星を撃ち落とす者 作:お値段なんと時価
流行りもの好きの私が、はまらないはずが無かった(白目)
残り400――
レース終盤。順位は先頭。
レース前の作戦通りなら、背後を警戒しつつ残り200のラインからラストスパートを掛ける。
この日の為に沢山練習をして、沢山対策を練って来た。
トレーナーからは勝てるレースだと言われ、私自身も勝てるレースだと思っていた。
そう、思っていたはずなのに――
「――つぅかまぁえたぁ」
「ひぃぃっ」
後方4バ身。声が届くはずもないその距離から、
恐怖の余り、視線だけで振り返る。
そこに、居た。西洋の修道服をアレンジした真っ黒な勝負服を着た、この気配の正体であるウマ娘が。
他のウマ娘と比べ、特段に大きなバ体。波打つ長い黒髪によって両目は隠され、口元は喜悦を含んだ三日月に割れている。
私の脚質は逃げと先行。追われなかったレースなど存在しない。
だが、彼女からの圧力は今まで一度も感じた事がないほど濃密だった。
その圧倒的なプレッシャーは、まるで棘を生やした岩壁が背後から迫って来ているかのように錯覚させられてしまう。
苦しい勝負をした事はある。
悔しい勝負をした事はある。
だが、こんなにも
「はぁっ、はぁっ、はぁ……っ」
息が上がり、首が下がる。
ひたすらに追い回された。
ひたすらに押し込まれた。
スタミナなんて、全て絞り尽くされた。
私が何かを仕掛けようとする度に、丁寧に全てを潰された。
そうして、持ち味を何もかも殺されたまま力尽きたバ体だけを晒している。
「あっはぁっ」
「ひいぃぃぃっ! いやぁ、いやぁっ!」
最早、此処がレース場である事すらも忘れて逃げ惑う。
そんなはずはないのに。
これはただのレースのはずなのに。
練習の末に完成させたフォームも、レース前に考えていた作戦も――何もかもをかなぐり捨てて、背後から迫る
助けて! 誰か助けて!
トレーナー!
お父さん! お母さん!
来る、来る、
残り100――
彼女が私を追い越して行く。
私もまたゴールラインを通り過ぎ、ようやく足を止める事を許される。
終わった。
終わってくれた。
「あ、あぁ、あぁぁ……」
速度を緩めて、その場へと倒れるようにへたり込む。
「かひゅっ、かひゅっ、かひゅっ……ごほっ、ごほっ」
自分が生きている事を確かめるように何度も息を吸い、何度も吐き出す。
喉の水分が枯れ、舌が張り付き、激しく咳き込みながらそれでも呼吸を止められない。
「あのぉ」
「ひっ」
何時までも起き上がれない私の前に、のっそりとした動きで彼女がやって来る。
このレースを征し、一着となった漆黒のウマ娘。
座り込んだ姿勢だと、背が高く肩幅も大きな彼女のバ体は殊更巨大に見えた。
「ひひひっ。良き、レースでした。機会があれば、またよしなに」
「……っ」
縦に振っているのか、横に振っているのか。
老婆のように笑う相手から伸ばされた手を掴む勇気などあるはずもなく、ただガクガクと首が振るえる。
しばらくそうして手を差し伸べてくれた彼女は、私が動けない事を悟ると無言で振り返り出口へと向かって行く。
「あ、あぁ……」
今更流れ始めた涙に、怒りすら感じてしまう。
勝負に負けた苦しさではなく。
ライバルに敗れた悔しさでもなく。
この涙は、
見渡せば、他の娘たちも私と同じように膝を突き、涙や嗚咽を流している。
「二度と一緒に走りたくないウマ娘」。そんな不名誉な称号など、負けた連中のやっかみだと思っていた。
だけど、これからは私たちもまた、その称号を広める側のウマ娘になるのだろう。
なんて情けないのだろう。
なんて惨めなのだろう。
プライドも、情熱も。全てを奪われ食い尽くされた私たちに、再び立ち上がるだけの気力など残されてはいなかった。
◇
勝者となったウマ娘が、一人でレース場と選手たちの控え室を繋ぐ薄暗い通路を歩く。
全体的に黒一色の格好であるのに加え、長身の女の子が顔をうつむかせて歩く姿は、明かりの少なさと相まって中々に不気味な光景だった。
彼女は時折小さく肩を震わせながら、ブツブツと呟きを漏らす。
「ふひひっ。汗ばんだ肌、ほっそりしたお手て、つぶらな瞳、つやつやの髪――はぁっ、はぁっ、ウマ娘尊い、尊過ぎてしんどい、もう無理、しゅきぃ」
彼女の名は、サンクタムデザイヤ。
これは、ウマ娘の事が大好きなウマ娘が、レースでひたすら他のウマ娘たちのお尻を追い掛け回す物語である。
ついでに、匿名で投稿してみるテスト。