『童貞を殺すセーター』について熱弁する倫也
高校2年の初夏。日曜の昼下がり。いつもの喫茶店にサークルメンバーが集まって雑談・・・じゃない打ち合わせをしている。
「霞ヶ丘詩羽。このヒロイン、金髪美少女の方がいいんじゃないかしら?」
「澤村さん、何を言っているのかしら?だって加藤さんをメインヒロインにしてゲームを作るのでしょう」
詩羽がアイスコーヒーを一口飲んで正論をぶつける。
英梨々は不機嫌そうな顔をしたあとメロンソーダを一口飲む。
「それに和風ものの舞台で金髪のヒロインの方がおかしいでしょう」
さらに追い打ちをかける。
英梨々がたじろぎ。目に涙を浮かべる。傷が癒えていないようだ。
「詩羽先輩。英梨々のHPは1だから・・・それぐらいにしておいて」
「倫也ぁ~」
英梨々がわざと隣に座っている倫也に泣きつく。倫也は慌てて、英梨々を支えたあとに優しく離す。あまりくっつくと後が怖い。
ちらりと恵の方を見ると、顔はフラットのままだ。とりあえずほっとする。
「でも、確かに澤村さんの意見を取り入れてみるのもいいかもしれないわね」
「そうでしょ?今から脚本変更しなさいよ霞ヶ丘詩羽」
「そうね、現代の方を金髪にして、過去の方を黒髪にしてみようかしら?対比構造的にはわかりやすいわよね」
「そうでしょ。倫也。脚本変更だって」
英梨々が鞄をごそごそとして、スケッチブックを取り出す。
「実はもう金髪ヒロインバージョンもキャラデザ済なのよ」
英梨々のスケッチブックをテーブルに置く。金髪ツインテールが書いてある。
「おっ、可愛いな」
「さすがね、澤村さん」
倫也がチラッと目線をあげて、恵を確認しようとする。席に座っていない。
「あれ・・・加藤は?」
見回すとドリンクバーのところに行っている。
「相変わらずのステルス性能よね。加藤さん」
「で、どうかしらこの案?」
「いいと思うけど・・・」
「ただ、問題があるのよね・・・」
詩羽が自分のシナリオに目を落とす。
恵がドリンクを持って戻ってくる。
「何飲んでるの?」
「烏龍茶」
「あっ・・・そう」
声のトーンが低い。ぼそりと一言いう。ちょっと怒っているかもしれない。
「問題って何よ?」
「現代の方を金髪にすると、勝つのは過去の黒髪ヒロインの方に決定されるってことよ」
「どうして?」
「だって、メインヒロインが加藤さんでしょ。金髪のサブヒロインが負けるのは決定付けられているのが運命じゃないかしら?」
「ううぅ・・・」
英梨々が涙目になり、「倫也~」と倫也に抱き着く。
倫也は恐る恐る恵を見る。恵は何食わぬ顔のままストローで烏龍茶を飲んでいる。が、目にハイライトが消えている。
「おまえ、この時期はツンデレだろ」
といいながら、英梨々を引き離す。
「何よ、それ」
「あら、澤村さん。もしかして倫理君のこと好きなのかしら?」
「何いってんのよ。霞ヶ丘詩羽。なんであたしがこんな・・・」
英梨々が倫也を見る。倫也は恵を見ている。そんな3人の様子をみて詩羽がため息をつく。
「あのさ、安芸くん。ヒロインを金髪にして英梨々をモチーフにするなら、もうわたしは用済みだし、メインヒロインやめて帰っていいかな?夏休みももう少し高校生らしく過ごしたいのだけど」
「却下だ」
「そんなはっきりと言われても、わたしだって高校2年の夏をわけのわからない立場のままゲーム作りで終わらせたくはないんだけど」
「ちがう。却下するのはシナリオ変更のことだ」
「倫也ッ!?」
英梨々が倫也をにらむ。倫也は目をそらせる。
「というか、和風もので金髪ヒロインは合わないよねぇ!?」
「それ、さっき私が言ったセリフね。倫理君」
コホンッ。倫也が咳払いを一つして話題を変える。
※※※
「まぁ、これを見てもらいたくて集まってもらった」
倫也がスマホ画面を見せる。
「加藤。読んでみろ」
「えっと、どうて・・って、安芸くん?」
「あら、加藤さん。この程度の言葉も読めないで、かまととぶるのね」
「だから、あざといって言われるのよ。恵は」
「ちょっと、こんなくだらないことで団結するのやめてくれないかなぁ・・・」
「しょうがない。英梨々。読んでみろ」
「はぁ?あんたヴァカじゃないの?なんであたしがこんな文章を読まないといけないのよ?」
「澤村さん・・・それ、さっきわたしに言ったことと全然違うんだけど」
「あら、ツンとしてはやっぱり澤村さんのほうが一枚上手のようね」
詩羽が煽る。アイスコーヒーを飲み終わった。ドリンクバーに行くには隣に座っている恵にどいてもらわなければならず、ちょっと声をかけるタイミングが難しい。
「ということは、デレモードになったら澤村さんは読めるってことだよね?」
恵がさりげなく、責任を英梨々に押し付ける。
「そんなに読んでもらいたいのかしら?倫也」
「ああ、頼む。そうしないと話が進まないしなっ」
「そうね。『童貞を殺すセーター』これでいいかしら?」
「流石英梨々だ。猫かぶりヒロインとは違うな」
「えっ?今、安芸くん何かいった?」
「なんでもない」
ふぅ・・・。
「いいか、このセーターを発見した時、俺は感動したよ。このネーミングセンスの高さ、今やこのワードで検索するだけで多数の商品が検索される大人気商品になっている」
「へぇーそうなんだー」
恵がやる気のなさそうに相槌をうつ。
「で、倫理君。このセーターのどこがいいのかしら?」
「うん。詩羽先輩。このセーターのすごいところは・・・セーターの持つ致命的な弱点である、体のラインがみえないという点を克服しているところだ」
「あの・・・安芸くん。セーターは暖かいから着るんじゃないかな?」
「ぼぉぁかか、加藤!?いいか、セーターがただの寒さをしのぐために着るなら、こんなにも多数の種類やデザインはでないだろう?みんなやっすいユニクロ着るよな?でも、さまざまなアパレルメーカーから多種多様なデザイン、カラーで販売されてきた。この冬一番の流行なんていうのもある」
「・・・倫也、詳しいわね」英梨々もちょっとひく。
「ああ、思わず調べてしまったからな」
「今、夏だよね?」
「サマーセーターもあるでしょう!?」
「はいはい。で?」
倫也がメロンソーダを飲む。
「しかーし、今までのセーターは体のラインを隠してしまう。ゆえに冬に女性は油断して体のラインを崩す。心当たりがあるだろう?」
「・・・」
「が、このセーターはどうだ。童貞の夢がつまっている。胸元が大きくカットされて見せつける谷間、にも関わらずタートルネックで首元は隠す。このギャップ」
「あら、倫理君。それだとペタンコの女の子は着ても意味ないわね?」
詩羽は英梨々を見ながら言う。
「それ、どういう意味よ、霞ヶ丘詩羽」
「そのままの意味なんだけど?何か説明がいるのかしら?ペタンコさん」
「くぅ・・・倫也ぁ・・・」
英梨々が抱き着こうとするが、倫也は席を一つ分ずらしてかわす。あんまりベタベタすると後が怖い。
「さらにだ。さらにだよ?この背中!」
倫也がスマホの画像を変えて見せる。
「この大きくカットされたデザインで、肩甲骨から背骨のラインがくっきりとみえる!」
「もう、これセーターの用をなしていないんじゃないかな?」
「加藤ぅ!甘いな。そもそもオシャレをする理由ってなんだ?異性を惹きつけるためだろう?」
「自分で楽しむためじゃないの?」
「これだから、白地のTシャツとか着てきちゃうんだな。加藤は」
恵はシンプルな白い丸首のTシャツを着ていた。下はベージュのキュロットスカートで全体的にさっぱりとした印象を与える。一応グリーンのスカーフを首に巻いているといえ、清楚さを前面に出した感が強い。あざといと言われる理由だ。
「あの?帰っていいかな?」
よくよく見ると、恵のTシャツは体のラインがけっこうはっきりと出ている。豊かな胸が浮かび上がり眺めていると妙な衝動に襲われる。
「まぁ、聞け。加藤」
「謝るのが先じゃないかな?」
「ごめん」
倫也がテーブルにおでこをつけて、深々と頭を下げる。素直さが大事だ。
「加藤さんの衣装が描写されても、私の着ている服は描写されないのね」
「仕方ないわよ、霞ヶ丘詩羽。どうせあたし達はパセリみたいな添え物でしかないのだから」
2人がちょっと拗ねている。
倫也はあえて無視をして進める。
「でな。是非、この衣装をメインヒロインである・・・」
「ああ、うん。断る」
「だよなぁ・・・」
倫也の力が抜けて背もたれによりかかる。
「倫也、このくだらない短編のオチがそれなの?」
「オチなんて考えてねぇよ・・・」
倫也がため息をつく。
「加藤が着てくれたら、瞬コロなんだけどなぁ・・・」
倫也がつぶやく。
「しゅんころって何?」
「瞬コロっていうのはな、瞬殺の殺を訓読みしているんだよ」
「しゅんさつ・・・しゅんころ・・・なるほど。えっ、安芸くんまた死ぬの?」
「違うから!またって何? いいか、加藤。瞬殺は確かに敵を倒すことだ。でも瞬コロは違う。もう少し日常的にな状況でも使える」
「これって、『いちころ』との誤用もありそうな言葉なのかしらね」
詩羽が気になって割り込む。
「どうだろう?」
「で、なんで瞬コロなのかな?」
ここは恵が追撃をかける。
「だって、こういう童貞を殺すセーターは・・・」
「もう、それは連呼しなくていいから」
「このセーターは、ギャップがいいんだよな。ぜんぜん見えないはずのものが見えてしまう。その事から広がる妄想に童貞が殺されるわけだ。わかるか?」
「いや、ぜんぜん」
胸のない英梨々は会話がはやく別なものにならないかと退屈している。倫也にどくように言って、ドリンクバーへ行く。ついでに詩羽も恵にどいてもらって、ドリンクバーへ向かった。フリードリンクの時って奥の座席に座っちゃだめだよね。
「ちょっと、熱いどうでもいい話のところで申し訳ないんだけど。安芸くん。ちょっと奥につめてくれる?」
「ん?」
倫也が奥の座席につめる。恵は立ち上がって、倫也の隣に座る。
「どうしたの?」
「どうもしないよ」
さっきから何かとベタつく英梨々が嫌だっただけだ。口に出しては言えない。
詩羽と英梨々が戻ってくる。2人を見て、特に何もいわずに座った。奥が英梨々で手前が詩羽。
「で、どこまで話したのかしら?」
詩羽が続きを促す。
「だからさ、こういう思わぬところにあるエロさに童貞としては瞬コロされるわけで・・・」
「安芸くん。言っていて恥ずかしくないの?」
「ゲームのためだからね!?」
「なんでもゲームを理由にすればいいわけではないと思うのだけど」
「うん。まぁいいよ・・・」
「要するに、思わぬセクシーな場面に出くわすと瞬コロされるって話?」
「まぁ・・・そうだな」
倫也がうなずく。
「そのために、わざわざこんなに長々と短編を書いて熱弁をふるってみたと?」
「そう・・・だな」
「うーん」
恵が考え込む。
「それって、そんなセーターみたいなアイテムが必要なのかな?」
「どういうこと?」
恵がグラスの水を手に持つ。
「例えば、こういうのでもいいよね?」
バシャッ
と、自分のTシャツの肩のところに軽く水をかけた。
「何やってるの!?加藤」
「冷たっ・・・」
やがて、水がTシャツににじんでいく。ブラの肩紐が浮かび上がる。
・・・淡いピンクだということだけはわかる。
「・・・」
倫也がそれを見て固まる。
恵は顔を下に向けて顔を真っ赤にする。
「・・・ちょっと、洗面所で乾かしてくるね・・・」
恵が立ち上がって、洗面所へ早足で去っていく。あざとい事をさせたら右に出るものはいない。
倫也は横を向いたまま固まっている。
「・・・なるほど。見事な瞬コロね」
詩羽があきれている。
倫也が体を固定したまま、顔だけ英梨々の方へむける。
「なぁ英梨々・・・」
「何?倫也」
「今なら、俺・・・エロゲの傑作が作れるかもしれない」
「ばっかじゃないの!?あんた、どんだけ加藤さんからインスピレーション受けているのよ!」
英梨々がため息をつく。
まだ昼下がり.
(了)
英梨々の方が可愛いな