「あー遅いよ二人ともー!帰っちゃったのかと思ったよー!」
「えへへ~ごめんなさい侑先輩~♡」
二人の元へ戻った俺とかすみは待ちぼうけを食らわせていた二人に謝罪する。
相変わらずかすみの顔は緩みっぱなしだが大丈夫だろうか。
幸い、怒っている様子はなかったが、待望の新入部員だ。俺のせいでかすみの頑張りを無駄にしたとなれば後悔してもしきれない。
「―――と言うか今更ですが、コウ先輩と侑先輩と歩夢先輩って知り合いなんですね」
「ああ、まあ知り合い―――「私たちとコウは幼馴染だよ!!」
悪気のない表情で聞いたかすみに返した言葉は、侑が被せてきた声にかき消され、その言葉にかすみは驚いた表情をする。
「ええー!スゴイ偶然ですね、かすみんコウ先輩に幼馴染がいるって話初めて聞きましたよ」
「……まあ、特に言う必要もなかったからな」
事実、中二の夏からほとんど話すこともなかったし。
幼馴染としてもほぼ時効って感じがするけど……。
変わらず侑がそう言い張るなら、世間一般的には幼馴染という括りなのだろう。
「中学まではお互いの家が近いこともあって、よく三人で遊んでたんだ」
正確にはよく三人で遊んでたのは俺がフラれる前までだけど。
それから俺が意図的に距離を取り、避けてた。
「でも虹ヶ咲に入ってから、コウは寮にいっちゃったからね」
侑の言う通り、高校生になってから俺は寮に入っている。
寮という半一人暮らしの環境で社会について学びたいとか、寮の共同生活で学友達と親睦を深めて学園生活をより良く充実したものにしたいとか―――全部この二人から離れる為の言い訳なんだけど。
あの頃の俺はそんな体のいい理由を並べ、必死に親を説得して入寮することを許可してもらったのだ。
「おばさん達、寂しがってたよ」
「ちょくちょく帰ってはいる」
春休みの時も一度自宅には帰っている、……日帰りだが。
その時に偶然にも侑と出くわしたというわけだ。
……こういうことを思い出すからこの二人とは一緒にいたくはないのだ。
そんなことを考えながら、侑の隣にいる歩夢の方を見ると自然と目が合う。
しかし彼女はすぐさま目を逸らし、影を落とした。
かすみには気まずいからとは言ったが、結局俺がよくても歩夢が気にしてるっつーの。
「それでかすみ、今日はここで何をするんだ」
身の丈話もいいが、俺たちの関係上長時間一緒の空間にいるのは精神衛生上良くない。
呼ばれた用件を早く済ませる為、かすみにそう切り出す。
彼女は俺の言葉に思い出したかのように自らのスクールバックへと駆け寄り、中から何かを取り出すと「じゃーん!」と自慢げに取り出し“それを”俺たちに見せびらかした。
「―――あれ?このネームプレートって」
かすみが俺たちに見せてきたのは「スクールアイドル同好会」と書かれたプレート。
その筆跡は同好会が発足した時にせつ菜が丹精込めて書き上げた自信作であり、少し前までは毎日のように見ていた部室プレートであった。
しかしその風貌は以前に比べて変わっており、同好会名の前に黄色の文字で「かすみんの」と付いていたり、周りにハートやキラキラなどの装飾が施されていた。
「かすみんが生徒会から取り返してきました!……無断で」
「……お前は何してんだよ」
同好会が廃部になってから誰が保管してたか分からなかったが、生徒会と言うことは菜々が直接保管していたんだろうか。大事になってないといいけど。
「だから睨まれてるんだ……」
歩夢がそう言う。え、かすみ生徒会に喧嘩売っちゃったの?
しかしまあリアルな話をすれば、生徒会長は菜々だし幾分かは大丈夫だと思うが。他の人なら同好会の活動自体も危ぶまれるようなことをこの子は……。
「ち、違うんですコウ先輩!かすみんはまたスクールアイドル同好会を始める為にと思って!」
形から入ったとでも言うのだろうか。
まあ今の俺には、生徒会長の中川菜々とも交友関係があるわけでもないし、元部員というだけでしかない。彼女の行動にわざわざ口を出しする権利もないだろう。
「何はともあれ、しばらくはここが虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の部室ですよ~!」
かすみはポケットからスマホを取り出すと、おもむろにそれを俺に渡し、そばにある大き目の台座に上りこちらを見下ろす。
「ダンスや歌の練習はおいおい始めるとして、まずは部員をゲットですっ!」
「何で部員募集からなの?」
「人がいっぱいいた方が可愛いかすみんが引き立つからです!」
かすみの言葉に侑は素朴な質問をぶつけてみるが、返ってきたのはそんな言葉
引き立て役なんかいなくても、かすみの可愛さなら大丈夫だと思うんだけどなあ。
「ともかく!手っ取り早く部員を集めるなら―――」
かすみはそう言い、俺の手に持ったスマホを指さす。
意図を察した俺はかすみのスマホを起動し―――ってこれ壁紙かすみの自撮りか。めっちゃ可愛いなこれ。
ってそんなことを考えてる暇じゃー――俺はそのままカメラを起動しレンズをかすみに向けた。
「やっほー♡皆のアイドルかすみんだよぉー♡かすみん虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の部長になったんだけどー♡そんな大役が務まるかとっても不安~♡でもー応援してくれる皆の為に日本一可愛いスクールアイドル目指して頑張るよっ♡♡♡」
変わり身の早さ。
身振り手振りをしながら語尾の全てに♡でも付けるかのように、甘い声でかすみは自らの自己紹介をさせて見せた。なるほど、今日俺が呼ばれたのは撮影班と言うわけか。
そんなかすみに侑と歩夢の反応は……。
「は……?」
歩夢の口から出たのは困惑した声。
昔から可愛い物好きの歩夢なら多少なりの理解を示すかと思ったが、彼女の思う可愛いとは毛色が違ったのだろうか。その表情から読み取れるのはそんな様子だった。
その一方、侑はと言うと……。
「うわぁあ……!!スクールアイドルの自己紹介初めて見た!!ときめいたよかすみちゃん!!!」
目をキラキラと輝かせ、彼女のチャームポイントであるツインテールぴょこぴょこ揺らしながらかすみの元へ駆け寄り、心底感動した様子を見せていた。
「……え˝!?」
思わず動揺した声を出す歩夢。
侑がここまでスクールアイドルにハマってるとは俺も予想外だった。しかし夢中になると目をキラキラ輝かせる姿は昔から変わっていないなあ侑も。
「えへへ~♡侑先輩~さすがぁ分かってますね♡これを動画サイトに投稿して部員募集をします!次は歩夢先輩ですよ、今みたいな感じでお願いしますね!」
そうして次に白羽の矢が立ったのは歩夢。
彼女は頬を赤く染め「無理無理無理だよ!恥ずかしいよ~!」と混乱した様子だったが、自己紹介はスクールアイドルの第一歩だと言うかすみに押しに押され、その提案を飲み込んだ。
の―――だが。
「……」
「……」
「って!!なんでカメラ越しで見つめ合ったままなんですかお二人はーー!!」
かすみの声にカメラの録画を止める。
カメラマンは俺のまま撮影を開始してから数秒、頬を赤く染めた歩夢と見つめ合う形で一度目の自己紹介動画の撮影は失敗に終わった。
今の状況、少なくとも言えるのは彼女が明らかに俺を意識していること。
そのせいもあってか上手く声が出せないのだろうか。これが三年前とかなら俺も喜んでたんだけどなあ。
「……かすみ、カメラ替わってくれ」
「え、は、はい、分かりました。それじゃあ撮りますよ歩夢先輩」
理由が分かれば対策も出来る。
そう思いスマホをかすみに返し、後ろでその光景を見ることにした。
後輩のかすみが撮影するなら、歩夢も幾分か緊張せずに出来るだろう。
「改めて久しぶりコウ、春休み以来だね」
いつの間にか隣に陣取った侑は、後ろに下がってきた俺にそう話しかける
「おう、と言うかお前がスクールアイドルに興味があるなんて驚いたよ。上原と一緒にアイドル志望か?」
「ううん、私は歩夢を応援したくて始めたんだ」
「ん?ああ、そうだったのか」
侑もスクールアイドルをやるんじゃないのか。
こう言っちゃあれだが、侑も顔面偏差値で言えば相当可愛い部類に入る。長いまつ毛に綺麗な艶髪、綺麗なエメラルドの瞳は飲み込まれそうなほどに深い色をしていて。
元々アウトドア好きなこともあってか、スタイルもよく全体的なポテンシャルは高い。
まあそういう話をすると一番に否定するのは彼女なのだが。
「それよりかすみちゃんのこと、名前で呼んでるんだね」
「……まあ、可愛い後輩だからな、元同好会のだけど」
視線の先、撮影を開始した歩夢とかすみは何やらてんやわんやしているが、大丈夫だろうか。
「コウもスクールアイドル同好会に入ってたんだね。何で教えてくれなかったの?」
「わざわざ言う必要ないだろ、そもそも滅多に会わないんだし」
意図的に会わないようにしてた、と言うのは言わないでおこう。
「それじゃあせつ菜ちゃんのことも――――
「声が大きすぎです!もっとファンの皆を思い浮かべて!」
二回目の撮影を終えたのか、歩夢への総評を述べるかすみの姿に気付き、侑に彼女たちの元へ戻ろうと促す。
何か言いかけていた途中だったが後でいいだろう。
「不合格です」
「い、いきなりは難しいよぉ!!」
かすみの言葉に顔を赤くして反論する歩夢だったが、彼女の言うことも一理ある。
「かすみ、何かアドバイスして上げられることはないか?さすがに無茶ぶりだぞ」
「コウ先輩がそう言うなら仕方ありませんねー……」
そう言うと、かすみはおもむろに両手を頭の上に上げ、歩夢にもそれを促す。
キョトンとしながら歩夢もそれに従うが一体何をするのだろうか。
「語尾にぴょん♡を付けてみましょう」
「ぴょん?!」
「うさぴょん!!」
かすみのアドバイスに歩夢は驚き、侑は喜んだ。
そして歩夢の顔がみるみると赤くなっていく。
そう言えば幼稚園の頃にうさ耳パーカーを着てあゆぴょんって言ってたっけ……、懐かしいなあ。
そんな呑気なことを考えながら歩夢を見ていると、彼女は滝の汗を流していた。
しかし、そんな歩夢のことはお構いなしといった様子で、かすみは「さあ!」と催促を繰り返す、歩夢の視線は侑に向けられているようだが、残酷にも侑はキラキラと目を輝かせその”あゆぴょん”を今か今かと待ちわびていたのだった。
静寂が流れる―――そしてその数秒後、決心をしたように歩夢はゆっくりと口を開いた。
「あ、あゆむだぴょん……」
「声が小さい!もう一回!」
「歩夢だぴょん!」
「もっとうさぴょんになりきって!」
「うさぴょんだぴょん!!」
「ぴょんに気持ちがこもってない!!」
「ぴょ~~~~ん!」
◇
「週末には動画をアップするのでちゃんと自主練しておいて下さいね」
あれから時間は経ち、時刻は夕焼け時。
場所を移動し、デックス東京ビーチのテラスにて、長めのベンチに四人で腰かける。
かすみのスクールアイドル講座の自己紹介編は一旦終わりにして、週明けに再度撮影をするということだ。
「カワイイコワイコワイイコアワイ……」
放心状態でブツブツと呟く歩夢だが、かすみにアドバイスを頼んだのは良かったものの、かすみの言う“可愛い”と歩夢が好きな“可愛い”はどうやら少し違ったみたいだ。
歩夢には悪いことをしたかな。
「可愛いって大変なんだね」
「アイドルの基本ですから」
侑の言葉にかすみはそう返す。
自分の可愛さにこだわる彼女の言葉は、きっと誰よりも説得力があるだろう。
「でも、せつ菜ちゃんは可愛いというよりはカッコいいって感じだったなあ~」
「せつ菜先輩のことを知ってるんですか……?」
侑から出たその名前。かすみは不安そうにこちらを見るが、話すことまで禁止されているわけじゃないと、その不安に応えるように大丈夫と小さく頷く。
「うん、一度遠くで見ただけなんだけどね」
「ダイバーシティでのライブか」
「え?よく分かったね、そうだよ。歩夢と二人でね、初めて見たライブだった」
事実上のせつ菜の卒業ライブ。あの場に侑と歩夢もいたというわけか。
あの時は周りを見れる精神状態じゃなかったから、出会わなくて本当に良かった。
「気になってんだけど、同好会ってなんで廃部になったの?」
何も知らない侑に内輪揉めを話すのは気が引けるが、今スクールアイドルを始めたということは、あの場のせつ菜の姿に憧れたと言うことだろうか?ならば当然そういう疑問が出てくるのも頷ける。
そして、それを聞く権利は彼女にもあるだろう。
かすみはまた不安そうにこちらを見ており、侑と歩夢もその問いに対する答えを待っているようだが、同好会の綻びに気付きもしなかった俺に答える権利ははない。
答えを任せるようにかすみと視線を交わす。
彼女は少し考えた後に、彼女自身が知る限りの話をポツリポツリと話し始めた。
「同好会もグループを結成した時は結構いい感じだったんです。だけどお披露目ライブに目標を決めた辺りから何かピリピリしてきて……」
スクールアイドル同好会を作って、目標を決めて、俺も曲作りに専念しようと、練習に顔を出さなくなった辺りからか。
俺が見たあの時にはもう手遅れだったんだろうか。今更後悔したって遅いけど。
「「こんなパフォーマンスではファンの皆に大好きな気持ちは届きませんよ」って!だから、かすみんもムッキー!ってなっちゃって……そのまま……廃部に」
少しずつ弱くなっていく語尾が話の終わりを知らせた。
それが俺の気付かなかったスクールアイドル同好会の綻びなのだろう。
聞きたい話は聞けたのだろうか
質問した張本人でもある侑の方を見ると彼女は少しだけ何かを考えた後、おもむろに口を開いた。
「かすみちゃんもせつ菜ちゃんもファンに届けたいものがあるんだね」
かすみは“可愛い”を。せつ菜は“大好き”を。
冷静に考えてみれば、彼女が目指す世界は違っていたのだ。
「当たり前ですよ!スクールアイドルにとって応援してくれる皆は一番大切なんですから!より一層“可愛い”アイドルである為に!」
真剣にそう答えるかすみだが、不意に口にした“可愛い”という言葉に頭を抱える人が一人。
「可愛いってなぁに?可愛いって難しい……」
先ほどの自己紹介が相当答えたのだろう、頭を抱える歩夢には少し同情する。
「もうっ、そんなんじゃファンの皆に可愛いは届きませんよ~……あっ」
そんな歩夢にまたアドバイスを送ったかすみだったのが、言葉の途中で小さく声を上げ、不意に視線を落とした。
「かすみ……?」
呼びかけた声に反応はなく、侑と視線を合わせ首を傾げるのだが、視線を落としたかすみがその呼びかけに応えることはなかった。
「もしかしてかすみん……
小さく何かを言ってることは分かったのだが、何を言ったかまでは分からなかった。
こうして歩夢の自己紹介動画に関しては、かすみの提案通り日を改めることになりその日は解散となった。
最後のかすみの様子が少しだけ気がかりだったが、また明日声をかけてみるとしよう。
※デックス東京ビーチからの帰り道。
「あら、虹くんさっきぶりね」
「朝香先輩、何してるんですかこんな所で」
「ねえ聞いていい?虹ヶ咲学園の寮ってどっちの方向かしら」
「…………俺も寮なので送りますよ」
帰り道で迷子になってた朝香先輩を拾いました。
同じ寮のエマ先輩に連絡したけど繋がらなかったって言ってました。