川神のブラウニー   作:minmin

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ちょっとだけ実力を発揮するブラウニーの回。
リクエスト通り九鬼英雄と絡むお話になります。視点は変わりますが、次回は今回の直接の続きになる予定。


忍足あずみから見た川神のブラウニー

 丁度通称『変態の橋』に差し掛かった時、英雄様が気づいた。

 

 

「――む?先を行くは我が友、トーマではないか!?あずみ、徐行に切り替えよ!」

 

 

「かしこまりました英雄様!!」

 

 

 ブレーキの衝撃を全身を使って逃がしつつ、万が一にも英雄様に揺れがいかないように調節する。遠目からでもわかるハゲ頭の真横に一旦停止すると、そこにいたのは井上準。その隣に葵冬馬と、榊原小雪のいつもの3人組と――衛宮士郎だった

 

 

「我が友トーマよ!今日も壮健で何よりである!」

 

 

「おはようございます、英雄。貴方も健康そうで何よりですよ」

 

 

「おはようさん、英雄。ホント、いつも元気だねえ」

 

 

 葵冬馬と井上準と言葉を交わす英雄様。こいつらはいい。問題は……

 

 

「ねーねー士郎、ましゅまろ食べるー?」

 

 

「むぐ。言いながらもう口に突っ込んでるじゃないか。……でも美味しいよ。ありがとう、ユキ」

 

 

「えへへー」

 

 

 頭を撫でる衛宮士郎の手を嬉しそうに受け入れる榊原小雪。あー、これはよくないな。

 

 

「衛宮士郎か。今朝はいつもの人助けは休業か?『川神の正義の味方』の名が泣くぞ?」

 

 

 英雄様の声と機嫌が一段低くなった。恋心なのか、そうじゃないのかはわからないが、英雄様の想い人である川神一子に、明らかに特別に慕われている男が、朝っぱらから別の女といちゃついている。そりゃそうなるよな。……アタイも、そういう意味でも、個人的にも。コイツはあまり好きじゃない。何しろ、得体が知れなさすぎる。

 

 

「正義の味方はやめてくれ、九鬼。俺はそんなに御立派なもんじゃない。俺がやってるのは、偽善ですらないただの自己満足だ。『俺』という紛い物が『衛宮士郎』であるための真似事、逃避、代償行為……そんなとこだよ」

 

 

「……ふん。どこかで聞いたような言葉で、よくわからんことを言うものだな」

 

 

 英雄様の感情に気づいているのかいないのか、衛宮士郎は黙って肩をすくめるだけだ。ただ、真意は兎も角心から語ってはいるんだろう。戦場で、同じような奴を山ほど見てきたアタイだからわかる。コイツは、自分の存在に殆ど価値を認めていない。仲間を救うために1人で無茶して突っ込んで――簡単に死んでいく、そんな人種。

 

 

「ねえ、お話は終わった?」

 

 

 場に流れた気まずい沈黙を破ったのは、意外にも葵冬馬じゃなく、榊原小雪だった。

 

 

「言ってることはよくわかんないけど……士郎が、昨日のお空みたいにくらーい顔してるのは、僕はやだなー」

 

 

「……うん。ごめん、ユキ」

 

 

「違いますよ、士郎」

 

 

 それまで黙って成り行きを見守っていた葵冬馬の突然の発言に、視線が一斉に集まる。

 

 

「そこは、ありがとう、でいいんですよ」

 

 

 そう言って穏やかに笑う。……コイツも、一時期の思いつめた顔から随分明るくなったもんだ。

 

 

「……そうだな。その通りだ。ありがとう、ユキ」

 

 

「――うん!!」

 

 

 その様子を、英雄様は黙って見つめていた――

 

 

 

 

 

「そうだぜー。人間、明るいのが一番だ。それにしても、昨日は一日中雨でずーっと暗かったもんなー。川の水も凄いことになってら」

 

 

 空気を切り替えるように井上準が言う。見ると確かに、川の水が増えてそれなりの勢いで流れていた。こういう時、絶対面白半分で様子を見に行って流されるのが出てくるんだよな……後で指示出して警戒しておかねえと。そんなことを考えてたら。

 

 

「――っユキ!!鞄持っててくれ!!」

 

 

――――空気が変わる。

 

 

 榊原小雪に鞄を押し付けて空になった両の手を、衛宮士郎が頭上に掲げる。ただそれだけの所作で、周囲の空気が一変した。ピン、と張りつめた弦のような。緊張感に満ちた、侵し難い『完成された空間』へと一瞬で変化する。その中心にいる男は、鷹のような鋭い目で川の下流を見つめている。

 

 

 ――掲げた両手を、開くように胸まで降ろす。左手は真っ直ぐ前に。右手は、左手と平行に後方に。降ろしきった次の瞬間、その手にはいつの間にか引き絞られた弓と矢が握られていた。

 

 

 空気が痛いほどに張りつめる。矢を放つ前から『当たる』と確信できてしまうほどの、圧倒的な風格。まるで、この空間そのものが衛宮士郎の引く弓と一体となったかのような錯覚。極限まで集中し、研ぎ澄まされた射手の感覚。それらが伝播したかのように、橋の上の誰もが声を出すことすらできない。

 

 

 ――そして、矢が放たれる。

 

 

 少しばかりの静寂の後、引きのばされた時間が動き出す。周囲の一般生徒の中には、呼吸を忘れていたのか大きく息を吸っているのもいた。

 

 

「それで?貴方のことですからまた何か人助けなんでしょうけど、何を射たんですか?」

 

 

「あー、多分捨て猫だと思うんだけど、段ボールに入った子猫が流されててな。助けようと一子が川に飛び込むのが見えたから、段ボールの端を射抜いて途中の岩に止めたんだ。……なんとかなったみたいだな」

 

 

「一子殿が川に飛び込んだだと!?あずみ、一子殿は無事なのか!?」

 

 

 たまらず、といった様子で声を上げる英雄様。胸がチクリ、と痛む。それを無視して双眼鏡を取り出して確認すると、川神一子が水から上がって、こちらに向かって嬉しそうにブンブンと手を振っていた。きっと、矢の主が狙いを誤ることがないということも。自分の姿を見ているということも、疑っていないんだろう。

 

 

「はい!もう岸に戻られたようです。子猫も無事みたいですよ☆」

 

 

「俺にはさーっぱり見えないけど、此処から川に流される子猫に当たらないように入れ物だけ射ってたのかよ!?相変わらずおっそろしい腕してんな士郎は!!」

 

 

 まったくだ。これで、天下五弓じゃないってんだから詐欺だよな。

 

 

 

 

 

 

「……あずみ。我は醜い男だな」

 

 

 葵冬馬たちと別れて先を進んでいると、英雄様が突然そんなことを仰られた。思わず乱れそうになる車体を必死に制御する。

 

 

「ひ、英雄様が醜いなどと!!そんなこと、天地がひっくり返ってもありえません!!」

 

 

「そうか……いや、お前がそう言ってくれるのは嬉しいが、我が我を許せぬのだ、あずみよ」

 

 

 数瞬言葉を迷った後、英雄様が続ける。

 

 

「わかってはいるのだ。一子殿や榊原小雪があやつを慕うのも、積み重ねた月日とあやつ自身の人望からであると。偽善と嘲る者がいくらいようと、あやつの行いは素晴らしいものであると。……しかし、それらを当の本人は全く誇っていない。それどころか、自らを偽物、紛い物などと蔑んでいる。それは、あやつを慕う一子殿をも否定しているのと同じではないのか?……我には、それがどうにも許せぬのだ。それ故、ついあのような言動をしてしまう」

 

 

「英雄様……」

 

 

 また、チクリと胸が痛む。英雄様に、こんなことを言わせるなんて……あの、ロボット野郎が。どうしてくれよう。いっそ、体育祭で物理的にボコボコにしてやろうか、なんて考えていたら……

 

 

 ――昼休み。

 

 

「衛宮士郎よ。我、九鬼英雄は貴様に決闘を申し込む!」

 

 

 どうしてこうなるんでしょうか、英雄様……

 

 

 

 




原作士郎は「人間のふりをしているロボット」と呼ばれていましたが。
オリ主君は極力自分を殺して自ら「衛宮士郎のふりをするロボット」になろうとしていて、あずみさんとか主に年長者はそれに気づいているよ、というお話。
次回は英雄との決闘のお話になります。

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