新世紀エヴァンゲリオン for Children ~全ての子供たちのために~   作:朝陽晴空

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第十四話 3rdチルドレン崩壊・ゼーレ、魂の檻(2022/04/17 17:17)

<ネルフ本部 初号機ケージ>

 

 ダミープラグ開発計画が進むうちに、ネルフ本部では零号機と初号機のパイロットを入れ替えて起動する初の相互起動実験が行われていた。

 初号機のエントリープラグに初めて乗ったレイは、自分がいつも乗っている零号機のエントリープラグとは違った雰囲気を感じた。

 零号機のエントリープラグの中は無機質で冷たく暗い感じがする。

 車に乗っているのと同じ感じがしたので、レイはシミュレータと同じ感情で零号機を動かしていた。

 それに対して初号機のエントリープラグの中は温かくて明るい感じがした。

 

「レイ、初めて初号機に乗った感想は……聞くまでも無さそうね」

「どうしてですか?」

「だって嬉しそうな顔をしているもの」

 

 リツコに指摘されて、レイは自分の口角が広がっている事に気が付き、恥ずかしさからか慌てて手で口を隠した。

 エントリープラグを満たしているL.C.L.が零号機のようにまとわりつくような感じでは無く、自分を優しく包み込んでくれるようにレイは感じた。

 

「心がポカポカ温かくなって、碇君に抱き締めてもらっているような気分がします」

「あ、あんですって!?」

 

 レイの言葉を聞いたアスカは、怒った顔でシンジの方を振り返ってにらみつけた。

 

「僕は綾波を抱き締めた事なんて無いよ!」

「そう、碇君は私にお粥をあーんって食べさせてくれただけ」

 

 シンジとレイの話を聞いたアスカはさらに怒りを募らせた。

 

「何よ、そんな羨ましい事をされていたのにレイは黙っていたの!? 協定違反よ!」

「あの時のレイは使徒の攻撃で腕を負傷していたから仕方が無かったのよ。それに初号機には、後でアスカも乗せてあげるからさ」

 

 そう言ってミサトはアスカの両肩に手を置いてなだめた。

 

「先輩、レイちゃんのシンクロ率、零号機に乗っている時より高いですね」

「零号機はプロトタイプなのだから、当然よ!」

 

 アスカはどうしてもエヴァの性能差のせいにしたいらしく、マヤの言葉に口を挟んだ。

 

「理由はそれだけでは無いのよ」

 

 リツコは思い当たる節があるらしく、憂いを浮かべた表情でそうつぶやいた。

 

「アスカ、今度はあなたが初号機に乗ってみる?」

「L.C.L.は新しいものに入れ替えてよね。レイのせいでシンクロ率をされられたらイヤだから」

「私はそんな卑怯な事はしない」

 

 レイは力強い瞳でアスカをにらみかえした。

 仲は悪くないのに、シンジの事となると強力なライバル意識を剥き出す。

 

「分かったわ、L.C.L.は全て入れ替えましょう」

「先輩?」

 

 マヤが心配するような表情でリツコを見つめる。

 

「別にレイ、あなたの不正を疑っているわけでは無いのよ。アスカも同じ条件下でデータを取りたいだけ」

「分かりました、赤木博士」

 

 リツコがレイの肩に手を掛けて微笑みかけてフォローすると、マヤは安心した顔になった。

 シンジはアスカの身体が震えて始めている事に気が付いた。

 

「どうしたのアスカ、もしかして初号機に乗るのが怖いの?」

「そんな訳ないじゃない、これは武者震いよ」

 

 心配したシンジがアスカに掛けた言葉は、アスカのプライドを傷つけた。

 もしレイよりも低いシンクロ率が出てしまったらどうしようと、アスカは心の底では不安だった。

 

「アスカ、心を落ち着けないとエヴァとのシンクロは上手くいかないわ」

「分かってるわよ!」

 

 レイにとっては善意からのアドバイスのつもりだったが、アスカはレイが余裕ぶっているように感じた。

 アスカとレイの順番が逆の方が良かったんじゃないの、とミサトはリツコに視線を送ったが、リツコはわざとこの順序にしたようだ。

 

「お、お邪魔します……」

 

 アスカは身体を固くしながら、低姿勢で初号機に乗り込んだ。

 レイの言った通り、初号機はアスカの事を温かく迎え入れてくれている感じがした。

 身体中の緊張が解けて行くのがアスカには分かった。

 

「アスカ、初号機に乗った感覚はどう?」

「弐号機に乗った時ほどの一体感は無いけど、心も身体も温かくて気持ちいいわ」

 

 リツコの質問にアスカはウットリとした表情で答えた。

 その様子にミサトもシンジも一安心だが、次に気になるのはレイの反応だった。

 

「赤木博士、アスカのシンクロ率は私よりも高いですか……?」

 

 レイの真摯な瞳に尋ねられたリツコは、誤魔化すわけにはいかないと思った。

 

「ええ。だけどアスカは弐号機に乗り続けていたから、パイロットとしての経験値の差がそうさせているのよ」

「ほら、アスカちゃんが弐号機に乗っている時ほどシンクロ率は高くないでしょう?」

 

 レイが落ち込まないように、リツコとマヤは必死に励ました。

 

「まあ、弐号機の方が性能的には上だから、仕方ないわね」

 

 アスカは湧き上がる喜びを完全に隠し切る事は出来ないようだ。

 ミサトとシンジはここでアスカを褒めてしまっては、レイをさらに落ち込ませる事になると空気を読み取って、ぐっとこらえた。

 

「レイちゃんと零号機のシンクロ率、落ちないと良いですけどね」

「その場合には、レイは初号機の予備パイロットとして、零号機には別のチルドレンを乗せるわ」

 

 レイ達に聞こえないように小さな声で囁いたマヤは、リツコの返事を聞いて驚いた。

 

「まだチルドレン候補だけど、ドイツ支部にゼーレと言う14歳の娘が居るらしいのよ」

 

 リツコはマヤにそっとそう告げるのだった。

 

 

 

<ネルフ本部 零号機ケージ>

 

 初号機の実験は成果を上げて終了し、次はシンジが零号機に乗ることになった。

 シンジも他のエヴァに乗るのは初めてだ、緊張してエントリープラグへと乗り込んだ。

 

「どうシンジ、零号機のエントリープラグはレイの匂いがする?」

 

 鼻をひくつかせているシンジを見て、アスカは不快そうな顔でそう尋ねた。

 

「いや、綾波じゃなくて、僕が嗅いだことのある別の女の子のような匂いがするような……」

「おかしいですね、L.C.L.は無味無臭に感じるはずですよね、先輩?」

 

 シンジの言葉を聞いて、マヤは不思議そうにリツコに尋ねた。

 L.C.L.に匂いや味を感じなくなるのは、L.C.L.が人間の構成物質に()()()()()()()で出来ているからである。

 トイレに入ってしばらくするとアンモニア臭に慣れてしまうのと同じだ。

 L.C.L.の場合は直ぐに慣れてしまう、シンジが女性の匂いだけを感じ取ったのはそのせいだ。

 

「シンジが知っている女の匂いって誰よ? もしかして、マナじゃないでしょうね?」

「霧島さんに背中に抱き付かれたのはあの1回だけだよ、匂いなんて覚えてない」

 

 シンジは目を吊り上げて御冠になっているアスカに向かってそう釈明した。

 

「まあ、気になるならアスカも乗って確かめてみたらいいじゃないの」

 

 ミサトがそう言ってアスカをなだめるが、アスカは口を尖らせる。

 

「アタシは零号機なんかには乗りたくないもん! それよりもレイはずっと零号機に乗っていたから分かるんじゃないの?」

「私にも分からないわ」

 

 アスカに尋ねられたレイは首を横に振った。

 

「シンクロ率は起動指数ギリギリですね、先輩」

「別に無理して他のエヴァに乗る必要は無いじゃん!」

 

 マヤがそう言うと、アスカはそう言い放った。

 しかしダミープラグを開発するリツコたちにとっては、ダミープラグに汎用性があると助かるのだ。

 

「やはり1本のダミープラグで全てのエヴァを動かすのは無理そうですね」

 

 マヤはダミープラグの3本くらい、頑張って作りましょうと励ますような視線を送った。

 しかしエヴァの量産化計画を知っていたリツコには頭の痛い問題だった。

 

「まあ、起動するだけでも良しとしましょう」

 

 リツコはそうため息をついて、テストの終了を告げようとした。

 その時、涼しい顔でエントリープラグに座っていたシンジが突然苦しみ出した!

 

「うわぁぁぁぁっ!」

「神経パルスが逆流しています!」

「回路切断、急いで!」

 

 リツコの指示でマヤは初号機とシンジの神経接続を解除したが、一足遅かった。

 皆がディスプレイで見ている目の前で、零号機の中に居るシンジの身体は溶けてL.C.L.となってしまった。

 シンジの着ていたプラグスーツはL.C.L.の中をフワフワと漂う。

 

「リツコ、直ぐにあたしのプラグスーツを用意しなさい!」

 

 ミサトはリツコを殺しそうな勢いで締め上げた。

 

「あ、あなたがシンジ君を、助ける……?」

「当たり前じゃない、早く!」

 

 ミサトに突き飛ばされたリツコは、自分の足で零号機ケージの外へと駆け出して行った。

 

「シンジは一体どうなったのよ!?」

 

 アスカは血の引いた真っ青な顔になって膝を折って倒れてシンジの消えた画面を見続けていた。

 マヤは部屋を出て行くリツコに目もくれず、血走った目で必死にキーボードを叩いていた。

 

「加持三佐、あなたは零号機について何か知っているんですか?」

「ごめんねレイ、シンジ君はあたしが絶対に助けるから」

 

 ミサトはレイの頭を胸に強く抱き締めてそう話した。

 するとレイは厳しい表情になって、ミサトの身体を両手で突き放した。

 

「碇君が危険な目に遭うと知っていて零号機に乗せたのなら、私はあなたを許せません」

 

 レイは今までにない殺意のこもった憎悪の瞳をミサトに向けた。

 零号機ケージはマヤの掻き鳴らすキーボードの音以外、静かで重い緊迫した空気に包まれた。

 

「シンジ……シンジ……」

 

 涙を流す余裕も無く、うわ言のように繰り返し呟くアスカ。

 不俱戴天の仇のようにミサトをにらみつづけるレイ。

 

「ミサト、プラグスーツを持って来たわよ!」

 

 息を切らせてリツコが持って来たのは、『00』の文字が刻まれた真っ黒なプラグスーツだった。

 大きさはレイが来ているプラグスーツと同じだった。

 

「加持三佐、まさかあなたがこれを着て零号機の中に……?」

 

 想像もつかなかった事態に、レイはびっくり仰天した顔になってミサトに尋ねた。

 

「御名答♪ ちょっちきついけど、何とかなるでしょ……」

 

 ミサトはレイに答えると、何のためらいも無く下着まで脱ぎ捨て、プラグスーツを着ようとした。

 しかし14歳の女子向けに作られた、しかも最後に着たのが14年前だと言う服を、29歳のミサトが着るのはかなり無理がある。

 

「色々な所が破けちゃったけど、仕方ないか」

 

 この場に零号機に取り込まれたシンジの他に男性が居なかったのは女神の采配だったかもしれない。

 ゲンドウとコウゾウは会議中、マコトとシゲル、その他新人スタッフは戦艦AAAヴンダーの改造作業、リョウジはマリを追跡中だった。

 ミサトが無理やり着たプラグスーツは胸やお尻や太ももの部分が、ダメージジーンズのようにびりびりに避けて、大事な部分まで見えてしまっている。

 そしてなるべくエントリープラグの中のL.C.L.を零さないように素早くミサトはハッチを開けて中に入る。

 

「3分の2もL.C.L.が残っていれば十分か」

 

 ミサトはそうつぶやいてシートに座ると、目を閉じて零号機とのシンクロを開始した。

 全てをミサトに任せる事に決めたマヤとリツコは祈りながらその様子を見守っていた。

 永遠とも思える3分が経過した後、L.C.L.の中に生まれたままの姿のシンジの身体が再生成された。

 見守っていたリツコとマヤとレイは歓声を上げ、アスカの瞳にも光が戻った。

 

「ごめんね……ごめんね……本当にごめんね……」

 

 ミサトの流した大量の涙はL.C.L.とは混ざらずに、エントリープラグの中を漂った。

 誰に対してミサトが謝っているのかは、ミサト本人にしか分からない。

 レイは自分に対してもミサトが謝っているのだと考え、シンジが助かった事もあり、ミサトを赦す事にした。

 ミサトはシンジを危険な目に遭わせるために零号機に乗せたのではないと、ミサトの涙を見てそう思った。

 そしてレイはアスカにまた差を付けられてしまったような気分になった。

 シンジを喪った悲しみよりも先に、ミサトへの怒りに囚われてしまった自分に気が付いた。

 でもシンジを諦める事は出来ないと、エントリープラグから救出されたシンジの身体にすがり付いて泣くアスカを見てそう思うのだった。

 外傷の無いシンジの身体は無事のように思われた。

 しかし病室で目を覚ましたシンジはとんでもない事になっていたのだった。

 

 

 

<ネルフ本部 司令室>

 

 エヴァの相互起動実験が行われていた頃、司令室では……。

 ゲンドウとコウゾウが居る、ネルフの司令室に黒い石板のようなものが浮かび上がった。

 石板には『Audio Only(音声のみ)』の文字の他に、Deutschland(ドイツ)、U.S.A.(アメリカ)と国の名前を表す文字が浮かんでいる。

 各国のネルフ支部のリーダーが集まった音声会議が始まろうとしていた。

 

「それではこれより定例報告会議を始める。キール所長、宣誓をお願いします」

 

 総司令であるゲンドウが告げると、ドイツの国名が書かれた石板から、年老いた老人の、しかし張りのある声が朗々と響いた。

 

「Das Schicksal der Sünder wurde gesucht und die Tragödie des Krieges verursacht.

 (罪人によって運命が求められ、悲劇が引き起こされた)

 Lehne das von Gott gegebene Schicksal ab.

 (神によって与えられた運命を拒絶せよ)

 Das entstellte Schicksal sollte im Namen des neuen Gottes aufgehoben werden.

 (間違った運命は新しい神の名の下に取り消されるべきである)」

 

 キールの言葉は研究機関ゲヒルンが特務機関ネルフへと姿を変えた時に誓われた標語だった。

 使徒と戦う力を持つエヴァを手に入れたゲンドウ達は、使徒から逃げ延びる研究機関ではなく打倒使徒を誓う特務機関となった。

 自分たちの子孫、『For Children』(チルドレンのために)。

 

「申し訳ございません、ロンギヌスの槍を独断で使用してしまいました」

「構わん、使徒を倒すためには仕方の無い事だったのだろう?」

 

 会議の冒頭から謝ったゲンドウに、キールは穏やかな口調でそう答えた。

 その声にはゲンドウを責めるような怒りは感じ取れなかった。

 

「左様、第三新東京市やエヴァに被害がほとんど出なかったのは幸運な事よ」

「その分の予算をエヴァの新造に回せるな」

 

 中国の支部長も、アメリカの支部長もゲンドウの手腕に概ね満足しているようだった。

 

「使徒がネルフのコンピュータネットワークにウイルスとして侵入したそうだが、大丈夫なのか?」

「はい、ダミープラグの開発も遅れはありません、エヴァの相互起動実験まで進んでおります」

 

 キールの質問にゲンドウはそう答えた。

 

「問題は衛星軌道上まで飛び去ってしまった、ロンギヌスの槍についてですな」

「左様、カシウスの槍と対になる物。エヴァが揃うまでに回収を考えねばならん」

 

 アメリカの支部長の言葉に、中国の支部長も同意した。

 

「それについては考えがあります。AAAヴンダー艦を宇宙戦艦に改造するのです」

「なるほど。あの艦ならばロンギヌスの槍も回収できるだろう」

 

 ゲンドウの提案にキールが納得したように答えた後は、細かい予算についての話をして会議は解散となった。

 ゲンドウとコウゾウが起きた事件の事を知ったのは、会議が終わった後の事だった。

 

 

 

<ネルフドイツ支部 食堂>

 

 日本のネルフ本部より遠く離れたドイツ支部の食堂では、レイよりも濃い青色の髪のショートカットのプラグスーツを着た青い瞳の少女が、ハンバーグを10皿平らげていた。

 

「にゃにゃにゃちわ、ゼーレちゃん」

「あっ、んぐんぐ、マリさん、んぐんぐ、こんばんは」

「おいおい、電話で話す時ぐらい、食べるのは止めようよ」

 

 ゼーレは11皿目のハンバーグを飲み込むと、食事の手を止めた。

 

「さすがに大食いってあだ名が付いちゃうくらい、よく食べるねぇ」

「はい、ネルフの皆さんは優しくて、たくさん料理を食べさせてくれるんです。わたし、食べている時が一番幸せです!」

 

 弾むような声で、ゼーレはマリの通話にそう答えた。

 

「たっぷり食べなよ、それが最後の晩餐になるかもしれないから」

 

 マリの言葉がゼーレの耳に届くと、少女の瞳が紅く染まる。

 

「任せとけって、ゼーレはアタシが守ってやるからさ」

「レーゼちゃんがそう言うのならば安心だね♪」

 

 青い瞳に戻ったゼーレはマリと楽し気に話して通話を切った後、大好物のバームクーヘンをリスのように頬張った。

 これがゼーレにとってのデザートのようだ。

 明日も大好きなバームクーヘンが食べられます様にとゼーレは心の中で手を合わせて祈った。 

 

「ゼーレ、そろそろ時間だ。その大きなお腹をどうにかしたら、エヴァのケージへと来い」

 

 白衣を着たネルフドイツ支部の博士が声を掛けると、食堂に居たスタッフ達から笑い声が上がった。

 シンジと似た、濃いブルーのプラグスーツは伸縮性に優れてゼーレの体型がハッキリと分る。

 身長150センチで細身の彼女の身体にそんなに食べ物が入るものなのかと、大食い対決を申し込んだスタッフはゼーレには勝てなかった。

 孤児だったゼーレには苗字は付けられなかったが、ドイツ語で大食いと言うニックネームが彼女のファーストネームのようだった。

 

「了解しました!」

 

 ゼーレは元気に返事をすると、花を摘むために食堂を出て行った。

 当初ネルフのドイツ支部のスタッフの大人達は、怯えるゼーレを手懐けるためにお菓子を与えていた。

 ゼーレが食べる姿は小動物のように可愛いもので、スタッフ達は必要以上に菓子を与えてしまう。

 それがいつの間にかゼーレを大食いにしてしまった。

 幸いにしてエヴァのパイロットとしての呪縛に囚われていたゼーレは、いくら食べても太る事はなく、排泄物もL.C.L.となっていた。

 

 

 

<ネルフドイツ支部 仮設エヴァケージ>

 

 それから数時間後、TESTと印字されたプラグスーツを着たゼーレは、エヴァ試作機へと乗り込んだ。

 このエヴァにはナンバーは割り振られてはいない。

 しかしこのエヴァの起動実験が成功すれば、ダミープラグとは別の方法でエヴァを起動する事が出来る。

 アメリカ支部はS2機関の開発、ドイツ支部はダブルエントリーシステムの開発と、ネルフ本部以外の支部にもそれぞれ役割が割り当てられている。

 これはドイツ支部の威信を懸けた実験だ。

 エントリープラグのシートに座ったゼーレの瞳が青から赤に染まる。

 操縦するのは戦闘能力の高いレーゼの人格と入れ替わった方が良いと2人で相談したのだ。

 レーゼに変化してエヴァの起動準備が出来たと見たスタッフ達は、起動実験を開始した。

 

「レーゼちゃん、怖い、怖いよ……」

「バカっ、まだ始まったばかりだ、気をしっかり持て!」

 

 エントリープラグの中をモニターしているドイツ支部のスタッフ達には、レーゼの声しか聞こえない。

 危険な状況だとは分かっているが、ゼーレの魂には耐えてもらうしかないのだ。

 

「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……」

「おい、ゼーレっ! 負けちゃダメだ!」

 

 やがてゼーレの声が聞こえなくなると、レーゼはゼーレに向かって必死に呼び掛けた。

 しかし、ゼーレからの返事はない。

 

「コアからの反応、完全に消えました」

 

 残酷なオペレータの声がケージ内に響いた。

 それはゼーレの魂が完全に砕けてしまった事を意味していた。

 マリに連れて来られ、ドイツ支部のスタッフに愛情を注がれて育成されたゼーレと言う少女。

 優しくても芯の通った少女の2度目の死に、スタッフ達は涙を流した。

 

「アタシはゼーレを守れなかった……」

 

 そうつぶやいて赤い目から涙を流したレーゼも、元のL.C.L.へと爆ぜた。

 

「実験は完全に失敗だ。L.C.L.は一滴も残さず回収しろ」

 

 博士はそう言うと、自分の手が痛むのにも関わらず、壁を思い切り拳で殴った。

 誰も言葉を発する事無く淡々と作業をした。

 会議を終えてから報告を聞いたキールは深いため息をついた後、死海文書のシナリオが書かれた端末に目を通した。

 

 『LAST ANGEL(最後の使徒)』と書かれた文字を見てそっとつぶやいた。

 

「これでは、遅すぎるのだよ……」

 

 

 

<ネルフ本部 赤木博士研究室>

 

 ダミープラグ開発担当のオペレータ3人もエヴァ相互起動実験にエヴァのケージへと駆り出され、誰も居ないリツコの研究室で、マリは優雅に紅茶を飲んでいた。

 マヤの席に敷かれた座布団の座り心地が気に入ったようである。

 

「……そっか、ゼーレとレーゼちゃんは還ってしまったんだね。2人には可哀想な事をしたよ。会議が終わったらゲンドウ君とサルベージの善後策を考えてみる」

 

 ドイツ支部から報告を受けたマリはそう言って電話を切った。

 入口の陰からそんなマリの姿を窺うリョウジに、マリの方から声を掛けた。

 

「おやおや、旦那さんが若い娘のお尻を追い掛け回しているなんて知ったら、美人の奥さんが焼いちゃうよ」

「良く言うぜ、俺達より年上だろう?」

 

 両手を挙げてリョウジは物陰から姿を現した。

 隠れてマリを尾行したつもりが視えていたとは、いや、識っていたのかもしれないとリョウジは思った。

 

「まあ積もる話はあるだろうけど、ゼーレちゃん達を偲んで、紅茶を飲みながらバームクーヘンでも食べない?」

 

 マリはそう言うと、バームクーヘンの入った菓子箱をリョウジに向かって突き出した。

 

「俺はコーヒー派なんで、紅茶は遠慮しておくよ。余計なカフェインは摂りたくないんでな」

「じゃあ、バームクーヘンも後でリッちゃん達と一緒に食べようっと」

「戦略自衛隊に帰らずにネルフ内をウロウロしているのは、マズいんじゃないか?」

「三重スパイの君がそれを言うかなぁ」

 

 マリは皮肉めいた口調でアヒル口でそう言った。

 

「あんたは何を司令と一緒になって企んでいる?」

「わたしはユイさんの願いを叶えたい一心で動いている。あのオッサンはライバル」

「ユイさんってシンジ君の母親だろう? 彼女の望みは何だ?」

「そりゃあ、愛するチルドレンの幸せだよ。だからわたしは相互実験計画には反対したんだけどね、ゲンドウ君は聞いてくれなかった。何も悪い事が起こらなければ良いけど」

 

 そう言ってマリは深いため息をついた。

 

「お前、司令まで操って何をしようとしている」

「私は目的のためなら利用できるものは全て利用するよ。碇司令も、葛城博士も、君もね。おっと、そろそろ実験が終わる時間だにゃ」

 

 マリはそう言うと、手早く紅茶を飲んでいたティーカップを洗い、残ったバームクーヘンの入った菓子の箱をテーブルに置くと、リョウジに手を振って去って行った。

 リョウジは秘密にされている事はとことん調べたくなるジャーナリストの魂のようなものを持っていた。

 ただの戦略自衛隊の研究員ではない、いつかマリの化けの皮をはがしてやると心に誓った。

 

 

 

<ネルフ本部 シンジの病室>

 

 スキャンでは脳内出血、脳挫傷などの異常は無いと言う事で、シンジは服を着させられベッドへと寝かされた。

 病室ではアスカとレイがシンジの覚醒を待っていた。

 シンジが目を覚ましたらミサトに報告する事になっている。

 ゲンドウやリツコ達は、様々な実験の失敗報告を受けて、計画の見直しを迫られて忙しいようだった。

 

「知らない天井だ……」

 

 シンジが目を開けてつぶやくと、椅子に座って居たアスカとレイは、アスカは手に持っていた携帯ゲーム機をポイっと床に放り投げて、レイは読んでいた百科事典のように分厚い推理小説の本を床に落としてシンジの側に駆け付けた。

 

「シンジ!」

「碇君!」

 

 嬉しそうな顔で自分を見つめるアスカとレイの顔を、シンジは焦点の合わない、目で見つめていた。

 

「僕は誰? 君達は誰?」

「えっ、何を言ってるの、碇君」

「笑えない冗談は止しなさいよ」

 

 シンジの言葉を聞いたレイとアスカも不思議そうな顔で聞き返した。

 

「君達、可愛いね。僕と友達になってよ」

 

 シンジが笑顔でそう言うと、アスカとレイは怒って同時にシンジの頬に平手打ちを食らわせた。

 両サイドから強烈な平手打ちを食らったシンジは後頭部をベッドの縁に打ち付けてノックダウンしてしまった。

 

「葛城三佐、碇君が記憶喪失になってしまったようです」

「性格もリョウジさんみたいになってるのよ!」

 

 アスカはレイから携帯電話をひったくってそう訴えかけた。

 

「何ですって!? リツコ達と一緒にそっちに行くから!」

 

 再び気絶してしまったシンジを前に、アスカとレイは頭を抱えた。

 シンジの後頭部に出来てしまった、たんこぶの事などそれほど問題にならない。

 

「ミサト、どうしてシンジは記憶喪失になんかなってしまったのよ!」

「碇君の脳には損傷は無かったはずなのに、どうして?」

 

 医学的な知識に疎いミサトは、アスカとレイにどう説明して良いのか困った顔になった。

 

「考えられる可能性は2つあるわ。1つはシンジ君の脳に隠れた損傷がある事。もう1つはシンジ君が自分を守るために、記憶に蓋をしてしまった事ね」

「記憶に蓋!? どういう意味よ!」

 

 リツコの説明に、アスカは身を乗り出して聞き返した。

 

「零号機の中で、精神が崩壊してしまうほどの恐怖か何かを味わった事よ」

 

 ミサトがそう告げると、アスカは真っ青な顔になった。

 アスカは今まで自分にとってエヴァは頼れる味方のはずだ、パイロットに害を及ぼすはずは無いと思っていた。

 

「安心しなさい、弐号機はアスカに危害を加える事は無いはずよ。今回の件は相互起動実験の結果起きてしまった痛ましい事故なの」

 

 弐号機とアスカのシンクロ率までもが下がってしまってはマズい事になる。

 そう考えたリツコはアスカにフォローを入れた。

 

「それでは、碇君はこれからどうするのですか?」

「本来のエヴァである初号機に乗せてみる。初号機ならきっとシンジ君の心の傷を癒してくれるわ」

 

 レイの質問にリツコはそう答えた。

 

「エヴァで受けた傷は、エヴァで治すっていうの?」

「そう言う事になるわね」

 

 アスカの質問に、リツコはそう答えた。

 

「赤木博士、もしかして碇君が初号機に乗って戦力になるのか、試したいのでは無いですか?」

「あんですって!?」

 

 レイが鋭い視線をリツコに向けて指摘すると、アスカもリツコをにらみつけた。

 

「ごめんなさい、私達にそのような考えが全く無いとは言い切れないわ。それでも、シンジ君のためなのよ」

 

 リツコとミサトに揃って頭を下げられたアスカとレイも、赦さないわけにはいかない。

 目を覚ましたシンジは初号機に乗せられる事となった。

 

「それにしてもレイ、アンタ何で零号機なんて、物騒なものに乗っているのよ」

 

 アスカはレイと零号機のシンクロ率が高くならないのは、レイが自ら進んで乗っているからでは無いと今回の事件を通して考えた。

 シンジが居なければ、レイは初号機に乗っていただろう。

 

「エヴァに乗るのは皆との絆……だから。エヴァに乗れば、大切な人達を守れるから」

「レイ、アンタってば、そんな思いで恐怖に耐えて来たのね」

 

 レイの言葉を聞いたアスカは思わずレイの身体を抱き締めた。

 

「大丈夫、アスカ。零号機はそんなに怖くないから」

 

 アスカに抱き締められたまま、レイはそう答えた。

 

「それよりも、碇君の記憶を取り戻すのが先よ」

「そうね、真っ先にアタシとレイの事を思い出してもらわないと」

 

 レイとアスカはそう言うと、プラグスーツに着替えるためにロッカールームへと向かう。

 

「もしかしてあなたたち、シンジ君と一緒に初号機に乗るつもりなの?」

 

 リツコの質問に、アスカとレイはしっかりとした表情でうなずいた。

 

「それじゃあ、あたしも……」

「葛城三佐のプラグスーツは反則」

「そうよ、性格がスケベシンジになったらどうするのよ!」

 

 レイとアスカの強い反対で、ミサトの案は却下。

 何を考えているんだか、とリツコもため息をついた。

 果たしてシンジの記憶は蘇るのか、初号機3人乗り起動実験が行われる事になったのだった。




ゼーレの設定が変更になりました。
どうしてもサブタイトルにゼーレを入れたかったので、過去の話にさかのぼって変更しました。

文章量少なめのハイペースで進めた連載ですが、補完した方が良いでしょうか? 最終話だけ別のアンケート(続編について)になります。

  • 本文は今の量が読みやすいので外伝形式で
  • 本文の量が増えても加筆修正が良い
  • 外伝で活躍させたいキャラ(メッセージで)
  • 第〇話の修正希望(メッセージで)
  • こんなifストーリーどう?(メッセージ)
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