しかし同時進行すると章管理が面倒くさそうだな!
川神一子から見たシロ君
――シロ君は、昔から静かな子どもだった。
上の学年の子たちから意地悪をされても。下の学年の子たちからわがままを言われても。表情を殆ど動かさずに、いつも落ち着いて振舞う、大人からしたら手のかからない子ども。でも、アタシやタッちゃんはわかっていた。シロ君が笑うのは、いつだって自分じゃない誰かが幸せな時だけだったけど。感情の……きふく?は少ないけど、本当は優しい人なんだって。
それだけじゃないってわかったのは、中学生の時。アタシは、いつもの修行のランニングの時間だった。川神院に門限前に戻る前の仕上げの走りだったから、夏だけどもう日が沈みかけ。いつもは誰もいないグラウンドに、アタシと同じ赤い髪の男の子が1人で息を切らしていた。男の子の前にあるのは、背より大分高い位置にある、水平の棒。
――シロ君が走り出す。何度も、何度も練習したにちがいない、綺麗なフォームでシロ君が飛ぶ。けれど、バーは越えられない。
その光景を、ずっと見ていた。どうしてそうしていたのかは、アタシもよくわかってないし、今でも思い出せない。ただ、修行も門限も全部忘れて――シロ君が失敗し続ける様子を見つめ続けていた。
……どれくらいの時間がたったんだろう。シロ君の高跳びはまだ1度も成功していない。殆ど休まずに飛び続けているから、もうフラフラだ。きっと、今のシロ君では無理なんだろう。足りないのは、才能とか、実力とか、そういうもので。今シロ君が頑張ってもどうにもならないことなんだ。だから止めるべきなんだ――――そう、思うのに。何故か、アタシの足も喉も、これっぽっちも動いてくれなかった。その時、ドサリ、と音がする。
『――シロ君!』
金縛りが解けた体を急いで動かして、シロ君に駆け寄る。マットじゃなくて地面に直接落ちてしまったシロ君は、右手を抑えて痛みに顔を歪めていた。それでも、まだ続けようと立ち上がろうとしている。ふらつく体を慌てて支えた。
『……一子、か?何してるんだ、こんな時間に』
『シロ君こそ、怪我してまで何してるの!?』
アタシがそう言うと、シロ君はぼんやり空を見上げて。
『なあ、一子。運命って信じるか?』
――突然、そんなことを言いだした。
『笑っちまうよな。帰り際に、陸上部にやってみないかって誘われて。やってみたら、案の定届かなくて。時間も場所もお誂え向きだ。神様――いや、神霊か?どっちでもいいけど、本当にいるなら俺に何をさせたいんだろうな』
『シロ君……?』
アタシに対して言っているというよりは、我慢できなくなった何かを吐き出すように。空を見上げて何かを見つめたまま、シロ君は続ける。
『俺は英雄なんかじゃない。俺は正義の味方にもなれない。そんなの、俺が一番よくわかってる。それでも、真似事くらいはやってやるって決めたんだ。衛宮士郎はここで諦める男なんかじゃないし――ここで諦める俺に、衛宮士郎の資格はない』
言っていることは、半分も理解できていない。それでも、いつも静かなシロ君が、何かに突き動かされているのはわかった。
……その後のことは、正直あまり記憶にない。ぼんやりした中で覚えてるのは、シロ君が成功したということと、アタシがそれを見て泣いていたってこと。そして、アタシは川神院の師範代になることを、絶対に諦めないってその日改めて心に誓ったことだけだった。
「――ってなことがあったのよ」
秘密基地。10人目の仲間が加わった記念の金曜集会で、アタシはシロ君との思い出話をしていた。シロ君は恥ずかしいみたいで、ずっとそっぽ向いてるけど。
「あー、あったなあそんなこと。あの日大変だったんだぞー。じじぃの弟子たちが全員『一子をこんな時間まで連れまわして泣かせた男はどこのどいつだー!?』って怒り狂ってさあ」
お姉さまが懐かしそうに言った。アタシは必死に止めたけど、あの時は本当に大変だった。
「昔から愛されてるなあ、犬は」
『川神院の修行僧が集団でお礼参り……絵面がパネェよまゆっちー』
「そ、想像してみただけで凄い迫力です!」
「かーっ!!中学生の頃からカッコイイねえ、士郎は!」
「意外な熱い展開だよねえ」
「だな。士郎って、昔からクールなイメージあったからよ」
「台詞はクサイけどね。ま、大和と違ってなーんか事情があったっぽいのは知ってるからいいけど。大和と違って」
「2回言わんでいい京!!ったく……まあでも、その辺りの事情は片付いたんだろ?士郎」
ファミリーの皆が口々に盛り上がって、最後の大和の言葉で自然と全員の視線がシロ君に集まった。見つめられたシロ君は、自分で淹れた紅茶を飲みながら――言葉を選んで、真剣に答えてくれた。
「……まあな。元々、そう大した問題じゃない、というか。あくまで俺自身のことだったからな。ちょっとばかり……いや、かなり特殊だから詳しく説明はできないが、結局はいつか俺自身が解決しなきゃいけないことだった。英雄のおかげで、目が覚めたよ」
そう言うシロ君の顔は、今まで見たことがないくらい自然な笑顔で。嬉しくなって、アタシも笑ってしまった。……シロ君と目が合う。あうあう。その顔で見つめてくるのは反則……なんだか、皆から暖かい目で見られてる気がする。
「シロ坊がファミリーの皆にすんなり受け入れられるのは嬉しいけど、お姉ちゃんはちょっと複雑だなー。だーなー!こうなったら私も弟いじって遊んじゃうもんねー!」
「わっぷ!姉さんストップストップ!」
あ、大和がお姉さまのおもちゃにされてる。
「いいことじゃないか!ファミリーの皆が幸せで僕も嬉しいし、これで九鬼の皆とも今までより仲良くなれたらもっと嬉しい!嬉しすぎて第4形態になっちゃいそうなくらいだよ。はい、士郎。お祝いのポップコーンだよ」
「ああ、ありがとうクッキー」
おお……クッキーとも早速仲良くなってるし、やるわねシロ君。って、話を戻さないと!
「えーと、そういうわけだからお姉さま。アタシはあの日からずっと、師範代になってお姉さまをサポートする夢を絶対に諦めないって決めてるの。だから――どんな試験でも、乗り越えてみせる!」
アタシがそう言うと、お姉さまは悲しいような、嬉しいような、そんな難しい顔をした。
「そうか――なら、じじぃにもそのつもりで相談しておくよ。今年はちょっと特殊らしいからまだ確定じゃないが、多分川神武闘会が試験を兼ねることになるはずだ。準備しておけよ」
「押忍!!」
シロ君と風間ファミリーとして過ごす夏は、いつもより熱くなるみたいだった。
というわけで高跳びは中学生の時に終わってましたとさ。……他にも見てた人いるかもしれないけどね!(
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