なんか川神がゲシュタルト崩壊しそうだな
――川神学園と天神館との東西交流戦、その戦場から少しばかり離れた場所。そこに、2人の男女が並んで立っていた。とはいっても、美しい夜景とは裏腹に、両者の間に甘い雰囲気は欠片もなかったが。
「源義経かー。いーなー強そうだなー戦いたいなー」
「口ではそう言っても、飛び出していかないようで何よりだ」
「色々と台無しにするような真似はしないさ。お前は私をなんだと思ってるんだ、京極」
「普段の言動を省みれば、ブレーキの付いていないトラック……いや、戦車あたりが妥当じゃないか?」
こ、こいつ……真剣で言ってやがる。
「義経ちゃんにはすっっっっっごく興味あるんだけどな。弟分その2が折角やる気になってるんだ。今はそっち優先だな」
「弟分……その2ということは、衛宮君か。それは、私も興味がある」
さーて、シロ坊は何してるかな、っと。目を凝らすと、噂の男はパルクールの要領で給水タンクの上に登っているところだった。
「まーた妙な動きしてるなー。昔からよくわからんやつだ」
「妙な動き、とは?私には、軽快に動いていたようにしか見えなかったが」
独り言に京極が首を傾げている。仕方ない、美少女が解説してやるか。
「私たちが凄い高さや速さで飛んだり跳ねたりしてるのは、体を『気』で強化してるからだってのは知ってるだろ?」
「ああ。川神が先ほど掌から出していたようなあれだな」
直前に行われた学年別対抗戦、3年生の部。そこで撃った『星殺し』のことだ。
「だな。うちのガクトがあれだけ鍛えてるのにそれなり以上の武士娘に勝てないのは、アイツが気に目覚めてないからだ。修行の成果が出て一定以上のレベルになると、本人は無意識の内に気が巡って、見た目の肉体以上の力が出せたりする」
クリスなんかは中々のレベルだ。もうすぐ気の開放もできるかもしれない。妹は……正直、まだまだだ。
「で、気の開放……『気』を任意で発動できるくらいなら、あんなの一息で飛び上がれるくらいのはずなんだよな。それなのにシロ坊は小刻みに、手とかも使って登ってたろ?それが妙なんだ」
「なるほど。確かに君たちは、生身で時折人間離れした跳躍をしているな。なんなら空中で方向転換や加速すらやってみせたりする。その『気』とやらが任意で使えるほどの実力なら、それぐらいはできないとおかしい、というわけか」
京極が納得した顔で頷いている。というかこんな美少女捕まえて人間離れしたとか失礼なこと言うんじゃない。
「うっせ。言っとくが、人間離れしたって言うならお前の『言霊』も大概だからな?」
「しかし、例えば『気』が扱えてもそこまでできるほどの量がない、ということもあり得るのではないか?」
あ、スルーしやがったコイツ。
「それはないだろ。なんせ……あれだけのモノが撃てるんだから」
指示した先の給水塔の頂上で、赤い洋弓を構えるシロ坊。そこから次々と放たれていく矢の全てが、恐ろしい速度で闇夜を切り裂いて狙いを過たずに敵軍の兵士に命中していく。刃の付いていないレプリカとはいえ、あれだけの威力で打ち抜かれた生徒はそれだけでバタバタと倒れていった。
「これは……凄いな。えげつないほどの射程と弾速だ。矢で射るというよりは、最早砲による狙撃と言うべきだな」
京極が珍しく素直に感心していた。それは姉貴分として嬉しいんだが……なんかこう、複雑だ。
「加えて、武人ではない私にもはっきりと、放つ前から『当たる』と確信させるほどの正確性……これほどの弓兵が今まで知られていなかったとは、川神は面白い土地だ」
「本来『気』を自分の肉体以外に纏わせるっていうのは高等技術なんだよ。ずっと手にしている武器なら兎も角、自らの手を離れて飛んでいく矢なら猶更だ。京も同じことはできるだろうが、それなりに消耗するだろうし、そう何発も撃てるもんじゃない。それをあれだけバンバン撃ってるんだから、『気』が少ないとは言えないだろ?それに……」
「それに?」
「いや……なんでもない」
「ふむ……おっと、今度はあの位置から狙撃して銃口に矢を命中させるとは。見事だな」
何か言いたそうな顔はしていたが、京極はそれ以上追及してこなかった。正直、助かる。
――普通なら、矢に『気』を纏わせてもあんな威力にはならないはずなんだ。
出かかった言葉を口の中に止めて転がす。いや、正確にはできなくはない。数十秒かけてたっぷり気を籠めたり、矢の軌跡に合わせて気を放出し続けたりすれば同じようなことはできる。できるが、同じ威力であれだけの連射はできない。
正直自分の好みからは外れるが、弓術の達人と戦ったことも何度もある。今まで目にしてきたどの実力者よりも、シロ坊の矢は異質だった。
――まるで、矢そのものに気が染みわたっているかのような、異質な強化。
――まるで、衛宮士郎という男だけが全く別の理で動いているかのような、異質な戦闘能力。
『大将、討ち取ったわー!!』
……妹の元気な勝鬨が夜空に響く。どうやら、シロ坊の援護で敵の大将を倒したらしい。これで2年生の部も、川神学園全体としても勝利だ。
「以前書物で『敵の攻撃が届かない場所から、自分の攻撃だけを一方的に届かせることが最善の戦術だ』というような話を見かけたことがあるが……まさに、それを体現する活躍だったな」
「ああ……そうだな」
覗いていた双眼鏡を懐に仕舞いつつ京極が話しかけてきたが、気の抜けた返事しかできなかった。
「単純に敵兵の撃破数という意味でも、援護や貢献度という意味でも、今回最も活躍したのは衛宮君だろう。源義経とやらも気になるが……明日からは、衛宮士郎という存在を皆が認識し始めるはずだ。これからどうなるのか、楽しみだな」
「そうだな……」
「川神?どうした?」
「いや、なんでもない。帰るか」
頭を振ってから歩き出す。
――シロ坊。お前は、私の渇きを満たしてくれるのか?
弟分の魅せた思った以上の実力に、心の奥底で芽生えたそんな想いを無視しながら。
1人だけ魔術で戦うブラウニーを武神が端から見るときっとこんな感じ。
次から少し共通ルートやってヒロインごとにルート分岐しようかな。
誰それの視点が見たい、などありましたらお気軽に感想までどうぞ。