火星独立戦争
植民地運営と独立運動はいついかなる時も共にある。それは人類が宇宙に進出し始めた時も変わることはなかった。
火星に最初の植民政府が誕生したのは西暦2114年の事だった。アメリカを中心としたそれ以前の火星開拓団と合流した火星移民達は火星上陸の地をアルカディアと名づけ都市の建設を開始した。
20世紀に採択された宇宙条約においては宇宙空間と天体は人類の共有財産とされた。
この条約は2058年の火星開拓団派遣に伴い修正を迫られた。
現行の火星開拓団が火星の開拓を成功させた場合火星に於ける行政府をどこの国家が行うのか、問題となったのである。
この問題は約10年に及ぶ議論の末、火星に於ける施政権は国連宇宙条約参加国いずれかに与えられるものとせず火星の土地は共同管理地としその行政府は宇宙条約加盟国の信託統治組織が担う事となる。
この結果火星に移民団を送り込むことに成功した、先遣5カ国が中心の連合火星行政府と後進10カ国が中心である、火星地方行政連盟の二つの信託機関が設立された。
火星に於ける移民は原則、出身国の国籍のままとなり名前と調整業務のみであるが火星地方行政所が設立されることとなる。
両組織管理地域は共に税権が地球の国家から委任されており、各国の税金は掛からない土地となっている。代わりに火星行政税が課されており、火星の行政に使用される。また火星開拓の初期費用について国家が支出した分は火星地方政府と地球国家側で折半され火星側の分は無利子の借金とされた。
法に関しても信託統治政府が独自の法を施行することとなる。
なお唯一の例外としてアルカディアシティが存在する。同都市は両統治期間の共同統治都市として建設され火星における地球国家の代理機関と出入国管理に基づき、火星内に於ける公開領土でありこの為、同地での犯罪は地球の法で裁かれることとなる。また火星に於ける首都の側面も持ち合わせており政治経済の中心として発展していく事となる。
初期の火星においては開拓魂を持つ一部の物好きのみが移住するといった程度であったが火星に於ける資源開発競争とアステロイドベルトへの進出拠点として火星は大規模な投資を受け大いに発展していく。
小惑星帯で採掘された資源は火星軌道に集約され火星にて精錬されたのち地球へと送り出された。
こうした急速な発展に伴い地球からの移民者は増加の一途を辿る。
大気の改良と人間の遺伝子改造により、火星の地表部が居住可能となり人工許容量が大幅に増加したことも合わさり火星の人口は急激に増大していく。
これによって火星に於ける内需も高まり、生産拠点の火星移転が相次ぐ事となる。これに慌てたのが地球の国家群である。
開発拠点としての火星として投資を行なっていはずが、有りとあらゆる資源が火星に吸い取られていく。この状態を坐視する事はできず、最終的に地球においては火星移民の制限がなされる事となる。また火星への依存低減のため、長距離航海技術の開発も盛んに進められた。
この流れの中で資本移動と人間の移民が減少した火星であったが火星人口は一億人を突破し今後20年以内に火星の人口は10億を突破する見込みであった。経済規模もそれ相応のものであり、また火星、地球間の情報、移動のインフラが貧弱な事により火星地方政府は極めて高い独自性を保持していた。この両点は火星における独立心とも言える心の距離を地球との間に生まれさせた。
地球アステロイド間の無補給航海が数度実地されるようになると火星情勢は大きく変化する。
これまでアステロイドベルトと地球との中間補給と物資の集積拠点として活用されてきた火星であったが、アステロイドベルトと地球が直接繋がれることになると火星の価値は大きく失われる事となる。下火ではあったものの港湾を中心にまだまだ拡張の余地が残る火星において、惑星形内での交易から外される事は枯死を招く。何かしらの対応が求められた二つの信託統治政府は木星圏開拓に希望を見出した。
火星木星間航路を開拓し中継地点としての価値を残すためである。この方針はメインベルトに於ける企業統治政府(2123年設立2163年火星行政府に統合)からの反対があったものの押し進められ木星圏における開拓は順調に進む事となる。
このロスタイムとも言える時間を生かし火星は経済的な自立を推し進めた。あらゆる製品の自給と消費人口の確保は火星の急務であり、その為には二つの行政府が並立している事は極めて非効率的であった。
火星に於ける統一意思誕生を妨げる狙いもあった二つの行政府を一つにまとめ上げる事は火星の悲願となる。時にに2129年第一次火星統合運動が発生する。この運動は火星に於ける行政の意思統一を図る事を目的としており、両行政府の首脳部分を統一することが目的であった。税制や法律、さらには規格まで違う両政府の統合は極めて時間のかかるものだと火星の人々も認識していたのだ。
これに待ったを掛けたのは地球の国家である。自国の地方扱いである火星においてコントロールから外れる行動を取ることが容認できる国家は基本的に存在しない。
折しも火星木星間の無補給航海により火星と地球の距離が感覚的に近づいたことが重なり火星の独自性を薄め自国に組み込む動きが出始めていた時期である。
火星の政治運動に対し地球側は認めない方針で固まっていた。
この動きに対し火星は急速な自治権拡大運動を求め始めていた。
結果として火星による独立戦争一歩手前まで至った内惑星危機は火星側の妥協と地球側の譲歩により回避される事となる。
火星に於ける二つの信託統治政府は解体され出資比率に基づき開拓が済んだ土地は施政権が分割され各国独自の行政府が誕生した。
これ以上の政治干渉は行われず火星の独立は回避されたかに思われた。しかし各地方行政府は運用ノウハウを地球に頼るのではなくかつて火星を差配した信託統治政府の役人を雇うことにより獲得した。
また火星に於ける統合された開拓機関の誕生も地球側の譲歩により成功した。
この二つは火星独立の大きな布石となる。
2153年より始まった世界的不況とその後の地球重視の経済政策は火星の住民にとって大きな不満となった。また火星独立を掲げた運動から20数年当時の記憶を色濃く残しており、火星の分割を屈辱と捉える市民が多く存在したことも独立運動の追い風となった。
2158年火星地方の地方政府達は次々と独立投票を行い独立を宣言、火星地方行政連合として統一を図った。この動きに対して当初国連の動きはバラバラであった。火星の締め付け強化に対して懐疑的であったり、そもそも火星に未だ開拓地を得ていない国家と火星の独立運動により自国内の地方独立機運が高まりかねない国とで温度差が生じた為である。
この流れの中で安保理では武力も含めた鎮圧を提言しても受け入れられる見込みはなかった。しかし火星に於けるイニシアティブを放棄する事は終わりなき争乱に突入しかねないと危惧する国家にとって現状を坐視する事はできなかった。火星住民の徹底した隠匿と地球住民の無関心も相まって完全な不意打ちとなった独立選挙の最中に提案されたのが地方政府保有の借金の担保としての保障占領である。
火星において最も資産価値がありまた火星の中心地とも言えるアルカディアシティに有志国家主体の国連軍を展開、各国政府の出資金が返済され次第、アルカディアシティを火星統一政府に引き渡すと言うものである。火星独立に対して投入したインフラ資金の回収の為に行うわけであるが、一応の返還の目処を立てることで穏健派と火星に対して一定の譲歩を見せた形であり、しかし実際には火星の暴発を煽る為に提案された。
古くは二つの信託統治政府の共同首都であったアルカディアシティは地方政府乱立時代となっても各国政府の共同管理が行われており、各国の治安維持組織が展開されていた。
この治安維持組織を暫定的に国連軍に編入しアルカディアシティを占領する。
この提案に対して安保理は荒れる事となる。
元来出資を行なっていない国にとってこの問題は他人事であり、どちらにもなりうる。翻って火星に同情的な国や自由を重んじる国家にとっても債務の返還が為されないことには不況よって悪化した財政が破綻しかねない。
喧々囂々の議論の末2163年僅差で可決された動議は、火星に対する宣戦布告と火星市民の目に映る事となる。
事実上の火星独立を認めるものでありながらこうした心境に至るのは火星の土地を開拓し育て上げたという自負とこの保証占領が火星全土に拡大すると確信していたことだった。(事実この時火星は同じ処置をメインベルトにおける企業統治政府に対し行っており火星側への併合の準備が進んでいるところだった)
このままでは火星の独立が保てないという確信から火星独立の為の地方行政連合は2164年保証占領を行っている国に対し宣戦を布告した。ここに人類初の惑星間戦争が始まったのだ。
地方行政達による独立する為の努力は地方行政達の誕生まで遡る。
元々が火星独立の夢を見て統一政体を目指した者たちの成れの果てであった役人達は地下で連携を取り合い或いは火星開拓機構を通じて情報を交換し独立の最高のタイミングを図っていた。その点に関して太陽系全体に波及する不況とそこから生まれた地球に対する不満は奇貨となった。なってしまった。
本来時間をかけ準備を万全としてから奇襲的な独立を成し遂げるはずだった。しかし火星市民の地球への悪感情と独立心は彼らの予想を遥かに上回る速度で膨らんだ。
結果として万全な準備といかない段階で行動を起こす羽目になった。特に深刻な問題は地球から艦隊や鎮圧部隊を送り込まれた時に対処する防衛戦略の調達だった。なんとか装備調達の目処や初期訓練は終えていたもののまだまだ編成途上の部隊しか火星の切れるカードはなかった。
しかし準備不足なのは地球側も同じであった。人類において初となる惑星間戦争なのである。ノウハウも装備も不足していた。
それまで精々月軌道まで進出する事があるかないか程度の宇宙軍にとって、惑星間航行を行う事自体全く検討されていなかった。
結果として地球火星間の民間航路に就航していた貨客船の徴用を行い、武装を施された戦列艦とも言える存在が戦線に投入されることとなる。
同様に火星側でも民間船の徴用が行われており、初の地球火星間の艦隊戦である、ダイモス海会戦では両軍による徴用民間船同士の砲撃戦がなされた。TCGイズミール SASドラケンスパーグ RFSスラヴァ の3隻からなる火星鎮圧艦隊は陸戦部隊を満載し火星の月ダイモスの国連軍基地へ増援の輸送を行う為派遣された。
該当基地には治安維持と宙賊取締のため有志国家の治安維持部隊が駐留していたが、会戦発生の一週間前に火星独立軍の部隊により制圧されていた。この事実は増援艦隊の作戦意義の消失を意味したが、有志連合軍司令部は作戦目的を強行偵察に変更、ダイモス及び火星本星の航宙戦力を確認することとなった。
可能ならばダイモスの再制圧と、友軍部隊の救出も副次目標として与えられた訳だが、派遣艦隊の各艦長はこれを無視した。
派遣艦隊はダイモスの重力でスイングバイを行い、早急に離脱を図るつもりであったがその軌道上に立ち塞がったのがダイモスを制圧した火星第一艦隊のMASウルスラグナ、MASネルガルの2隻であった。
数の上では派遣艦隊に分があったものの質の上では第一艦隊に軍配が上がった。
その為、会戦結果が両者痛み分けとなったのは必然だったのだろう。
派遣艦隊の被害はSASドラケンが中破、漂流しTCGイズミールは小破程度であったものの救援に向かった為孤立したRFSスラヴァがMASネルガルからの移乗攻撃を受け、拿捕される。
一方火星艦隊もMASネルガルが移乗攻撃中集中砲火を受け大破、後に自沈処分となった。
有志連合軍にとって火星は容易く制圧可能なはずだった。碌な軍備もなく暴発といえる形で戦争を開始した火星には何もない、はずだった。
その期待は裏切られたのだ。
また戦力の損耗も馬鹿にならなかった。精鋭の陸戦部隊を搭載したスラヴァが拿捕され、敵に装備をプレゼントしこちらは貴重な即応部隊を失ったのだ。少なくとも火星にはこちらと同じ程度の船とこちらの精鋭と同じ装備の陸戦部隊を保有している!
もはや彼等に選択肢はなかった。
有志連合として火星に戦力を派遣していた火星鎮圧派国家は、穏健国家を巻き込むため議会工作に乗り出す。
同時に火星への艦隊派遣も行われた。
陸戦部隊ではなく移乗攻撃対策の専門部隊を編成し遠征用の大型軍艦の設計も開始された。
対する火星軍も移乗攻撃の有用性とその脆弱性を鑑み専用艦艇の開発を進めた。それと同時に戦争を終わらせる兵器の開発も行われた。
一進一退というには決め手に欠ける艦隊戦が行われ戦争が3年目に突入した2166年地道なロビー活動により
地球側の国連参加国が宣戦準備を整える中、一つの流れ星が月の裏側に位置する有志連合艦隊泊地に落ちた。
当初不幸な事故と考えられたソレは火星側の発表により覆された。
遊星爆弾
以後数十年に渡り地球を苦しめる恐怖の兵器はこの日初めて歴史の表舞台に登場した。
火星から一方的に放てる戦略兵器に地球側はなすすべがなかった。
以後火星側は講和条約を有利に進め、しかし地球すべてを敵に回し勝てるわけもない事を理解していたため賠償も権利の追及も行わずあまつさえ金を払ってでも火星における地球国家の権利放棄と自治独立の容認を認めさせる事だけを求め認めさせた。
ここに第一次内惑星戦争は終結したのだ。
多くの火種を残しつつ。