俺が彼女と、彼女たちと一緒にいた時間。
遡るとそれは中川菜々から相談を受けた日から始まる。
最初は断りもしたが、彼女と話していく中で、彼女の真っ直ぐな“大好き”を知って、応援したいと、力になりたいと思い、俺は彼女の
それから菜々と一緒に新入生歓迎会に向けて、曲を作って歌詞を作って踊りを考え、新入生歓迎会で披露した。
結果は大成功、新入部員が4人も入部し、晴れてスクールアイドル同好会が発足された。
そして彼女たちはグループを結成し、ラブライブ!に目標を設定し、お披露目ライブに向けて練習をスタートした。
そこからだ、少しずつ崩れ始めたのは。
今にして思う、ちゃんと見ていなかったから、変化に気付かなかったから、相談に乗らなかったから。
もしも音楽室に籠らず、彼女たちと一緒にいたら。
一人一人のことをちゃんと見れていたら。
何でもいい、ただ一言声をかけていたら。
もっと彼女たちに寄り添えていたら。きっとこんなことにはなっていないだろう。
せつ菜が間違っていたら教えてあげて、言い過ぎてたら叱ってあげて。ちゃんと彼女の目を見て、彼女の声を聞いて、一緒に悩んで考えてあげられたのに。
かすみ、しずく、エマ先輩、彼方先輩―――皆の良いところも、悪いところも、可愛いところもカッコいいところも、もっと知れた筈なのに。
だけどもし―――もしも菜々に選ばれたのが俺じゃなく他の誰か
―――例えば、“高咲侑”なら。
皆のことを見て、些細な変化にも気付いて、相談にも乗ってあげる。
誰よりも一人一人に寄り添ってあげられて。
迷ってたら、悩んでたら、困ってたら、一緒に考えて、一緒に探してくれる。
そんな彼女だったら同好会が廃部になることもなく、彼女たちは今でも幸せに過ごしていたんだろう。
侑はそれが出来る人間だ。昔からそういうことに長けたやつだった。
昨日見た宝石のように煌めく瞳がそれを物語っていた―――あの輝きはまるで子供の頃に憧れたフィクション作品の主人公みたいな、今の俺には決してない眩い光。
結局、俺がやってきたことは最初のちょっとだけで、彼女たちには何一つとして力になれなかったんだと、今にして思う。
それが俺の罪で―――これが俺の罰。
きっと俺にはもう彼女たちと一緒にいる資格なんてないんだろう。
◇
「―――は?」
喉の奥から低く深い声を絞り出すように声帯が揺れた。
スマートフォンを持つ手が小さく震え、心臓の鼓動が早まるのを感じた。
歩夢の動画撮影を終えた日の夜、寮の自室にて久方ぶりに菜々から届いたメッセージ。
そこに書かれていた文章に動揺が隠せなかった。
『今日、エマさん達が生徒会室に来ました。優木せつ菜の正体が私だと言うことに気付かれてしまいまして、明日以降あなたにもご迷惑をかけてしまうかも知れないです、ごめんなさい』
脳裏に浮かんだのは、先日の朝香先輩。せつ菜のことを嗅ぎまわっていたのは分かっていたが、ここまで早いとは予想外だった。
この文章のエマ先輩達と言うのも、かすみを除いた3人のことだろうか。
確かにいつか正体がバレてしまうことは俺もせつ菜も織り込み済みだったのだが、今このタイミングでなんて……。
「―――っ」
その瞬間、携帯が次の音を鳴らした。新着メッセージだ。
差出人は―――エマ・ヴェルデ先輩。
菜々からのメッセージを閉じ、エマ先輩からのメッセージを開く。
そこに書かれていたのはただ簡潔に一言「明日、会えるかな?皆で話がしたいです」という文章だけであった。
◇
翌日、放課後になり俺が向かったのは、エマ先輩達と落ち合う約束をした潮風公園。
到着した時には既に全員が集まっており、残るは俺だけといった状況だった。
「……ありがとねコウくん、わざわざ来てくれて」
開口一番、エマ先輩が申し訳なさそうに口を開く
「……いえ、エマ先輩たちだけじゃなかったんですね」
そこにいたのはエマ先輩、彼方先輩、しずく、そして朝香先輩。
元からせつ菜のことを嗅ぎまわっていた朝香先輩、それに菜々から聞いていた三人のことは予想通りだったが。
「……コウ」
「……コウくん」
「……コウ先輩」
侑、歩夢、かすみ。彼女たちはそれぞれ俺の名前を呼ぶ。
その表情は昨日話した時とは違って、三者三様の不安そうな様子を見せていた。
「……せつ菜のことはもう聞いてるって感じですね」
「う、うんっ、コウくんこそせつ菜ちゃんに聞いてたんだね……」
切り出した言葉にエマ先輩はそう応える。せつ菜の正体がバレた事実を俺が知っていることには少し驚いた様子だったが、今更わざわざ説明する必要もない。
「……コウはさっ、知ってたの?せつ菜ちゃんのこと」
思いつめた表情で侑が問いかける。そういえば侑がスクールアイドルに憧れたのもせつ菜の卒業ライブだったんだよな。
幼馴染がそんな憧れの相手と特殊な関係にあると分かれば知りたいと思うか。
「ああ、優木せつ菜は元々俺と菜々で始めたことだからな」
「……そうだったんだね」
歩夢が驚いた様子で応える。いつもは気まずさを感じてしまう彼女のことも、こんな状況で気にできるほど俺に余裕はなかった。
「彼方ちゃんたちね、せつ菜ちゃんと話してきたの」
「ええ、それも菜々から聞いてます」
「……もしかして今でも連絡取ってるんですか?」
彼方先輩の言葉にそう応え、恐る恐るといった様子で問いかけてきたしずくの言葉に首を振って否定を示す。
「私たちね、もう一度せつ菜ちゃんとちゃんと話がしたくて…!」
「だけど昨日は取りつく暇もなくって……」
「だからコウ先輩とももう一度……!」
つまり昨日の菜々との話し合いでは、菜々は彼女たちの提案を断ったということだろう。
だから一番に優木せつ菜―――中川菜々と接点が近かった俺から情報を集めようという。そういう魂胆なのだろう。
「―――だったらもういいじゃないですか」
そんな彼女たちに返す言葉はただ一つ、否定の言葉だけ。
「俺も、菜々もスクールアイドル活動はやめたんです。それを今更掘り返してきて何だっていうんですか」
菜々が彼女たちを前にして答えを曲げないのなら、俺はその考えを支持したい。
確かに菜々が悪かったのかも知れない。
だからこそ、彼女は自分の“大好き”を否定して、スクールアイドルを辞める決断をした。
それがどれだけ辛い選択だったのか俺にも計り知れない。
「今はもう新しい部員もいて、同好会だってまた作れる」
せつ菜は傷付いた、苦しんだ、辛い思いをした。俺だって何も出来ずに自分の無力さを思い知らされたんだ。
これ以上に何を求めると言うのだ。もう死体蹴りはやめてくれ。
「そこに何の不満があるんですか?」
件の新しい部員である侑と歩夢を見た。
侑はただ静かにこちらを見据え、歩夢は今にも泣きだしそうな悲しい表情で俺を見ていた。
「でも私たちはまた一緒にせつ菜ちゃんとスクールアイドルがしたくて……!それに、コウくんが作ってくれた歌だって―――」
「―――俺なんかより、もっといい曲を作ってくれる人は沢山いる」
彼女たちはもう少し現実を見た方がいい。
曲作りのことは前々から思っていたことだ。学園にいる音楽科の人たちに頼んだ方が何百倍も良い曲を作れる。
もし彼女たちがこの先、ラブライブ!を目指すならクオリティが高いに越したことはない。素人に毛が生えた程度の実力では門前払いも良いところだ。
「それでいいじゃないですか、俺も菜々もスクールアイドルはもう―――」
「―――……
その言葉を遮るように聞こえてきた声に思わず、口を止めた。
全員がその声が聞こえた方を見ており、俺も遅れてそちらを向く。
「―――かすみ?」
肩を震わせたかすみは目に大粒の涙を溜めており、怒ったような悲しいようなそんな複雑な表情でこちらを睨んでいた。
普段とは違う彼女の様子に少しだけ動揺を感じていると、かすみはそのまま目一杯に大きく息を吸い込み―――叫んだ。
「コウ先輩の曲は―――
はっきりと聞こえたかすみの言葉。
そのままかすみはポロポロを涙を流しながらも言葉を続けた。
「新入生歓迎会で聞いたせつ菜先輩の「CHASE!」っ˝!!かすみ˝ん本当に感動したんです!!こんな素敵な曲を作る人がい˝るんだって……!!」
涙のせいか言葉に詰まったかすみに変わるように、しずくと彼方先輩も口を開く。
「かすみさんの言う通りです!コウ先輩はいつだって私たちの為に最高の曲を作ってくれる!!」
「そうだよ!お披露目ライブで歌う予定だった曲だって、未完成だったけど聞かせてくれた時、スゴく心が温かくなったんだよ!!」
必死に真っ直ぐに伝えてくれたその言葉に嘘偽りは微塵も感じなくて。
「な、なんでそこまでして俺の曲を……」
浮かんできたのは純粋な疑問。
彼女たちの必死な姿に困惑し、呆然としているとエマ先輩で優しい笑みを浮かべ口を開く。
「もしかしたらコウくんの言う通り、もっといい曲を作ってくれる人はいるかも知れないね」
「―――だ、だったら」
「―――でも私たちはコウくんがいいの、コウくんの曲じゃなきゃダメなの」
エマ先輩の言葉に反射的に出てきた台詞は、次に彼女が口にした真っ直ぐで芯の通った言葉にかき消され行き場を失った。
何も変わらず真っ直ぐと見つめる彼女たちの視線にバツが悪くなり、視線を逸らす。
「皆にここまで言ってもらえるってスゴイことだよ、コウ」
そんな俺にいつもと変わらぬ様子でそう話すのは高咲 侑―――彼女だった。
「もしかしたらそうなのかも知れねえけど……それでも俺は」
彼女たちの言葉に嘘や偽りがないのは分かっている。だけど俺はそれを信じられずにいる。
「それに俺なんかよりお前がそばにいてくれた方がいいに……」
もし彼女たちの思いが本当に本当だったとしても、俺が曲作り以外に何も出来なかったことに変わりはない。
ならば中途半端に一緒にいるよりは離れた方が絶対いい。
侑は少し考えた後、首を傾げ俺に言葉を投げかける。
「コウはさ、私になりたい?」
侑の思いがけない質問に驚きが勝ってしまいそうになるけれど、ギュッと拳を握りしめ精一杯に声を張った。
「あ、ああ!なりたいよ!お前みたいに真っ直ぐ前を見て歩けるやつに―――!」
「―――でも私もコウになりたいよ」
「は―――?」
すぐに返ってきた侑の言葉に思わず間の抜けた声がこぼれる。
「皆にここまで言ってもらえるような人になってみたい、せつ菜ちゃんをあんなにもキラキラ輝かせられる曲なんて私には作れない。だから私はそれが全部出来るコウになってみたい」
恥ずかしげもなくハッキリと言い切った侑に言い返す言葉も見つからず、言葉に詰まってしまう。
「出来ることが違うのなんて当たり前で、出来る人に憧れちゃうのも当たり前なんだよ。だから皆、手を取り合って協力する」
侑の言葉に、侑は歩夢と。かすみはしずくと。エマ先輩は彼方先輩と朝香先輩と。
それぞれの視線を合わせ互いに微笑み、全員から向けられる視線。
「コウは自分がやってきたことをもう少し信じてあげてもいいんじゃないかな?ここまで言ってくれて、泣いてくれて、信じてくれる人たちの言葉があってもまだ足りない?」
「で、でも俺が同好会を守れなかったのは事実で……!!」
意地を張ってるだけ。そう言われても仕方ないかもしれない。
口から搾り出てくる否定の言葉は、きっと
「違うよ!同好会を守れなかったのは私たちも同じ!コウくんだけのせいなわけないよ!!」
「そうだよ!コウくんばかりに頼って彼方ちゃん達が皆を引っ張ってあげられなかったのは事実だもん!!」
「せつ菜先輩を止められなかったのも、コウ先輩に相談しなかったのも全部私たちなんです!!」
「そうです!かすみんにだって悪いところはありました!だから全部自分で背負いこまないでくださいコウ先輩!!」
エマ先輩、彼方先輩、しずく、かすみ。
互いに思いをぶつけ合うように声を荒げ息を切らしながら、それぞれがそれぞれの言葉を繋ぐ。
「……皆が皆、自分たちのせいって言ってるね」
「うん、そうだね、皆似た者同士なのかも」
侑の言葉に歩夢はそう返す。
歩夢の方を見ると、彼女はこちらの視線に気づき優しく微笑む。
昔と何も変わらない優しい笑顔だ。そうして歩夢はゆっくりと口を開いた。
「ねえコウくん、昔から何でも出来ちゃうのがコウくんのスゴイところで、カッコいいところだと思うけど」
優しく温かな鈴の音が鼓膜を揺らす。歩夢は微笑んだまま言葉を続ける。
「昔のコウくんはもっと周りを見て、私や侑ちゃんにもちゃんと頼ってたと思うよ」
幼馴染だから分かることや気付くこともあるのだと、彼女は言葉にして伝える。
「今のコウくんは周りを見ているようで自分のことしか見れてない。きっと私がコウくんを一人にさせちゃったから、だよね?」
歩夢は何も悪くない、俺が勝手に決めたことだ。
確かに二人を避け始めて、一人で物事に対処することが多くなったのは事実だ。
学校生活然り、日常生活然り。進路や寮だってそうだ、誰にも相談しなかった。
もしかしたら自分が気付かない内に、彼女が言うように俺は変わってしまったのかも知れない。
「だから私たちが言いたいのは一つ」
「コウはもっと皆と話すべきだと思う、特にせつ菜ちゃん―――菜々さんとはしっかりと」
歩夢の言葉に侑が乗っかる形で言葉を繋げ、真っ直ぐと俺へと伝えてくる。
「菜々と話を……」
思い浮かんだのは廃部を知らされた日、生徒会室を出て扉を閉める最後に見た菜々の頬に光った何か―――否、あの光はきっとせつ菜の”涙”だった。
俺はそれをどうしようもなく拭ってあげたいと思っている。
「―――盛り上がっているとこ悪いのだけど、虹くん」
そんな中、おもむろに手を上げた人物を見た―――朝香先輩だ。
目先の朝香先輩はこちらの視線に応えるように口を開き、問いかける。
「一つハッキリさせて頂戴。あなたは優木さんにスクールアイドルを続けて欲しいのかどうなのか」
俺がもう一度菜々と話して、彼女の意見が変わるか分からないけど、少なくとも俺は今でも彼女の意見を尊重したいと思っている。
「俺は……菜々が本当に辞めたいと言うならそれを尊重してあげたいです」
それが一緒に始めた人間の責任で、揺るがない答え。
廃部が俺だけの責任じゃなかったとしても、せつ菜のことを分かってやれなかったのは紛れもない事実だから。
「いいえ、私が聞いてるのはそう言うことじゃなくて」
「え……?」
「
思い浮かべる菜々―――せつ菜の姿。
初めて衣装を身に纏った時のせつ菜の姿。
大好きなアニメや漫画の話をするせつ菜の姿。
熱心に練習をする、真剣な表情のせつ菜の姿。
出来上がった曲を聞いて抱き着いて喜ぶせつ菜の姿。
ライブが成功して嬉しそう飛び跳ねるせつ菜の姿。
―――無邪気に笑うせつ菜の姿。
彼女との記憶はいつも笑顔と“大好き”で溢れていた。
それをまた見たいかどうか。
答えは至ってシンプル、YESかNOかで答えろということ。
そもそも俺のことと聞かれれば答えは決まっていた。
いや最初から何一つ変わってなかったんだと思う。
それを変に拗らせて贖罪の為だとか言って、菜々を知ったつもりでいて、分かった気でいて、彼女の為だなんて自分に嘘を付いた。
「―――いつだって、
俺なんかを良いって言ってくれる人がいて。
俺の為に泣いてくれる人がいて、信じてくれる人がいて、叱ってくれる人がいる。
俺は自分のやってきたことに自信を持っていいのだろうか。
俺は俺自身を信じていいのだろうか。
いや、いいのだろうかじゃない。
自信を持とう、信じよう。
こんなにも素敵な子たちにこれだけ言ってもらえる俺はスゴいんだと自惚れてしまえばいい。
そう考えると、いつの間にか曇りがかっていた視界には青空が広がっていて、グチャグチャだった頭の中も今は妙にスッキリして冴えている
背筋を伸ばし、胸を張り、息を吸う。
今の自分の思いを声にして、広く遠くまで澄み渡る青空へと向けて叫んだ。
「俺はせつ菜に―――菜々にスクールアイドルを続けて欲しいです!」