マチカネフクキタルとの3年間 with ゴルシ 作:あぬびすびすこ
その運命やいかに。
宝塚記念。
今年の宝塚記念は、例年以上の盛り上がりを見せていた。
いや、少し違うか。ゴールドシップが出走した時もすごい盛り上がってたから、例年通りか。
まず、今年はレースのレベルが違うと言われている。
ぶっちぎりの1番人気、大差の大逃げをしたサイレンススズカ。
2番人気は天皇賞春を制覇したメジロブライト。
3番人気に去年の天皇賞秋を制覇したエアグルーヴ。
その他にも有馬記念を制覇しているキヌノセイギ、ティアラ二冠のメジロドーベル。常に2着3着としっかり入着を続けるキンイロリョテイ。
そして菊花賞ウマ娘、マチカネフクキタル。
正直、本当に有力なウマ娘がぎゅっと集まっており、誰が勝ってもおかしくないレース。
スズカも今回は金鯱賞のような大逃げは厳しいだろう。
しかし、だからこそスズカを大逃げで走らせる。それがスズカが一番早く走れるから。
「トレーナーさん」
控室でスズカに作戦を伝えようと中に入ると、イスに座っていたスズカから声をかけられた。
「今回も大逃げ、ですよね」
そうだよ。そう言うと、嬉しそうに頷く。
ただ、今回は外枠だし実力者揃いだから、前回みたいにぶっちぎれはしないよと話す。
「そう、ですね……どうしたらいいでしょうか」
気にせず逃げればいいよ。そういうと、不思議そうな表情になった。
どちらにせよ、大逃げじゃないとこのメンバーには勝てない。半端な逃げだと絶対に捕まるからな。
最終直線で追い上げられると思うが、意地でも先頭を譲らない。そういう気持ちがあれば勝てるよ。
「……はい、そうですね。ふふ、トレーナーさんはいつも走りたいように走らせてくれます」
そう言って、彼女は左足首につけていた神むすびを見た。
スズカは足に付けてくれているようだ。
「これをつけていると、なんだかトレーナーさんが一緒に走ってくれているような……そんな気がするんです」
穏やかに語るスズカは、少し嬉しそうにしていた。
しばらく話した後、真剣な表情でぐっとこぶしを握る。
「トレーナーさん。私、勝ちます。フクキタルにも、エアグルーヴにも」
「先頭は誰にも譲らない……!」
強い決意を語るスズカに、楽しく走ってきて! と言うと、嬉しそうに頷いてくれた。
次に、フクキタルの控室に入る。
扉を開けると、水晶玉を見つめているフクキタルの姿があった。
「あっ、トレーナーさん!」
俺を見てすすすっと近づいてきた。
大丈夫か聞くと、調子は絶好調です! と元気よく答える。
「ファンの皆さんがくれたチャンスです! ここで精一杯走って恩返しします!」
ふんすと鼻息荒くそう話し、やる気を見せてくれる。
感謝祭以降、フクキタルはさらに変わった。
菊花賞後以上に、レースへのモチベーションが高まっているのだ。
「こんな私でも、トレーナーさんやファンの皆さんを喜ばせることができる。それがレースなんです!」
自分が走ることで、みんなに楽しんでもらえる。
だから、もっともっと一生懸命、精いっぱい走ろう! そう考えられるようになったのだ。
最初に会った時から見ると、すごい成長だ。これを聞いたときは思わずそうか……! と思わず噛みしめてしまった。
「今日はスズカさんに追いつける気がします……それぐらい、今の私は調子がいいですよ! 金鯱賞の時も調子よかったですけど」
目をむん! と輝かせて親指を立てるフクキタル。
実際トレーニングも好調で、スズカとの併走でも全く遅れずに走れている。
今回はスズカにとってはちょっと長い2,200m。距離的にはフクキタルが有利だが、どうなるか。
今回の作戦を伝えると、わかりました! と即答された。
あまりにすぐ頷いたから大丈夫なのかと思ったが、フクキタルは自信たっぷりだ。
「大丈夫です! ほら、トレーナーさんも一緒にいてくれますから」
そう言って右手の神むすびを見せてくれる。
「これをつけてると、トレーナーさんが私といっしょに走ってくれているような気がするんです。レイさんもフェブラリーステークスの時に言ってましたし、タイキさんも安田記念でそう言ってました」
スズカもソーラーレイもタイキも同じようなことを言っていた。
なんというか、少し恥ずかしいな。でも、それだけ大切につけてくれているのだからいいか。
「ちなみにゴールドシップさんはいつも一緒に走ってるって言ってました!」
ゴールドシップはそうだな、うん。
もう常に一緒に走ってるような気分だ。
「むむむ……やはり差がありますね。ですが、私の運命の人でもありますから!」
改めて気合を入れるフクキタル。ぐっと握る拳には、かなり力が入っている。
やる気がみなぎっているようだ。金鯱賞同様、好走が期待できるな。
宝塚記念、どんなレースになるのだろうか……?
◆ ◆ ◆
観客の皆さんの前に立ち、ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐きます。
今日のレースは宝塚記念。金鯱賞の時はスズカさんに思いっきり逃げられてしまいましたが、今回は頑張ります!
「マチカネフクキタル!」
「うげっ!? だ、だれですか!」
ゆっくり気持ちを整えていると、後ろから声をかけられました。
「あ、キヌノセイギさん」
「そうだ!」
キヌノセイギさんです。
有マ記念でエアグルーヴさんやメジロドーベルさんたちに勝利していました。
学園だとちょこちょこお会いしてましたが、レースで走るのは菊花賞以来です。
「菊花賞以来だな!」
「そうですね! 今日も負けませんよ!」
「いや、今日こそ私がかーつ!」
お互いにニッと笑います。
キヌノセイギさんはいつもスカッとしていますからね、お話していて気持ちがいいです。
「セイギ、フクキタル」
「エアグルーヴさん」
キヌノセイギさんとお話していたら、エアグルーヴさんも話に来てくれました。
いつも通り、レース前に目元のお化粧をばっちりつけなおしています。
ルーティーンだから、私もやると気持ちが切り替えやすいぞと言ってくださったので、最近は水晶玉をみつめることにしました。
「有馬記念では負けてしまったが、今回は勝つぞ」
「今日も勝たせていただきます! センパイ!」
「ふっ、望むところだ」
好戦的な笑みを浮かべています。
やはりエアグルーヴさんはカッコいいですね~!
「フクキタル」
「はい、なんでしょう」
「今日、お前と走れることを嬉しく思っている。全力で戦おう」
「おぉ~! 私も嬉しいです! エアグルーヴさんと走れるなんて楽しみですからね!」
でも、負けませんよ! そういうと、ふっと笑ってくださいました。
いやぁ、クールですねぇ……でも、クールならスズカさんも負けませんよ。
「エアグルーヴ、フクキタル。そろそろ行きましょう」
「ふむ、なら行こう。スズカ、今日は勝たせてもらう」
「ううん、私が勝つわ」
仲がいいからか、バチバチ火花が散っています……!
『阪神レース場、芝2,200m。今年もまた、あなたの夢が、わたしの夢が走ります』
『あなたの夢は、サイレンススズカか、メジロブライトか、エアグルーヴか。わたしの夢は、マチカネフクキタルです』
ゲートの前で深呼吸をして、ゆっくりゲートに入ります。
今日は8枠14番です。13番のスズカさんの外側、大外ですね。
ゲートの中でスズカさんと目を合わせ、頷きます。
お互い全力で、真っ向勝負です!
『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』
――ガタンッ
「ふっ……!」
『スタートしました! 好スタートを切ったのはやはりサイレンススズカ!』
ゲートが開いた瞬間、隣のスズカさんがスッと前に出ました。
流石の集中力です……他のウマ娘さんたちは1拍置いてスタートダッシュをします。
私もスズカさんから教わっているので結構自信がありますが、やっぱりスズカさんには勝てませんね……。
スズカさんは先頭を取った勢いで、そのままぐんぐん前に出ていきます。
いつも通りの大逃げですね。大外から行ってますが、スタートが速すぎてもう誰も止められません。
『先頭で抜け出したのはサイレンススズカ! このウマ娘が先頭です』
『メジロドーベルも先頭を取ろうとしていたようですが、サイレンススズカのほうが速かったようですね』
メジロドーベルさんが内枠の有利を使って前に出ようとしていましたが、既に先頭まで走っていたスズカさんが内側に寄せて前に出るのをやめてしまいました。
これはかなり苦しいですよ、ドーベルさん……。
私は内側にすーっと入って、エアグルーヴさんとキンイロリョテイさんの後ろにつけます。
トレーナーさんから、この2人の近くにいるようにと言われました。仕掛けのタイミングを合わせる作戦のようです。
エアグルーヴさんは仕掛けが上手ですからね! 頼りにしています!
『コーナーを回りますが、先頭は変わらずサイレンススズカ! しかし大逃げにはならないようです!』
『あまり差が開けていないようですね。他のウマ娘たちが最初からペースを合わせに行っているようです』
流石GⅠを勝ち上がってきた方々です。
スズカさんのペースに最初から合わせることで、距離を離さない作戦で大逃げを止めにいこうとしています。
ですが、流石にハイペースすぎます。ちょっとずつ離されていくのがわかりますね。
『先頭は変わらずサイレンススズカ! 2バ身から3バ身のリードで2コーナーへと入っていきます!』
『もう既に縦長の展開です!』
コーナーが終わり、直線に入ります。
ぐるりと回っている間は近かった気がするのですが、コーナーを抜けたらさらに遠くへ行ってしまいました。
流石はスズカさん。コーナーで加速しましたね! ゴールドシップさんからの教えが効いてますね~。
今日もペースが速めですが、距離的には私の方が有利です。スズカさんはどちらかというとマイラー寄りですからね。
マイルと中距離をスプリンターみたいに走るのはどうかと思いますけど!
エアグルーヴさんやキンイロリョテイさんはどこで仕掛けようかとタイミングを探っています。
そうこうしているうちに、スズカさんはもう1人だけ第3コーナーに入っていきました。
『サイレンススズカが速くも1人だけでコーナーに入ります! リードは7、8バ身10バ身ぐらいあるでしょうか!』
「っ!」
スズカさんが一足二足も先にコーナーを回り、私たちもコーナーへと入ります。
ここでキンイロリョテイさんが動きました! まだ800mぐらいありますけれど!
スズカさんがコーナー終わりで息を入れるタイミングで攻めるつもりですね!
ゴールドシップさんが注目するだけあってすごいロングスパートですね……!
『ここでキンイロリョテイが速めに動いていった! スタミナはもつのか!』
『エアグルーヴとマチカネフクキタルは中団インコース!』
「ちょっとだけ下がりますよ~!」
「すまないっ!」
エアグルーヴさんがチラッとこちらを見たので、外側に出られるように後ろに下がって横を空けます。先に出てもらった方が私はいいですから。
後ろのウマ娘さんたちも少し位置をずらして、エアグルーヴさんと一緒に追い上げられる体勢をとっていますね。
このコーナーが終わってからが本番ですよ!
『先頭はサイレンススズカ! リードはまだ、4バ身から5バ身で第4コーナーカーブ!』
『さあコーナーから直線! 外からはキンイロリョテイ! キンイロリョテイ!』
キンイロリョテイさんが一気に追い上げて差を詰めています!
スズカさんが息を入れたところに合わせられたようです。
……ええ、息を入れられてしまいました。前のスズカさんなら、そのまま走っていたと思うんですが。ちょっと強くなりすぎていませんか!
これじゃあ後半のスピードダウンもあまり期待できません!
でも、私だって、みなさんに幸福を渡したいっ! 勝ちたいですっ!
シラオキ様! 見ていてください! 私、行きます!
思いきりターフを踏んで、ぐっと体を前に出します。
行きます~! キラキラ輝いている、この道の先に!
「開! 運! ダァ~~~~ッシュ!!!」
「はああぁぁぁーーっ!!!」
『サイレンススズカ先頭! キンイロリョテイが食らいついていく! 外からはエアグルーヴ! 内からはバ群を切り裂いてマチカネフクキタルだ!』
距離が遠い~っ! でも、今日はまだまだ脚が残ってます!
やっぱりゴールドシップさんみたいにずっと加速するのはつらかったですね!
外側で突っ込んでるエアグルーヴさんも距離が遠すぎてかなり辛そうです! 中々追いつきません!
「ぬおおぉああああーーーーッ!!!」
『キヌノセイギも差を詰めてきた! しかしサイレンス! サイレンス!』
キヌノセイギさんも凄い勢いで後ろから上がってきます!
でも、やっぱり前が遠すぎますっ!
大逃げを止められても、これだけ離されたら結構きついですよぉ!
「くぅ……っ!」
『外からエアグルーヴ! 外からエアグルーヴが差を詰める! 内からはマチカネフクキタル! 驚異的な末脚だ!』
エアグルーヴさんも私も猛追しますが、距離が足りません……!
2,200mは、スズカさんにとっては長めでしたけど、私にとってはちょっと短めです~~!
「っ!!!!」
『キンイロリョテイ! キンイロリョテイ!』
スズカさんに最も近づいているキンイロリョテイさんも、あともう少しなんです!
でもっ! 距離が、足りない!
「スズカー! フクー! ぶっこめー!」
「ゴースズカ! ゴーフクキタル!」
「フクちゃーん! スズカさーん!」
みなさんの応援が聞こえます!
あとほんのちょっと! あとちょっと前に出たいっ!
――逃げ切れ、スズカ! 差しきれ、フクキタルッ!
トレーナーさんの声が聞こえました!
グッと足に力を入れて、最後の末脚ですっ!
「うあああぁぁぁ~~~っ!!!」
『内からフクキタル! しかしサイレンススズカ先頭! 先頭はサイレンススズカ! サイレンススズカ逃げ切ったぁーー!』
ゴール板を駆け抜け、一気に疲れが体中に押し寄せてきます。
ぐっはぁ~~~!!! 届きませんでしたぁ~~~!!!
思わずぐでっと体を芝の上に投げ出してしまいます……キヌノセイギさんも私の隣でばたっと倒れて息を整えています。
「届かなかった……!」
「うぅ……遠かったです~」
スズカさんにあとちょっとというところまで詰めることができましたが、まだまだ足りませんでした……。
やっぱりスズカさんは凄いです……。
『サイレンススズカが逃げ切りました! 2着はキンイロリョテイ、健闘しました! 3着にはエアグルーヴ、4着はマチカネフクキタルとなりました!』
掲示板を見ると、どうやら私は4着だったようです。
外から差したエアグルーヴさんにも届きませんでしたか……うう、3着は行けたと思ったのですが……。
「フクキタル」
「ほぇ……? あ、スズカさん。エアグルーヴさんも」
声をかけられて体を起こすと、スズカさんとエアグルーヴさんがいました。
スズカさんの差し出す手を借りて立ち上がります。
「今日は私の勝ちね、フクキタル」
「ぐぎぎ……スズカさんは相変わらず容赦ないですね」
「ふっ、私も同じことを思ったよ」
どうやらエアグルーヴさんも同じことを言われたようです。
スズカさんはすごい正直に何でも言ってしまいますからね……そこがいいところなんですけど。
「今日はとても苦しかった……クラシック級とは違う、GⅠレースの凄さを感じたわ」
「ああ。皆、切磋琢磨して勝利を手にしようと燃え上がっているんだ」
「ええ。今日は勝てたけど、私の目指すスピードの向こう側。その先はまだまだ遠いわ……」
もっともっと速く走らないと……そういってスズカさんはグッと拳を握りました。
……これ以上速く走るつもりなのですね。
スズカさんの話を聞いて、エアグルーヴさんと2人で目を合わせて苦笑するのでした。
というわけでフクキタル4着でした。
実際のレースには出走しておらず、フクキタルの宝塚記念はその次の年です。
その時は5着でした。南無南無……。
感謝祭で気持ちが変わって、一喜一憂すれど重く考えすぎないように成長しました。
フクキタルが前向き……イイネ!