マチカネフクキタルとの3年間 with ゴルシ 作:あぬびすびすこ
その伝説とは、誰なのか。
金鯱賞。
今年のこのレースは、大きな賑わいを見せていた。
デビュー当初から大逃げで人気を博したサイレンススズカ。
そしてスズカを差し、菊花賞で大勝利を収めたマチカネフクキタル。
その上、出走する他のウマ娘たちも、重賞を連勝してきた娘ばかりだ。強いウマ娘と走りたいと、やる気が違っていた。
「みんなキラキラしてマス!」
「そうだねぇ。勝ってる娘たちばかりだから、みんな自信があるね」
パドックで見ていると、みんな顔つきが違う。
流石はシニア級で活躍しているウマ娘だ。自分たちの走りに自信があるって表情をしている。
『5枠5番。サイレンススズカ』
「お、スズカだぞ」
ジャージをバサリと床に落としたスズカ。
昨年よりも体をしっかりつくってあるから、よりしっかりした印象を受けるはず。
ただ、他のウマ娘よりもほっそりしているけど。
「サイレンススズカ、やっぱりいいよなぁ」
「ああ。今回も流石の仕上がりだ、バランスがいい」
「細いわね、サイレンススズカ……でも、しっかり筋肉はついてる」
スズカはチームの中でも特に気を使って体を鍛えている。
ハイスピード逃げは体に負荷が常にかかるからな。今のところゴールドシップのお墨付きだ、ケガの心配がないぐらい体ができている。
「スズカ、かなり調子がよさそうだな」
「ハイ! いつでも行けマス! そんなフインキデス!」
穏やかに微笑んで頭を下げると、ジャージを拾ってパドックを後にする。
しばらくして出てきたのはフクキタルだ。
『8枠9番。マチカネフクキタル』
「むん!」
バサッとジャージを投げ捨て、いつも通り自信満々にエア水晶を撫でまわす。
フクキタルはスズカよりスピードを出すため、少しだけ体重を落とすことにした。
前よりちょっぴりスッキリしているが、体はバッチリだ。
「マチカネフクキタル! 俺ぁあの娘にかけてるぜ!」
「好きなんだよなー、あの走り。胸に響くっつーかさ」
「前より顔つきがよくなったわね。私、なんだか親の気分で泣けてきちゃう」
周りからはファンの声が多く聞こえてくる。
菊花賞勝利後のやりとりがトゥインクル・シリーズファンに刺さったらしく、特にコアなファンはフクキタルをとても応援してくれている。
「フクも調子よさそうだな」
「今日の朝はスズカさんもフクちゃんも大吉でしたって喜んでたよ」
「全員調子はグッド! いいレースになりそうデスネ!」
自信満々にお辞儀をしたフクキタルは、ジャージを拾って去っていく。
俺たちも戻ろう。
フクキタルが最後の外枠なので、レース場内のいつもの場所へと戻る。
「やあ、トレーナーくん。ゴールドシップ。タイキシャトル、ソーラーレイも」
「先に来ておいたぞ」
「よう、エアグルーヴ! 相変わらずギラギラしてるな!」
「わっ、か、会長さん。こんにちは」
「ハイ! エアグルーヴ! カイチョー!」
ゴール板前にいたのはシンボリルドルフとエアグルーヴだ。
ルドルフの威光のせいかぽっかり周りが開いている。
ゴールドシップは気にせず2人に絡んでいるが、ソーラーレイは少し引き気味だ。
「スズカとフクキタルを見にきたんデスカ?」
「ああ……お前のトレーナーが、随分と仕上げたと聞いた。2人ともシニア級だ、ぶつかることがあるだろうからな」
だが、私は負けん。自信たっぷりにそう言うエアグルーヴ。
前にも増してエネルギッシュだな、この娘。オークスと天皇賞に勝利して、年度代表ウマ娘に選ばれただけのことはある。
「エアグルーヴ、おめーなんか女騎士みてーだな。捕まるタイプの」
「たわけ! 誰が女騎士だ!」
ゴールドシップの煽りにエアグルーヴが怒る。
うん、いつもの光景だな……。
「騎士……ナイトか……」
何かを考えこむシンボリルドルフ。
「んふっ!」
「会長!?」
息を吐いて大きくむせるルドルフ。
中々カオスな状態で、レース開始を待つのであった。
◆ ◆ ◆
「フクキタル」
ゲート前で手首の神むすびに触れていたら、スズカさんに声をかけられました。
「今日は私、勝つわ」
キッとエアグルーヴさんのような表情で私を見ます。
負けず嫌いなのは知っていますが、まさか私に向けられるなんて……。
でも、私だって!
「負けませんよ、スズカさん!」
「ふふ……勝負よ、フクキタル」
目を合わせて、お互いに頷いてゲートに入ります。
スズカさんはトレーナーさんにお願いして、今日までじっくりとトレーニングをしてきました。その分、すごい力を身につけています。
だけど、それはスズカさんだけではありませんよ! 私もトレーナーさんに末脚をもっと強くしてもらったのですから!
『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』
――ガタンッ
『スタートしました! 綺麗にスタートです。先頭を行くのはやはりこのウマ娘、サイレンススズカ!』
『スタートダッシュが綺麗ですね! 誰にも邪魔されずに先頭へ行きましたよ!』
ゲートから出てどこにつけるか流れを見ていると、スズカさんが凄い勢いで跳び出しました!
トレーナーさんが合同トレーニングで連れてきてくれたツインターボさんのような、先手必勝の抜け出しです!
「やばっ!?」
「止めらんないっ!」
スズカさんをマークしようとしていた他のウマ娘さんたちは、あまりにも素早く先に行ってしまったから何もできなくなってしまいました。
よ~くわかりますよぉ~。私も、何回もスズカさんにやられていますからね。
『サイレンススズカが先頭のままコーナーへと入っていきます。ペースが速いのか、既に縦長の隊列です』
私は中団でレースを進めます。でも、スズカさんが前にいったら、もう今の位置は関係ありませんからね……。
仕掛けどころを失敗したら、もう勝てませんから。
しかしスズカさん……ちょっと速すぎじゃないですか?
『第2コーナーを回っていきますが、既にサイレンススズカが後続を4バ身5バ身離して逃げています! これは大逃げですサイレンススズカ!』
今中団でハイペースの中走っているんですけど、この中団がもう後方集団みたいな位置にいます。
第2コーナー出る前からこんなに差があると……ちょっと早めに動かないとダメでしょうか、トレーナーさん。
シラオキ様、信じていますので! 早めに行くときはすぐ教えてくださいね!
『サイレンススズカがコーナーを抜けました! さらにさらに後続を離していきます!』
『1,000mは58.1! かなりのハイペースです! これは後半までもつのでしょうか!』
スズカさんはスタミナが持ちます。
だって、そのためのトレーニングをずっとしてきたんですから。ゴールドシップさんが教え込んだ、最終コーナーでの息の入れ方。
ほんのわずかな時間しかないから、その隙を突こうと加速しても間に合いません。
というか、もうすごい前にいます……何バ身離れてるのでしょうか。これじゃあスズカさんの1人旅ですよ!
……トレーナーさんは言いました。
最後の直線で一気に末脚勝負する。これはもう、距離が離れすぎて、ダメかもしれません。
ならどうするのか。勝ち筋はあと1つだけ。
「ゴールドシップさん……力をお貸しください!」
覚悟を決めて、ターフを踏みしめます!
シラオキ様! 私、行きますっ!
不沈艦の抜錨ですよ~!
◆ ◆ ◆
『サイレンススズカ、先頭で1人旅! 悠々と走っていま……あっと! マチカネフクキタル! マチカネフクキタルが後続から跳び出してきたッ!』
「フクッ! あいつ、やる気だ!」
隣で見ていたゴールドシップが思わず声を上げた。
スズカの独走状態になっていた金鯱賞。誰もがスズカはいつ落ちてくるのかと考えてみていたことだろう。
しかし、俺たちはスズカがこのまま逃げ切ってしまうことを知っている。そしてこの差だ。もう追いつけないか……そう思っていた。
フクキタルは違った。わかっていたからこそ、勝ち筋を通しに行こうと、全力を出していた。
『残り1,000mでのスパートです! しかし、このハイペースからのロングスパート、スタミナはもつのでしょうか!』
『かなり厳しいと思いますが、サイレンススズカがこのまま逃げ切ってしまうと考えたのでしょう』
「フクちゃん……!」
「フクキタル……」
ソーラーレイとタイキは、必死に追い上げていくフクキタルの覚悟を感じ、身を乗り出す。
俺も拳を握って、フクキタルの激走を見守る。
「フクキタルは、勝ちに行っているんだね」
「会長……ええ、そうですね」
ルドルフもエアグルーヴも、真剣な表情でレースを見ている。
行け、スズカ……がんばれ、フクキタル……!
『第3コーナー入りました! 先頭は変わらずサイレンススズカ! しかしマチカネフクキタルが少しずつ差を詰めている!』
『末脚が自慢の彼女ですが、脚は残るのでしょうか!』
コーナーに入り、スズカは美しい曲線を描いてカーブしていく。
真っすぐ走れていないというのに、スピードを落とさず加速しているかのような走りだ。
もちろん、フクキタルも同じ。コーナーに入ると、直線からの加速をそのままにカーブしていく。
「いいコーナリングだ」
「うん、とても綺麗だ。ゴールドシップが教えたのかな」
「おう。あいつらはもう曲線のソムリエだぜ」
ゴールドシップはニィっと笑う。
曲線のソムリエとはまあ、言い得て妙だ。
確かに専門家と言ってもいいぐらいコーナーは上手いからな、みんな。
『コーナーをぐるっと回っていきます! サイレンススズカに少しずつ近づくマチカネフクキタル!』
第4コーナーにさしかかる。
ここでスズカは息を入れる。これで最後の直線も全力で走れるようになるのだ。
遠目で、スズカが少しだけペースを落として息を大きく吸うところが見える。フクキタルはこの隙に少しでも近づこうと、息を入れずにコーナーを回っていく。
「それじゃあダメだ、フクッ」
ゴールドシップが苦し気にそう声を出す。
最終コーナーで息を入れられないのはかなり辛い。ゴールドシップも最終直線前にパフォーマンスを維持するため息を入れるのだ。
いかに長距離を走るスタミナがついているといっても、それでは最後の最後に力を出せない……!
『最終直線に入った! サイレンススズカただ1人が、直線に入ってきます!』
『後ろから猛追するのはマチカネフクキタル! しかしその差は縮まらない!』
スズカは直線に入ると、今までのスピードを取り戻すかのようにグンッと加速した。
「逃げて差す」。この表現が最も的確な走りだ。
フクキタルは何バ身も後方で差されてしまった。もう詰めていくだけのスタミナは残っていない。
『後続とは5バ身ほど差があります! サイレンススズカ、拍手で迎えられています!』
直線で少し差は詰まるが、そこからどんどん引き離していくスズカ。
あまりの逃げっぷりに観客たちから拍手で迎えられた。驚きを通り越して、ショーを見ている気分なのだろう。
フクキタルはスタミナが限界を迎えてずるずると後ろへと下がっていく。
しかし、まだ諦めず、全力で脚を動かしている。
「スズカー! 行けー! フクっ! 根性だ! 根性見せろ!」
「スズカさーん! フクちゃーん!」
「スズカ! フクキタル! ゴー!」
――行けー! スズカー! フクキタルー! あと少しだーっ!
チームみんなでスズカとフクキタルを応援する。
スズカはチラッとこちらを見ると、さらにグン! と速くなった。
フクキタルもこれ以上ないほどの根性で食らいつくが、道中のロングスパートで末脚を使えるスタミナがない。減速しないようにするのがやっとだった。
『サイレンススズカ圧勝でゴールイン! 後続とは10バ身以上の差があったでしょうか!』
誰が見ても分かるレベルの大差でスズカは圧勝した。
2着がゴール板を駆け抜けたのは、2秒も後だったのだから。
穏やかに手を振る彼女に、惜しみない拍手と歓声が上がった。
フクキタルは6着だ。
しかし、スズカに迫ろうとしたあの覚悟と根性の激走は評価されるべきだろう。
俯いて下唇を噛み、拳を握って悔しそうに体を震わせる。
「サイレンススズカ、すごかったな!」
「ほんとにな! でも、マチカネフクキタルもよく頑張ったよな」
「1人だけわかってたみたいにスパートしてたもんな!」
「菊花賞勝ったから期待してたけど、ダメだったかー」
「それだけサイレンススズカが強かったんだ。ほら、ダメな時だってあるだろ!」
「そうだな。マチカネフクキタルー! よく頑張ったなー!」
「マチカネフクキタル! ナイスファイトよー!」
観客もフクキタルの激走をちゃんと見ていた。
6着だったにもかかわらず、フクキタルは惜しみない声援を受ける。
彼女は困惑して、なんで……といった風に口をぽかんと開けて観客たちを見ていた。
そんな彼女にスズカは近づき、何かを話している。
「今日のレース、スズカに対抗していたのはフクキタルだけだ。エアグルーヴ、いいライバルがいるな」
「はい、会長。スズカもフクキタルも、勝ちたい相手です」
ルドルフとエアグルーヴも、その健闘を讃えていた。
スズカはとんでもなく凄かった。でも、それに向かって頑張ったフクキタルも凄かったのだ。
「うっし! ウィナーズサークル行くぞ! 胴上げ世界記録更新だぜ!」
「ハイ! ワッショイデスネ!」
「やりすぎだよぉー!」
ゴールドシップを先頭に駆けていくメンバーたち。
ルドルフたちに声をかけて、俺も追いかける。
今日のレースはスズカの劇的な勝利だった。しかし、フクキタルもその力を存分に見せつけた。
2人とも今日のレースを糧にしてほしい。そう願わずにはいられない、いいレースとなったのだった。
というわけで、サイレンススズカ大差で逃げ切りでした。
フクキタルは史実通りに6着。育成ストーリーだと不甲斐ない走りでボロボロでしたが、今回は頑張ったけど健闘むなしく……。
ただ、スズカの走りに対抗しようという走りはみんなに伝わったようです。
頑張れフクキタル! ファンは応援しているよ!