シルエット、コロコロ変えられないの、不自由」
「あ、あはは……そこは、まあ、職業病みたいな?」
甘奈は苦笑し、円香が話題を変える。
「で、甜花は? 一緒に来たのにいないけど?」
「あー……甜花ちゃんは、あっち」
甘奈に指差され、視線を移した先には、コスメカウンターに入れず、離れた場所で足腰をプルプルさせている甜花の姿があった。
「なにやってるの、甜花。……生まれたての小鹿?」
「興味があったから来てはみたものの、アドバイザーさんが怖いんだって。制服だし、仕事上がりだからメイク落ちてないし……とかが気になってるって」
「……それって、気にしなきゃいけないところ?」
「じゃないんだけどね……。まあ、気持ちも分かるけど……」
「……あっそ」
円香はため息を一つ吐き、甜花の元へ行く。
そして奥襟を掴み、ずるずる引きずって、甘奈のところへ戻って来た。
「あはは……円香ちゃん、強引だね……」
「そういう幼馴染がいるから、慣れ。……ほら、甜花。前見て」
円香の促しに甜花は顔を上げて、ディスプレイを見る。
「あうぅ……。円香ちゃん、胃が痛いよぅ……。緊張する……」
そうは言うものの、やはり興味はあるらしく、甜花は視線を周囲へ巡らせる。
ちょっとほっとする甘奈を傍に、甜花はとあるエクステに気を引かれ、指差した。
「……あれ、似合い……そう」
どれ? と円香も視線を向けると、なるほど甘奈に似合いそうな色のシールエクステが、ディスプレイに展示されていた。
ロングヘア―向けのもので、ボリュームアップを目的としている商品のようだ。
円香から見れば、甜花と甘奈の髪は綺麗だが、もう少しサイドにボリュームがあるのも悪くない気がするので、手としてはアリではないだろうか。
「そうね、甘奈に似合いそう」
円香が何気なく答えると、甜花は目をぱちくりとさせた。
「え、ちがう……よ? 似合いそうなのは、円香……ちゃん」
「私?」
円香は少し驚いて眉根をひそめたが、甘奈は、「なるほど」と頷いた。
「あ~、確かに似合いそう。ほら、甘奈達と円香ちゃんって、髪の色似てるし、色合いに気を付ければ、ロングもいける気がする」
「……そう?」
円香は試着品を手に、自分の髪に合わせてみる。
鏡を見る限り、色は確かに合っているが、ロングの自分というのは、ちょっとしっくりこない。
「甘奈は似合うと思うよ? 甜花ちゃんは?」
「うん……甜花も、にあ、うと思うよ……?」
円香は言われて悪い気はしないものの、やはり馴染みがよくないので、試着品を元の場所へ戻す。
甘奈と甜花も、無理強いするつもりはないようで、それ以上、突っ込まない。
そう言えば、と思うことがあったので、円香はとある問いを口にする。
「そう言えば、甜花。今度、声楽……オペラの仕事が来てるって聞いたけど、本当?」
甜花が頷く。
「うん……。三日間、体験レポートみたいな、感じ……。……かなり、緊張して……る」
「甜花ちゃん、一人の仕事だしね……。一度仕事に入ったら、二時間くらいずっと声のトレーニング……だっけ?」
「う……ん……。のど、開いておかないと……怒られる……。でも……もっと気を付けなきゃいけ、ないのは……それ以外の時間……」
円香が、「それ以外?」と首を傾げると、甘奈が説明する。
「のどのケアだよ。ああいう分野のプロは、のどを守るのも大切だから、決められた時間以上に大きな声を出しちゃいけないの。だからやることが終わったら待機するのも、仕事なんだって」
「へぇ……初耳」
「その三日間は、仕事が終わったらすぐ事務所へ戻って、決まった時間分は待機。……で、その後、帰宅って流れだね~。事務所にいる間は、プロデューサーさんが張り付くんだっけ?」
「う、うん……」
「ふぅん……」
となると、自分がよくやるダンスの自主練も、分野によってはアウトな行動ということか。
目標へ向かって一直線になるばかりが、上達への道ではないのかも、と円香は少し思う。
そういう視点の違いというか、考え方の違いを知るのは面白い。
「で、でも、甜花が気になる……のは……」
「?」
再び首を傾げた円香に、甜花が肩を落として言う。
「仕事の最初の日、欲しいゲームの……発売日……。事務所を出る頃、店、閉まってる……。どうしよう……?」
「……通販じゃ、ダメなの?」
「甜花ちゃん、決まった店舗の特典の缶バッジが欲しいんだって。限定販売だから、並ばないと厳しいとか」
円香はため息を吐く。
「仕事でしょ。事務所にいなきゃ」
「そうなんだけど……。そうなんだけど……! 年単位で待ったのに……!」
今にも泣き出しそうな甜花に、「いや、なにもそこまで……?」と円香は心の中で突っ込む。
「甘奈が代わりに並べばいいんじゃない?」
「甘奈も、そう思ったんだけど……その……」
一度は言い淀んだ甘奈だったが、頬を掻いて苦笑しながら句を繋ぐ。
「その日、ずっと欲しかった香水の発売日なんだよね……。そっちに並ばないと……」
「この双子は……」
方向性が違うだけで、欲求には素直なんだな、と円香は頭痛を覚える。
だが、思うところもあり、「あー……」と中途半場に口を開いてしまった。
不思議に思った二人が首を傾げたが、
「別に、何も。どうでもいいし。……当日、頑張って」
と、円香はいつもの淡々とした口調で答えていた。
こんにちは、キョクアジサシです。
「283プロの眠り姫事件 幕開け」をお読みいただき、ありがとうございます。
pixivでも同時掲載しており、そちらでのユーザー名は、「サイド」ですが、ハーメルン様ではその名前は既に使われているため、「キョクアジサシ」名で投稿させていただいています。
全三部作で、
「幕開け ~デパートコスメ~」
「幕間 ~ベイビートーク~」
「終幕 ~眠り姫の伝説~」
の構成となります。
もしよろしければ、最後までお楽しみいただければ、幸いです。