差しウマ「エンドスコープ」の馬生   作:注釈n

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もう言葉はいらないのか(杉本清風に)

以下要素の説明とか。

久保村:騎手。元ネタはリアルに「マヤ、わかっちゃった」する人。


見える

 勝ちたい。そう確信した。

 断っておくが、僕は「人を喜ばせたい」なんて純粋な動機で行動できるほど、人間ができているわけではない。ああいや、今は馬なのだが。ともあれ、ただ単純に彼女の言葉が最後のひと押しに十分だったというだけの話だ。

 しかし、競走馬の宿命なのだろうか。一度「勝ちたい」に気持ちが傾けば、理由など関係なしに、斜面を転がるようにその思いが強まった。

 

 

 

 ついに、その日。天気はあいにくの雨だった。それも、大雨といって差し支えないほどの。

 だが、その程度で気分は落ち着かなかった。

 

『勝ちたい。勝つ。勝ちたい』

 首が沈み込む。

 

 背中に重さを感じた。促されるままに進む。

 ぬかるみのような馬場を常歩で歩く。

 速歩。

 駈歩。

 襲歩。

 

 ウォームアップ(返し馬)は万全。

 輪乗りの間も問題なし。大外枠、最後のゲートイン。

 

 ゲートが開く。

 そして、僕は――

 

「スタートしました。おおっと一頭落馬!」

 

「外枠の……11番ポートカミツレ落馬です」

 

 怯んだ。

 

「外枠の方はあまりダッシュがつかないか。さて、6番ジンデンシャインが前へ行きますが、これに12番オレンジパッションが押して押して対抗」

「13番エンドスコープは最後方からの競馬になりました」

 

--

 

「それからティーエスベストも前の方へつけますが、その後ろに1番人気クラシッククインと岡田。並んでラフィアンメアリーとドリームドア。人気馬が前に固まっていますが600m通過が35秒。これはハイペース。不良馬場です中山2R」

 

「さぁ第4コーナー、ドリームドアちょっと下げた。入れ替わるようにメロディーポットが上がって行く。前はここでジンデンシャインが単独先頭、おおっと直線向いて2馬身3馬身と突き放す! クラシッククインはちょっと苦しいか!」

 

 

--

 

 久保村は迷っていた。第4コーナーから馬なりで手応えがある。しかし、前の馬群は一団。

 外へ出すべきか。このまま内で馬群の後ろにつけたままにすべきか。

 

 勝たせるなら、外。馬を壊さないためには、内。

 

 いや、外には既にエルダーショットが居る。さらに外を回るのはロスが大きい。どのみち外に出しても無理だ。

 

(諦めるか)

 

 そう判断したはずの、刹那。

「見えた」

 久保村はムチを抜いた。

 

--

 

「突っ込め!」

 坂の途中、背中から声がした。人の声だった。

『どこに!?』

 前は完全に壁。隙間などない。

「おりゃ!」

 手綱が強く引かれる。そして、前脚が一頭分内に落ちた。

 次に右ムチ。手綱がわずかに左に寄る。それに従って、今度は半頭分左に脚を下ろす。

「さぁ行け!」

 すると、前にはもうなんの壁もなかった。

 

--

 

 久保村輝彦という男は、紛うことなき天才だった。

 この刹那の彼の判断を言葉で書けば、内にいた1番セントラルドグマの脚色が良いこと、目の前の12番オレンジパッションの脚が止まっていることに気づく。そして1番の鞍上津軽が左手にムチを持ち、オレンジパッションのさらに前、7番クラシッククインの鞍上岡田が右手にムチを持っているところも見た。馬はムチと逆の方向へ行こうとするため、セントラルドグマの後ろに一瞬潜り込み、直後わずかに外に持ち出せば、馬群をさばける。そして返し馬の動きから、エンドスコープにはそれができる。と、推論付けたということになる。

 

 しかし、彼はこんなものを超越していた。

 

 彼はただ「直感」に従ったにすぎない。

 

 直感。それは当てずっぽうではない。むしろ論理的推測である。すなわち、自身のすべての経験から、無意識下において瞬時に(もっと)もらしい答えを導き出す能力。

 彼曰く、「見える」――

 

 その進路が「見え」てしまったら、彼は止められない。

 馬を壊すなと言われていたことすら完全に忘却して、全力で追った。

 

 

 そして、ここにきて勝利の女神が久保村に微笑む。スタートでダッシュがつかず、進路もほとんどなかったこのレースで、ようやく得た天の配剤だった。

 第4コーナーで大外に出したエルダ―ショットが、ここにきて脚色よく上がってきていたのだ。

 彼はすぐさま手綱を左に動かした。エンドスコープとエルダ―ショットの馬体が併さる。

 

 そう、馬は併せた時にこそ真価を発揮するのである。

 内ラチ沿いで頑張っているジンデンシャインは、かれこれ500mも単走している。その上、このレースはハイペースで流れていた。柴村がいくら「追える騎手」とはいえ、限界がある。

 一方、外の2頭はまさに真横に相手を見ながらの併走。しかし、エルダ―ショットはもう一杯になっていた。コーナーで大外も大外を通ったせいで、ロスがあまりにも大きい。新人の竹内は安全策を取り過ぎてしまっていたのだ。

 誰が有利となるかは、火を見るよりも明らかだった。




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