新世紀エヴァンゲリオン for Children ~全ての子供たちのために~   作:朝陽晴空

3 / 30
第三話 鳴らさない、電話(2022/09/24 23:53)

<第三新東京市郊外 加持邸>

 

 

 

「ミサトさん、ヨシアキさん。おはようございます」

 

 朝起きたシンジは前の学校の制服に着替えて顔を出す。

 するとリビングではミサトとヨシアキが朝食をとっていた。

 ミサトはいかにも女教師らしいタイトなスーツと丈の長いロングスカート。

 ヨシアキは昨日と同じ第壱高校の制服の上にエプロンを着ている格好だ。

 

 

 

「シンジ君、おはよう。昨日は良く眠れた?」

「はい、気持ち良く眠れました」

 

 ミサトに尋ねられたシンジは自然と元気な笑顔でそう答えた。

 自然な笑顔で朝を迎えられたのは初めてかもしれないとシンジは思った。

 

 

 

「今日はシンジ君に、学校に行ってもらうわよ」

「エヴァの訓練は良いんですか?」

 

 シンジはリツコからパイロットとしてエヴァの操縦訓練がある事を聞いていたので、不思議そうな顔で尋ねた。

 

「学校に行くのも大事だって、リツコを押し切っちゃった」

 

 そう言ってペロッと舌を出して笑うミサト。

 彼女の意見を阻める者はネルフに居るのだろうか、とシンジは考える。

 

 

 

 

「ほら、シンジ君も早くご飯を食べないと遅刻しちゃうよ」

 

 ヨシアキに言われてシンジは席に着く。

 テーブルの上にはホカホカのご飯とネギと豆腐の味噌汁、焼き鮭とごく普通の料理が並んでいてシンジはホッとした。

 

 

 

 しかし、ご飯を一口食べたシンジは衝撃を受ける。

 今まで食べていた伯母の作った冷えたご飯とでは月とスッポンだ。

 お米までふっくらして甘くて美味しい。

 

「制服間に合わなかったわね」

「別に、構いませんよ」

 

 

 

 ミサトが第壱中学校の制服が間に合わなかった事を残念がると、シンジは気にしていないと答えた。

 エヴァ用のプラグスーツでさえ用意できていなかった状況で、シンジは前の学校の制服のままエントリープラグに乗り込んだ。

 制服はヨシアキが洗濯してアイロンがけまでしてくれたようだ。

 L.C.L.の血のような匂いが染みついた制服をどうやって洗ったのか、シンジは驚くばかりだった。

 

 

 

 今日はシンジの転校初日なので、ミサトと一緒に学校に車で行くことになった。

 エプロン姿のヨシアキに見送られて家を出たシンジは、ミサトの愛車ルノーの助手席に座る。

 通勤時間帯の第三新東京市の道路はやはり混んでいたのだが、ミサトの運転する車は《政府関係者専用レーン》を我が物顔で走っていた。

 

 

 

「ミサトさん、良いんですか?」

「あたしたちネルフは国連軍所属、すなわち政府関係者よ」

 

 ミサトは悪びれもせずにシンジに向かってそう答えた。

 通学路には第壱中学校の生徒達も歩いていて、シンジは注目を集めている。

 見ているのはミサトの方かもしれないが、恥ずかしくてたまらない。

 

 

 

 前の学校でシンジは目立つタイプでは無かった。

 ただグループで孤立しないように周りに合わせる。

 群れから外れた草食動物は肉食動物の獲物となるように、孤立はいじめのターゲットとなるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

<第壱中学校 二年A組>

 

 

 

 その日は朝から教室は騒がしかった。

 話題はもちろん、昨日の夕方ミサトがカバディ部員に紹介した転校生、碇シンジの事だった。

 カバディ部員がシンジと話したのは少しだけ。

 

 

 

 それでも巨大ロボットの名前が『エヴァンゲリオン』という名称だということ、シンジがエヴァのパイロットであり使徒と戦って勝利した話は、中学二年生の生徒たちにとっては刺激的なものだった。

 初めての緊急避難命令が発令され、シェルターへの避難の途中、小山のようにそびえる初号機の姿は、少し離れた第三新東京市からも目撃できたのだった。

 

 

 

 朝のHRの時間、ミサトがシンジを連れて教室に姿を現すと、生徒たちは目を輝かせてシンジに熱い視線を送った。

 クラスの中には無関心を装う生徒も居たが、ほとんどの生徒は露骨にシンジに興味を示している。

 

 

 

「みんな、今日は転校生を紹介するっ!」

 

 教壇に立ったミサトが元気良く宣言した後、黒板にチョークでシンジの名前を書いた。

 字は人を表すと言うがミサトの字は綺麗に整った楷書体だ。

 シンジはミサトの隣に立って自己紹介をする。

 

「碇シンジです、よろしくお願いします」

「おう、もう知ってるぜ!」

 

 

 

 昨日シンジと顔を合わせたカバディ部員の男子が大きな声で言うと、クラスから笑い声が上がった。

 シンジもぎこちない作り笑いを浮かべて見つめ返す。

 最初は作り笑いでも良い、そのうちに自然な笑顔になってくれれば……とミサトは思った。

 

 

 

 シンジは前の学校で孤立していたわけではない、とミサトは諜報部からデータを貰って分かっていた。

 しかし親友と呼べる存在も居ないと感じていた。

 シンジの個人用の携帯電話は監視付きであるが、ネルフに呼ばれる前と同じように使えるようにしてある。

 友人との繋がりが無くなるのは寂しいだろうと、ミサトが配慮したのだった。

 

 

 

 シンジの携帯電話の通話履歴はシンジがネルフに召集される前の日を境に丸二日間、途絶えている。

 彼が掛ける相手も居ないし、掛けて来る相手も居ないのだ。

 ミサトが教室を出て行くと、クラスの生徒たちはシンジの席に群がった。

 

 

 

「なあなあ、エヴァのパイロットになるために試験とかあるの?」

「僕は父さんに呼ばれてパイロットになったんだ」

 

 シンジがクラスメイトからの質問に答える度に歓声が上がる。

 ミサトはシンジが知っている範囲であれば禁則事項は無いと話したので、正直に答えた。

 

「ミサト先生がネルフの作戦部長だって言うのは本当か?」

「うん、ミサトさんの作戦のおかげで使徒を倒せたんだ」

 

 メガネを掛けたクラスメイトの男子の質問に、シンジはそう答えた。

 嘘は言ってない、ただ言葉足らずなだけだと心の中で言い訳する。

 

 

 

 クラスメイトの矢のような質問に答えながら、シンジは同じクラスのレイの机の方をチラッと見る。

 彼女の席に花瓶が置かれる事態にならなくて本当に良かったとシンジは思った。 

 使徒との戦いで大量出血するほどダメージを受けていたレイだったが、命に別条はないと聞いてシンジは安心した。

 

 

 

 使徒との戦いが終わった後、経理課に向かう途中でシンジはミサトからレイの話を聞いていた。

 綾波さんも本が好きなら仲良くできるかな、とシンジは考えていた。

 

「みんな、授業が始まるわよ! 碇君に迷惑がかかるじゃない! 早く席に着いて!」

 

 

 

 予鈴が鳴ると、そばかすが特徴的なおさげ髪の少女が群衆の後ろから怒鳴りつける。

 クラスメイトたちがしぶしぶ席に戻った後、教室の扉が開けられた。

 入って来たのは社会科担当の根府川先生ではなく、ジャージ姿の少年だった。

 

「トウジ、今日は入院した妹さんの側に居るから、学校を休むって言ってなかったか?」

 

 

 

 メガネを掛けたクラスメイトの男子が驚きの声を上げた。

 

「ケンスケ、聞きたいことがあるんや。あのロボットのパイロットが転校して来たんはホンマか?」

「あいつだけど……」

 

 トウジに尋ねられたケンスケはシンジを指差した。

 トウジは怒った顔で席に座るシンジに近づいていく。

 驚いた顔のシンジがトウジをじっと見つめていると、シンジは顔面を思いっきりトウジに殴られた。

 机と椅子がぶつかり合い、大きな音が教室に響いた。

 椅子ごと倒れたシンジは頬に走る痛みに困惑し、殴られた所を手で押さえながら彼を見上げた。

 

 

 

 

「すまんなあ、ワシはお前を殴らなあかんのや」

「なんで?」

 

 いきなりわけも分からず殴られたシンジはトウジを怯えた顔で見上げた。

 エヴァのパイロットと言う事で目立ってしまった自分が、クラスのいじめっ子に目をつけられてしまったのかとシンジは恐怖した。

 そうならないように息をひそめて生きて行くと決めていたのに。

 

 

 

「ワイの妹がな、昨日ガレキの下敷きになって怪我をしたんや!」

 

 使徒サキエルとの戦が起こった時、鈴原トウジの妹、鈴原ナツミが居たビルが倒壊した。

 巻き込まれたナツミは怪我を負って病院に収容されたとトウジは父親から聞かされた。

 

「みな言うてたで、街がめちゃくちゃになったんは紫色のロボットが逃げてきたせいやってな!」

「紫色のロボット!?」

 

 

 

 まさに自分が乗っていた初号機に間違いないと確信したシンジは、レイを助けた後、使徒への攻撃に気を取られて街のことを気にしていなかったことを思い返した。

 

「何を黙っとる、ワイの質問に答んかい!」

 

 そんなシンジの態度に、トウジは怒鳴り声を上げた。

 

「碇、お前が大変だったのは分かるけど、ここはトウジに謝ってくれないか?」

「ごめん……」

 

 

 

 逃げたのではない、ミサトの指示通りに動いただけだ。

 シンジは釈然としなかったが、ミサトに責任を押し付けることなど出来るはずもなく、ケンスケに言われた通りにトウジに頭を下げた。

 

「今度戦う時は、足元に気を付けろや!」

 

 

 

 それでトウジは溜飲が下げたのか、シンジから離れて自分の席へと向かった。

 その後学校に鳴り響いたのは授業開始を告げるチャイムではなく、使徒の接近を告げる緊急避難命令を告げるサイレンだった。

 

 

「みんな、シェルターに避難して! シンジ君、出撃よ!」

 

 教室に姿を現したミサトは緊迫した表情で叫んだ。シンジは席から立ち上がり、ミサトの後へと付いて行く。

 

 

「碇、頑張れよーっ!」

 

 シンジを応援する声が背中から追いかけてくる。

 誰かに期待されて出撃するなど、シンジにとっては初めての経験だった。

 

 

 

 

 

 

<第三新東京市 第334シェルター>

 

 

 

 

 このシェルターには、トウジ、ケンスケ、ヒカリをはじめとした第壱中学校の生徒たちが避難していた。

 

「あーあ、エヴァの戦闘の実況中継ぐらいしてくれればいいのにな」

 

 番組の再放送をしている携帯テレビを覗きこんだケンスケはそう言ってため息をついた。

 

 

 

 

「化物同士の戦いを見たい物好きはお前くらいなもんや」

 

 ケンスケのつぶやきを聞いたトウジはけだるそうにぼやいた。

 そんなトウジに目を輝かせたケンスケは身を乗り出して顔を近づけた。

 

「なあ、外に出てエヴァの戦いを見てみないか?」

「アホかおのれ、死にたいんか!?」

 

 ケンスケの言葉にトウジが大声を上げると、ケンスケは慌ててその口を塞いだ。

 

 

 

「いいかトウジ、お前は碇を殴ってしまったんだ。碇が逃げたって証拠は無いのに」

「逃げたに決まっとるんじゃ、ボケ!」

 

 腕組みをしたトウジは鼻息を荒くしてそう言い放った。

 

 

 

「でも本当にお前の妹のナツミちゃんが怪我をしたのはエヴァのせいなのか? 人から聞いた話で、お前が自分の目で見たわけじゃないだろう?」

「まあそうかもしれへんな……」

 

 ケンスケに諭されたトウジは考え込むような表情になった。

 トウジの顔にはシンジを殴ってしまった後悔がにじみ出ていた。

 

 

 

「誤解を解くためにも、今度は自分自身でエヴァの戦いを見守る義務があるんじゃないか?」

「その通りやな!」

 

 ケンスケの言葉が天啓であるかのように感じたトウジは、元気を取り戻してシェルターを抜け出す事に賛成した。

 

 

 

「君達、何をしようとしているのかな」

「えっと、ちょっとトイレへ……」

 

 人目を盗んでシェルターの外に出ようとした二人の前に、一人の男子高校生が立ちふさがった。

 とても柔らかな笑顔で、害意は無いように見える。

 

 

 

「今、外では僕の弟が戦っているんだ。邪魔をする奴は許さないよ」

「「す、すみませんでしたーー!!」」

 

 しかし、その男子高校生が阿修羅の様に表情が変えると、ケンスケとトウジは膝を折ってへたり込み、平謝りするのだった。

 

 

 

 

 

 

<初号機ケージ エントリープラグ内>

 

 

 

 

「なんで、僕はエヴァに乗っているんだろう。人を殺してしまうかもしれないものに」

 

 トウジの妹がビルの倒壊に巻き込まれて怪我をしたと言う話はシンジの胸をえぐった。

 初号機に踏み潰されれば、人はいとも簡単に死んでしまうのだ。

 民間人の避難は完了しているとミサトから聞かされても、もしかして人を傷つけてしまうかもしれないと言う不安は消えなかった。

 

 

 

「シンジ君。聞こえる?」

「はい」

 

 ミサトの呼びかけに返事は出来たが、シンジは不安で声が震えていた。

 二度目の実戦に緊張しているのか、無理もない、とミサトは思った。

 

「敵の攻撃をかわしつつ、パレットガンで攻撃、分かったわね?」

「はい」

 

 

 

 緊張とは違う、シンジが暗い表情をしている事に、ミサトは疑問に思った。

 学校で何かあったのか、それを確かめている時間的余裕は無い。

 使徒は目の前に迫っているのだ。

 

「シンジ君のシンクロ率、少し落ちているわね」

 

 

 

 リツコがポツリとつぶやくと、ミサトの顔に緊張が走った。

 シンクロ率が低下すれば、シンジが初号機を動かせなくなってしまう。

 ミサトは不安そうな表情でリツコに尋ねる。

 

「リツコ、大丈夫なの?」

「シンクロ率は初号機の可動範囲内を維持しているわ」

 

 

 

 リツコの言葉を聞いたミサトはひとまず安心の息をついた。

 使徒が接近する前に出さなければ遠距離攻撃の意味が無い。

 ミサトは即座に初号機の出撃を決断した。

 

 

 

「エヴァ初号機、発進!」

 

 ミサトは初号機が地上に射出されたのを確認すると、シンジに近くの兵装ビルからパレットガンを取り出すように指示する。

 シンジは言われた通りに初号機を動かし、パレットガンを構えた。

 

「ミサトさん、僕は鉄砲なんて撃った事ないんですけど……」

 

 

 

 シンジは不安そうな顔でミサトに問い掛ける。

 今日シンジは初号機で射撃訓練を行う予定だった。

 それを無理やり変更して学校に行かせたのは他でもないミサトなのだ。

 自分も教師として学校に行きたいと言うエゴに、シンジを巻き込んでしまった。

 まさか第三使徒を倒した翌日に第四使徒が出現するとは思ってもいませんでした、とは言い訳にもならない。

 

 

 

「あたしがタイミングを見極めるから、合図をしたら引き金を引けばいいわ」

 

 使徒を遠距離から攻撃する作戦は使えなくなった。

 しかし、中距離でも使徒に接近せずに倒せるならばそれで良い。

 第四使徒はミミズのようにゆっくりとした動きで接近をして来ている。

 このスピードならばパレットガンも有効に使うことが出来る。

 

 

 

「今だ、撃てっ!」

「このおぉぉぉ!」

 

 ミサトの合図で初号機はバレットガンを乱射した。

 使徒はパレットガンから発射された劣化ウラン弾が巻き起こした煙に覆われて姿が見えなくなった。

 

 

 

「くっ、煙幕のせいで敵が見えない!」

 

 ミサトはシンジに射撃の中止を命じようとしたが、その前にパレットガンの弾が尽きたようだ。

 カチカチと初号機がパレットガンのトリガーを引く音だけが虚しく響き渡る。

 ようやく煙が治まった後、無傷で立っている使徒の姿があった。

 

 

 

「やはり、A.T.フィールドに防がれたか……」

 

 悔しそうにミサトは唇をかんだ。初号機に二度と接近戦はして欲しくない。

 シンジには傷ついて欲しくない親心の様なものだったが、やはり接近戦は避けられないのか。

 ミサトは念のためにリツコに尋ねた。

 

 

 

「リツコ、A.T.フィールドを突き破るほどの遠距離武器は無いの? ほら、エヴァ用のRPG-7みたいな武器とか」

 

 ミサトの言うRPG-7とは、歩兵が戦車を打ち倒すほどの威力を持ったバズーカ砲の事である。

 巨大人造人間であるエヴァ用の物となれば威力は凄いものになるに違いない。

 

「馬鹿言わないちょうだい、そんなのN2爆雷並みの威力になるわよ」

 

 

 

 リツコはあきれたような顔でため息を吐き出した。その間にも、使徒は初号機との距離を縮めて行く。

間合いを詰められた初号機は、使徒のムチ攻撃により足元をすくわれて、倒されてしまう。

シンジは倒れたまま、使徒が接近してくるのを見上げていた。

 

 

 

 再び使徒のムチが振り下ろされる。初号機は後ろに飛び退いてなんとかムチ攻撃をかわす。

 しかしそのムチは初号機の電源ケーブルを引き裂いた。

 

「ケーブル切断! 内部電源に切り替わります」

 

 

 

 着地した初号機の足に使徒のムチが絡み付く。初号機はムチに引き寄せられ、空中に放り投げられた!

 初号機は山の斜面に背中から着地し、辺りには轟音が鳴り響いた。

 

「使徒から距離が離れた今がチャンスよ! シンジ君、退却して」

 

 

 

 エヴァの内部電源は非常用だ、数分間しか持たない。電源ケーブルが切断されたまま戦うのはマズイと判断したミサトはシンジに退却を命じた。

 

「ミサトさん、僕は逃げません!」

 

 シンジが真剣な表情でそう言い放つと、ミサトは耳を疑った。

 昨日初めて初号機に乗ったルーキーが吐くようなセリフではない。

 

 

 

「僕が使徒から逃げたら、また誰かが傷つくことになります!」

 

 シンジがそう叫ぶと、ミサトは口ごもりながら答える。

 

「鈴原ナツミさんのこと? 彼女の件は不幸な事故としか言えないわ」

「僕は作戦通りに動いたのに、ひどいですよ!」

 

 

 

 そう叫んだシンジは、プログレッシブナイフを取り出すと、右手で握り締めた。

 

「そうだ行けっ、シンジ!」

 

 意外な所から上がった声にミサトは驚いた。

 司令席に座っていたゲンドウが、立ち上がってシンジを応援したのだ。

 本来ならミサトと同じく撤退を命じる立場ではないのか。

 

 

 

 ミサトが困惑している間に、ゲンドウの言葉に勇気づけられたのか、シンジは使徒をにらみつけ闘志を燃やしている。

 

「シンジ君! バカな事はやめなさい!」

 

 ミサトの制止を聞かず、初号機は使徒に向かって真正面から駆け出した。

 残り時間は後1分、もう引き返しても間に合わない。

 彼女は思わず天を仰いだ。

 中距離まで近づいた初号機に対して使徒はムチ攻撃を繰り出した。

 使徒の光のムチが初号機の腹を貫く。

 

 

 

「神経接続を解除して!」

 

 せめてフィードバックによるシンジの痛みを和らげようと、ミサトは神経接続の解除を指示した。

 シンジは腹部に伝わる苦痛に顔を歪めながらも、使徒への進撃を止めなかった。

 

 

 

「初号機、活動限界まで後30秒!」

 

 オペレータのマヤが悲鳴にも似た報告の声を上げる。

 発令所に居るスタッフたちは祈るように両手を合わせながらスクリーンを見つめているが、総司令と副司令であるゲンドウとコウゾウは落ち着き払っているように見える。

 それがミサトには不思議に思えた。

 

 

 

「シンジ君、使徒の弱点は赤く光る球体よ! それをナイフで刺して!」

「はい!」

 

 浮かんだ疑問を振り払ってミサトはシンジに指示を出す。

 初号機はかなり使徒へと接近していた。

 こうなれば残り数秒で使徒を倒してくれる事を願うしかない。

 ピーーッっと初号機のバッテリー切れを示す電子音が発令所に鳴り響く。

 

 

 

「予定より数秒短いわ!」

 

 リツコがそう叫び声を上げると、オペレータたちの顔からも血の気が引いた。

 初号機に乗っているシンジも操縦グリップを握りながらパニックになる。

 

「何で止まるんだよ、動け、動けよ!」

 

 

 

 動きを止めた初号機は使徒の餌食となった。

 使徒はムチで初号機の尻を何度も滅多打ちにする。

 軽減されてはいるが、フィードバックによる痛みがシンジにも伝わる。

 

「くっ、はぅっ!」

 

 

 

 ミサトは痛みに悶えるシンジの悲鳴の中に、妖艶なものが混じり始めていると感じ取っていた。

 シンジがその道に覚醒してしまう前に、助け出さなければならない。

 そう考えたミサトはゲンドウに初号機の回収命令を求めようとした。

 しかし彼女がゲンドウに声を掛けるよりも先に初号機の眼が光り輝き出した!

 

 

 

「初号機、再起動しました!」

 

 マヤが驚いた声で報告すると、発令所の空気は再び混乱に包まれた。

 初号機の内部電源は完全に切れているはず、動き出すとは到底信じられない。

 

「どうやら覚醒したようだな」

「そのようです」

 

 

 

 囁くように話をするコウゾウとゲンドウの言葉に、ミサトは耳を疑った。

 覚醒って何? まさか、シンジ君がMの道へ!? 

 著しく気になる所だが、聞いてはいけない気がして口をつぐんだ。

 

 

 

 初号機が動くようになって驚いたのはシンジも同じだった。

 今までジンジンと痛むお尻に手を当てて耐えていたが、右手から零れ落ちそうになるプログレッシブナイフを握り締めると、赤く光る使徒のコアに突き刺した!

 

 

 

 信じられないことにより使徒はせん滅された。

 危機を乗り切った発令所は落ち着いた空気に包まれる。

 しかし昨日の様な歓喜の表情はスタッフたちには見られなかった。

 自分たちは辛うじて救われたのだと感じていたからだ。

 奇跡は何度でも起こるとは限らない、むしろ起こらないから奇跡と言うのだ。

 

 

 

 初号機が起こしたミラクルよりも、ミサトはシンジの様子の方が気になった。

 学校でトウジとシンジが話した事を聞いたミサトはシンジが撤退を聞き入れなかった原因を考えた。

 シンジは自己犠牲の精神から勇敢に使徒に戦いを挑んだのか。

 それは違うとミサトは思った。

 

 

 

 彼は人に迷惑を掛ける事で人に嫌われる事を恐れたのだ。

 零号機の手を煩わせれば、レイに嫌われる。

 同じエヴァのパイロットとして認められないかもしれない。

 

 

 

 自己肯定感の低さ。

 それは下を向いて背中を丸めて歩くシンジの姿勢からも現れている。

 ネルフに来てからシンジは誰にも電話を掛けていない。

 伯父夫婦にも、前の学校でのクラスメイトにも。

 シンジは相手の電話を鳴らす事が出来ないのだ。

 

 

 

 だからミサトはシンジに友達を作って欲しいと思って学校に行かせたのだが、トウジとは不幸な出会い方をしてしまった。

 シンジとしっかりと話し合わなければならない、とミサトは思った。

 エヴァのパイロットである以上、その行動には責任が伴う。

 自分勝手にエヴァと心中されても困るのだ。

 

 

 

 厳しいようだが……場合によってはシンジ君にはエヴァを降りてもらうことになるかもしれないとミサトは考えている。

 初号機パイロットであるシンジがネルフに帰還したと報告が入ると、ミサトは発令所を飛び出した。

 気が付いたリツコがゲンドウにミサトを止めるよう視線を送るが、ゲンドウは反応しなかった。

 作戦部長には使徒との戦いを総評する仕事があるのだ。

 

 

 

「今回の戦闘の総評は我々がやっておこう。赤木博士は使徒のサンプル回収と分析を行うように。それで良いな、碇?」

 

 リツコの視線に気が付いたコウゾウは、リツコの方を見返してそう話した。

 

「ああ、問題ない」

 

 司令席に座っていたゲンドウはいつもの姿勢で答える。

 

 

 

 リツコは総司令と副司令はミサトに甘すぎる、と怒った表情で二人の方に厳しい目線を送って発令所を出て行った。

 そのリツコの視線の意味を理解したコウゾウは苦笑しながらゲンドウに声を掛ける。

 

「どうやら、私たちが加持一尉に忖度していると感じ取っているらしいな」

「ああ」

 

 

 

 ゲンドウは姿勢を変えずに答えた。

 

「彼女はお前にとって大恩ある葛城博士の娘。恩を返したい気持ちは分かる。博士が居なかったら、私たちはユイ君と関わり合う事もなかったからな」

「だが、彼は我々からユイを奪った敵でもある」

 

 そう言ってゲンドウは胸の前で組んだ手に力を込めた。

 ゲンドウの心の中では複雑な感情が渦巻いているのだろう。

 

 

 

「それはさておき、ユイ君とお前の出会いのきっかけを作ったのは私だぞ。もう少し感謝して欲しいものだな」

「フッ、今年の御中元は奮発させて頂きますよ」

 

 ゲンドウは口元を歪ませてコウゾウにそう答えるのだった……。




Web拍手を押して頂けると励みになります。
(下記のリンクから飛べます)
<!-- FC2拍手タグここから --> <a href="https://clap.fc2.com/post/clap01/?url=https%3A%2F%2Fsyosetu.org%2Fnovel%2F260681%2F&amp;title=%E6%96%B0%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%82%A8%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%B3+for+Children" target="_blank" title="web拍手 by FC2"><img src="https://clap.fc2.com/images/button/blue/clap01?url=https%3A%2F%2Fsyosetu.org%2Fnovel%2F260681%2F&amp;lang=ja" alt="web拍手 by FC2" style="border: none;" /></a></p>

文章量少なめのハイペースで進めた連載ですが、補完した方が良いでしょうか? 最終話だけ別のアンケート(続編について)になります。

  • 本文は今の量が読みやすいので外伝形式で
  • 本文の量が増えても加筆修正が良い
  • 外伝で活躍させたいキャラ(メッセージで)
  • 第〇話の修正希望(メッセージで)
  • こんなifストーリーどう?(メッセージ)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。