マチカネフクキタルとの3年間 with ゴルシ 作:あぬびすびすこ
それを知るために我々は東京レース場へ向かった。
日本ダービー。
もっとも幸運なウマ娘が勝利する、一生に一度しか出走できないレースだ。
全てはダービーのためにと全力を尽くすウマ娘たちは数知れない。
その最もたるウマ娘が、今パドックで浮かれているように笑顔ではしゃいでいるシャインフォートだ。
皐月賞と比べても、明らかに仕上がっているのがよく分かる。別のウマ娘かというぐらい、線の細さがなくなっている。
正直人気薄でフロックだのなんだのと言われているが、そんなことはない。
本当に最後の最後、ゴール手前まできちんとペースを作って、バテて失速しないあの走りは逃げウマ娘としてはかなり稀有なものだ。
そして今回の逃げ宣言。
あれだけ豪語してるのに、他のウマ娘たちはあまり気にしていない。
むしろ大逃げをかました上に最終直線で加速するという派手な走りを見せたスズカに注目している。
フクキタルもそこそこ注目株のようだが、スズカの走りがあまりにも派手だったのだろう。人気はスズカに向かっている。
しかも、大外枠の8枠18番だったのに、すごい喜んでいたのだ。
逃げは内枠有利だというのに、外枠で喜ぶ。徹底してマークされたくないという気持ちが爆発している。
それだけの作戦を、レースの前からやってきているのだ。
「あいつ、すげーな」
うん、とゴールドシップの言葉に頷く。
シャインフォートは、このダービーを本気で勝ちにきている。
……スズカの走りがもし失敗したら、勝つのは彼女だろうな。そのぐらい気合が違う。
「大丈夫デス! スズカとフクキタルは強いデス!」
「うん。たくさんトレーニングもしてきたし!」
タイキとソーラーレイは元気よくそう話す。
2人の言う通り、こちらもしっかり準備してきた。勝つために。
日本ダービー、すごい戦いになりそうだ。
◆ ◆ ◆
目を閉じて、トレーナーさんの言葉を思い出します。
――スズカとフクキタルが一番気にしなければならないのは、シャインフォートだ。多分、一気に前に出て逃げるはず。
――スズカはペースを乱されるかもしれない。フクキタルは仕掛けが遅れるかもしれない。そこを気をつけて。
――作戦は前に話した通りだ。スズカは大逃げ、フクキタルは上り坂の前から。もしシャインフォートが先頭なら早めに、それこそコーナー回ってすぐに行くんだ。スローペースで抑えられていると、逃げ切られる。
――周りに合わせないで、楽しく自分の走りをしておいで!
「……がんばりますよ~!」
ぎゅっと手を握って気合を入れます。
今日の運勢は中吉でした。ラッキーナンバーは10。私は7枠14番で全然掠ってないですけど……でも、7っていい数字ですからね!
チラッとスズカさんの様子を見ます。
「………」
静かに足首を回して、調子を確かめてます。
私と目が合うと、小さく微笑んでくれました。私も両手でグッと親指を立てます!
「へへっ……」
そして誰よりも気合が入っているシャインフォートさん。
トレーナーさんが言っていた通り、みなさんシャインフォートさんを気にしていません。
スズカより先に逃げたらもう勝てないって言ってましたし、私はしっかりと見ておきますからね!
『各ウマ娘、ゲートインしていきます』
時間が来たので、順番にゲートに入っていきます。
日本ダービー……一生に一度の晴れ舞台です。今できる全力で、がんばって走りたいです!
『ゲートイン完了しました』
――ガタンッ
『スタートしました! 一気に前に出るのはサイレンススズカ! しかし外からシャインフォートが突っ込んできた!』
スタートして走り出すと、私の外側からシャインフォートさんが一気に前に出ました!
外枠なのに堂々と逃げ! トレーナーさんの言った通り……スズカさんは大丈夫でしょうかっ。
『サイレンススズカとシャインフォートが先行争いだ! シャインフォートが少し有利か!』
前の様子を窺いながら、自分のポジションを取りにいきます。
スズカさんはシャインフォートさんをとても気にしています。トレーナーさんの言った通り、ペースを乱されてるみたいです。
……あっ、スズカさんが下がりました!
『サイレンススズカ下がる! 先頭はシャインフォート! そのまま第1コーナーを回っていきます!』
『そのまま先団に入りましたサイレンススズカ。走りにくそうにしていますが大丈夫でしょうか!』
スズカさんが競り負けてしまいました! でも、シャインフォートさんも最初相当飛ばしていました。スズカさんも後方にいますから、ハイペースになるはずです。
……そうですよね?
『第2コーナー回りまして、先団のアタマにはフジノヤマ。サイレンススズカ、ダイニチヨウ。マチカネフクキタルもここにいます』
『先行の位置にいますね。サイレンススズカの逃げを気にしての位置だったのでしょうか』
スズカさんとシャインフォートさんの逃げを想定して、前残りになるから先行で走るというのが作戦でした。
目の前で走るスズカさんはかなり苦しそうです。フジノヤマさんもスズカさんを閉じ込めようとしていますし、もう最終直線まで前に出られないかもしれません……。
私も私で、スズカさんばっかり気にしてはいけませんね!
大きく離して逃げているシャインフォートさんをしっかり見て追いかけます!
『向こう正面に入りまして、先頭は変わらずシャインフォート。ここまでの1,000mで時計は61.5です。スローペースですね』
『先団、中団共にけん制し合っていますね。人気ウマ娘のキヌノセイギやメジロブライトたちは後方で息を潜めています』
シャインフォートさんが変わらず先頭で引っ張ってくれています。
ペースは……遅い、んでしょうか? 何となく、走りに違和感があります。
普通に走っているつもりなんですが、ちょっと走りにくいというか、なんというか。
脚はまだまだ残っているので、もっと前に出たいし走りたい……ずぅ~っとそんな感じです。
『第3コーナー入りました。バ群は一団となってコーナーを回ります』
後ろの足音を聞いていると、みなさんとても近いです。
隊列がきゅっと詰まっているみたいですね。
差されないようにしないといけません! でも、脚も残ってますし大丈夫です!
『第4コーナーに入りました。二番手はフジノヤマ。サイレンススズカは苦しいか』
フジノヤマさんがちょっとだけポジションをずらしました。シャインフォートさんを抜かしにいくつもりなんですね。
チラッとスズカさんの様子を見ます。
「………っ」
かなり脚が重そうです。スズカさんはずっと速く走り続けるウマ娘ですからね……抑えられていると、やっぱり走りにくいですよね。
……
そう思った時、私の前に光の道が見えました。えっ、シラオキ様今ですか!?
確かにトレーナーさんもシャインフォートさんが先頭なら早めにとはおっしゃってましたけど!
まだ第4コーナー終わる前ですよぉ~!? みなさんまだまだ抑えているのに~!
『第4コーナー回って最終直線に入りました! ここからが仕掛けどころだ!』
「ふぅー……らぁっ!」
最終直線に入ったところで上り坂を一気に駆け上がりました!
私も行かなきゃ、そう思って上り坂の前からスパートをかけようとしました。
そしたらなんと! 光の道が消えてしまったのです!
な、なんでですかシラオキ様!? さっきまで私を導いて……!
『先頭はシャインフォート! マチカネフクキタルも上がってきた! 内、間を突くはサイレンススズカ! メジロブライトも上がってきた! キヌノセイギも外から追い込んでくる!』
「くううぅ~~!!!」
坂を駆けあがって、余っていた脚を使って全力で走りますが、シャインフォートさんに追いつけません……!
それどころか、後ろから物凄い勢いで足音が近づいてきてます~!
『メジロブライト! キヌノセイギ! 追い込んでくるがこれはセーフティリードか!』
私の横をメジロブライトさんとキヌノセイギさんたちが追い抜いていきます……!
私たちの前でシャインフォートさんがゴール板へ突っ込んでいくのを見て、あぁ……と声が漏れてしまいました。
トレーナーさんが言っていたことは、正しかったのですね……。
『シャインフォートだ! シャインフォートだ! これはもうフロックでもなんでもない! 2冠達成ーッ!』
『これはもうフロックでもなんでもない! シャインフォート堂々と2冠達成です!』
「やったぞ、トレーナーッ!!!」
シャインフォートさんが脚を震わせながらトレーナーに向けて拳を突き上げたのを見て、信じ切れなかったんだなぁ……と肩を落としたのでした。
◆ ◆ ◆
「トレーナーさん……」
「あっ……」
地下バ道でフクキタルとスズカを待っていると、2人が俯いて肩を落としながらやってきた。
ゴールドシップはタイキとソーラーレイと一緒に待ってもらっているため、俺1人だ。
気まずそうに立ち止まる2人に近づき、頭をポンと叩いて撫でる。
がんばったな。
そう言うと、2人とも悔しそうにぎゅっと勝負服を握った。
「私、先頭に立てませんでした……シャインフォートさん、彼女の気持ちに、負けて……」
「でも、私、わかった気がします……自分の走り……どうしたいのか」
スズカはシャインフォートの勢いに負け、彼女に合わせてしまった。抜け出せば、レースは変わっていたかもしれない。
しかし、スズカは次のステップが見えたようだ。この敗北が、その後の走りの糧となってくれればいい。
悔しさをバネにして成長してほしいところだ。
「ドレーナーざぁ~~ん……わた、私ぃ~!!!」
スズカの話を聞き終えたと思ったら、フクキタルがびええぇ~~! と泣き出してしまった。
俺とスズカは驚いて目を見合わせ、慌てて2人で落ち着かせる。
そんなにダービーに思入れがあったのかな……と思っていたら、全く違った理由だった。
「私、トレーナーさんが教えてくれたこと、信じ切れなかったんです……」
俺がレース前に教えていた作戦。それを聞いていたのに信じ切れず、結果として作戦は失敗、末脚勝負も他のウマ娘たちに負けてしまった。
シャインフォートが先頭なら早めに仕掛けるって話か……確かに、フクキタルの仕掛けはそれより遅かった。
しかし、アレはフクキタルが遅かったというより、シャインフォートのペースメイクがうますぎた、それに尽きる。
「でもぉ~……トレーナーさんが、運命の人が教えてくれたのに……シラオキ様も、占いも、いつも絶対に信じてるんですよ! なのに、こんな時にぃ~……」
どうやら作戦の失敗とか負けたとかではなく、俺の作戦を信じ切れなかったことが悔しいようだ。
なんというか、フクキタルらしいな、と少し笑ってしまった。
別に気にしなくてもいいんだよ。
「うぅ~……」
フクキタル、レースを走ってるのはフクキタルだ。
作戦は確かに伝えたけど、本当にどう走るかはフクキタルが考えるんだよ。
「でも、私はなんにもないんです……トレーナーさんやシラオキ様がいないと……」
完全にマチカネヤミキタルだ。スズカも困っている。
ねえ、フクキタル。フクキタルは、走ってる時に光が見えるって言うだろう?
「ふぇ? はい、そうですけど……」
それを信じればいい。それは自分だけの、フクキタルだけの走りなんだから。
そう言うと、少し俯いて困ったように頭を振ると、はい……とか細く答えて頷いた。
「フクキタル、難しく考えないで」
「スズカさん……?」
「私たち、負けちゃったわ。でも、その先に見える景色まで、まだまだ走れるの」
そう言うとスズカは、ごめんなさい、私口下手だから……と困ったように俺を見た。
俺は苦笑いして、ぽんぽんと2人の頭を軽く叩く。
今日は負けた! でも、次は勝つ! これでいいんだよ。
そう言ってみんなのところに戻るぞー、と振り返って走っていくと、慌てた足音が聞こえてきた。
――2人に見られないように、ぐっと唇をかみしめて、拳を握る。
次は、負けない。
大きなくやしさを胸に残して、フクキタルとスズカの日本ダービーは、7位と9位で終わったのであった。
史実通り、サニーむにゃむにゃくんことシャインフォート1着!
メジロブライトは、一応メジロのお馬さんが名前を使わせていただいてるので、ちょっとだけなら……と思って入れました。
スズカは逃げれず、フクキタルは仕掛けが遅すぎた。
作戦通りに走れず、フクキタルは自分が見た光もトレーナーくんも信じ切れず。
悔しい結果でしたが、後に繋がると信じて……。
今後2人はどう成長していくのか、ご期待くださいませ。
ちなみにタイキはさらっとNHKマイルカップに出場していました。