新世紀エヴァンゲリオン for Children ~全ての子供たちのために~   作:朝陽晴空

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第一話 使徒、襲来の日(2022/09/24 23:50改稿)

 時に西暦2000年。

 ファースト・インパクトと同規模の大爆発が起こった。

 セカンド・インパクトと名付けられたその現象は、南極を中心に展開され、超高熱で南極大陸は文字通り氷解。

 世界中に光る隕石が降り注ぎ、海面は13m上昇した。

 その日、世界は全て書き換わった。

 

 

 

 

 

 

 15年後――――2015年。

 神奈川県箱根町に建造された第三新東京市。

 その中心である特務機関ネルフ本部の発令所からこの物語は始まる。

 

 

 

 

 

 

<ネルフ本部 第一発令所>

 

 

 

 ネルフ本部の第一発令所。

 そこはひな壇のように、トップデッキ・ミドルデッキ・ボトムデッキの3層から構成されている。

 正面の壁全部を使った巨大なモニターには、平泳ぎのように海面を泳ぐ巨大生物の姿が映し出されていた。

 まるでピカソの絵画のようなシュールな外見で、世が世なら、人はそれを怪獣と呼んだだろう。

 

 

 

「第五艦隊、応答なし! 壊滅状態と思われます!」

「……何ということだ……ッ」

 

 発令所のボトムデッキに居並ぶ国連軍の幹部達は、それぞれが悔しそうに机を拳で叩いた。

 日本近海で海底から浮上した光る隕石。

 その中から巨大生物が出現したとの報告を受け、付近をパトロールしていた国連軍の艦隊が現場に向かい、一斉砲撃を浴びせたのだ。

 しかしその巨大生物は、いくつもの戦艦をおもちゃのように握り潰した。

 

 

 

「通常兵器が通用しない。A.T.フィールドか?」

「ええ、使徒に間違いありません」

 

 発令所のトップデッキには司令席がある。

 そこに座るのはネルフ総司令だ。

 碇ゲンドウは副司令・冬月コウゾウの問いに答えた。

 2人はこの事態に対して落ち着き払っている。

 代わりに叫んだのは、国連軍の幹部の1人だ。

 

 

 

 

「何としてもヤツの上陸を阻止しろ! N2爆弾魚雷を使え!」

 

 N2爆弾は国連軍が保有する最大の威力を持つ兵器だ。

 魚雷は水中から発射されるので、対空ミサイルより多少威力は低下するが、それでも最大級の威力であることに変わりはない。

 軽々しく使用して良いものではないが、巨大生物の脅威はこの都市に迫っていた。

 

 

 

「お待ちください! このような至近距離でN2魚雷を撃てば我が軍の戦艦も無事では済みません」

「しかし、他に手段はないだろう!」

「同胞を巻き込んでまでは……!」

 

 ボトムデッキで押し問答をしている軍人達に向かってゲンドウが声を掛ける。

 

 

 

「その必要はありません。我らネルフの兵器、エヴァンゲリオンが使徒を殲滅させます」

「あの怪物を、君達の人型兵器が倒すと言うのかね?」

 

 懐疑的な視線が複数、ゲンドウに向けられる。

 彼らは目配せをしあって、そのうち1人が口を開いた。

 

 

 

「それではお手並み拝見といこうか」

 

 ネルフの兵器が時間を稼いでいる間、戦艦は安全な場所まで距離を取ることができる。

 その後でN2魚雷を撃てばいい。

 国連軍の幹部達はそう考えたのだ。

 

 

 

「……レイ、やれるな?」

『はい』

 

 ゲンドウが問うと、少女の声がそれに応えた。

 黄色いエヴァ零号機に乗る少女・レイがモニター通信で返答したのだ。

 この年の少女としては抑揚のない、緊張も恐れもない平坦な声だった。

 ただし、その全身には包帯が巻かれている。

 満身創痍といった雰囲気だ。

 

 

 

「ふん、あんな子供の乗るロボットが倒せるのなら、ワシは臍で茶を沸かせるわい」

 

 巨大モニターにレイの姿が大写しになると、国連軍の幹部はため息をついた。

 ネルフという組織は頭がおかしいらしい、という意味だ。

 彼らは通常兵器に絶対の自信を持っていたし、ネルフに対して良い感情を持っていなかった。

 

 

 

 一方で、パイロットの少女・レイは、無言で操縦席に乗り込んだ。

 彼女はこの数年間、エヴァ零号機に乗って使徒を殲滅させるための訓練を積んで来たのだ。

 今日が初出動となる。

 

 

 

 使徒との遭遇は、本日が初めて。

 しかしそれが並大抵のことでは倒せない強敵だとネルフ職員一同は理解している。

 故に、過酷な訓練を積んできた。

 レイの怪我も、前日の実戦形式の訓練で負ったものだ。

 

 

 

 今日が本番となるのは想定外だったが、いつ本番が来ても良いように急ピッチで準備を進めてきたのだから、ここで慌てる職員はいなかった。

 もちろん、司令である碇ゲンドウも落ち着き払っている。

 これ以上ないほど準備はしてきたのだから。

 

 

 

「碇司令。そちらがあのロボットが使徒を倒せなかったら、我らはN2兵器を使う。それでいいな?」

「構いません。内部電源が切れる3分の間に決着をつけましょう」

 

 自信たっぷりに断言するゲンドウを、国連軍の幹部は忌々しげに睨みつけた。

 3分だと? と馬鹿にしたように口にする。

 

 

 

「――――エヴァ零号機発進!」

 

 ゲンドウの号令と共に、エヴァンゲリオン零号機は地上へと射出された。

 

 

 

 

 

 

 相模湾沿岸は水深70mほどと浅い。

 約200mの身長を持つエヴァなら腰が浸かる程度の見た目になる。

 使徒を前にして、初号機の動きも悪くない。

 使徒に通常兵器が効かないのは、A.T.フィールドがあるからだ。

 零号機でA.T.フィールドを中和すれば、使徒は殲滅できる。

 何度もシミュレーションを繰り返していたゲンドウは勝利を疑わなかった。

 

 

 

「レイ、プログレッシブナイフを使徒に向かって投げろ。ヤツの注意を引き付けるのだ」

「了解」

 

 零号機の投げた巨大なナイフは綺麗な放物線を描き、使徒のA.T.フィールドに当たって弾かれた。

 戦艦を握り潰すのに夢中になっていた使徒が零号機の存在に気付く。

 新しいおもちゃの出現に、使徒サキエルはまるで喜んだかのようにくねくねと動いた。

 それから、零号機に手のひらを向け、そこから光の槍を放つ。

 

 

 

 しかし零号機もA.T.フィールドを持っている。

 この攻撃は弾き飛ばせるはずだった。

 だがゲンドウ達の予想に反して、使徒の光の槍は零号機の胸部を貫いた。

 

「レイっ!」

 

 ゲンドウが目を見開いて叫ぶ。

 

 

 

「A.T.フィールド計測中。非常に微弱です…!」

 

 オペレータがそう報告する。

 レイの身にいったい何が起きたのか。

 ネルフの技術部長である赤木リツコ博士が画面を見ながら悔しそうに呟く。

 

 

 

「……あの子、痛みを隠していたんだわ。エヴァに乗れるのは自分しかいないと思って……」

 

 この前日、零号機は胸を縫合する手術を受けている。

 前日の訓練でプロトタイプの無人機エヴァを相手にしたところ、無人機が暴走し、それを留めるために怪我を負ったのだ。

 当人は痛くないと話し、痛み止めも投与されなかったのだが、その自己申告は強がりであったのだろう。

 

 

 

「彼女は……1人で抱え込むところがあるから」

 

 今のレイは、痛みで零号機とのシンクロどころではないのだろう。

 A.T.フィールドが展開できない状態で使徒と戦うのは自殺行為だ。

 

 

 

 

「大至急零号機を回収しろ!」

 

 相手が弱いと見るや否や、使徒は零号機に連続で攻撃を仕掛け始めた。

 一旦下がるしかないが、しかし身長200mの零号機を牽引して回収するのは至難の業だ。

 レイ自身にネルフの射出口まで退いてもらうしかない。

 ゲンドウがその指示を出そうとした矢先、国連軍の幹部がボトムデッキから声を張り上げた。

 

 

 

「あのロボットが使徒に負けたら、N2魚雷を使って良い約束でしたな、碇司令」

「待て、今のままでは零号機が……」

 

 味方を犠牲にしてまでN2魚雷を発射しようとした連中だ。

 零号機を巻き込むことなど気にも留めないだろう。

 職員含め、ネルフ本部が殺気立つ。

 

 

 

 そのとき、緊迫した空気を打ち破るかのように、明るい女性の声が発令所に響いた。

 

「お待たせしました。加持ミサト一尉、サードチルドレン・碇シンジ君を連れてまいりました!」

 

 

 

 

 

 

 

<第二新東京市 松代中学校>

 

 時間を少し巻き戻そう。

 第二新東京市には1人の少年がいた。

 特徴のない、どこにでもいる子供。それがゲンドウの息子、碇シンジだ。

 

 

 

 

 ゲンドウは妻であるユイが消えた後、松代町に住む兄夫婦の家にシンジを預けていた。

 彼の兄は有力な国会議員でもあったから、シンジは金銭的に不自由な生活はしていなかった。

 しかし世間体をとても気にする家であったから、名門六分儀一族の中でも鼻つまみ者だった弟のゲンドウからシンジを押し付けられたことを、兄は快く思っていなかった。

 

 

 

 そんな家族に温かさなどあるわけもなく、シンジは孤独に育った。

 人と話すのが苦手で友達もいない。

 成績が特別に良いわけでもなく、音楽やスポーツの才能があるわけでもない。

 クラスの中では空気のような存在で、昼休みに屋上から校庭で楽しそうに遊ぶ同級生を羨ましそうに見ている。

 この日も、彼は平穏で鬱屈した日常を送っていた。

 しかし次の瞬間、彼の人生は大きく変わることになる。

 

 

 

「おっと、着地地点がズレた! 避けて!」

「えっ?」

 

 頭の上から降って来た声にシンジが気が付いて振り返った時には、大きなお尻が目前に迫っていた。

 

 

 

「危ない……!」

「……痛ったー。避けてとは言ったけど、受け止めてくれても良かったのよ?」

「いや、ムリですよ」

 

 突然空から降ってきた大人の女性に、シンジは驚くより先に、冷静に答えてしまった。

 

 

 

「ええと、大丈夫ですか?」

「ああ、だいじょーぶだいじょーぶ。これでも鍛えてるから!」

「そ……そうですか。なら良かった。一応、ドアならあっちですけど」

 

 戸惑いながらも、屋上から校舎に入る扉をシンジは指さした。

 どこの誰だかは知らないが、校長先生にでも急ぎの用事があるのかと思ったのだ。

 世界はいつだって危険にまみれていて、そういうこともあるんだろうと、セカンド・インパクト後の人々は非日常に慣れてしまっている。

 

 

 

「ごめんね、あたしは加持ミサト一尉。あなたに用があるの」

「えっ、僕に?」

「そ。あなたのお父さんが、あなたを呼んでるわ」

 

 突然やって来た、ラフな格好の胸とお尻の大きい美人に言われて即座に事態が把握できるはずもなく。

シンジの頭は?マークがいくつも、グルグル回っている状態だった。

 

 

 

「そもそもぉ、屋上に居るシンジ君もいけないのよ? 階段を上る時間も惜しいからパラシュートで降下して来ちゃった」

 

 そう言えばさっき甲高い飛行機の音が聞こえた気がするとシンジは思い出した。

 その直後、また同じ音が聞こえたと思うと、校庭に居る生徒達から声が上がる。

 逃げろとか、危ないだとかだ。

 ちょうど今、垂直着陸できるV.T.O.L.機が中学校の校庭に着陸したのだった。

 

 

 

「それじゃシンジ君、下に降りるからしっかり捕まっててね」

「ま、待って……」

 

 ミサトはそう言うと、忍者が使うような鉤爪が付いたロープを屋上の柵に引っ掛け、シンジを胸に抱いて3階建ての校舎をスルスルと壁伝いに素早く降下した。

 何も分からないままのシンジは一言、

 

「窒息死しそうです……」

 

 と言えただけだった。

 ほとんど地面に足を付ける暇もないまま、シンジはミサトに抱えられて機体に乗り込むことになった。

 

 

 

「コンラッド、ネルフ本部まで直行便、頼むわね」

「OK。強力なGが掛かるから気絶しないようにな、シンデレラ・ボーイ!」

 

 ミサトに声を掛けられたパイロットは陽気な声でそう言うと、V.T.O.L.機をぶっ飛ばした。ネルフ本部への拘束高速輸送の実現。

 しかし何も知らされないままのシンジは、ただただ重力に振り回されていた。

 

 

 

「目が回ります~! 気持ち悪い~!」

「我慢しなさい、男の子でしょ!」

 

 そう叫ぶミサトの声も、もちろんシンジには届いていない。

 

 

 

<ネルフ本部 第一発令所>

 

 

 

「お待たせしました。加持ミサト一尉、サードチルドレン・碇シンジ君を連れてまいりました!」

 

 こうして、ネルフ本部に新しいパイロットが到着した。

 そのことに、ゲンドウは眉をひそめる。

 作戦部長として発令所に居るはずのミサトがシンジを迎えに行っていたのだ。

 これは彼女1人の独断でできる行為ではない。

 

 

 

 

「……冬月先生、これはどういうことですか?」

「碇、予備を用意させてもらったよ。赤木博士からの提案でね」

「博士も一枚噛んでいるのか」

「申し訳ありません。しかし、スペアを用意することは前々から提案していたはずです」

「え……と」

 

 呟いた少年の声に、発令所に居た面々の視線が集まった。

 

 

 

 エヴァのパイロット、3人目の適格者、サード・チルドレンが居るという話を、元々ネルフのスタッフ達は噂話程度に聞いていた。

 しかしまさかネルフで訓練も受けていない普通の中学生がサード・チルドレンだとは予想もしていなかったのだ。

 自然と、その目は厳しくなる。

 それ以上に、国連軍の幹部達は何の茶番かと口を大きく開けた。

 

 

 

 ゲンドウは厳しい表情で息子を見つめた。

 何も知らない、何も知らされていない、愛した妻の息子。

 その子に対して、ゲンドウが持っている感情は表現しがたい。

 

 

 

 そもそもゲンドウは、シンジを呼び寄せずにシンクロ率の安定していたレイと初号機で使徒を倒していく計画を立てていた。

 コウゾウが息子のシンジを呼び寄せるとは彼には予想外だった。

 

 

 

 こうしてレイが使徒に惨敗してしまった以上、サード・チルドレンに賭けるしかないと副司令であるコウゾウは判断した。

 

「赤木博士、サード・チルドレンのデータは用意してあるな」

「はい、既にデータは書き換えてあります」

 

 その場に居たスタッフ達の心にそれぞれ思い浮かぶことはあったが、誰もコウゾウの言葉に異を唱えなかった。

 ゲンドウだけが、歯切れ悪く呟く。

 

 

 

「パイロットとして訓練してきたレイでも、エヴァとシンクロするのに何ヶ月もかかった。いきなりシンジをエヴァに乗せて使徒と戦わせるのは無謀ではないか?」

 

 コウゾウの命令でシンジを強引に連れて来たミサトも、ゲンドウの言葉を聞いて心が揺れる。

 ここは、負けが許されない場面だ。

 失敗すればネルフどころか日本……いや世界が滅ぶ。

 ミサトにとっては、自分の命より大事なこの世界が。

 それを恐れた彼女の頭は、他の手段を検討し始めた。

 

 

 

 元々、ミサトは若い頃、戦略自衛隊の士官として世界の戦場を転戦していた。

 その際に、戦場で命を狙ってきた少年兵の命を助け、自分の養子として迎え入れている。

 以来、同じ年齢の子供達を見ると我が子を見ているような感覚にとらわれる。

 ミサトにとって少年少女が傷つくことは耐えがたいものだった。

 故に、パイロットとなるチルドレンを増やしたくないのが本心だ。

 

 

 

 現在、エヴァ弐号機はドイツ支部で建造中。

 せめてパイロットだけでも呼び寄せることも考えたが、コウゾウにシンジを連れて来るように命じられた時には、既にドイツ支部にまで行く時間の余裕がなかった。

 

 

 

 こうしてシンジの到着がギリギリ間に合ったことが、既に奇跡なのだ。

 

「しかし怪我を負ったファースト・チルドレンを誰が助けると言うのかね?」

 

 コウゾウがゲンドウを問い詰める言葉を聞いて、場を離れていたミサトは初めて、零号機が危機的状況に陥っていることを知った。

 画面を振り返れば、零号機が使徒になぶられ、胸からの出血でレイのプラグスーツは赤く染まりかけていた。

 

 

 

「……司令!」

 

 とっさにミサトが叫ぶ。

 

「私を初号機に乗せてください。私は零号機パイロット、葛城ミサトです!」

「それは15年も前の話だろう。今の君が乗ってもエヴァは動かん」

 

 

 

 冷徹な声でコウゾウが言い放つと、ミサトは何も言い返せなかった。

 エヴァを動かすのには才能が要る。

 それは既にミサトが失った力だった。

 

 

 

「……仕方がない」

 

 ゲンドウは意を決したようにリツコに命令を下した。

 ここで迷っていれば、N2魚雷が発射され、零号機ごとレイが蒸発してしまう事態も有り得るからだ。

 

「赤木博士、サード・チルドレンをケージに連れて行け」

「こっちへ来て、碇シンジ君」

 

 シンジは逆らうこともせず、無表情のままリツコの後について発令所を出て行く。

 その様子に、ネルフの職員達は不安を覚えずには居られなかった。

 

 

 

「冬月先生、ここを頼みます」

 

 ゲンドウはコウゾウにそう言うと司令席から立ち上がり、発令所から姿を消す。

 

「久しぶりの親子の対面か……」

 

 呟いたコウゾウはゲンドウの代わりに司令席に着くと、国連軍の幹部にN2魚雷を発射しないように説得を始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

<ネルフ本部 初号機ケージ>

 

 

 

 

 居ても立っても居られないミサトは、独断で作戦部長の席を離れてシンジとリツコを追いかけ初号機のケージへと向かった。

 

「私はこのまま彼がエヴァに乗るのを見ているだけしかできないの……?」

 

 そうしている間にも、零号機は使徒の攻撃を受け、N2魚雷発射のカウントダウンが迫っている。

 

 

 

「他にエヴァを動かす方法はないのかしら……そうよ、リツコなら……!」

 

 名案を思い付いたミサトは勢い良くリツコに駆け寄った。

 

「ねえリツコ、飲むと若返る薬とかないわけ? それで私が14歳の体になれば初号機に乗れるわよね!」

「ハァ!? こんな時にマンガみたいな冗談よしなさいよ」

「あたしは本気で言ってるのよ!」

 

 

 

 シンジは目の前で繰り広げられるミサトとリツコのやり取りを他人事のように見つめていた。

 父に呼ばれた、とミサトが言ったときから、シンジにとってこれは現実感のない世界だ。

 そんなことは有り得ないのに、と。

 

 

 

 しかし、それでもシンジには気になるものがあった。

 目の前の、檻に拘束されている紫色の巨大なロボットだ。

 ロボットなら、エネルギーを入れなければ動かないはずだ。

 なのに、何故これは「拘束」されているのだろう?

 

 

 

「シンジ、それはロボットではない」

 

 上から声が降ってくる。

 それは懐かしく、しかしシンジがずっと恨んでいる相手の声だった。

 

「人の作りだした決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン! お前はこれに乗って使徒と戦うのだ!」

 

 

 

 シンジが声のした方を見上げると、父親が高い場所から自分を見下ろしているのが見えた。

 瞬間、感情が沸騰する。

 

「今更……勝手なこと言わないでよ! 僕は伯父さんの家に居たくなくて、父さんに何回もSOSを出した! なのに……僕を、見捨てたくせに!」

 

 

 

 抑えつけていた感情を爆発させたシンジがゲンドウに叫ぶのを、ネルフのスタッフ達は固唾を飲んで見守った。

 なんて下手な頼み方をしているのだ、と一部は心の中で呆れていた。

 

 

 

 司令に才能があるのは分かっているが、人の心の機微を読むことはまるでダメなのだと彼らは実体験から知っている。

 しかし、今ここで失敗したら全てが終わってしまうのだ。

 誰か、司令を何とかしてくれ、とスタッフ達の気持ちが揃う。

 

 

 

 確かに、使徒の脅威を詳細に説明する時間はない。

 しかし、まずは誠意をもって自分の非礼を謝り、いかに助けを必要としているか熱心に説けば、サード・チルドレンの少年も初号機に乗ることを承諾してくれるかもしれない。

 

 

 

 何も分からないのに、高圧的に「乗れ」と命令されただけでは自分だって乗らない。

 そう考えたミサトは、シンジの前に立って頭を深々と下げた。

 

「シンジ君! 勝手なお願いをしてごめんなさい。でもこれに乗って、零号機を助けて使徒を倒せるのは君以外に居ないの」

「どういうことですか……?」

 

 

 

 ミサトに頭を下げられたシンジは戸惑った。

 怒りよりも、聞かされた事実の方がシンジにとって重かった。

「自分だけができる」と、そう言われたのはシンジにとって初めての体験であり、心の奥底で求めていた言葉だったからだ。

 

 

 

 

「私達は『使徒』と呼ばれる敵と戦っているの。シンジ君も発令所の大型モニターで見たでしょう?」

「……はい、あの怪獣みたいなやつですよね。倒れている黄色いロボットを攻撃していました」

 

 シンジにとっては何もかも初めて見るもので、あの時は現実味がなかった。

 しかし今は、本物の危機的状況なのだと理解が始まっていた。

 

 

 

「あの黄色いロボットの中には、シンジ君と同い歳のパイロットが乗っているの。今その子は怪我をしていて、ロボットを動かすことができない。あのロボットはいま水深70mの所に居て、私達では回収できないの。だから、これに乗って彼女を助けてください。……お願いします」

 

 上半身を90度倒してお辞儀をしたミサトに、シンジも、見守るネルフのスタッフ達も息を飲むほど驚いた。

 彼女がこんなことをする姿を今まで見せなかったからだ。

 

 

 

 さらに、シンジにとってこれほど大人から頭を下げられたのは初めてのことだった。

 この人は信頼できるかもしれない、とシンジは思った。

 しかし、自分が巨大ロボットに乗って戦うことへの恐怖もあり、シンジはまだ何も言葉にできない。

 

「シンジ君、あなたがエバーに乗らないと、あのパイロットの女の子はN2爆弾でロボットごと焼き殺されることになるわ」

 

 

 

 不本意だが、時間がない。

 そう思ったミサトはシンジに脅しをかけた。

 モニターに映ったレイの姿を思い浮かべたシンジは、1つだけ自分に問うた。

 このまま、何も変えない、変わらないままのつもりかと。

 それから手を握り締め、口を真一文字にキュッと締めた後、ミサトに向かって告げる。

 

 

 

「僕を乗せてください、お願いします」

 

 変わりたいと思ったからこそ「お願いします」という言葉が出た。

 シンジがそう言うとミサトは深い溜息をついた。

 安堵と、それから申し訳ない気持ちがあった。

 

 

 

「ありがとうシンジ君。私はあなたが危ない目に遭わないようにできるだけのことをするわ」

 

 シンジはミサトの目を信頼のこもった眼差しで見つめた後、軽くお辞儀をした。

 一方リツコはこのやり取りを意に介さず、テキパキと事務的にシンジに声を掛ける。

 

「シンジ君、今から操作方法を説明するわ。戦闘になったら、指示はミサトから出るから。彼女、作戦部長なの」

「え、と。じゃあお願いします、加持さん」

「ミサトさん、って呼んでくれて構わないわよ」

 

 親しみを感じさせるミサトの言葉を聞いたシンジは、少し表情を和らげて初号機へと乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

<ネルフ本部 第一発令所>

 

 

 

 シンジがエヴァに乗るのを見届けたミサトは発令所の作戦部長席に戻る。

 場は、先ほどよりもどこか緩んだ空気があった。

 代わりのパイロットが見つかったからだ。

 そんなネルフスタッフ達に、ミサトは檄を飛ばす。

 

 

 

 

「あんた達、なに他人事みたいな顔してるのよ! シンジ君は私達のためにエバーに乗ってくれるのよ! シャキッとしなさい!」

 

 その言葉に皆が気を引き締めた。副司令席に座っているコウゾウは笑みを浮かべて見守る。

 

「やれやれ、これではネルフの総司令が誰だか分からんな、碇」

「……もしユイがこの場に居たら、私はもっとやり込められていたでしょう」

 

 

 

 

 ゲンドウは、かつて妻の尻に敷かれていたことを認めて苦笑した。

 コウゾウに言わせれば、ミサトとユイは全く似ていない。

 しかし、それでもどこか面影が重なる部分があったのかもしれない。

 前方のミドルデッキの作戦部長席近くでは、ミサトを中心としてネルフ作戦部のメンバーや技術部のメンバー達が意見交換を始めた。

 同時に、苛立った国連軍の幹部達がミサトを責め立てる。

 

 

 

「次のエヴァンゲリオンを早く出せ、N2魚雷を発射しても良いのか!?」

「ええ、是非とも発射してください」

 

 ミサトがキッパリと断言すると、国連軍の幹部達は騒めいた。

 あれほど零号機を犠牲にすることを拒んでいたと言うのに、彼女の気が狂ったのかと思ったのだ。

 

 

 

 

「ただし、使徒に向けてではなく、使徒の背後に着弾するように、速度に差を付けて、2発お願いします」

「おい、まさか我々最強の兵器を花火の代わりに使おうと言うのかね!」

「撃ちたいなら、我々に関係ないところで撃って欲しいってことよ! ……私は知っているのよ、あなた達が使徒殲滅の手柄を独り占めするために、戦略自衛隊の幹部を発令所から遠ざけているってことをね! 元は同じ自衛隊なんだから、くだらない派閥争いなんて止めなさいよ!」

 

 

 

 そうミサトが一喝する。

 

「ここで負けたら全員死ぬのよ!」

 

 その叫びに、国連軍の幹部は萎縮して、戦略自衛隊との連携を認めた。

 彼らがどこかへ連絡すると、この場に足を踏み入れることが許されなかった戦略自衛隊の幹部達が、発令所のボトムデッキへと入ってくる。

 これから、使徒の注意を最大限に初号機から引き離すための作戦が始まるのだ。

 

 

 

「……国連軍のみなさん、戦略自衛隊のみなさん、危険な役割を押し付けて申し訳ございません。しかし、これは唯一使徒を倒せるエバーの、そのパイロットを守るための作戦なのです」

「……そうさな。死んでしまっては元も子もない」

「使徒を倒せずとも、パイロットを守ることも軍の名誉だな」

「我々も、チルドレンのために命を賭けます!」

 

 

 

 これまでいがみ合っていた国連軍の幹部と戦略自衛隊の幹部は、こうして心を1つにして戦うこととなった。

 彼らの熱い言葉は、初号機に乗るシンジにも届いていた。

 

「シンジ君、話は聞いたわよね。あなたは零号機を助けた後、使徒を後ろから思いっきりガツンと殴ってやればいいのよ」

 

 ミサトはシンジを元気づけようと明るい声で語りかける。

 

 

 

「はい、分かりました! ミサトさん!」

 

 初号機に乗るシンジは、生まれて初めて気合いというものを感じていた。

 ミサトは、不遇を恨まず協力してくれた元同僚の士官達に感謝する。

 戦場ではパイロット1人では戦えないと、ミサトも、軍人達も知っているのだ。

 本来の役割を果たしたミサトはさらに奮起し、作戦部長席に立ち正面の大型モニターに映し出された使徒を睨みつけた。

 

 

 

「第1ロックボルト、外せ」

「第2ロックボルト、解除」

「10の安全装置を解除」

 

 初号機出撃の準備は着々と進んで行く。

 エントリープラグの中にL.C.L.が注水された時、リツコから説明は受けていたが、初めての感覚にシンジは驚いた。

 しかしあのパイロットを助けるんだと気合いを入れ直す。

 

 

 

「加持一尉、出撃命令を出せ」

 

 ゲンドウに言われて、ミサトはうなずいて号令を発する。

 

「発進!」

 

 シンジとレイの無事を祈り、ミサトは夫リョウジと息子ヨシアキの名前が刻まれた十字架のペンダントを握り締めたのだった……。




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文章量少なめのハイペースで進めた連載ですが、補完した方が良いでしょうか? 最終話だけ別のアンケート(続編について)になります。

  • 本文は今の量が読みやすいので外伝形式で
  • 本文の量が増えても加筆修正が良い
  • 外伝で活躍させたいキャラ(メッセージで)
  • 第〇話の修正希望(メッセージで)
  • こんなifストーリーどう?(メッセージ)
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