う〜ん。最近は気持ち悪い日が続くなぁ…
晴れたと思ったら雨が降って、涼しくなったと思ったら夏みたいな暑さになったり
今日は前日の雨で湿度が高くてむわっとした暑苦しい日だ。
「あーこんな日はさっさと家に帰って大人の飲み物を飲みた〜い!」
「おい、仮にも学生がいる前で言うもんじゃないだろう」
「あ、ごめん」
彼女はナリタブライアン。
私が担当を持っているウマ娘で、とんでもなく本能的な娘。その実力は誰でもわかるぐらいすごいけど、限度を知らないのがたまにキズ。だから私は彼女のブレーキみたいな役割をやっているんだけど…
「ほら、今度のレースはどこだ?…京都か」
高等部に上がってから、自分でブレーキをかけられるようになったからおかげで私の出番が極端に減ってしまった。
今はレースの予約とかトレーニングの準備とかしかやれていない……あれ?私いる?
そうやってヘタれているとブライアンの金色の瞳が目の前に来た。近いよ。
「いま、何を考えていたんだ?」
「へ?特に変なことは考えてないよ」
「そうか」
随分と訝しげな視線を送ってくるもんだからこっちが冷や汗をかいてしまう。
不意にブライアンがこっちを離れて、窓を見ながら話しかけてきた
「トレーナーは恋人とかいるのか?」
「どしたの?藪から棒に」
「…少し気になっただけだ」
ブライアンから恋バナをしだすのは彼女の担当になってから実に2回目のこと
「あ!もしかしてお姉ちゃんに進展あり?」
「いや、相変わらず平行線らしい」
「そうなんだ。私はーまだいないよ」
「…そうか」
ブライアンにはビワハヤヒデというすごく強い姉がいる。彼女は担当のトレーナーにずっと片想い中らしいけど、ブライアンや彼女のお友達曰く、どっちかが告れば早々にくっつく所まで行ってるそう。
「トレーナーは今日が何の日かわかるか?」
「え?特に何もない5月23日だよ」
「ッ…はぁ」
私の脳内データベースはずっと無しを表示しているんだけど、あの彼女が言うんだ。何かあるんじゃないかとスマホを取り出すが、慌てた彼女に止められてしまった
「なんでよ」
「そっ、それはだな…あっ!前のG1で勝った『ご褒美』がまだだったよな!」
「あー…そうだね。もふもふする?」
彼女の言う『ご褒美』とは、私が担当になってからすぐに作ったルールで、G1のレースで勝ったら撫でてあげたり焼肉に連れて行ってあげたりしているのだ。最近は尻尾のお手入れをねだられることが多いんだけど…
「その……」
「どしたの?真っ赤になって」
「えっと……す…」
「す?」
「きす…してほしい」
きす?お魚は絶対違うよね。ってことは
「キス!?って接吻?チュー?」
「そうだ…」
柄にもなく真っ赤にして照れてるブライアンは初めて見た。じゃなくて!
「何で急に」
「今日はキスの日なんだぞ」
「ぅえ!?そんな日なの?」
「マヤノに教えられてな」
あー…マヤノちゃん。
大人の恋を知らないウブな娘だ。
「いいよ」
「ホントか!!」
尻尾をぶんぶん振ってすっごい嬉しそう…
ま、私の愛バの願いとあらば。
私は作業をしていたパソコンを切って、窓側にいた彼女に近づいてそのおでこに少し音を立ててキスをした。
「ッ〜!!」
顔真っ赤…めっちゃ可愛い…写真撮りたい
すごく嬉しそうにしていたブライアンだが、すぐに物足りない顔をした
「どうしたの?」
「その、唇にはしてくれないのか?」
「なっ!?」
爆弾!!それは無理でしょ!!
「ブライアン、そこは恋人にとっておきな」
「恋人に?」
「そうそう!ブライアンが卒業して、ずっと一緒にいたい人がいたら唇にしてもらいな」
ブライアンが黙ってしまった…ウマ娘と人間の、異種同性のカップルは最近増えている。
ただ、私はあの走りに憧れを抱いてスカウトしたから彼女に恋心はない。
何か思案していた表情のブライアンがばっと顔を上げて私に近づいてくる
「トレーナー。腕を出してくれないか?」
「腕?はい」
「…んっ」チゥ
「んえっ!?」
ブライアンが私にキスをした!?
でも何で腕?
「トレーナーはキスをする場所に意味があるのを知っているか?」
「…なぁに?マヤノちゃんの受け売り?」
「私が自分で調べたんだ」
だからトレーナーも調べてみてくれ。
と言われたのでスマホを取り出して
『キス 腕 意味』
と検索してみる……え?
『腕へのキスは恋慕を表す』
驚いて彼女をみると、真っ赤に茹で上がった顔と不安そうな瞳が映った。
「ブライアン?」
「トレーナー、もう一回手を出して」
言われるままに手を出すと今度は手のひらに唇を落としてくる。
「ここはどう言う意味?」
「…自分で言うのは恥ずかしいんだ」
それは耳や尻尾で丸わかりなんだけどね。
『キス 手のひら 意味』
で検索っと…!?
「ぶ、ブライアン!?」
「うぅ。もうわかってくれ」
顔の赤みが強くなった?たぶん私も赤いのだと思うけど。
「ブライアン…私たちは生徒とトレーナー。その関係を崩す意味、わかるよね?」
「ッ!!…わかっている」
私はトレーナーで彼女は現役のウマ娘。
その線引きを消すと言うことは私達を守るバリアを自ら壊したようなもの。
その先にあるのは、リスクだらけの道
「ッでも私は!……トレーナーが好きだ」
「ブライアン」
「ぶっきらぼうで人当たりの悪い私を叱って、慰めて…笑わせてくれた!」
金色の瞳が強く訴える
「私は、トレーナー以上の人が卒業してから出会えるとは思えないんだ。だから!」
「ブライアンは私のことが好きなんだ」
「そうだ!」
「私は…わからない」
「そんな…」
わからない。彼女に対する気持ちはこれまで付き合った人たちに感じるものとは違う。勝者を称えるような、感謝のような
「それは、君がブライアンを理解しようとしていなかったからだろう?」
不意に後ろから声がして振り返ると、そこにいたのは彼女の姉であるビワハヤヒデだ
「姉貴」
「騒がしいから寄ってみれば…ブライアンも隅には置けないな」
「姉貴には言われたくない」
「しかし、ブライアンの知り合いで恋人がいるのは私だけだろう?」
「「…え?」」
いつのまに?と呟けば君たちがコソコソやっている前からだ。と返ってきた。
どっちかが告白すれば〜ではなくそもそも付き合ってた。と言うことか
「さて、トレーナー。ブライアンがこんなに勇気を出したんだ。君も逃げてはいられないだろう?」
「え?」
「黙って過ごすなんてことはないだろうが…おっと、私はこれから予定があるんだ」
明日、いい返事を待ってるよ?とハヤヒデがトレーナー室から出て行ってしまった。
……逃げる…にげる…あぁそっか。私、ブライアンから逃げてたんだ。
賞賛や感謝…今まで彼女から受けた感情は全部彼女に抱いた恋心を隠すためだったんだ。
それなら、彼女に伝えることは一つだ
「ブライアン」
私が声をかけると、まだ赤い顔をした彼女がこちらへ向く
「私が貴女に抱いてる感情が何なのか。まだわからない」
「そんな…」
悲しそうに金色の瞳が揺れる。でも大丈夫
「だから、私が今、やりたいことをするね」
「トレーナー?」
「…んっ」チュ
「!!…」
彼女の唇にキスを落とす
これが私が出せる答え
「…ブライアン…私は貴女が好き」
「ッ!!…ああ。私もだ」
そしてもう一度、唇を合わせる。
トレーナーではなく、ウマ娘ナリタブライアンを愛する1人の女性として…
おでこへのキスは『友情』
腕へのキスは『恋慕』
手のひらへのキスは『懇願』
唇へのキスは『愛情』を表す