川神のブラウニー   作:minmin

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結構評価1~3が付いてますねえ。
好みが分かれる形式かとは思いますが、暫くスタイルは変わらない予定なので、苦手な方はそっとブラウザバックをお願いします。


宇佐美巨人から見た川神のブラウニー

 

 

 ――日曜日、午前7時の衛宮家。

 

 

「ね、眠い……日曜日の朝っぱらからはオジサンにはきついなぁ……でも、悲しいけどこれお仕事なのよね」

 

 

 わかっちゃいるけどやめられない愚痴を言いながらインターホンを押すと、直ぐに音がしてガラガラと引き戸が開いた。現れたのは当然衛宮だ。

 

 

「本当に来たんですね。おはようございます、宇佐美先生」

 

 

「そりゃ来るよ、お仕事だもの。それに、オジサンはこういうことで生徒に嘘はつかないぜ?」

 

 

 それはわかってますし、宇佐美先生のことは信頼してますけど、と嬉しいことを言いながら衛宮が頬を掻く。

 

 

「俺の一日を知りたい、なんて人が本当にいるとは思ってなくて……特に面白くもないんですけど」

 

 

「むこうさんから伝えてくれって言われてるから言うけど、九鬼紋白からだよ。あのお嬢さん、スカウトが趣味なんだとさ。噂くらいは聞いてるだろ?」

 

 

 俺がそう言うと、衛宮は目を丸くしていた。

 

 

「それって、素行調査みたいなものってこと?凄いな、そこまでやるんだ」

 

 

 いや、それはお前が特別なんだろうけどさ。と言いたくなったが黙っておいた。明かしていいとは言われていても、べらべら喋るもんでもない。

 

 

「ここで長話するのもなんですし……とりあえず、朝飯食べましょうか。もうできてますんで、どうぞ」

 

 

 お邪魔しますよ、と言いつつ衛宮の後ろを付いて行く。案内された居間の食卓には、既におかずが置かれていた。

 

 

「ご飯と味噌汁ついできますんで、待っててください」

 

 

 台所に消える衛宮。用意されていた座布団に有り難く座りつつぐるりと周囲を見渡す。小島先生に聞いてはいたが、しかしまあ殺風景な家だ。最低限の家具だけで、殆ど物がない。……台所の周囲だけは何故かやたらと充実しているが。

 

 私室も見られても特に気にしない質なのか、扉も全開のままだ。こちらも全くと言っていいほど物がない。あるのはダンベルと、教科書だけが入った本棚。その上に貼ってあるのは、納豆小町のポスター?

 

 

「お前、この家に小島先生以外の女が上がったことあんの?」

 

 

「いや、ないですけど……なんですか急に。あ、納豆食べます?」

 

 

「おう、食べる食べる」

 

 

 出てきたのは、予想通りというか松永納豆。聞けば、1人暮らしを始めた時からずっと定期購入しているらしい。女ができたら家に上げる前に剥がしておけよ、と言うべきか迷ったが。面白そうだから何も言わないことにした。

 

 ご飯と味噌汁。鯖の塩焼きに目玉焼き。山盛りのキャベツに、松永納豆。ご機嫌な朝食をぱくつきながら聞いてみる。

 

 

「んで、この後どーすんのよ?」

 

 

「ランニングです。川沿いで一子と合流予定ですね。宇佐美先生も一緒に走りましょうか」

 

 

 んげっ。

 

 

 

 

 

「シーロくーん!!」

 

 

 体操服姿でタイヤを何個も引きながら川神一子が元気よく腕をブンブン振って走り寄ってくる。一瞬腕がそのまま尻尾に見えた気がした。勢いそのまま衛宮の胸に飛び込んで頬ずりしている。衛宮も衛宮で当然のように受け止めて頭を撫でていた。おーおー、お熱いこって。……これ、正直に報告したら九鬼どうなるのかねえ。

 

 

「おはよう、一子。今日も元気だなあ」

 

 

「アタシはいつだって元気よ!それより、シロ君も最近元気になったみたいで嬉しいわ!」

 

 

 確かに、具体的に何がというわけじゃないが、衛宮は確実に変わった。頭が良いとはいえないが、川神はこういうとこ鋭いんだよな。

 

 

「……うん、そうだな。色々あって、ちょっと前向きになったから。変わってるなら嬉しい。ありがとう、一子」

 

 

 あーあー、抱きしめてよしよしなんてしちゃってー。川神がポーってなってるよ。いつか刺されなきゃいいけどな、真剣で。

 

 

 

 

 

「川神さん、おはよう!」「おう、今日も仲良いなバッキャロー!」「おはよう~衛宮君」「2人とも、おはようございます」

 

 

「「おはようございます!!」」

 

 

 すれ違う人、近隣住民たちが次々に声を掛けてくる。川神院の娘として、川神のブラウニーとしての人徳だろう。結構な速さで走りながら、その全てに律儀に返事をしていく2人。

 

 

「宇佐美先生、大丈夫?」

 

 

 ちらりと後ろから付いて行く俺の方を振り返り、そんなことを言う衛宮。

 

 

「そう思うんなら、ちったあ手加減してくれ。こちとら、そろそろ体力が心配な中年オジサン、だぞっと。小島先生のこと、満足、させられるか心配、なんだ」

 

 

 息切れしながらなんとかそう返事すると、さいですか、とだけ言ってペースを上げる衛宮。あ、この野郎。

 

 

「ゴ、ゴクリ……アダルトな世界だわ」

 

 

 川神、お前はまだ気にしなくていい……いいよな?衛宮、大丈夫だよな?

 

 

 

 

 家に帰ってからは、庭で近接戦の鍛錬をする。無手と、どこから入手したのか、対になっている白黒の双剣と。(刃引きがしてあるのを確認した)シャドーを見て、実際に素手同士で組手もして思うが、やはりそう才能がある訳じゃない。才だけでいうなら、同じ風間ファミリーのクリスに劣るだろう。俺自身の眼力がそこまでじゃないから、川神と比べてどうなのかはわからんが。

 

 双剣も同じだ。ただ、こちらの方が圧倒的に手慣れている、扱いなれている感じがした。身体に染み付いている、とでも言うべきか。組手とはいえ、相対した時に感じたあの重圧。死線を乗り越え、覚悟を決め、実戦を経験した戦士が纏うあの空気。……なるほど、確かに。年齢を考えれば、不自然なことこの上ない。爺さん方が気にするのもわかる。

 

 

 

 午後からはバイト。商店街で、手を怪我した喫茶店のマスターに代わって厨房に立つ。エプロンがあれだけ似合う男子高校生ってすごいよな。というか、元からいたバイトじゃなくて助っ人の衛宮が中心になって店が回っているのは何故なのか。

 

 

「いやー、あっという間にうちの味も覚えちゃったし、この店継いでみるかい?今なら娘がついてくるけど」

 

 

「あー、えっと、その。遠慮しておきます……」

 

 

 ここでもか。何故なんだ。お前は18禁ゲームの主人公か何かなのか?

 

 ランチタイムが終わった夕方。商店街で買い物をして帰ろうとすると、ここからが『川神のブラウニー』の本領発揮だった。

 

 店内のエアコンの調子が悪いから見てくれないか。大型ごみの運び出しの手伝い。母親とはぐれた迷子。川沿いの清掃ボランティア。次々遭遇する日常のちょっとしたトラブルに、時間の許す限り付き合っていく。そして、その全てに嫌な顔1つしていない。なるほど、こりゃ人から好かれるわけだ。まあ、中にはいいように利用してやろう、なんて思うやつもいるかもしれないが。

 

 

 

 

 

 ――そして夜。

 

 

『後は、日課の瞑想して、課題とかして寝るだけです。え、瞑想を、ですか?別にいいですけど……座ってるだけですよ?』

 

 

 ――なんて言ってたが。こりゃ見といてよかったな。いや、むしろこれをこそ見るべきだった。

 

 

 電気を消した部屋の中央で座禅を組み、目を閉じて沈黙している衛宮。そういうことに疎い俺が一見しただけでも、自分の世界に入っていると確信できるほどの集中力。その集中が広がり、世界が衛宮に塗りつぶされていくかのような緊張感。これこそが、きっと衛宮士郎が『異質』だと言われる所以なんだろう。

 

 5分だったのか、10分だったのか。或いは一瞬だったのか、数時間だったのか。どれほどの時が流れたのかわからない緊張と静寂を破って、衛宮が音もなく立ち上がる。そして、構えた。

 

 

 ――足踏み。胴造り。弓構え。打起し。引分。会。離れ。残心。

 

 

 射法八節と呼ばれるその所作が、この上なく美しく実行されていく。弓もない。矢もない。ただ構えているだけだというのに、俺は放つ前から『当たった』と、心の底からそう思ってしまった。

 

 

 衛宮に礼を言って、今度飯でも奢るから、と家を辞した帰り道。

 

 

「オジサン、さっきの『アレ』を文章で伝えきれる気がしないんだけど……どうしたもんかねえ」

 

 

 思ったより厄介な問題に、頭を抱えることになった。真剣でどうしようか、これ……

 

 

 

 




代行業、衛宮士郎の一日に密着するの巻。
ちょっと鋭い巨人先生。昼行灯だけど大事なとこは〆るキャラって結構好きです。
次終わったらルート選択かな?

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