マチカネフクキタルとの3年間 with ゴルシ 作:あぬびすびすこ
札幌記念。
北海道と聞いてすずしいかと思いきや、そこそこ暑い今日この頃。
フクキタルは13番のゼッケンを身につけて、やる気を出していた。
「今日こそは勝って美味しいものを食べに行きますよ~!」
「うににいくらにぶりはまち! 海の宝石箱を食いに行くからな!」
「ジンギスカンもありマス!」
完全に食道楽で来ているゴールドシップと、レース後すっとんで帰ってきたタイキ。
おみやげデス! とジャック・ル・マロワ賞のトロフィーを持って帰ってきたのを見て、とんでもない大物がチームにいるんだなと思った。
その後のハグという名のサバ折りで危うく病院送りになるところだったけど。ゴールドシップとは違う意味で危ない娘だ。
「タイキさんは疲れてませんか? 先週までフランスにいたじゃないですか」
「プリティグッド! 問題ないデス!」
「いつも通りに元気だねぇ」
フランスでも日本と変わらない生活をするよう伝えていたからか、ケガもなく元気に帰ってきた。
一緒にトレーニングしていたフランスのウマ娘から、ニンジャッ!!! とすごい興奮して話しかけられたとか。水場があると聞いてござを持って行かせたのは良かったのかよくなかったのか。
ただ、食べ物が美味しかったようでちょっぴり丸くなってきた。次走は短距離のスプリンターズステークスを予定しているから、少し絞ってもらわないと……。
「相変わらずにぎやかだな」
みんなで話をしていたところに声をかけられた。
振り向くと、同じくゼッケンをつけたウマ娘の姿が。
「エアグルーヴ?」
「エアグルーヴさん!」
エアグルーヴと先輩トレーナーだ。
今日は札幌記念に出走する予定になっている。
つまり、フクキタルと戦う相手というところだ。
「夏合宿ではあまり会えなかったな」
「そうね。トレーニング、全然違ったから」
「海でござの上を走っているのだからな……」
「エアグルーヴさんたちはトライアスロンしていましたからね~」
遠泳先の島はある程度道が整備されているから、トライアスロンを行ってトレーニングするチームは多い。
エアグルーヴたちのチームは毎年やっているのをよく見る。
「今日はフクキタルと同じレースだ。準備はできているな」
「はい! 今日は大吉でしたから!」
ぐっと親指を立てるフクキタルを見て、笑みを浮かべてクールに去っていった。
「エアグルーヴのやつ、調子よさそうだな」
「ええ。強敵ね、フクキタル」
「エアグルーヴさんは強いですからね……宝塚記念でも負けてしまいましたから」
きゅっと手を握って拳を見つめる。その目は闘志に燃える目だ。
「でも、今日は勝ちます! リベンジですよ~!」
「がんばって、フクちゃん!」
「はい! では、行ってきます!」
気合を入れてパドックへと向かうフクキタル。
今日のレース、どんなものになるのだろうか。
◆ ◆ ◆
腕に付けている神むすびに触れながら、ゆっくり息を吸ってゆっくり吐きます。
トレーナーさんからもらったこのお守りに触れているだけで、一緒に走っているような気分になれるのです。
ゲート前で気持ちを整えていると、後ろから声をかけられました。
「フクキタル」
「エアグルーヴさん?」
エアグルーヴさんです。先ほども声をかけていただきましたが、どうしたのでしょうか。
「ああ、悪いな……恥ずかしい話だが、少し浮ついているんだ」
「珍しいですねぇ~……どうかしたんですか?」
「……宝塚記念でスズカに負けて、少し思うところがあってな」
私もエアグルーヴさんも、スズカさんに逃げられて負けました。
あの敗北をバネにして頑張ってきました! エアグルーヴさんも同じようです。
「この夏、私はかなり強くなったと実感している。その成果を出せることに高揚しているのかもしれん」
「なるほど……よ~くわかりますよ、その気持ち!」
私も大吉が出た時はいつも気合が入って、さあやるぞ! ってなりますからね!
今日も大吉だったので、気分がいいです! まあ、吉でも凶でもやる気はありますけどね。
「ふっ、そうか。フクキタル、今日は私が勝つ」
「いえ! 残念ですが私が勝ちますよ!」
じぃっとエアグルーヴさんの目を見ます。
少しして、お互いに笑い合ってゲート前に戻りました。
さあ、行きますよ! トレーナーさん! シラオキ様!
『各ウマ娘、ゲートイン完了しました!』
――ガタンッ
『スタートです! 各ウマ娘、好スタートです!』
『1番のシズカナシカクが快調に飛ばします! 4番エアグルーヴもかなりいいスタートを切れていますね!』
逃げウマ娘のシズカナシカクさんが枠番の利を活かして一気に前に出ましたね。
エアグルーヴさんもかなり好スタートだったようで、かなり前目につけてます。これだとエアグルーヴさんは誰からもブロックされない位置取りになりそうです。
もっとも、エアグルーヴさんはコース取りが極めて得意ですから。どこに行っても臨機応変に対応することでしょう。
慕っているメジロドーベルさんなんか、レーンの魔術師だって言ってましたからね。
『10番マインオオハシも外から前に出ます! シズカナシカクに取り付きに行くようです!』
私の隣のほうからマインオオハシさんが結構な勢いで前に行きました。
逃げの脚質じゃないと思うのですが……エアグルーヴさんを抑えたいのでしょうか。
ですが、差しで一緒に走るだろうと思っていたマインオオハシさんが前に行ってくれたのは好都合です。ブロックされにくくなりましたからね。
走りやすくなると思うので、早めに中団後ろに付けてしまいましょう!
『シズカナシカクとマインオオハシが逃げたまま第1コーナーへと入ります』
『13番マチカネフクキタルはこの位置。中団につけています』
エアグルーヴさんたちのいる集団のやや後ろ側につけました。
このままペースを合わせていきましょう。今のところほんのちょっとだけ遅めのペース……だと思いますから。
でも、トレーナーさんに教えてもらいましたけど、札幌レース場ってほとんど平坦です。
スタミナ消費が少ないから、先行で抜け出すのが一番いいみたいですね~。エアグルーヴさん有利です。
『第2コーナー回りまして、隊列は変わらず。バ群はあまり離れていません』
前との差はありますが、すぐに詰めることができるぐらいの距離です。
ただ、最終直線が短めなので、ちょっとだけ早めに仕掛けないとですけど。
『先頭は変わらずシズカナシカク。1,000mは59.9。平均やや遅めのタイムと言ったところでしょうか』
この平坦なコースにしては……やっぱり遅くないですか?
トレーナーさんから札幌レース場は芝がフランスのような海外の芝だから、少し重くてタイムが遅くなるとは聞いていますが。
これだとエアグルーヴさんが最後にグンと抜け出して勝ちというのが濃厚です。
トレーナーさんの言っていた通りですね……なら、作戦通りに行けばいけるはずです!
『シズカナシカクが第3コーナーに入りました。後続がじわじわと前に詰めていっています』
『マインオオハシは少し苦しいか! ペースが落ちているようです!』
マインオオハシさんがゆっくりと落ちてきました。
先行有利なコースですし、1着を掴むために最初から前に出るつもりだったのでしょう。
必死に上がっていく顎を下げながら頑張っています。
私はまだまだスタミナが残っていますからね。あまり息を入れずにそのまま回っていきますよ。
『マインオオハシがバ群に飲まれました! シズカナシカクは第4コーナーを回っています!』
「ハァーーーっ!」
マインオオハシさんの横をするっと抜けるように、エアグルーヴさんが前へ抜け出しました!
エアグルーヴさんがいたポジションにマインオオハシさんがずるずると入っていきます。内側で差すために待っている中団後ろのウマ娘さんたちはかなり苦しいです。
『エアグルーヴが第4コーナーから前に出ていった! 後続も追走していく!』
「ここですねっ!」
トレーナーさんからの作戦!
それは、第4コーナーから一気にスパートをかけること!
私のスタミナであれば、ここから行っても最終直線の末脚分は残るはずとのことです!
行きますよ~! シラオキ様! カムトゥミ~~!!!
『ここで後ろからマチカネフクキタルも前に出てきた! バ群の中を突っ切って前に出てきた! さあ、最終直線!』
光の道を突き進み、マインオオハシさんの横も通り抜けて前に出ます!
エアグルーヴさんが上手にポジションを取ってくれたおかげで、いつもよりバ群の中を進みやすかったですね!
『エアグルーヴが一気に突っこんでいく! シズカナシカクは苦しいか! 伸びないぞ!』
『そこにマチカネフクキタルが突っ込んできた! とんでもない末脚だ! どんどん差を詰めていく!』
エアグルーヴさんは完璧な抜け出しです! シズカナシカクさんを一気に追い抜いて先頭に出ました!
ですが、私も負けません! 私の勝利を信じてくれているトレーナーさんたちやファンのみなさんのためにも!
幸運をこさせますよ~~~!!!
「開! 運! ダ~~~~ッシュ!!!!」
「きたかっ!」
洋芝はパワーがあるウマ娘のほうが有利だと聞いています!
パワーだけなら、差しウマ娘の私がエアグルーヴさんに勝っています!
スピードはエアグルーヴさんのほうが凄いかもしれませんが、今日は私に向いてますよ!
『エアグルーヴ先頭! しかしマチカネフクキタルが一気に追い上げる! 驚異的な末脚だ!』
洋芝とは言え平坦なコースです! エアグルーヴさんもスタミナが有り余っているはず!
全力で追っているのに、ほんのちょっとだけ届きません!
『エアグルーヴ粘る! しかしマチカネフクキタル食らいつく! マチカネフクキタル抜いたか!? しかしエアグルーヴも内から差す!』
エアグルーヴさんを抜いたかと思ったら抜かれて、それをまた抜き返して抜かれて。
どれくらい差しあったでしょうか。もうゴールは目の前です。
「行けー! フクー! メロンパフェが待ってるぞー!」
「フクちゃーん!」
「ゴー! フクキタル! ゴー!」
「フクキタルっ!」
――フクキタル! 突っ込めーーーッ!!!
みなさんの声が聞こえますっ!
力を振り絞って、行きますよぉ~~~!!!
「ハァーーーっ!!!」
「うわああぁぁ~~~!!!」
『エアグルーヴ! マチカネフクキタル! エアグルーヴ! マチカネフクキタル! どっちだあぁーーー!?』
『2人ともほぼ並んでゴールインっ! 写真判定です! 写真判定となります! 3着はシズカナシカクです!』
ぜぇはぁとエアグルーヴさんと並んで息を整えます。
うぐぐ……直線で抜け出した時は抜群の手ごたえだったのでいけると思ったのですが……。
「やっぱり強いですね~~エアグルーヴさん!」
「ふぅ……お前もだ、フクキタル。来るとは思っていたが、あそこまでの勢いとは思わなかった」
お互いに健闘を称え合います。
いやぁ……どっちが先にゴールしたのでしょう。
写真判定になったみたいですけど……うぅ~ん、ちょっと自信がないですね。
『判定の結果が出るようです! 掲示板をご覧ください!』
実況の声が聞こえて、エアグルーヴさんと掲示板を見ます。
1番上に出た数字は……4。
『エアグルーヴです! 1着はエアグルーヴ! なんと、5cm差で2着はマチカネフクキタル!』
「みぎぃ~~! 負けましたぁ~~!」
数字を見て頭を抱えてしまいます!
あぁ~! また勝てませんでした……。うぐぐ、次こそは……!
がっくり肩を落としていると、隣でエアグルーヴさんがくつくつと笑っていました。
「ああ、悪い。なんというか、変わったな、フクキタル」
「ほぇ?」
「前は負けたら世界の終わりだと落ち込んでいたのに、次は勝つと思っているだろう?」
「な、なんでわかったんですか?」
「そういう表情をしているからな」
表情……? 顔をむにむに触りますが、よくわかりません。
「ふっ。また走ろう、フクキタル。次も私が勝つ」
「むむっ! 次は私が勝ちますからね!」
差し出された手を握って握手します。
観客の皆さんが歓声を上げてくれて。次こそは勝ちます! そう思うのでした。
というわけで惜しくも2着でした。
実際の札幌記念ではエアグルーヴと走ってません。エアグルーヴが勝った札幌記念の一年後のレースに出走していますから。
その時の勝ち鞍はセイウンスカイです。いい世代だぁ……。