差しウマ「エンドスコープ」の馬生 作:注釈n
今後も適宜タグは見直すことにします。万が一必須タグを追加することがあれば前書き等で注意喚起しますので、各々自衛なさってください。
ただ、一応「念のため」くらいのレベルに収まる……んじゃないかと思います。
行き当たりばったりですまねえ……すまねえ……
以下いくつかの要素の説明
馬主さん:オーナーブリーダーをやっている。元ネタは特にない。ヨドヒーロー産駒に入れ込んでいるご様子。北関東系の訛りを実装している。
ヨド:エンドスコープちゃんの幼名。父名「ヨドヒーロー」から。
「淀の方(茶々)」と重ね合わせられるような立派な母親になれるといいですね。
ミサカ牧場:お隣の牧場さん。これは特に何も関係ありませんが、「三栄」と書いて
「みさか」と読む地名もあるそうですね。
ヤマパワー:繁殖牝馬。元ネタらしきもの(産駒は全部未勝利)はあるが、今後は出てこない。
「クズ」(競馬用語):走らない馬。「アラブ馬はクズが出ない」のように使う。
馬房が開く。促され、俺はそろりと脚を踏み出した。
まずは左脚から前に、と思ったとき、俺の右前脚、左後脚、右後脚までもが、勝手に動き出す。左脚が前に出たときのバランスを取って、次の脚を出す助けをしている……ように見える。そのあたりの厳密な話は、俺にはわからない。しかし、とにかく動いていた。
変な感触だ。俺のあしもとではあの馬独特の脚の動かし方が再現されている。
当然、俺は動かし方を知っていたわけでも、いちいち一本ずつ意識して動かしているわけでもない。
ひさびさに自転車乗ったときの感触に近いものと言えばいいだろうか。なぜ動いているかわからないのに、体が動く気持ち悪さ。
わからないが、動くものは仕方がない。俺はぼんやりと厩務員に着いて行った。
『なんだこれ……広っ』
放牧場が、ではない。放牧場はむしろ隅まで簡単に見通せる。それより、その視界の広さが強烈な違和感だった。
馬の目は頭の両側についている。そのせいで、真横や後ろの方まで視界に入ってしまうのだ。
それでも、脚を動かすのには問題がなかった。トコトコと歩いて、曲がって、戻って来ることができた。
「よーしよし。良い子だな。もっと早く走れるか?」
「どうだ」
「ダメそうです。ずっと
聞き覚えのある声だった。厩務員と、それから偉そうな声の方は馬主らしきもの。
馬房の中ではとにかく暇でやることがない。人の会話の盗み聞きは貴重な暇つぶしの時間なのだ。
あ、ところで「バヌシラシキモノ」って馬名っぽいな。4枠7番バヌシラシキモノ。
「今いる馬じゃだめか」
「他はみんな年上の馬ですから、余計怖がってしまうかもしれません」
「そうか、じゃあ隣から借りて来っか」
「……あの牧場からですか」
「他にあんめえよ」
その隣の牧場とやらによほどの因縁があるのだろうか。普段は怒るどころか悲しむ顔すら見せない厩務員が、ここまで不満をあらわにしている。バヌシラシキモノ、掛かってしまっているかもしれません。
「ヨド、馬主さんが一肌脱いでくれるんだと。今度は走れるといいな」
ああ、わかってた。その話だったよな。やっぱり。
放牧場まで歩く。これはできる。
放牧場で歩く。これも問題ない。
だが、速度を上げるのは、怖い。
こんなに脚が細いのだ。
それなのに、これが折れれば命にかかわる、と、俺は知ってしまっている。
脚が動かない。常歩のゆったりとした動きは体が知っていた。だが、もっと早い脚の動かし方まで知っている保証はどこにもない。もし、上手く動かせなければ。そして、脚をもつれさせて転倒してしまえば。
それがひたすらに怖かった。
「どうも、ミサカ牧場です」
馬主さんが「隣」とは言っていたが、本当にすぐ隣にあるらしい。数十分のうちに、馬が二頭つれられてやってきた。
「ヨド、出てこい」
ヨドというのは俺の幼名だ。父名の前半そのままの、何の変哲もない名前である。
「こっちはサクラです。母から取りまして」
「わざわざすみませんね。サクラちゃんも」
「いえいえ、ヤマパワーを結構な高値で引き取ってくださるんですから、これくらいはお安い御用です」
ミサカ牧場の人は大きい方を指さしながら言う。「サクラ」が母馬から取ったなら、母馬と仔馬というわけではないようだ。
「血統もパッとしない、現役時代も未勝利。その上クズしか出さねえ。実はもう処分しようとしてたんです。こんな馬に300万も出してくださるとは。ウチも資金繰り苦しいんで助かります」
「そう何度も頭を下げないでください。あの人の独断ですし……それより、放牧場まで行きましょう。ヨド、頑張れよ」
『ねえ』
急に、声がした。人の声ではない声がした。
『馬も話せるのか』
思わず、俺がそう言おうとすると、また同じ馬――さっき、サクラと呼ばれていた仔馬が、今度はけらけらと笑ったように見えた。
『変なの。あなたと同じじゃない』
『いや、俺は話せない』
『あなたもちゃんと喋ってるのに?』
『まさか、俺が何を言いたいかわかるのか?』
『うん。同じ馬なんだから当たり前じゃない』
驚いた。馬語でもあるのだろうか。馬の間では意思疎通ができるらしい。
『変ね。本当に変よ。それにだいいち「俺」って。牡馬じゃないんだから。もっと変だわ』
『それはどうでもいいだろう。俺はずっと「俺」だったんだ』
『だめよ。一人称は大事。「私」とかにしなさい』
『……私の方でも善処させていただきます』
『もっと変になった。そんなに嫌なの?』
『違う。クセだ』
『じゃあクセがついてないのはないかしら? 「うち」とか「あたし」とか……』
『………………「僕」、これでいいか』
『まだ男っぽいけど、まぁマシね』
「それじゃあ、お願いします」
「はい、こちらこそお願いします」
その馬、いや彼女と話しているうちに、放牧場に着いたらしい。
『ふぅ。やっと外れた』
彼女は首を左右に動かす。
そうして、今度は体ごと俺の方を向いて、
『それじゃ、私と走りましょう。ヨド』
と言った。
この日が、後のエンドスコープと、後のミサカサンクスの出会いであった。
彼女らは共に1992年の四歳牝馬路線を賑わせた二頭であり――
そして、共にその産駒を残すことなく死んだ二頭でもある。
ミサカサンクス:元ネタは……もう言わなくてもわかりますかね。92年有馬の映像、ゴール後にちらっとだけ競争停止したこの馬が映るのめちゃくちゃつらい。
残酷な描写はないはずです。
ただ、なるべく史実リスペクトをしたいな、とは考えています。
……まぁ、その、そんなこと言いながら史実の某馬は馬主と牧場が別なんですけども。
感想エネルギーで書けてしまいました。たぶん今度こそ遅くなります。