283プロの眠り姫事件   作:キョクアジサシ

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終幕  ~眠り姫の伝説~

「あれ、甘奈、香水変えた?」

 

 そして、オペラの仕事の終わった翌日。

 放課後の事務所で、隣を通り過ぎた制服姿の甘奈へプロデューサーが声をかけた。

 甘奈は、ぱあっと嬉しそうに表情を輝かせる。

 

「あ、分かる? この間、新発売されたやつなんだ~。 甘奈もお気に入りで!」

「へぇ、いい香……っ」

 

 唐突に言葉尻をしぼめ、口へ手を当てたプロデューサーに、甘奈が首を傾げる。

 

「どうしたの?」

「あ……、いや、その……。甘奈、大丈夫?」

「大丈夫って、何が?」

 

 プロデューサーは口ごもりながら、答える。

 

「あー、その、別の会社の友達がこの間、後輩の女性社員に、『あ、シャンプー変えた? いいにおいだな』って言ったら、上司へ『セクハラだ!』って裏で報告されたって話を聞いて……」

 

 甘奈が露骨に渋い顔になる。

 

「それは、『ハラスメント・ハラスメント』だよ。そこまで気にしてたら、何もできないじゃん……。自分で整髪料を変えたのに、相手に、『いいにおい』って思われたらセクハラっていうのは、おかしい」

「だ、だよな。俺の友達に褒められたらセクハラなのに、特定の男女に褒められたら嬉しいとかだったらしいから……、おかしいとは思ってたんだが……」

「あー……、言い方は悪いけど、それは無視するしかない事案だよ。交通事故にでもあったと思うしかないかも……」

「そ、そうか……」

 

 甘奈は苦笑する。

 

「大丈夫だよ~。甘奈、言いたい事があったら、直接プロデューサーさんへ言うし! 実際、嬉しかったよ?」

「あ、ありがとう……。そう言ってもらえると、助かる」

 

 プロデューサーも苦笑して頬をかいていると、玄関から、

 

「お疲れ様です」

 

 という声が届く。

 

「あ、円香ちゃん! おつかれ~」

「お疲れ様、円香」

 

 甘奈とプロデューサーの反応に、円香は軽く、「どうも」とだけ会釈する。

 その視線が、事務所のテレビでゲームをする甜花へ向く。

 ヘッドフォンをして、わき目も振らず、あいさつにも気付かずに夢中でプレイしているのは、件のゲームだ。

 

「プロデューサー。仕事中ではありませんが、ここ、事務所ですよ? いいんですか?」

 

 円香の指摘に、プロデューサーは苦笑する。

 

「ま、まあ、通販でガマンしてくれたみたいだし、多少はな?」

「あまり甘やかすと、つけあがりますよ? ミスター・フェミニスト」

「は、はは……。オペラのレポートも頑張ってくれたし、特別手当ってことで……」

 

 円香は肩を竦め、甘奈は笑ったが、プロデューサーが、ふと何かに気付き、眉間に皺を寄せる。

 甘奈が首を傾げる。

 

「どうしたの?」

「いや、甜花のショルダーバッグの缶バッジ、どこかで……」

 

 はっ、とした様子でプロデューサーはパソコンを立ち上げ、ネットで画像検索する。

 そして、渋い顔になった後、甜花のヘッドフォンを、ひょいと取り上げる。

 

「あぅ……? プロデューサーさん、なに……?」

 

 プロデューサーは、ちょっと厳しい顔だ。

 

「甜花、その缶バッジだが」

「ん? にへへ、いい、でしょ? ゲームと同じキャラ」

「ああ、そうだな。可愛くていいと思う。だが、問題は、その缶バッジは店舗の限定特典だってことだ」

「……あっ」

 

 ぴきっ、と甜花の身体がこわばり、コントローラーを取り落とす。

 甜花は頬にイヤな汗が流れるのを自覚しつつ、すっとぼける。

 

「え、ええと、なんの、こと……? たまたま、似てるだけ……」

「いや、今、同じって言っただろうに……。発売日、事務所で寝てたはずの甜花が、これを持ってるっていうのは、おかしいよな?」

「あぅ……それは、その……」

 

 しどろもどろになった甜花に、何となくカラクリを察したプロデューサーだったが、やがて、甘奈へ視線を向ける。

 甘奈は、顔を逸らして、事務所の外を見るだけだ。

 

「あーまーなー?」

「あ、あはは……。それは、気のせい……だよ?」

 

 苦しい言い逃れをしようとする甜花と甘奈へ、今度は円香がため息交じりに口を開いた。

 

「甜花、甘奈。ちょっと、こっちへ来て」

 

 二人は重い足取りで、円香とプロデューサーの前に立つ。

 円香が、人差し指をくるくる回しながら言う。

 

「で、背中を向けて、後頭部を見せて」

 

 円香に言われた通り、二人はその場で踵を返し、背を向けた。

 その後頭部を見て、円香がプロデューサーへ言う。

 

「見分け、つきませんね」

「ああ、当日、この二人は入れ替わっていた……ってことか……」

 

 円香が句を繋ぐ。

 

「つまり、あの日の夜、事務所にいたのは、甜花じゃなくて、甘奈だったと?」

「ああ。流石に顔を見せて喋ったらバレるから、ずっとソファーで寝たふりをしてたってワケだな?」

 

 プロデューサーの推理に甜花は、「あぅ……」と観念したような声を漏らし、甘奈も気まずそうに苦笑した。

 プロデューサーは大きくため息を漏らし、肩を落とした後、唇を尖らせた。

 

「気付かなかった俺にも責任が……ないか。いや、ないな。ないけど、甜花、甘奈」

 

 プロデューサーは少し憤慨した様子で、腕を組み、二人へ視線を向ける。

 二人は身を縮こませたが、プロデューサーは、がりがりと頭をかき、また、ため息を吐いた。

 

「まあ、気持ちは分かるけど、甜花と甘奈が入れ替わるとか、今後は控えるように。何かあったら、信用問題だから」

 

 その言葉に、二人はちょっと嬉しさを表情に滲ませ、「はい」と頭を下げる。

 

「……?」

 

 なぜ嬉しそうなんだろう? とプロデューサーは思う。

 ちょっと引っ掛かったので、真意を問おうとしたプロデューサーへ、円香が言う。

 

「プロデューサー。反省はしているように見えます」

「あ、ああ、そうだな。ずるずる引っ張っても仕方ない。……これで今回の件は水に流すから、気を付けるように。……って、もうこんな時間か」

 

 プロデューサーが腕時計を確認すると、次の現場へ向かわなければならない時間となっていた。

 パソコンデスクの隣の鞄を手に取り、ジャケットを着る。

 

「じゃあ、俺は行くから。円香、あとは頼んだ」

 

 円香は一つ会釈し、プロデューサーはバタバタと出て行く。

 慌ただしい足音が消え、事務所の窓から見えるその背中が雑踏の中へ紛れたころ、三人は視線を合わせて、口元を緩ませる。

 甘奈が、得意げに笑って言った。

 

「えへへ、うまくいったね」

 

 甜花もしたり顔だ。

 

「にへへ、プロデューサーさん、だまされた……」

 

 反して、円香はいつも通りの淡々とした表情だ。

 

「そうね。……双子の入れ替わりトリックなんて、ありふれてるのに。もう一捻りが足りない」

 

 甘奈が頷く。

 

「そうだね~。あの日、事務所にいたのは、甜花ちゃんと入れ替わった甘奈じゃなくて、ロングのシールエクステを付けた円香ちゃんだったのに」

 

 甘奈の言葉を受けた円香は事務所の奥から、大きめのスポーツバッグを引っ張り出し、その中から、コスメで購入したロングのシールエクステを取り出す。

 手早くそれを付け、甜花と甘奈へ背を向ける。

 その後頭部を見た二人は、満足げに頷いた。

 

「甜花達とほとんど、一緒……。これ……は、わから、ない……」

「近くでみると、色のグラデーションと髪のクセで、違いは分かるんだけどね~。でも、ブランケットを羽織っちゃうと、ほとんど見えないし……。円香ちゃん、ナイスアイデア!」

「……私達、三人とも身長が159cmだから、体重に多少の違いはあっても、体格はほぼ同じだしね」

 

 甜花が、プロデューサーとのやり取りを思い出しながら、含み笑いする。

 

「さすがのプロデューサーさん、も、犯人役と入れ替わり役……そして、助手役がグルだとは、思わなかったみたい……」

「あはは、円香ちゃんってば、ナチュラルに場を回すんだから、笑いを堪えるのに、甘奈、必死だったな~!」

 

 円香が少し口元を吊り上げながら、言う。

 

「でも、最後、笑いが滲んでたでしょ」

「それは、円香ちゃんが事前に予想した通り、プロデューサーさんが、『甜花と甘奈の入れ替わり』を禁じたからだよ~。その中に円香ちゃんは含まれてないワケだし~?」

「にへへ、あと一回か、二回、この手段は使える……ね?」

 

 甜花の提案に円香は両手を軽く開いて見せた後、ポケットからスマホを取り出して、ボイスレコーダーを起動させる。

 再生ボタンを押すと先日、プロデューサーに聞かせた、「むー……」という甜花の吐息が漏れる。

 円香がすまし顔で静かに笑う。

 

「……ミスター・マエストロも形無しね」

「にへへ、デパートで録音……楽しかった……。また、したい……」

 

 その時の光景を思い出した甜花も笑う。

 もちろんプロデューサーが、今の結論へ至るよう、甜花に缶バッジ、甘奈に香水の所持を指示したのも、円香だ。

 

「でも、気付くヒントは出してたでしょ。もし、甘奈と甜花が入れ替わってるなら、甘奈があの日発売の香水をつけてるのは、おかしいから。そこに気付けば、『入れ替わっているのは、甘奈じゃない可能性』にも辿り着く」

「う~ん、違和感くらいは持ってたかもだけどね? それでも意地悪だとは思うな~。香りだけで、新発売の香水だ! って気付ける人はいないよ?」

「……ま、そこはミスター・人たらしだから。カマをかけるスリルも、悪くなかった」

「ま、円香ちゃん……。わ、悪い顔……」

 

 あわわ、となる甜花だったが、ふと、何かに思い当たった甘奈が唇に手を当てて、首を傾げる。

 

「ん~、でも、甜花ちゃんはゲームが欲しかった、甘奈は香水が欲しかったワケだよね? 円香ちゃんと入れ替わることで、それぞれの欲しいものは手に入れられたけど、円香ちゃん自身に何かメリットはあったのかな?」

 

 甘奈の指摘に、それこそ円香は人の悪い笑みを浮かべる。

 

「そんなの、簡単でしょ。私達、いつもあの人に振り回されてるから。……たまにはやり返したかっただけ」

 

 そして、もう一度、円香は、にやりと口元で意地の悪い笑みを見せ、甜花と甘奈も悪戯っぽく微笑む。

 ちなみに後日、香水の違和感を紐解き、事の真相に辿り着いたプロデューサーが、円香に詰め寄ったのだが、

 

「さあ、何のこと? なににせよ、あなたは『水に流す』と言ったのでは? ミスター・シャーロックホームズ」

 

 という正論にグゥの音も出せず、真相は闇へ葬られることとなった。

 それを見ていたアイドル達からこの一件は、『283プロの眠り姫事件』と名付けられ、『樋口円香を怒らせてはいけない』という戒めと共に長く語り継がれていくこととなるのだが、それはそれでまた別の物語である。




最後までお読みいただき、ありがとうございます!

キャッチ―で分かりやすい作品を目指しました。
少しでも楽しい時間を過ごせていただけたら、幸いです。
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