新世紀エヴァンゲリオン for Children ~全ての子供たちのために~ 作:朝陽晴空
<ネルフ本部 初号機ケージ>
まず先にネルフ中国支部から仮設伍号機が空輸されてきた。
その日の東シナ海は積乱雲が多かったが、スピードが命の中国支部の輸送機はそのまま積乱雲を突っ切った。
韓国支部製のダミープラグも動作には問題は無さそうだ。
これで作戦の第一段階は成功したとゲンドウとリツコとコウゾウは思った。
それからしばらくして、アメリカ支部から参号機、肆号機が届き、綿密なメンテナンスと清掃の後、松代で起動実験が行われる事になった。
シンジ、アスカ、レイの3人はネルフ本部で待機任務に就いていた。
それぞれのケージに居る3人はモニターで話をしている。
「トウジや渚君の乗る参号機と肆号機ってどんなエヴァなのかな?」
「全く、ケチケチしないでアタシ達に見せてくれればいいのに!」
シンジとアスカは、アメリカ支部から到着したと言う参号機と肆号機を見せてもらえなかった。
ミサトによれば、お披露目会でのお楽しみ、だそうだ。
「どうして起動実験をネルフ本部では無く、松代の実験場でやるのかしら?」
レイは不満よりも疑問の方が勝っていた。
「アンタもミサトから聞いたでしょ? 搭載されているS2機関が暴走する可能性があるって。内部電源に時間制限が無いエヴァだなんて、チートだわ」
「アスカも弐号機にS2機関を載せて欲しいんだ?」
「フン、アタシの場合は内部電源が切れる前に使徒を殲滅しているから問題無いわ」
シンジの言葉に、アスカは自信たっぷりにそう答えた。
「S2機関が暴走したら、ジェット・アローンの時みたいにエヴァを抑えないといけないのかな……」
そうぼやいたシンジだが、レイは遠く離れた松代の実験場で起動実験を行う理由は、S2機関が暴走した場合、エヴァも被害を受けるほどの大爆発が起こるため初号機達を離れた本部で待機させているのではないかと考えていた。
「トウジとカヲル君、模擬戦をやるみたいだけど、大丈夫かな?」
「ミサトとリツコが付いているんだから問題ないでしょ」
シンジの心配のつぶやきに、アスカはそう答えた。
ミサトとリツコは本部を離れて、参号機と肆号機が起動実験を行う松代へと出張しているのだった。
使徒が出現した場合にはゲンドウが直接指揮を執る事になっている。
「問題なのは碇司令よ」
「父さんが?」
「椅子に座って問題ないばかり言っているオッサンが、ミサトみたいに指示を出せるのかって話よ」
エヴァ同士の会話は発令所にも聞こえて来る。
忌憚のないアスカの言葉に、ゲンドウはこめかみをヒクヒクとさせていた。
本部に残ったマヤはアスカがこれ以上失礼な事を言わないかハラハラしていた。
「シンジとレイはあのガチホモと随分と仲良くなったみたいじゃない」
「趣味が同じで話が合うだけだよ。まだカヲル君については良く分からない」
「私も」
カヲルが来日してから1週間、家族として同居するようになってからシンジとカヲルは同室でチェロとピアノのセッション、カヲルはレイの部屋の秘蔵の本棚から本を借りるようになっていた。
レイはカヲルに警戒心を持っていたが、ずっと弓の弦を張り続けて居られないのと一緒で、少しずつカヲルの前で緊張する事は無くなった。
しかし心の奥底ではカヲルに対して何かを感じていた。
それは自分の正体を見抜かれていると言う恐怖心だけではないとレイは思った。
碇君に対する感情と似ている?
まさか、そんなはずはないわとレイは首を横に振った。
松代の実験場で行われているのは参号機と肆号機の起動実験、その後参号機と肆号機の組手訓練で本部で待機している自分達に出撃命令が出るはずがないとシンジ達は思っていた。
しかしどうして参号機と肆号機の起動実験の様子を本部の発令所で実況中継しないのか。
リツコはWi-Fiの電波が第3者に傍受されると機密情報が外部に漏れると技術的な説明をしていたが、ネルフなら松代から本部まで有線接続も出来そうなものだとシンジ達は思った。
<ネルフ本部 赤木博士研究室>
リツコの研究室ではダミープラグ開発班の最上アオイ、大井サツキ、阿賀野カエデの3人が寝不足の身体に鞭を打ってダミープラグの開発を進めていた。
特に初号機のダミープラグは高いシンクロ率で作動するようにしろと要請を受けていた。
しかしまだ満足の行く結果は得られず、3人は休日返上どころか休憩も許されない状況で強行軍を強いられていた。
「あーあ、こんなデスマーチをさせられてたら、ミスが出ちゃうわよ」
「サツキ、もう少しなんだから頑張ろう?」
「この1週間、他のダミープラグの開発も中断して初号機に専念しろだなんて、何かあるわね」
アオイはくいっと眼鏡を指で上げてつぶやいた。
保険と言う立場で今まで使われる事の無かったダミープラグ。
それが実際に使われる時が来たのかもしれないと3人は薄々と感じていた。
もしも自分達のミスで事件が起きてしまっては大問題だ。
使命感に燃える3人はエナジードリンクの空き缶の山を築きながら納期ギリギリまで初号機のダミープラグの開発を続ける。
「お邪魔しまーす!」
そう言って赤木博士研究室に入って来たのはマリだった。
「あなたは……真希波さん?」
「ちょっと、部外者が入って来られちゃ困るのよ!」
カエデは驚いた顔でマリに尋ね、サツキはマリを追い出そうとした。
「どうして、入って来れたの?」
アオイが当然の疑問をマリにぶつけた。
極秘研究をしている赤木博士研究室には厳重なロックが掛けられている。
扉の鍵を開け放して極秘研究をするはずがない。
「中に入れたって事は関係者と言う事でOK?」
マリの言う事は出任せの屁理屈だが、3人には反対出来るだけの論拠も無かった。
忙しいリツコからの連絡が遅れているのかもしれない。
「皆さんお疲れの様だから、私が手伝ってあげようと思ってね」
「でもシンジ君の一番理解しているのは私だと思いますから、そんなに手伝って頂く事は無いかと」
マリの言葉にシンジ担当のカエデはそう答えた。
「私はシンジ君のお母さんの知り合いで、小さい頃のワンコのように可愛いシンジ君の事は覚えているのさ。だから素のシンジ君の事もお見通しなのさ」
「はぁ……そうですか」
カエデは間の抜けた返事を返すしかなかった。
「マリはカエデ達の見守る前でデータのインプットを開始した」
今までの自分達の努力の結晶であるデータをいじるな、とサツキは食って掛かりたかったが、疲れ果ててしまったサツキ達にはその気力が無かった。
リツコが戻って来た時にどう申し開きをしようかと、その事ばかりを考えていた。
「訓告処分で許してくれるかな……良くて減給、悪くてクビか」
サツキ、自棄にならないでよ。とアオイは思った。
「おっと、そろそろリッちゃんが帰って来る予感、じゃあバイナラ」
マリはそう言うと、研究室から出て行った。
しばらくして入れ替わるように入って来たのはリツコだった。
「ダミープラグ開発の進捗状況はどう?」
リツコはこの3人にはダミープラグを完成させるのは無理な仕事だと思っていた。
だから足りない分は自分の手でやるしかない、そう思って研究室に戻って来たのだが……。
「あなた達がここまでやれるとは思わなかった、素晴らしいわ」
リツコの口から賞賛の言葉が出るとは今までにない事だった。
サツキはよっしゃと、両手を握り締めるほど喜んだ。
「あの…そのプログラムを打ったのは私達じゃなくて、真希波さんなんです」
「余計な事を言わないでよカエデ! 昇給のチャンスが!」
罪悪感に耐え切れなくなったカエデは真実をリツコに報告した。
「あの真希波と言う女性、ますますもって怪しいわね」
「えっ? 赤木博士の友達では無いのですか? 親し気に呼んでいましたけど」
「似た女性は知っているけど、私は知らないわ。母さんの知り合いかしら」
冷静沈着だったアオイまでもが驚きの声を上げる。
理由はともかく、ダミープラグを初号機に搭載する事は出来そうだ。
作戦の準備は整ったと、リツコは松代の実験場に連絡を取った。
<山梨県南都留郡 富士河口湖町 隠された洞窟施設>
富士山の麓、河口湖町にはほとんどのネルフの職員に存在すら知られていない、大きな洞窟施設があった。
エヴァンゲリオン10体が収容できるほどの洞窟は、緊急避難用のシェルターとされていた。
市民用のものではなく、エヴァンゲリオン用のシェルターだった。
そこに秘密裏に運び込まれたのは、中国支部製のエヴァンゲリオン仮設伍号機と韓国支部製のダミープラグ。
国土の狭い韓国支部では実験場を確保できないなどの理由からエヴァは建造しなかったが、ダミープラグや兵器の開発などは他の支部にライバル心を燃やして開発していた。
「碇司令は仮設伍号機をこんな所に隠してどうするつもりだ……?」
探りを入れていたリョウジの後頭部に背後から拳銃が押し当てられた。
仮設伍号機の方に気を取られていたリョウジの不覚だった。
「後は任せたぜ、ヨシアキ……」
「死を覚悟する必要はありませんよ、加持さん」
声の主はゲンドウの忠実な部下で知られる剣崎キョウヤだった。
ネルフ諜報部隊の陰の取締役。
「加持さんにはお判りでしょうが、ここで見た事は奥様にも他言無用でお願いします」
「確かにミサトはシンジ君に同情してポロリと話してしまうかもしれないな」
リョウジが納得したように言うと、キョウヤは突き付けていた拳銃を降ろした。
「しかし別の意味で心配だな」
「赤木博士がチェックしているのでその点は大丈夫です」
リョウジはキョウヤと軽口を叩きながら、急造エヴァよりも床に書かれた魔法陣とローマ数字に興味を持った。
ローマ数字はⅠ~Ⅻまで存在している。
各国のネルフ支部はエヴァンゲリオンを造り続けて居る。
エヴァを一度手放したアメリカ支部でさえ、本部が強権を発動すればまたエヴァの建造を始めるだろう。
(司令との交渉材料が増えた。これは大きな収穫だったな)
この洞窟の真の意味まではキョウヤはおそらく知らされていない。
キョウヤに聞こえないように心の中で呟いた加持は、笑みを浮かべて立ち去るのだった。
<長野県長野市松代町 ネルフ支部 実験場>
長野県松代市には第二次世界大戦時に日本軍が掘ったとされる巨大な防空壕、『松代大本営』の跡地があった。
松代大本営が造られた理由はさて置き、ネルフはその巨大な防空壕を改造してネルフ本部の機能が失われた時の保険として松代市にネルフ支部を作っていた。
実験場には参号機と四号機が運び込まれ、トウジとカヲルはエヴァと対面を果たしていた。
「これがワシが乗る参号機かいな、黒うてなかなかかっこええやないか」
「僕の肆号機は穢れ無き白を基調とした機体だね、華麗に戦場を舞う姿が目に浮かぶよ」
「鈴原君、渚君、こっちへ来て。エヴァに乗る前に説明があるから」
ミサトに呼ばれてトウジとカヲルは会議室の中へと入った。
それからミサトはホワイトボードやタブレットなどを使い、席に座った2人にエヴァの操作方法から、武装、シンクロ率を上げる仕組みや民間人の保護の心得など、学校の授業のように一通りおさらいした。
「ミサト先生、もうワシら一週間近くエヴァの勉強やらハーモニクステストやら、させられたやないですか、早くエヴァに乗せてもらえまへんか」
「座学はもう十分です。あの美しい機体のエントリープラグに僕を誘ってくれないかな」
参号機と肆号機を目の前にして、トウジとカヲルは乗りたい気持ちが前のめりになっているようだった。
「ハーモニクステストの結果は良好だけど、筆記試験の成績は満点を取って欲しい所ね。このままじゃ仮免許も出せないわ」
「筆記試験があるなんて、碇から全然聞いておりませんでしたわ」
「僕も音楽と本の事で脳の容量がいっぱいでね、新しい知識が入り込む余地が無いんだ」
「ブツブツ言わない!」
シンジはハーモニクステストや民間人の保護など、勉強する間も無くエヴァに乗せられている。
トウジとカヲルには時間的に余裕があるため、シンジの方が2人を羨ましく思うはずだ。
「お待ちかね、2人ともケージへと向かうわよ。ロッカールームでプラグスーツに着替えた後、それぞれのエヴァに乗り込んで」
「よっしゃ!」
「了解したよ」
ミサトはこれから発令所で指揮を執る。
松代ネルフ支部には発令所は1つしかなかった。
マヤの話だとコピーしたMAGIが制御しているので本部よりやりにくいようだ。
エントリープラグからトウジとカヲルは参号機と肆号機に乗り込む。
ミサトは最悪の事態を想定して、スタッフはマヤの部下に配属された通称『伊吹組』を使った。
高雄コウジ、長良スミレ、多摩ヒデキ、北上ミドリの控えオペレータ達だった。
参号機か肆号機、どちらかが暴走したら取り押さえる。
その為に起動実験を同じ日に設定したのだ。
ダミープラグの開発は初号機に集中していたので、参号機と肆号機の分は無い。
ミサトはパイロットが初心者である参号機と肆号機のダミープラグの開発を開発するべきだと主張したが、ゲンドウには聞き入れて貰えなかった。
こうなったら自分の作戦指示でトウジとカヲルに頑張って貰うしかない。
エントリープラグに乗り込んだトウジとカヲルはしばらく黙っていたが、カヲルの方からモニターで話を切り出した。
「鈴原君は、洞木さんに好意を持っているみたいだね」
「こうい? 着替えるちゅう意味か」
「好きってことさ」
「ああ、ワシはヒカリのことが好きや、文句あるかい」
カヲルの質問にトウジは迷いなく答えた。
「その好きと言うのはlikeとloveとどっちなのかな?」
「なんじゃい、急に英語使いおって。さっきから好きって言うとるやないか」
トウジは怒気を込めてカヲルにそう答えた。
「言い方が悪かったね、洞木さんの事を恋人として愛しているかって事さ」
「そ、そりゃあヒカリはもう幼馴染やない、こ、恋人や」
カヲルに対してトウジは少しどもりながらもそう答えた。
「なんでそんなこと聞くんや?」
「僕は君たちのためなら命を落としてもいいと思っている、つまり愛しているって事じゃないかと思ってね」
カヲルの言葉を聞いたトウジは思い切り噴き出した。
「気色悪いやっちゃな。渚のその気持ちは『愛』とは違うと思うで。『好き』の方やと思う」
「じゃあ、僕はまだ『愛』と言う気持ちを知らないのかも知れない。鈴原君、教えてくれないか」
「アホか! ワシはノンケや!」
トウジとカヲルが話している間に、参号機と肆号機の本格的な起動準備が整ったようだ。
この後参号機と肆号機はお互いにA.T.フィールドを張りながらの格闘模擬戦闘を行う予定だ。
使徒のA.T.フィールドを破る感覚を養わなければならない。
参号機と肆号機が起動しトウジとカヲルのシンクロ率が起動指数を超えた後、異常を知らせる警告音が発令所に鳴り響いた。
「参号機の内部に高エネルギー反応!」
「何ですって!?」
オペレータのスミレの報告に、ミサトは驚いてそう叫んだ。
<ネルフ本部 発令所>
その頃、ネルフ本部では弐号機と零号機の待機任務命令が解かれていた。
松代での起動実験では、大きな事故は起きなかったと連絡が入ったらしい。
「そっか、トウジとカヲル君は上手く行ったんだ」
シンジが心から安心したような笑顔を浮かべた。
「でも初号機だけ待機命令なの?」
「そう、だからシンジ君はネルフに残る事になるわ。アスカとレイは私が副担任として学校に送って行くから、制服に着替えて準備をしなさい」
「シンジがネルフに残るならアタシも残る!」
「私も……」
リツコの命令にアスカとレイは不満を示した。
「2人とも、エヴァのパイロットだからと言って学校の勉強を疎かにしてはいけないわ。霧島さん達だって、戦略自衛隊の少年兵時代に受けていなかった小学校の勉強を学びながら人一倍努力して中学校に通っているのよ。パイロットの任務が終わった後の方が、あなた達の人生は長いのよ」
そうリツコに正論を言われると、レイは言い返す事が出来なかった。
まるで厳しいお母さんに怒られているみたいだとレイは感じた。
ミサトさんは優しいお母さんだ。
「アタシはドイツで飛び級で大学に進学しているのよ。旧態依然とした日本の学校の授業なんてつまらないわ」
「そうは言ってもアスカ、あなたはまだそれほど漢字が読めないし書けないでしょう」
「翻訳機があるから必要無いじゃない!」
アスカはなおも屁理屈をこねてネルフに残る事を画策した。
「日本の文学は翻訳機では分からないわ。例えば『月が綺麗ですね』は『I LOVE YOU.』と言う意味になるのよ」
「ウソっ! レイは知ってた?」
アスカの言葉にレイはしっかりと頷いた。
「シンジ君にそう言われた時、アスカは聞き流してしまうかもしれないわね」
「うーっ」
皮肉めいた口調でリツコがそう言うと、アスカは唸り声をあげた。
「それに洞木さんは鈴原君の起動実験の事で学校で心細い思いをしているかもしれないわ。親友として励ましてあげるべきじゃないかしら」
「赤木博士、私も洞木さんとは友達です」
妙な対抗心を燃やすレイの言葉も聞いて、アスカは学校に行く事を承諾した。
「アスカ、今夜の晩御飯だけど、作ってあげられなくてゴメンね」
「ふん、アタシだってご飯ぐらい我慢できるわよ」
初号機からのスピーカーのシンジの声にアスカはそう答えた。
家には万能メイドのヨシアキが居るのだ。
でもシンジの料理を食べたいと思うアスカとレイだった。
明日のお弁当は作ってくれるのか、そんな心配までアスカはしていた。
<第三新東京市 第壱中学校 2-A>
学校の授業に午後から参加する事になったアスカは、自分の席でつまらなそうに頬杖をついていた。
「はぁーっ……」
「アスカってば、学校に来てから溜息ばっかり」
「うっさいわね、マナ」
言い返すアスカの声には力が無い。
「参号機の起動実験、上手く行ったんだろう? トウジの帰りを心配している委員長はともかく、どうして惣流がそんなに落ち込むんだよ」
「碇君が居ないと、みんな元気が無い」
ケンスケの疑問に答えるかのように、レイもポツリとつぶやいた。
「ミサト先生もお休みのようですね」
マユミが担任の居ない教壇を見つめてつぶやいた。
「僕たち、碇君やミサト先生が学校に居たから楽しかったんだね」
ケイタの言葉に異を唱える者はいなかった。
シンジの声を聞かないだけで、日常生活がこんなにつまらないものになるなんて、とアスカは思った。
今はただ、シンジのそばに居られるだけでいい、アスカはささやかな願いを祈るのだった。
「アスカ、そんなにふさぎこんでいると可愛い顔が台無しだよ」
「だから余計なお世話」
2-Aの副担任はリツコ。
ミサトが居ないので、ホームルームはリツコが行った。
「うーん、題名を付けるとしたら『惣流アスカの憂鬱』いや『惣流アスカの溜息』かな。この写真は売れるかもしれないぞ」
ケンスケは普段見せない大人びたアスカの表情を見て、カメラの被写体に収めているうちに心の中に不思議な感情が沸き上がった。
憂いを浮かべたアスカの顔がとても美しいものに見えたのだ。
シンジも知らないアスカの憂い顔、それを自分だけの秘密にしておきたいと思った。
そんな時、アスカ達全員のスマホのニュースアプリに重大なニュースが飛び込んで来た。
第二新東京市に緊急避難警報が発令されたと言うのだ。
「使徒が出たってこと!? どうして第三新東京市にも緊急避難警報が出ないのよ!」
「第二新東京市はここから離れているからな、そのせいかもしれないぜ」
「ああ、鈴原……」
ヒカリは真っ青な顔をしてへたり込んでしまった。
「マユミ、ヒカリのことをお願い」
使徒が出現すれば、ネルフからアスカ達に緊急招集の連絡がくるはずだ。
それが無い事にアスカたちは大きな違和感を覚えた。
職員室に居るリツコならきっと事情を知っているはずだ。
「レイ、マナ、みんな、リツコの所へ行くわよ!」
「分かったわ」
使徒が出たのにネルフから緊急招集の連絡が来ないとはおかしい。
アスカとレイ、マナ、ムサシ、ケイタは教室を出て職員室へと向かうのだった。
<ネルフ本部 第一発令所>
ネルフ本部の発令所でも第二新東京市全域に緊急避難命令が出たと騒ぎになっていた。
「父さん、トウジ達が居る松代町に使徒が出たの!?」
「まだ状況を確認中だ。まだ使徒とは断定はされていない」
それでも、松代町で大事件が起こっている事は間違いない。
使徒で無くても、参号機か肆号機のどちらかが暴走したのかもしれない。
シンジはエヴァのコアに『魂』が封じ込められている事を知っている。
その魂がパイロットに干渉しようとして起こるのがエヴァの暴走だとシンジは思った。
「父さん、僕を松代に行かせてよ!」
「それは無理だ、もし使徒だとしたら、使徒はネルフ本部に向かってやって来る。入れ違いになるかもしれん」
「だったら、どうしたらいいの? 向こうに居るミサトさん達と連絡は取れないの?」
シンジはトウジ達の事が気がかりで激しく動揺していた。
「富士山周辺でパターン青を確認!使徒です!」
マコトがそう報告すると、移動するエヴァの姿が発令所の大型ディスプレイに映し出された。
「パイロットは乗っているのかね?」
「はい!」
コウゾウの問い掛けにマコトはそう答えた。
「エントリープラグを強制射出」
「ダメです! 粘ついた糸のように阻まれてエントリープラグを射出できません!」
マヤが悲鳴に似た声でゲンドウに報告した。
「侵食型の使徒か……厄介だな」
コウゾウが苦々しそうにそうつぶやいた。
エヴァを取り巻く白い粘々したような糸が使徒だとシンジは思った。
このままでは、エントリープラグの中に居るパイロットも……!
「トウジ、返事をしてよ! トウジ!」
シンジが通信モニターを通じて呼びかけるがエヴァからの反応は無い。
「パイロットの生命反応は?」
「はい、生きてはいますが、シンジ君の呼び掛けに答えないとなると意識があるかどうか……」
コウゾウの質問にシゲルは辛そうな表情で答えた。
「エヴァ参号機は現時刻を持って破棄。目標を使徒として殲滅する」
「そんな! まだ中にトウジが!」
ゲンドウが大きな声で宣言すると、シンジはゲンドウに対して訴えかけた。
「そうだ! 僕が時間を稼いでいる間にアスカ達を呼んでくれれば、参号機の身体を押さえ込んでエントリープラグを引き抜く事が出来るかもしれない」
「シンジ、相手は接触した相手を侵食する使徒だ。そのような事をすれば、犠牲者が増える事が分からないのか!」
シンジが抱いた淡い希望は直ぐにゲンドウによって叩き潰された。
初号機や弐号機、零号機や戦自ロボットまで使徒に侵食されては被害が広がるだけだ。
あと1人……あと1人でも良いから誰かが暴れている参号機を取り押さえてくれれば、シンジはプログレッシブナイフで使徒である糸を切り裂いて、参号機からエントリープラグを引き抜く事が出来る。
「父さん、ジェット・アローンを、時田さんを呼んで!」
シンジが思い付いた作戦に、ゲンドウは虚を突かれた表情になり思わず立ち上がった。
遠隔操作で動くジェット・アローンならば、使徒との接触でパイロットが侵食される事はない。
ゲンドウが反対する合理的な理由も無く、今度はゲンドウが追い詰められる形となってしまった。
「シンジ、ジェット・アローンが到着するまでの間、お前は使徒の攻撃を避け続けると言うのか!」
「トウジのためならば、やってみせるよ父さん!」
使徒に侵食されたエヴァの動きはそれほど機敏ではなく、シンジが油断しなければ避けられるほど動きもぎこちないものだった。
その理由を知っていたゲンドウとコウゾウは頭を抱える事になった。
「碇、お前の息子の決意は固いようだぞ。どうする? また冷たく突き放すのか?」
コウゾウに尋ねられたゲンドウは苦悩した。
作戦の最高責任者は自分だ、シンジの要求を突っぱねる事も出来る。
しかし息子の成長をこの目で見極めたい気持ちもある。
「分かった。シンジ、お前の言う通りジェット・アローンを出撃させよう」
ゲンドウはシンジの提案を受け入れ、倉庫の奥深くに眠っていたジェット・アローンは日の目を見る事になった。
発令所には時田シロウ博士率いるジェット・アローン操作チームも到着し、使徒に侵食されたエヴァに向かってジェット・アローンは全速前進した。
「時田さん、エヴァの動きをなるべく引き付けて下さい。その間に僕が使徒の糸を切り裂いてエントリープラグを引き抜きます」
「分かった」
シンジの言葉にシロウは快諾した。
今は大人も子供も無い、共に使徒と戦う仲間だ。
「待てシンジ。お前に渡すものがある。モニターで示されたビルに向かえ」
山梨県の森林地帯にポツンと建てられたビル。
初号機が近づくと、ビルは2つに別れ、中から日本刀のような武器が現れた。
「マゴロク・エクスターミネート・ソード、プログレッシブ・ナイフを長くした物よ」
「凄い!」
マヤが説明すると、シンジは感激の声を上げた。
「その武器ならば、遠くからでも使徒の糸を斬りやすくなるわ」
「ありがとう、父さん」
シンジは明るい笑顔でゲンドウにお礼を言った。
「それでは行くぞ! シンジ君!」
「はい!」
ジェット・アローンは使徒の真正面からパンチを食らわせるが、当然使徒のA.T.フィールドに防がれる。
しかし使徒を挑発すると言う目的を果たす事は出来たようだ。
使徒はジェット・アローンに向かって糸を伸ばして浸食を試みる。
だがジェット・アローンは遠隔操作で動くロボットだ。
中にパイロットは乗っていない。
しびれを切らした使徒は両腕を振り下ろして物理的にジェット・アローンを破壊しようとする。
A.T.フィールドを纏った打撃は確実にジェット・アローンの装甲を凹ませた。
ジェット・アローンの奮戦に感謝しながらシンジは使徒の背後に回り、頭を出しているエントリープラグの周りに纏わりついている粘着質の糸をマゴロクソードで切り裂いた。
使徒は身体を引き裂かれてかなり痛がっているようだった。
「今だ!」
シンジはエヴァのエントリープラグを掴むと思い切り引き抜いた。
エヴァからすっぽ抜けたエントリープラグが宙に舞い、地面へと着陸した。
「やった!」
「大変です! 使徒のコアはエントリープラグの中心です!」
マコトがそう報告すると、シンジとシロウの笑顔も、発令所の空気も凍り付いた。
エントリープラグを握り潰す、すなわちパイロットの命を絶たないと使徒は殲滅出来ないのだ。
「シンジ君、辛いと言うのなら、ジェット・アローンが代わりにやるが……」
ジェット・アローンの力でも、エントリープラグを踏み潰す事は出来るだろう。
しかしシンジはシロウの提案に対して初号機の首を大きく横に振って答えた。
「いえ、僕がやります!」
シンジはそう答えると、初号機でマゴロクソードを振り上げた。
しかし次の瞬間、シンジはエヴァに対する様々な違和感に気が付いた。
エヴァ参号機のエントリープラグのはずなのに、『05』とナンバーが刻印されている。
さらに強く自己主張するように『〇AM〇UN〇』のロゴが刻まれていた。
参号機と肆号機はアメリカ支部が作ったものだと聞いていたシンジの頭に疑問符が浮かんだ。
バキッと腕が折れる音がして、初号機の目の前に転がって来たエヴァの腕を見ると、『Made in China』と小さく書かれているのがシンジには分かった。
「父さん、これはどういう事? このエヴァはトウジが乗っている参号機じゃないの?」
「う…む…どうやら中国で造られた仮設伍号機のようだな」
シンジが強く問い詰めると、ゲンドウは歯切れが悪そうにそう答えた。
「エントリープラグが発火しました! 仮設伍号機にも亀裂が!」
マヤがそう報告をした。
エヴァの機体の耐久力が糸状の使徒の締め付けに耐え切れなくなり、仮設伍号機はズタズタになった。
またエントリープラグも炎上を始め、使徒のコアは初号機が手を下すまでも無く炭となった。
「これは〇ム〇ン電子と現〇自〇車が共同開発したダミープラグのようですね」
シゲルがそう言うと、シンジはこのエヴァには誰もパイロットが乗っていなかった事を理解した。
「父さんは僕を騙したんだね……? 僕が友達を、トウジを殺す事が出来るか試したんだね……?」
「ああ、そうだ」
シンジの問い掛けに、ゲンドウはそう答えた。
「酷いよ、酷いよ父さん……!」
そう言うとシンジは、大声をあげて泣き始めた。
そのシンジの泣き声はモニター通信を通して発令所へと響き渡った。
ミサトやアスカが居れば直ぐにでもシンジの元へ走って抱き締めただろう。
しかしその2人はここには居ない。
「碇、シンジ君はまだ14歳の子供なのだぞ」
コウゾウにそう言われたゲンドウは席から立ち上がると発令所を出て、一番足の速いVTOL機で初号機の元へと向かった。
そして初号機のエントリープラグのハッチを開けて、未だに泣き続けて居るシンジを抱き締めた。
「すまなかった、シンジ……!」
ゲンドウはそう言うと、シンジが泣き止むまでずっと抱き続けた。
不器用な自分に出来る事はそれしかないと思った。
<第三新東京市 郊外 加持邸>
作戦が全て終わった後、反省会も兼ねてミサトとリョウジの家で食事会が行われた。
今回の作戦で生まれてしまったわだかまりを完全に解くには、美味しい料理が必要だと判断したからだった。
今日は前の食事会と違い、ゲンドウとコウゾウなど、ネルフの主だったスタッフが招待されている所だった。
これまで存在感を示せなかった時田シロウ博士や、ダミープラグの開発に尽力したカエデ達3人も初めて加持邸の食事会に参加した。
ネルフに残っているのは名前も登場しないモブキャラ達だけだが、交流を深める事が最優先とされた。
「リツコってば、学校のシャッターを全て閉めて、アタシ達を軟禁してシンジを助けに行けないようにしたのよ!」
「ごめんなさいね、あそこであなた達が助けに入ると、作戦が台無しになってしまうから。それに、侵食型の使徒にエヴァを近づけるわけにはいかなかったのよ」
アスカは自分がシンジを助けに行きたかった事を必死にシンジにアピールしていたが、言われなくてもアスカ達全員がシンジを助けに行きたかった気持ちは分かっている。
いつも学校に行く事が少ないリツコがその日に限って学校に行ったのはアスカ達を閉じ込める作戦の一環だったのだ。
「参号機と肆号機の起動実験の方はどうだったの?」
「ワシ、張り切り過ぎて、ネルフのみんなを驚かせてしまったんや」
シンジに尋ねられたトウジはバツが悪そうに頭をかきながらそう答えた。
「ヤシマ作戦で倒した使徒を覚えている? 鈴原君は参号機の体内にエネルギーを溜めて、強力なビームを撃ち出したのよ」
ミサトはトウジが起こした奇跡について説明した。
「僕の乗る肆号機との模擬戦闘の時には使用禁止にしてもらったけどね」
「エネルギーを溜めている間は動けんし、誰かが守ってくれなあ、使えんわ」
松代の実験場で2人で濃密な時間を過ごしたからか、トウジをカヲルの仲が良くなったかのように思えた。
「シンジ、今回はお前を騙すような事をして悪かった。しかしいつか命を奪わなければならない辛い選択をしなければならない時がやって来るかもしれん。それだけは分かってくれ」
「うん……父さんも悩んだんだよね。母さんを取るか、初号機を取るか」
ゲンドウと同じマグロの赤身を食べながら、シンジはそう答えた。
打ち上げ会も兼ねているので、シンジとゲンドウのようにしんみりとした雰囲気になる2人が居る他方で、サツキ達のようにヨシアキの料理に舌鼓を打って騒ぐ者達も居た。
賑やかな食事会を温かい目で見守るのは家主である加持夫妻だった。
「とりあえず、大事に至らなくて良かったな」
「全く、私に嘘の報告なんかして!」
「お陰で松代の実験場の訓練に集中できたじゃないか」
リョウジはそう言って膨れ顔になったミサトの髪を撫でた。
「それにしても、碇司令が持っている死海文書の筋書き通りに進んでいるのね」
「ああ、だが死海文書の結末は白紙だそうだ。人類の未来はみんなで創るって事だな」
本来はアメリカから輸送される参号機が寄生されるはずの使徒を仮設伍号機に寄生させるゲンドウの作戦。
戦場でジェット・アローンの存在に気が付いたシンジ。
作戦部長としてうかうかしていられないなとミサトは思った。
「ねえリョウジ、チェスしようか?」
「何だ? キスの間違いじゃないのか? 焦る事は無い、作戦を考えるのは誰でも持っている権利なんだからな」
リョウジはそう言って、ミサトが流した涙をキスで拭いた。
シンジ達の成長は心から嬉しい。
しかしシンジたちがミサトを必要としなくなった時、ミサトはネルフの敵とならなければいけないのだ。
そうしなければ父親の葛城博士の「人類補完計画」は完成しないから。
シンジたちが最後に倒さなければいけない敵の名前は「アルマロス」。
そのアルマロスに勝てるだけの戦士にシンジを育て上げなければならないのだ。
だからゲンドウもシンジを試すような事をした。
「どうしたのよシンジ、こんなに楽しい食事会なのに、暗い顔をして?」
「こんな風にみんなと一緒に居られるのって、後どのくらいかな、って」
アスカに尋ねられたシンジはそう答えた。
これまでかなりの数の使徒を倒して来た。
ミサトはシンジたちが大人になってしまえばエヴァには乗れなくなると話していた。
「出会いは別れの始まり。別れは避けられない」
レイがポツリとそうつぶやいた。
「シンジ、レイの言う事は間違っているとは言えない。だけど、そんな曇り空のようなドンヨリとした暗い顔をしていてはダメよ。今の幸せを精一杯の笑顔で楽しむの、晴れ空のように!」
「うん、そうだね!」
アスカの言葉を聞いたシンジは、顔を上げて笑顔を取り戻した。
「むふふー。これでシンジのハートを鷲掴みね」
アスカはレイに向かっておどけた調子でそう言った。
「私はアスカみたいにはなれないのね」
「綾波さんは無理して惣流さんになる必要は無いよ」
そうレイに声を掛けたのは、カヲルだった。
「綾波さんは海底に沈んでいた碇君の心を水面近くまで引き上げた。それを惣流さんが水上スキーで引っ張ったようなものさ」
「でも私は……」
「本は良いねえ。先人たちが遺した叡智の結晶だ。綾波さんは落ち込んだ時と落ち着きたい時に読みたい本が違うだろう? 何度も読みたい本もある。ああ、第三新東京市の書店を買い占めたいくらいだよ」
「さすがにそれは無いわ」
カヲルの言葉に、レイはクスリと笑った。
「ねえシンジ、レイと渚、良いフインキじゃない?」
「アスカ、それを言うなら雰囲気だよ。2人は読書が趣味だから、気が合うんじゃないかな?」
まったくシンジは鈍いんだから、とアスカは心の中で思った。
アスカはこのままレイとカヲルが恋仲になれば、自分は安心してシンジとくっ付く事が出来ると考えた。
「アスカ、男女の友情って言うのがあるんだから、そう上手くは行かないよ。女心は複雑なんだから」
「何よ! マナには分かるって言うの?」
浅はかな考えを見破られたアスカは、マナにそう言い返した。
「私だって、今はムサシと付き合っているけど、ケイタとも友達よ」
「うっ…」
アスカはマナ達が戦略自衛隊の少年兵時代にどんな恋愛模様だったか知らない。
先輩風を吹かせるマナに、嫉妬のようなものを覚えた。
この夕食会は、ネルフのスタッフ達とパイロットとの距離を縮める切っ掛けとなった。
今まで顔見知り程度だったスタッフ達との会話も弾んだのだが、その話は別の機会にしよう。
8,000字から14,000までバージョンアップ。
脇役の話をたくさん書くと切りが無いので、外伝か、別の話の回想などで。
タイトルに悩みましたが、ゲンドウの立場から命令を選ぶという意味です。
文章量少なめのハイペースで進めた連載ですが、補完した方が良いでしょうか? 最終話だけ別のアンケート(続編について)になります。
-
本文は今の量が読みやすいので外伝形式で
-
本文の量が増えても加筆修正が良い
-
外伝で活躍させたいキャラ(メッセージで)
-
第〇話の修正希望(メッセージで)
-
こんなifストーリーどう?(メッセージ)