戸口所属魔法使いは猟鬼と呪術師のせいで胃が限界 作:犬(ゆきいろ)
ふっと嫌な予感がして、全力で『研究中の物品』を机から叩き落とし、部屋の隅へと蹴り退ける。
それと同時にぴったりと閉じられた扉がノックされた。
「六氷さーん?いらっしゃいますかー?」
いない。いないったらいない。
人界から離れた異境。膨大な研究室群が都市を形成した阿房宮の連中は基本的に己の研究に一生懸命で、その研究に関係ない繋がりは持たない。
つまりこんな、突然研究室を尋ねて来る『聞き覚えの無い声』の人物など迎え入れない方が良いに決まってる。
「……すいません?いらっしゃいますか?」
扉の外から戸惑った声がする。居留守を決行し続けつつ、禁制品の類を目に付かない所へ押し込んでいく。
控え目な問いかけに、猟鬼共の取り締まりではな無そうだが、警戒するに越した事はない。
「えっ、ちょっと!?風贄さん!?何か不正があった訳ではないで、出来るだけ穏便……ちょっ、ちょっとぉー!?」
何やら急に取り乱した声が聞こえたかと思うと、勢いよく扉が吹き飛んだ。
そして吹き飛んだ扉からずかずかと入り込んでくる帯刀した隻眼の女が見えた。年齢は少女と言っていいような小娘だが、魔法使いの外見などあてにならない。
思いっきり猟鬼だわ。
「何故招集に応じないんですか」
ぎっと鋭い視線で睨みつけてくる。魔法使い同士の不要な魔法戦は禁じられているが、こいつらにその制限はない。
「申し訳ないが、なんの連絡も貰って居ないんでね」
しまい損ねたほんの少しマズイ物品の前にそろそろと動き背に隠しながら答える。
「分科会の招集ではなく、私個人でアポ取ろうとしただけのやつなので!忙しかったんですよね!大丈夫です!むしろ急に失礼しました!ええ、はい!」
扉の外で常識的に声を掛けていた男が、場をおさめようとする様に早口で割り込んでくる。
「でも上中さん!魔法災厄を防ぐために動いて居る魔法使いからの協力要請ですよ!?無視するなんて、そんなの大法典所属の魔法使いとして問題です!」
うんうんと頷きながらも、いかにも物静かな男が猟鬼の女を言いくるめ、やんわりと席を外す様に促す。
釈然としない、というよりも明らかに覇気のない男を心配しりようにちらちらと視線を送りながらも、猟鬼は大人しく研究室を後にしてくれる。
「……お騒がせしました。一応、事前にご連絡して居たのですが、戸口に所属しています上中です」
ぱっとしない上に丁寧な語り口だが、拒否はさせない。話を聞くまで絶対に動かないというが圧がある。圧というか、必死さ。
「いや……確かにそういう連絡はもらったが、僕、元呪術師でなくて元呪詛師なんで……」
「…?私達的に見たら同じ分類です。問題ありませんので、最低限の常識程度でいいのでご教授願えますか?」
相変わらず低姿勢に丁寧だが、この男絶対数百年は魔法使いの世界にどっぷり入ってるくちだ。戸口という外交機関に居るからまだマシだが、恐らく中身はそれなりに『人でなし』になってる。
……まあ、やり辛さに人界捨てて、猟鬼に顔を顰めながら阿房宮で研究室を構えた人間が言える事ではないけど。
「四半世紀位前の情報しかないぞ……」
セールスマンよろしく体の前で手を重ね姿勢良く立ち続ける圧に負けた。
「ありがとうございます」
午後にお伺いする約束は出来たんですが、うちの方でも関わらないでおこう、って方針だったので、心構えが何も無くて…と先程のまでの営業スマイルが嘘の様に脱力する。
完全に目が死んで居る。
この魔法都市の連中はみな目が(やばい感じに怪しく爛々と)輝いているので、外回りは大変だな、と他人事のように思って置く。
分科会メンバーが自分以外猟鬼とかいうのも、ご愁傷様としか言いようがない。
「本当に、呪いの方に断章『呪い』が憑依しているとかいう、ギャグみたいな事態なんですよね……あれ剥離できるんですかね……」
「何それ!?それ凄い検体に欲しい!」
「ええ~それ正解?女の子的に模範回答なのぉ~?その受け答え使ってもいーい?」
突然に割り込んだ声に、その場の全員ぎょっとして声のした方を見る。
ガコン。
と、音をさせて自動販売機へ商品を補充している人間がいた。
日本人離れしたはっきりとした顔立ちに、赤みの強いブラウンの髪をした、妙に色気のある目元を和ませた男がいつの間にかそこに居た。
オリーブ色、と称される肌の中で真っ白な医療用眼帯が妙に浮いている。
いつから。
設置された自販機の社名が入った上衣を羽織、さも当然と言う様に補充作業を続行している。傍には商品の段ボールが詰まれているが、そんな重量物を運んで来た気配なども無かった筈だ。
その場の四人全てが驚きに、唐突に現れたとしか言いようの無い男へ視線を向ける。妙な空気が支配する場で、さも当たり前の様に仕事を続ける『異様』な人物。
「俺はねーエッチなこが大~好き。体形とかじゃなくてさぁ気質ー?がんがん向こうから誘って来る感じの人間がー大好物。美味しければBine!」
がこん、がこんと手は止めずに陽気に語る。自分に集中する視線に居たたまれ無くなったのか、人好きのする笑みで振り向く。
内容は、大分酷いが。
「うっわ、考えうる限りの最低の答え…」
伏黒への反応とは真逆に女子二名からの視線が大変に冷たい。
まるで夏場に一週間放置された生ごみを見る様な、心の底からの侮蔑がその視線に含まれている。憚る事のない舌打ちまでおまけで着いて来た。だが、当人はどこ吹く風だ。
相変わらずの無意味に艶っぽい顔で愉快そうにする。
「俺すっごいディスられてる~?そーいう生き物だから仕方ないじゃぁん。まーいいや。学生さんの戯れに割り込んじゃって、ごめんねー。お詫びにお兄さんジュース奢っちゃう」
はーいと冷えてる方(つまり古い方の商品)を適当につかみ取り、その場に居た四人へ手渡していく。
「炭酸飲めないとかは、勝手にそこでチェンジしてね~」
先程盛大な舌打ちと、侮蔑の視線を向けた女子二人ににこにこ接近し陽気に渡し、常人ならばまず絶対近づかないで有ろうごりごりの筋肉を備えた上裸の東堂にまで臆さず缶ジュースを握らせていく。
……文化の差だろうか。
見知らぬ人物への躊躇いがない。
「はーい。コーラをどーぞ」
最後に伏黒へコーラを握らせながら、人懐っこい隻眼が、じぃっと見詰めて来る。
半ば無理やり缶を握らせておきながら、なかなか手を放さずに至近距離でじぃっと…。
「…っぁ!?」
かと思えば、まるで静電気でも発生したかの様に慌てて手を放し、自身の手を驚いたように見つめる。
そして盛大に溜息を吐き出す。
「俺、死んだり綻んだり、散々すぎじゃんも~ほんとぉー呪術師こっわぁ」
フレンドリーに過ぎる、推定外国人の勢いに、不自然に流されていた四人の視線が再び男に向かう。ただ、誰かが何かを口に出す事も動く事も叶わなかった。
パチン、と一つ音が響き、全ては無かった事に世界は捻じれた。
六氷
元呪術師の魔法使い。(本人曰く元呪詛師、だが存在としての性質は同じなので大法典的に区別はしていない)
大法典の魔法使いと書籍卿位違う、という説明は「物事が穏便に円滑に最大益を出して終わるなら問題ない」な戸口には伝わらなかった。
このあと頑張って30年位前に捨てて来た知識を戸口野郎へ話して居たが、正直断章が憑依してる呪霊が気になって仕方ない。
現阿房宮魔法使いらしく、いろいろ(呪術あたりを)研究でやらかし、行き詰まり偶然魔法にも手をだし始めたら、のっぴきならない事態に成ったので、大法典との取引で傭兵魔法使いにジョブチェンジした。
人はそれを亡命と呼ぶ。
僕っ娘。
特に今回の事件には関係ない。胃潰瘍戸口へある程度の事前情報を渡す為だけに出て来た。
第三階梯 異端者 猟鬼 男性
名前『マルコ・パルド』表の顔フリーター。魔法名『夏至の未明祭』
領域:獣
特技:肉、エロス、微笑み、嘘、怠惰
魂の特技:饗宴
伏黒恵を(エロスで)調査したら、禁書には無関係だった上に綻びの変調を受けた。死んだり綻んだろ踏んだり蹴ったり。呪術師こわ今回の事件で俺消滅するんじゃ???と思ったとか思わなかったとか。