「やりづらい……」
そして迎えた、オペラ仕事の初日。
別件での打ち合わせを終え、事務所へ戻ったプロデューサーは、正直な気持ちを感想を口にした。
パソコンデスク前の椅子に座り、背もたれに身体を預けて、ギシギシ言わせては見るものの、回復のため、ソファーで横になっている甜花からの反応はない。
「新作ゲームの発売日とバッティングしちゃったってのは、悪かったよな……」
仕事だから仕方がないとはいえ、譲れないものはある。
通販を待たず、店舗に並び、特典と共に商品を購入。
そしてパッケージのビニール包装を破り、ゲーム機へディスクを挿入する際の、ワクワク感はプロデューサーにも大いに理解出来る。
年単位で発売を待ち、夢にまで見た日が訪れたというのに、仕事だからガマンしろというのは、やはり酷だ。
「というか、俺でも拗ねるぞ、そんなの……」
実際、甜花はこちらに背を向け、ゲームキャラクターのプリントされた大きめのブランケットを全身にまとい、横になったまま、こちらを見ようともしない。
ソファーの横には乱暴に甜花のショルダーバッグが放り投げられていて、その怒りを如実に表現していた。
プロデューサーから見えるのは、その後頭部だけだが、ありありと不機嫌オーラが伝わってきて、申し訳ない気持ちになってしまう。
「俺が事務所へ来た時から、ふて寝してたし、これは根が深いな……」
プロデューサーは苦い顔で、頭をかく。
恐る恐る、口を開く。
「て、甜花ー? 今度、埋め合わせはするから、そんなに怒るなよー……?」
甜花からの反応は、「むー……」という拗ねた微かな吐息だけだ。
これは、相当だ……とプロデューサーはため息を漏らす。
「甜花、何か話さないか……? 別に、大きな声を出さなければ、のどの負担じゃないから、怒られないし……」
その後頭部はやはり、ぴくりとも動かない。
極端な話、のどを痛めない範囲であれば、何をしていてもいいのだから、スマホでネット巡回でもしていいと思う。
だが、もし、「あのゲーム、神作!」とか、「微妙」とか、「まあまあ」とか、そういう情報を拾ってしまったら?
待ち望んだ人間として、それ以上の悪夢はないだろう。
自分で手に入れ、自分でプレイして、判断を下したいというのは、ゲーマーの性だ。
すると必然、やることがなくなる。
となると……。
「甜花……? もしかして、寝てる?」
よく見ると、ブランケットを羽織った肩が、わずかに上下している。
……まあ、いいかとプロデューサーは思う。
もしいつもの調子で、「にへへ……寝てるだけで、お金がもらえる……! やった……!」と目を輝かせていたら、「いやいや、資料の一つも読みなさい」と言うところだが、事情が事情だ。
多少、大目に見ても構わないだろう。
触らぬ神に祟りなし、君子危うきに近付かず、だ。
「じゃあ、眠り姫にはゆっくり休んでもらって、俺は報告書をまとめるか……」
プロデューサーはそう言って、パソコンと向かい合う。
それから三時間ほど、作業に集中した後、プロデューサーは背伸びをした。
「……もう、九時半か。甜花……は、まだ寝てるし……」
ソファーへ視線を向けると、夕方と変わらず、甜花はすやすやと眠っているようだ。
いや、しかし、よく寝る子だなとプロデューサーは苦笑する。
とはいえ。
「甜花、すまん。俺、こんな時間だけど、深夜帯のラジオの生放送の立ち合いがあって、事務所を出るから。もう決められた時間は過ぎてるし、鍵を閉めて帰っていいからなー?」
のろのろと、甜花が手を振る。
最後にプロデューサーは、「うん、おつかれ。あと二日、頑張ろう」と言って手を振り返し、事務所から出て行った。